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Love&Peace  作者: 野田乃音
終わりからの始まり
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ぬくもりは思い出の中にだけ

絵麻の母方の祖母、藤江舞由は両親に代わって絵麻たち姉妹の面倒を見てくれていた人物である。

母親は絵麻が保育園に入れる年になるとすぐ、二人の娘を舞由にあずけて海外出張中の夫の元へと発ってしまった。結女の方は小学校低学年のころから今のプロダクションの人に面倒を見てもらうようになったのだが、絵麻はずっとこの祖母のもとで育てられた。

穏やかで、まるで包みこむような優しさをもった人だった。また、自分の意見をしっかりと持った人で、決して他人に左右されない。かといって他人の意見を頭ごなしに否定するわけでもない。

小学生のころからテレビに出ていた結女は、親戚中の自慢であり、羨望の的だった。親戚の誰もが結女を褒めちぎってちやほやし、絵麻と比較してはため息をついた。

『お姉ちゃんは凄いのに、絵麻ちゃんは普通の子だね』

絵麻が『普通の子』であることを、親戚は非難したのだ。

けれど、舞由だけは、決してそんな『普通の子』の絵麻を否定しなかった。むしろ、結女より絵麻を可愛がってくれた。

否定するのではなく、絵麻の可能性を肯定してくれた。絵麻が『県下で最低レベル』といわれる高校の園芸科に進んだ理由は、結女にこき使われるあまり勉強ができなかったというのもあるのだが、祖母のやっている菜園を手伝える知識が欲しかったというのも本当だ。

絵麻が結女の横暴ともいえる仕打ちに耐えていられたのは、この祖母の存在があったからだといっていい。祖母の言葉を信じて、いつか認めてもらえると思っていたから。

『祖母』とはいっても、十六歳の若さで結婚して、すぐに娘を産んでいる。その娘であるその絵麻たちの母も、短大を卒業してすぐに結婚したので、舞由は絵麻と親子で通じるほど若かった。

今生きていたとして、まだ六十歳前のはずだ。

それなのに、祖母はあまりにも早く死んでしまった。

絵麻はがくっと肩を落とした。

それでも、機械的に冷蔵庫を開けて、そこから買い置きしておいた卵を取り出す。

祖母が亡くなったのは半年前の四月十二日  絵麻の十六歳の誕生日当日だった。

絵麻が舞由の家を訪ねると、舞由がどういうわけか、ボロ布のような状態で自宅の庭に転がって死んでいたのだ。

ほかならぬ超一流芸能人、深川結女の祖母ということで警察、消防、マスコミともしつこすぎるほどに原因を調べてくれていたけれど、結局原因はわからずじまいだった。

絵麻は遺体にとりすがって大泣きしたのだが、『深川結女の悲劇のヒロインぶりをより強く視聴者にアピールしたい』とかいう理不尽としかいいようのない理由で祖母の遺体から無理矢理に引き離され、葬儀はもちろん通夜にも出してもらえなかった。

結女は取材のテレビカメラの前で絵麻以上に悲劇的に泣き、絵麻はその間とじこめられた自分の部屋で大泣きした。その後結女は仕出し屋のごちそうを笑顔でぱくついたのに、絵麻は一口も物を食べようとしなかった。

そして、その当日のワイドショーで、絵麻は『祖母の葬儀の場に顔を出さなかった悪い奴』とされ、結女の悲劇のヒロインぶりは思惑どおり強調された。

流石に、この時ばかりは絵麻も大声で抗議したのだが、結女が取り合ってくれるはずもなかった。

絵麻はペンダントを首にかけると、そっとヘッド部分の宝石に触れた。

今の絵麻にとって、このペンダントは何より大切な宝物なのだ。

「お祖母ちゃん……」

絵麻は胸の奥に大事にしまってある、祖母の面影を探り出した。

まるで全てを包みこむように優しくて、いつも笑っていた。絵麻が保育園で男の子にからかわれて、泣いて帰ってきたときも笑ってこう言った。

『絵麻ちゃん、いつまでも泣いていても、怒っていてもいいことはないのよ』

『そうなの?』

『心が明るくあるように。光が優しくあるように。常に前向きであるように、ってね。

 絵麻ちゃん、あなたはいつも前向きでいなさい』

『……まえむき?』

『えっと、明るいことや楽しいことをいっぱい考えること、かな。

それがいつか、全てを救う鍵になるの』

その時はよくわからなかったのだが、『心が明るくあるように』という言葉はそれから耳にタコができそうなくらいに言い聞かされたので、いつの頃からか覚えてしまったのだ。

『うんっ! わたし、前向きでいる!!』

そう、約束したのに。

絵麻は大きく息をついた。

今の自分では、前向きにはなれない。

いつも、暗いことを考えている。姉に逆らうのが怖いし、学校に行くのも、街に出るのも苦痛以外の何物でもない。

前は楽しかったのに。

そんな事を考えながら手を動かして、絵麻は夕食を作り上げていた。

十五分で作り上げてしまうあたり、彼女の女子高生離れした手腕が伺える。絵麻は小学校に上がる前から深川家の家事をやっていたのだ  自分がやらなければ、誰もやってはくれなかったから。

 ペンダントを制服の中に押し込み、姉の好きなピラフとスープというメニューをトレイに手早く盛り付けると、階下にある結女の部屋まで持って行く。

「お姉さん? ごはんできたよ」

部屋から出てきた結女は、トレイの上で湯気を立てる食事を一瞥すると、不機嫌そうに形のいい眉を上げた。

「またピラフ? あんたが作るんだったら、冷凍の方がマシなのに」

「……」

「下げて。あたし外で食べるから」

そういうなり、結女はバタンとドアをしめてしまった。

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