第九話 決戦、フロアマスター2
もう少しでヒロインが登場します。
10月30
三点リーダーの修正と、加筆を行いました。
改稿作業終了。
「っらぁ!!」
化物草の本体に向けて拳を放つ。
しかし、打撃は盾となるべく飛び出してきた無数の蔓や魔法で作られた土壁によって阻まれる。
「くっそ。やっぱりリーチが足らねえ」
蔓の盾や土の壁の破壊は出来る。だが手足よりも厚い防御を築かれてしまえば、攻撃自体が届かない。
ソニックブームでなんとかなる程、柔い相手では無いし……。
「ああもうっ、手数が鬱陶しいのは変わんねぇな!」
考える間も無く、無数のハエトリグサが噛み殺そうと襲ってくる。
コイツら、草の癖に噛み付く力はかなりのもので、投げつけた倒木など易々と噛み砕いてしまうのだ。
それでいてある程度までホーミングしてくる。分体の時は直線的というか、単純な軌道のものが多かったが、本体となった今は攻撃パターンがかなり複雑化していた。
間接操作から直接操作に変わったようなもんだし、こうなるのは分からなくもないが、これはちょっと不味い。
「くそっ、避けるのが難しくなってきたぞ……」
そろそろ誤魔化しが効かなくなってきた。
今までは攻撃が単純な軌道だったため、強化された肉体と野生の勘で回避出来ていたが、それも攻撃パターンが複雑化した事で限界が見えてきた。
事実、蔓やハエトリグサによる攻撃が掠り始めていてる。
「やっぱり、戦い慣れてねえな俺」
自分の実力不足が嫌になる。
まともな戦闘なんて昨日が初なので当たり前だが、やはり戦闘経験が圧倒的に足りていない。数少ない戦闘も、身体スペックによるゴリ押しでなんとかなっていたせいで、戦闘巧者的な立ち回りが全く出来ない。
これでは負ける。生物としての本能が、そう警告している。
「ぐっ!?」
ついに躱し損ねた蔓の一撃が入った。
全身に走る衝撃と、棘による身体を引き裂く痛みが身体を蹂躙する。
「いっでぇぇぇ!?!!」
あまりの激痛に、戦闘中だという事も忘れて絶叫する。
イジメの経験から人よりも痛みに強い自信があったが、これは限度を超えている。
確実に骨は何本か逝ったし、内蔵も破裂したかもしれない。棘による裂傷も深く、傷口からドクドクと血液が流れ出ている。
そこに追い討ちを掛けるように、ハエトリグサ達が群がってきた。
「あぁぁぁぁ!!?」
なんとか回避しようとするが、重傷を負った身体は上手く動かない。
大小様々なハエトリグサが、俺の身体を貪ろうと牙を突き立ててくる。
その激痛はさっきまでの比では無い。気を抜けば意識を持ってかれそうな痛みに、歯を食いしばって耐える。
「っがぁぁぁぁ!!!」
死ぬよりはマシと、ハエトリグサの牙が全身を引き裂くのも構わず、全力で後ろに飛び退く。
噛み付いて離れないハエトリグサを無理矢理千切り、なんとか距離を取る事に成功する。
「ハァ、ハァ、っばいぞこれ……!?」
これまでまともにダメージを喰らってなかった事が災いした。
初めて体験した激痛のせいで、不覚にも動きが鈍ってしまった。お陰で一気に満身創痍。動けたのが奇跡みたいな、不思議なぐらいに死に体だ。
焼け石に水ではあるが、残った経験値の全てを耐久性と回復能力の強化に当てる。
が、これで即座に負傷が治るようになる訳では無い。これはあくまで強化であって、回復魔法では無いのだ。精々がしぶとくなるぐらいか。
このまま行けば死ぬ。化物草もそれが分かっているからか、追撃はしてこない。じわじわと嬲り殺しにするつもりか、余計な労力を割くつもりが無いのかは分からない。
ただ分かるのは、既に俺は奴にとって敵では無いと判断されたという事。
「……ははっ、こりゃ無様じゃねえか。調子に乗った罰か……?」
かなりイラッとくるが、このていたらくでは仕方がない。
あまりの情けななさに、恐怖や怒りよりも笑いの方が込み上げてきた。
