第十二 一緒に行こう
ちょっと改稿作業をしていたら長くなったので、割り込みを掛けました。
「んで、これからライラはどうすんだ?」
「うーん」
俺達は水晶の間で腰を下ろし、今後の事を話していた。
「此処ってダンジョンなんだよね?」
「そうだ」
「この部屋がある場所って、浅い?深い?」
「かなり深い」
「1人で出口まで行けるかな?」
「無理。途中で死ぬ」
「うわぁ、バッサリ……」
俺が即答すると、ライラはショックを受けたような顔になる。
だが、これは命の問題に直結するので、誤魔化す訳にはいかないのだ。
あの黒翼の性能を踏まえて考えると、ライラの強さはこのダンジョンの雑魚より少しマシといった程度。
フロアマスター級の敵には絶対勝てないし、何より1人で攻略するにはこのダンジョンは広過ぎる。
意思の力で世界の理すら跳ね除ける【反逆】、敵を倒せば倒すだけ強くなる【原初の獣】。2つの埒外の力を持つ俺ですら、このダンジョンでは何度も死にかけたのだから、ライラだけじゃ絶対に無理だと断言出来る。
「ボク、結構強いつもりだったんだけど……」
「まあ、世間一般的には強いと思うぞ? ただそれ以上に此処がヤバい。何より強さだけじゃどうにもならない事があるしな。ライラも全裸は嫌だろ?」
「何でいきなり裸の話になるの!?」
ライラがサッと身を抱えて俺から距離を取る。別にセクハラでこんな事言ったんじゃねえよ。
変態の汚名を着せられては堪らないので、俺が体験したエピソードを踏まえた上で、このダンジョンについて説明した。
「うわぁ……」
そしたらドン引きされた。
「何かもう酷い。語り口が生々しくて余計に酷い」
「そりゃ実体験だからな」
「よく生きてるねコオリ……」
本当にな。
「でもそっかぁ。ここってそんなに危ない場所なんだ……」
よく助かったなぁ、などと頷きながら呟いていた。その瞳は、何処か遠くを見つめている。
「……本当にボクは幸運だったんだね」
「一生分の運を使い果たしたと言われても、否定は出来ないだろうな」
「それは嫌だなぁ」
俺の正直な感想に、ライラは苦笑を浮かべた。
「でもそっか。皆は、そこまでしてボクの封印を解きたくなかったのか」
その声音は、様々な感情が綯い交ぜになっていた。
俺は敢えてそれには触れず、他の部分について訊ねてみる。
「あの状況、やっぱり封印だったのか?」
「……逆にキミは、他にどんなシチュエーションで人が水晶に入ってると思ってたのさ……」
「ついうっかり的な?」
「ボク、そんな超越的ドジっ子じゃないけど!?」
「あんまり説得力ねえんだよなぁ」
ちょくちょく垣間見せるライラのドジっ子要素と、魔法ありのファンタジー世界という事を踏まえると、可能性が皆無って訳じゃなさそうである。
だが当の本当にとっては、この評価は大変遺憾であったらしい。飯を食べてるハムスターみたいに頬を膨らませてた。
「違うよ! あれは《吸魔の晶牢》っていう、天使族の王家に伝わる封印の禁術! 対象を魔力を吸収して育つ水晶の中に閉じ込めて、徐々に弱体化させていく魔法なの!」
「あー、あの水晶って魔法の産物だったのか。道理で触っただけでライラが出てきた訳だ」
いきなり水晶が砕け散った理由が分かったわ。【反逆】のステータス無視だあれ。
俺のステータス無視の力は、発動した魔法にも有効である。それは炎のような現象は勿論、氷や岩といった物質であっても対象内なのだ。
魔法で造られた物質の場合は、強度が思いっきり低下したり、構成する力が足りなくなって消滅したりする。
あの時のあれも、ステータス無視の力で水晶の機能が大幅に低下した故の結果だろう。
