第十三 ライラの過去
シリアスな部分があります。
多少歪かもしれませんがご容赦を。
あと、一部セリフが長いです。
十月30
色々と修正しました
改稿作業終了。
ある意味でダンジョン編のハイライトのお話。
更に邂逅。よりコオリっぽい感じの奴が頭に浮かんだので。
改まって同行を申し込んだせいで、妙な空気になってしまった。
籍を入れる男女のようなやり取りに、お互いに苦笑を浮かべる。
そして沈黙。少しばかり気まずいが、それが意外と嫌では無い。それはライラも同じらしく、なんだかんだで心地良い静寂が辺りを包む。
そんな中、ライラがポツリと呟いた。
「……うん。やっぱりコオリには話しておくよ」
「え、何を?」
「ボクが封印されてた理由だよ。これから一緒に居るんだから、黙りって言うのもね」
「別に無理に話さなくても良いんだが……」
「無理にじゃないよ。ボクが話したいんだ。キミに隠し事はしたくない」
淡い笑みを浮かべたライラは、自分の過去を、封印された理由をゆっくりと語り出した。
「ボクはね、さっきも言ったけど、天使族っていう種族の王女だったんだ」
個人的には開幕から爆弾発言なのだが、茶化せる空気じゃないので黙っておく。
「……また失礼な事を考えてるでしょ」
ばれてーら。
「もうっ。……話を戻すよ。でね、ボク達天使族には、種族特有のユニークスキル、種族スキルって言えるものがあったの。そのスキルの名前は【天使の翼】。簡単に言っちゃうと、白い翼を生やすスキル。王家の場合は【天使の六翼】ってスキルなんだけど、翼が増えるだけなんだよね。まあ、この事は今はどうでもいいんだ。それで、このスキルは子供の時には出現しなくて、ある程度成長したら出てくるの。【天使の翼】が出現したら成人って訳」
「へー」
天使族の独特な生態に、思わず関心の声が漏れる。
天使の翼って、ユニークスキル由来の代物だったのか。翼を生やすだけのスキルって、どんな存在意義があるんだんだろ?
そんな風に思考を逸らしながらも、ライラの話を聴いていく。
「で、ボクもスキルが出現したんだけど、そのスキルが問題だった。【天使の六翼】でもなければ、【天使の翼】でもない。【堕天使の黒六翼】というスキルだった」
それがボクの不幸の始まりだったと、ライラは語る。
「昔からの言い伝えで、天使族では堕天使の力を持つ者は災いをもたらすとされていて、忌み子とされていたんだ。その忌み子が王家から、しかも、今まで確認されていた【堕天使の黒翼】よりも強力なスキルを、強大な堕天使の力を二つも持つ者が現れてしまった。これが問題に成らない筈が無い」
国の象徴たる王族が、種族における厄災の象徴を産んでしまったのだ。
国が上へ下への大騒ぎになった事は、容易く想像出来る。
俺は小さく歯ぎしりした。
「なんとか王家は威信を取り戻そうと、あらゆる手段でボクを殺そうとしてきた。ボクも抵抗はしたよ?それでも流石に駄目だった。【堕天使の光輪】ってスキルのおかげで殺されることはなかったけど、結局は押し負けて封印されちゃった」
泣きそうな顔をしながら、自分が封印された経緯を語るライラ。
おそらく、その封印しようとしてきた奴らの中には、彼女と親しかった者もいたのだろう。翼のスキルが天使族の成人の証というのなら、彼女は成人するまでの間に培った人間関係があったという事だ。
それが下らない風習によって、一瞬で無に化した。更に言えば敵となった。
周りが敵という状況は、俺と通じるものがある。だが、ライラの状況は俺なんかよりも遥かに酷い。俺には少ないが味方はいた。両親はその筆頭だ。しかし、彼女の場合は違う。王家の威信に掛けてとライラは言ったのだ。つまり、ライラの両親が彼女の敵の筆頭だったのだ。
その悲しみ如何程か。今まで仲の良かった実の両親に、友人に、唐突に殺されそうになる悲しみはどれほどなのか。俺にはそれが分からない。
「これが、ボクが封印されていた理由。えへへ、ちょっと暗くなっちゃったかな?」