「俺は今まで何をやってたんだろうな?」
ユニークスキルに胡座をかき、格下を虐殺して悦に浸っていただけだ。
「何で直ぐに戦闘を始めたんだろうな?」
どんなに強い敵であろうと、後出しで強くなれる俺なら勝てると慢心していたからだ。
「何で今まで自分の欠点を棚上げしてたんだろうな?」
欠点等直す必要もない程、俺は強いと思い込んでいたからだ。
「ハハハっ、その結果がこのていたらくか。なんとも情けねえよなぁ」
お陰で命を失いかけ、相手には敵と見なされなくなった。
これを無様と言わずなんと言うか。たまたま手に入れた力に溺れ増長し、弱者を甚振る事に精を出す。
「……それじゃあ同じじゃねえかよ。あんなクソみたいな人間と何も変わらねえ。俺は何をやっていたんだ……!」
クソ共と同じものを学んだ事に嫌気がさして、同じ人間って事に腹が立って。
だからあの時捨てたんだろう。道徳も倫理も、これまで培ったものの全てを。この身を縛る不可視の鎖を、引き千切って自由を手に入れた。
「あの時の俺は何処に行った……! 昨日の今日だぞ。力が手に入ったぐらいで、牙を鈍らせるなんて巫山戯てんのか……!!」
思い出せ。不可避の死を前にして、首だけとなっても食らいつこうとしたあの時を。思い出せ。無力であっても、運命に楯突いたあの時を。
力を獲て肥大した慢心も、油断も、思い上がりも。その全てを削ぎ落とし、生物としての原初に還れ!
俺はあの時、人でいる事を辞めたんだ。ありのままに生き、本能に従う獣になった!!
「生きる事に死力を尽くせ。立ちはだかるなら、運命さえも食い破れ!」
既に感覚の無くなってきた身体を、気合いを入れる事で無理矢理動かす。
普通なら死期を早めるだけの無意味な行為。だが、そんなものは関係無い。無意味かどうかは俺が決める。
1歩踏み出す。泣き叫びそうな程痛い。もう1歩踏み出す。意識が朦朧とする。また1歩踏み出す。大量の血を吐いた。
「……だからどうした……っ!!!」
1歩進む毎に起こる身体の不調。まるで自ら死にに行く愚行。
死のイメージが、死神の姿となって具象化する。この死神の鎌が振るわれた時、俺の命は尽きる事になるだろう。
だがそれで良い。それで良いんだ。その瞬間こそ、俺の本能は待ち望んでいる。
「ーーー!」
異変を感じ取った化物草が、再び警戒態勢を取った。
そして確認の為か、1本の蔓を放ってきた。
それとほぼ同時に、死神の鎌が振るわれる。
身体的に限界というのもあるが、あの蔓の一撃を防ぐ力を俺が持たないからだろう。
振るわれた鎌も、迫り来るハエトリグサも。
「ああ。やっぱりか」
俺は纏めて握り潰した。
「ーーー!!?!?」
化物草が悲鳴を上げる。ハエトリグサを握り潰された痛みでは無い。道理に外れた異常な光景に、ただ怯えているのだ。
化物草の警戒度合いは一気に跳ね上がり、即座に大量の攻撃を振るってきた。
今までの俺なら、この攻撃を完全に回避する事は出来なかっただろう。ましてや満身創痍の身体では、ただ蹂躙されるのみ。
だがもう違う。
迫り来る無数の攻撃を、解き放たれた本能によって躱し、迎撃する。
満身創痍の身体でそんな激しい動きをすれば、それだけで死にかねない。事実、動作の度に身体が軋み、全身から血が吹き出てくる。
だがそれでも俺は死なない。決して命を落とす事なく、化物草の攻撃を凌ぎきった。
「見ろ! 見ろ!! 見ろ!!! これが俺の意思の力だ! 世界に、運命に対する反逆だ!!」
夥しい量の血を吐きながら、世界に向けて不敵に吼える。
抗う意思がある限り、世界の理を跳ね除け、運命の鎖を引き千切る【反逆】の力。
それは不可避の死であっても例外では無い。どんな致命傷を受けようが、どれだけ満身創痍であろうが、抗う意思がある限り、俺は死の運命を跳ね除け続ける事が出来る。戦い続ける事が出来る。