「……その様子だと、ボクが解放されたのは意図しなかった感じ?」
「いや、元々助けようとはしてたぞ。ただ出鼻をくじかれた形になってな」
「どういう事なの?」
ライラがジト目を向けて来たので、一応弁明しておく。
「長くなるから詳細を省くが、俺の持ってるユニークスキルに、対象が俺、または俺が触れた魔法の効果をだだ下がりさせるものがあるんだよ。あの時はそれが発動したっぽくてなぁ」
見てなかったから分からんが、封印が弱まった事であの自動で動く黒翼が発動して、内側から水晶をぶっ壊したんじゃねえの? 水晶自体は残ってるから、魔法そのものが消滅したって訳じゃねえし。
「そんなユニークスキルがあるんだ。《吸魔の晶牢》は禁呪級の大魔法なのに、それすら弱体化させちゃうって凄い力だね」
「多分、回復魔法や付与魔法の類も同じく低下させるだろうがな」
今まで1人だったので試した事は無いが、この【反逆】にそんな柔軟な対応は出来ないと確信している。基本ファジーだけど変な所で融通効かねえからなコレ。
賞賛していたライラも、これには微妙な顔だ。
「……それ大怪我したら詰むんじゃない?」
「いやまあ、それはそれでなんとかなるんだわ。自前の回復力で多少は凌げるし。後はユニークスキルの類はまた別だから、回復系のユニークスキル持ちになんとかして貰うとか」
まあ、そんな都合の良い奴なんてそうそういないがな。
「あ、ボク回復系のユニークスキル持ってるよ」
いたわ近くに。
「……このダンジョンにいる間は、回復頼んでいいですかね? 戦闘は全部俺がやるから」
「あの、そんな交換条件みたいにしなくてもやるよ? コオリはボクの恩人だし。そうでなくもこの現状だと、一心同体みたいなものでしょ? それなら助け合わなきゃ」
眩しいぐらいの笑顔で言われてしまった。さっき疑っておいてアレだけど、めっちゃ良い娘だライラ。
そして同行者ゲット。やったぜ。
「ライラは良い奴だな。全然やべぇ奴じゃなかった」
「……やっぱりさっき失礼な事を思ってたんだね」
「あ」
やべぇ失言した。
めっちゃジト目で見られてしまった。
「……ねぇ。ボクの事を間抜けみたいに言うけど、キミも中々にアレじゃない? 勢いだけで行動してる雰囲気、さっきからちょくちょく感じるんだけど」
「……そんな事は無いと思うぞ」
「じゃあさ、ボクをどうやって水晶から助けようとしたの? 《吸魔の晶牢》が魔法って分かってなかったって事は、キミのユニークスキルに頼るつもりは無かったんでしょ? ちゃんと他に方法を考えてたんだよね?」
「ああ。殴ってぶっ壊すつもりだった」
「その答えが出てくる時点で考え無しだよキミは!」
確実な方法を答えた筈なのに、ライラに脳筋認定された。解せぬ。
「何で封印の魔法を解くのに、物理でなんとかしようとするのさ!」
「そうは言ってもなぁ。魔法かどうかすら分かんなかったんだから、しょうがないだろうに」
「人の入った水晶って時点で、普通の水晶じゃないって気付こうよ……」
「ほら、琥珀的な」
「それボク死んでるよね?」
なんとか反論しようとするが、尽くライラに潰されてしまう。うぬぅ。
「……これアレじゃん。コオリのユニークスキルが無かったら、ボクずっと水晶の中だった奴じゃん」
ユニークスキルに感謝だよ、とライラは呟く。
「ユニークスキルが無くても、余裕で壊せたと思うんだがな。それとも手順踏まないと自爆する系?」
「いや、そんな物騒な機能は無かったけど……。でもあの水晶、文献には禁呪級の大魔法でもそうそう壊せないって書いてあった気が」
「禁呪級って確か、街一つ滅ぼすぐらいだろ? ならやっぱ大した事無いと思う」