何故、こうも取り繕った笑顔を浮かべられるのかが分からない。
「気分悪くしちゃったかな?だったらゴメンね」
ただ一つ言えるのは。
「……気に食わねえなぁ」
俺はコイツが気に食わない。
「……え?」
「気に食わねえって言ったんだよ。お前を貶めた連中はもとより、それを受け入れてるお前も」
普通に考えれば、こんなこと言うべきではないのだろう。なにせ俺は話を聴いただけの部外者だ。どんな問題であろうと、外野の声程煩わしいものは無いのだから。
そういう意味では、俺の暴言などぶん殴られても文句は言えないレベルだ。
「あはは……。気に食わないって酷いなぁ……」
なのに、ライラは弱々しく笑うばかり。知った風な口を効くなと憤る事も、関係ないと跳ね除ける事もしなかった。
今の返答で大体は察した。ライラの心の傷は、本人が思ってる以上に深い。先程までは明るく元気に騒いでいたが、それは明るく見せていただけ。仕方無いと割り切ってるような事を言っているが、それは言っているだけだ。
わざと上っ面に仮面を被り、心の澱を外に出さないようにしている。そして限界まで溜め込んで、自ら絶望の水底に沈む気だ。
別にそれが悪いことだとは思わない。不幸の向き合い方など人それぞれだし、そもそもさっき会ったばかりの俺が気軽に踏み込んで良い領域でもない。
「チッ。自暴自棄も大概にしろよクソったれ。そんな腑抜けた意識でこのダンジョンをどうこうできると思ってんのか?」
だが、それは人の倫理が通じる世界の話だ。俺達がいるのは、弱肉強食が唯一のルールである最凶のダンジョンだ。
「お前が過去に対してどういう態度を取ろうが知ったこっちゃねぇ。だがな、此処は災害みたいなバケモノがうようよいるダンジョンだ。地獄みたいな人外魔境だ。腑抜けたままだと確実に死ぬんだよ! そんなことすら分かんねぇのか!?」
そこいらにいる雑魚ですら、地上では討伐隊が組まれるような凶悪な魔物。フロアボスに至っては、国すら滅ぼしかねない大災害。それがこのダンジョンなのだ。
一瞬の油断が命取りになるのは当然で、ライラのような意識で過ごすなど論外。このまま探索に移ってしまえば、如何に俺が奮闘しようがまず間違いなくライラは死ぬ。
だからこそ、俺はコイツに喝を入れなければならない。
「自分から喋った癖に何を堪えてんだ! 気に食わねぇって言われて何故反論しない! さっきまでの威勢はどうした!? 人を野蛮人呼ばわりしたお前は何処行った!?」
これで怒るのなら万々歳。泣いてしまっても構わない。まず感情的にさせて、心に一区切りつけさせる。
「……確かにそうかも。自分でも、ちょっとうじうじし過ぎてた。ごめん。あはは……コオリが気に食わないって言うのも仕方ないね……」
なのにコイツは、困ったような笑顔で人の挑発を受け入れやがった。
「……巫山戯るなよこのど阿呆が!!」
「きゃっ!?」
なんにも分かっていないその言葉を聞いた俺は、怒りのままにライラの胸ぐらを掴み上げた。
今までは口調こそ乱暴にしていたが、怒っていた訳では無い。ただライラの心を波立たせる為にしていたこと。ただの揺さぶりだ
だが、ここから先は違う。本気でこの馬鹿娘を怒鳴りつける事にした。だってコイツは、俺が言っていることを全くもって理解していないのだから。
「誰が謝れって言った? 誰が文句を受け入れろって言った? 俺は腑抜けた態度を改めろって言ったんだよ! さっさと踏ん切りつけろって言ってんだよ!」
「ふ、踏ん切りって……。あ、あれは仕方ないことだとボクも思ってるし、それを今更どうこう言うつもりは……」
「割り切ってる奴は過去なんてわざわざ語らねぇんだよ! 未練タラタラの癖に何いい子ぶってんだこの腐れ天使が!」
「み、未練タラタラ……?」
「ああそうだろうが! 本当に仕方ないと思ってる奴はな、話す時にいちいち決心なんかしねえんだよ! 途中で泣きそうな顔なんてしねえんだよ!」
あんな表情を浮かべておいて、仕方ないなんて言ってんじゃねぇよ!!