勿論、不死身になる訳では無い。抗う意思を持たなければ、この効果は得られない。つまり即死であれば意味が無いし、死なないだけで痛み自体は存在する為、痛みで心が折れれば途端に死ぬ。
死なない為に死ぬ程の苦痛に苛まれる、ある種の無限地獄。それこそが、この埒外の力に対する代償。
効果に対して代償が重いと見るか、軽いとみるかは人それぞれだが、少なくとも俺は軽いと見る。
「精神論でなんとかなるなら、お釣りが来るってもんだよなぁ……!!」
どんなに強く願おうと、精神論だけじゃ回らないのが世界というものだ。それを精神論だけで無理矢理ぶん回す事が出来るのなら、これ程痛快なものはない。
「こっからは意地の勝負だ。ビビってたら勝てねえぞ……!!」
身体に走る痛みを無視し、化物草の本体目掛け突撃する。
化物草は近寄るなとばかりに大量の蔓を放ち、根っこと土魔法による防壁を築く。
ここまでは今まで通り。既に何度も繰り返してきた光景だ。
だが今回は違う。
「ウルァァァッ!!!」
迫り来る無数の攻撃を、根と土による防御を、魔力を込めた咆哮をもって粉砕する!
経験値を注ぎ込んでおきながら、扱いがからっきしだった故に腐らせていた魔力。
それを本能の赴くままに運用し、今までなし得なかった遠距離範囲攻撃をこの場で習得したのだ。反動でえげつない痛みが身体に走るが、それすら今はどうでもいい。
本能の赴くままに、荒ぶる心の赴くままに戦う事の、なんと心地良い事か。
なまじっか頭で考えていたから攻撃を食らっていたが、荒ぶる本能に身を任せた今では、化物草の一挙一動が察知出来る。
複雑な軌道で襲ってきたハエトリグサを、魔力を込めた爪を振るって切断する。土魔法による行動阻害は、タンと飛び越える事で回避する。
攻撃はより鋭く、動きはより靱やかに。思考というプロセスを抜いた分、物理的なパフォーマンスも上昇していた。
既に化物草の本体は目の前。あれだけ苦戦してたのが嘘のように、あっさりと距離を詰める事が出来ていた。
「魔力を爪に! より鋭く、より鋭く、より鋭く!!」
この一撃で決める。その覚悟の元、注げるだけの魔力を右手に注ぐ。
注がれた魔力は腕から吹き出し、実体を持たない巨大な獣の腕となる。
化物草も命の危険を感じたのか、根に咲き誇る毒々しい花から大量の液体を放出し、球場のドームを作り出した。
俺は直感的に、その液体が猛毒だと察知した。恐らく、これが化物草の最終にして最強の防御手段。
その飛沫に触れただけで全身が爛れた。呼吸する事が出来なくなり、意識が朦朧とする。幻覚や幻聴で気が狂いそうになる。
だがそんな事などお構い無しに、俺は毒のドームを突き破った。
感覚の殆どが機能しなくなったが、それでも化物草が動揺したのが分かる。
「言っただろうが! ここからは意地の勝負だって!! ビビってたら勝てねえって!!!」
既に死んでるようなもんなんだよ! 今更毒程度で怯むと思ってんのか!?
「これで、終わりだぁぁぁ!!!」
感覚が潰れて尚、働き続ける本能に従い、俺は右手を振り切った。
手応えあり。身体の奥底に流れ込んでくる経験値からも、仕留めた事を確信した。
「……勝ったぞ。バケモノ」
限界に達してぶっ倒れながらも、俺は勝負を宣言する。
「……後は死なねぇだけか……」
流れ込んでくる全ての経験値を、回復能力の強化に注ぎながらゴチる。
身体はズタボロ。猛毒も全身に回っている。これで【反逆】が解けたら余裕で死ぬぞ。
どうやら俺は、身体が死なない程度に回復するまで、気を抜く事が出来ないらしい。
「……長い戦いになりそうだ……」
今度は自分との戦いに挑まなければならないらしい。
割と空間魔法をよく使う氷くん。
あと、神の杖って眉唾らしいです。
改稿作業後
コオリ君、魔法(物理)を習得。