「街を滅ぼす威力が大した事無いって……。下手な戦争なら、それで勝負が決まるレベルなんだけど」
「このダンジョンのフロアマスター達、そのぐらい威力の攻撃ならそこそこの頻度で撃ってくるぞ」
「ここ世紀末過ぎない……?」
再びライラがドン引きした。
いやまあ、アイツらが可笑しいだけなんだが。
俺がフロアマスター達について振り返っている横で、ライラがハタと動きを止めた。何か微妙に顔が青い。
「……ねえ、待って。ボク、気付きたくない事に気付いちゃったかもしんないだけど」
「どした?」
「コオリって、あの水晶を壊すつもりだったんだよね? つまり、禁呪級以上の奥の手を持ってるって事だよね?」
「まあ、そうなるな。力込めて殴るだけだから、奥の手って訳じゃないが」
「……それはそれでドン引きなんだけど、今はちょっと置いとくよ。つまりさ、コオリって街一つ滅ぼす以上の威力の攻撃を、あの水晶にしようとしてたって事だよね?」
「うん」
「ボクが中にいるのに?」
「……あ」
「あ、って言った!? あ、って言ったよこの人!?」
凄くやべぇ奴を見る目でライラに見られてしまった。
「キミは本当にボクを助けようとしたんだよね!? 遠回しにトドメを刺しに来たんじゃないんだよね!?」
「……いや、大丈夫だって。ちゃんと中身に被害がいかないようにしただろうし」
「その間がある時点で信用出来ないんだよ! 人の事を散々アホ扱いしといて、自分の方がよっぽど考え無しのお馬鹿さんじゃないか!!」
「お馬鹿さんは酷いのでは……?」
「なら勢い任せの猪人間! 殴れば物事を解決出来ると思ってる野蛮人!」
「悪化してるぅ」
何かライラの中で、俺の評価がどんどん低くなってる気がする。
当然っちゃ当然だが。
「本当にちょっとは考えてよね。これじゃあ地上に出ても不安だよ。ボク、これからずっと苦労するんじゃないかなぁ……」
ライラが頭を抱えながら、今後の事を憂いていた。そこまで不安なのか。
ん? というかちょっと待て。
「地上に出ても一緒にいるのか?」
「……え? えっと、その、もしかして駄目だった…? ボク、封印されてたから独りぼっちだし、出来れば一緒に居たいんだけど……」
俺の疑問にショックを受けた顔をしたライラが、不安そうな瞳でダンジョン攻略以降の同行を申し出てくる。
一緒に居たいというセリフに一瞬焦るが、表情に出ていたようで余計にライラの顔が曇った。
ヤバいヤバいヤバい。
「あー、いや。別に同行するのが駄目って訳じゃなくてだな。むしろこっちからお願いしたいぐらいだ。孤独は散々堪えたし。ただこっちがお願いする前から、同行するのが当然みたいな言い方してたからな。それにちょっと驚いたというか」
「……あ、あー。そ、そういう事かぁ。良かったぁ。一緒に居ちゃ駄目なのかと思ったよ」
俺が慌てて弁明すると、ライラは不安そうな顔から一転し、ホッとした表情を浮かべる。
「あはは……。確かにちょっと先走ってたかもね。ゴメンなさい。何かコオリと会話するの、凄くしっくり来てね。一緒に行動するのが自然って思っちゃったんだ」
「あー、まあ分からなくは無い」
確かに、ライラとの会話はテンポが良い。打てば響くという言葉の通り、ポンポン会話が進んでいく。
そういう意味では相性が良いのだろう。少なくとも、良い友人にはなれそうだ。
「だから、改めてよろしくお願いします。ボクと一緒にいて下さい」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。……何だこの結婚の挨拶みたいな奴」
「あはは」