「納得してねえなら怒ってみせろよ! 何で自分がって泣いてみせろよ!! 心の底から叫んでみせろよ!!!」
「で、でも、本当に仕方無い事だったんだよ? 王女のボクが堕天使の力を持った以上、皆と一緒に居る事なんて出来ないんだから!」
「それでもお前が納得できてねえからこんな話してんだろうが!」
お前がちゃんと納得してんだったら、こんな面倒な話題続けねぇよ! お前が不満を平然と飲み込めんなら、こんな過去をほじくり返すようなこと言ってねぇんだよ!!
「クソ雑魚メンタルが不満を溜め込もうとしてんじゃねえ! んなことしてれば死ぬんだよ! 此処はそういう場所なんだ!」
「そ、それじゃあ、このダンジョンじゃなかったら? 平和な外だったら、この話はとっくに終わってるの……?」
「当たり前だろうが!」
俺がそう答えた瞬間、キッと視線を鋭くしたライラが、怒り表情で俺の頬を叩いた。
……ああ。漸く怒ったか。
「ふざけないでよ!そんな軽い気持ちで、ボクの過去に文句なんてつけないで!!」
「感情でこんな説教する訳ねーだろ! お前が死ぬかもしんねぇからわざわざやってんだよ!」
「だったら余計なお世話だよ! ボクがいつそんなこと頼んだのさ!? 何でそんな身勝手な理由で、こんな責められなきゃならないのさ!!」
一度火がついてしまえば、もう止まれない。ライラは瞳に涙を浮かべながら、俺の腕を振り払った。
「お父様もお母様も、お兄様もカーラも、爺やもパルもトルド卿も! 皆大好きだったのに、皆ボクを殺そうとしてきたんだよ!? そんなの信じたくないよ! 大好きな皆から否定されて、頭がどうにかなりそうだったのに! それでもどうにもなんなくて! だから仕方無いって何度も何度も自分に言い聞かせてたのに!! 必死になって誤魔化してきたのに……!!」
何故それを責めるのかと。何故今更になって辛い過去を直視させるのかと、ライラは涙を流して訴える。
「確かに話を切り出したのはボクの方だ! でもこんなの酷いじゃないか! 黙ってきいててよ! 同情か憐れみでも口にして、そのままなあなあで済ませてよ! それで良いじゃないか!」
「良い訳ねぇだろ! 馬鹿かお前は!? 死んだら終わりなんだぞ!? 見過ごすなんてできるかよ!」
ずっと求めていた同行者を、苦楽を共にできるであろう仲間を、そんなくだらないごっこ遊びで失ってたまるかってんだ!
「言っとくけどな! 俺はお前が切り出さなくても、腑抜けた態度に気付いたら絶対に問い詰めたぞ! 見て見ぬふりなんて誰がするか! 必ずお前を過去と向き合わせるぞ俺は!!」
それで嫌われようが関係ない。好意なんてあやふやなものよりも、ライラの命の方が遥かに大事だ。
「分かったら今此処で踏ん切りつけろ! 怒って泣いて叫んでみせろ! そして過去の全てを捨てちまえ!」
クソッタレな過去に囚われてるから、そんな風にうじうじするんだ。後ろなんて振り返ったところで害しかないんだ。だからさっさと見切りをつけて前を見るんだ!
「できるできないじゃねぇ! やらなきゃ死ぬんだ! だからやれ! やってみせろ!!」
「っ、そんな簡単に言わないでよ!! ボクには何も無いんだよ!? あるのは楽しかった頃の思い出だけなんだ!! それを捨てるなんて……できる訳無いじゃないか!!」
「なら目の前にいる俺は何だ……! 何も無いだと? ここに俺が居るだろうが!!」
泣きじゃくるライラの顔を両手で掴み、俺から目を逸らさせないよう固定する。
その涙に濡れた瞳に、俺という存在を焼き付ける。
「俺が何の覚悟も無くお前を助けたとでも思ってんのか……!? 俺はそこまで無責任じゃねえよ! お前の人生背負う覚悟であの水晶をぶっ壊したんだ! お前を見捨てて封印するようなクソッタレどもと一緒にするな!!」
こんな地獄みたいなダンジョンで、同行者を増やすリスクはどれほどか知っているのか? 封印されていた状況で、ライラの戦闘能力を判別できていたとでも思っているのか?
俺があの水晶を壊したのは、そういった全てのデメリットを飲み込んだ上でなんだよ! 足でまといだろうが、お前だけは死んでも守り通すって決めて、あの水晶から引っ張り出したんだ!
「お前が何も無いと思っているのなら、俺がお前のモノになってやる! 何があろうとお前の味方でいてやる!! それで良いだろ!? 良いと言え!!」
「っ、でも……!」
「でもじゃねえ! 俺はお前を幸せにする! だから過去を捨てるんだ!!」
そして前を向いてくれ。頼むから切り替えてくれ。過去を振り切って、今を生きるために必死になってくれ。
「そ、そんなの信じられないよ! ボクたち会ったばかりじゃないか! それなのに味方だなんて言われても、どうやって信じれば良いのさ!?」
「……確かに会ったばっかだ。でもな、世の中時間が全てじゃねえんだ」
感情なんてもんは、そんなわかり易い理屈すらも超越するんだ。
「お前にとっては、俺は会って間もない他人なんだろうよ。封印を解いた恩人であっても、それ以上の奴じゃない。……でもな、俺にとっては違うんだよ! こんな地獄みたいな場所に閉じ込められて、飢えや孤独と隣り合わせだった俺にとっては、ライラは何よりも大切な希望なんだ!」
ライラとの会話が、俺にとってどれだけ幸せだったと思う? くだらない掛け合いで、どれだけ俺が救われたと思う? お前の言葉に、仕草に、笑顔に、俺がどれだけ感謝していると思ってるんだ……!!
「お前は俺の宝だ! 物みたいな言い方になって悪いが、本当にそうなんだ。お前がいるだけで俺は生きる活力が湧いてくるし、お前を守る為なら命だって躊躇なく賭けられる。大切な宝物を、粗末に扱う奴がどこにいるっていうんだ。傷付けないよう抱え込むに決まっているだろう。……だからこそ、俺は絶対にお前を裏切らない」
そこにあるのは人間のような愛ではない。他人の意見や、立場からくるしがらみや、古くからある言い伝えなど、己以外の意見で揺らぐような薄っぺらいモノではない。より単純で、より盲目的な、獣じみた執着心。
狼が己の縄張りへ固執するが如く、熊が己の餌に固執するが如く。ただ己がそうしたいからするという、完全なる我欲の塊。
「……本当に……?」
だからこそ、俺の言葉はライラの心へと深く刺さったようだ。人間に裏切られたライラにとって、俺のより原始的な執着心は、歩み寄るに値するものだったのだろう。
「……信じて良いの……? 本当にコオリの事を信じて良いの? どんな状況になっても、コオリはボクの味方でいてくれるの……?」
「当たり前だ。お前に何も落ち度が無いなら全力で守る。お前が道を踏み外した時は、首根っこ掴んでも引き戻す。だが見捨てる事はしねえよ。例え世界が敵になっても、俺はお前を見捨てない」
この身に宿る【反逆】と【原初の獣】の力に掛けて、ライラに降り掛かる全ての火の粉を振り払うと誓おう。
例え敵が世界であっても、神であっても関係無い。全力で抗い、その喉元を喰いちぎってやる。
その決意を表すように、ライラを無理矢理胸の中に抱き寄せる。
ライラは抵抗しなかった。むしろ自分から飛び込んできた。
そしてやがて、胸元から嗚咽が聞こえてくる。
「……グズっ…っく………絶対に傍にいてよね……スンっ…………絶対だから……!」
「ああ」
ライラはそのまま、泣き疲れるまで溜まった澱を吐き出し続けた。
会話がむずいです。
ここからちょくちょくシリアスパートが出てきます。
コオリ君も熱血っぽい感じになってきますが、実際は違うんです。激情家なだけなんです。
王家の維新を、王家の威信に訂正しました。
改稿作業後
名前に反して熱血なコオリ君でした。前コオリ君がクール擬きだったのに対して、現コオリ君はガサツ熱血系です。あと寂しんぼ。
今回の話も、ざっくり纏める折角手に入れた仲間を失わないように喋ってたら、徐々に昂っていってしまった感じです。
それはそれとして、何でシリアスってこんなに難しいんだろ……? キャラの感情描写がよく分からない。あと流れ的におかしくないかも不安です。
……やっぱり思考がギャグよりなのか私は……!