作戦発動
「待てって!! そっちは危ないんだ! 狼がうようよいるんだぞ?!」
シエルが叫んだのだが、絵麻は振り向きもせずに駆けていってしまった。
「行っちゃった」
「いいの?! あの子弱そうだったけど」
「でも、あの翔をダウンさせる人間タイプの亜生命体だろ? 大丈夫なんじゃ」
「そっか」
勝手に結論づけた三人を見て、リリィはもどかしそうに口を開閉させる。
あの子は、そんなものじゃない。そう言いたいのに、声が出てくれない。
いつも通訳してくれるリョウは翔にかかりきりになっているし、翔はぐったりとしたままだ。リリィはもどかしく自分の喉を押さえた。
「翔、しっかりして! 翔!!」
「う……」
頬を叩かれ、翔がゆっくりと目を開ける。
「あれ、僕……気を失って?」
「しっかりしてよ。防いだからよかったけど、あんな波動に取り付かれたら翔が廃人になってるわよ」
「波動……」
翔はまだぼんやりとしていたようだが、その言葉にはっと上半身を起こした。
「そうだ、絵麻。絵麻は?」
「走っていっちゃったよ。何を考えたのか」
「それ、まずいよ!」
「? 何で?」
「あの狼は絵麻を……血星石を狙ってる!!」
「え?!」
「さっき襲ってきた奴は、いちばん側にいたリリィじゃなくて、一直線に絵麻を狙った。それでわかったんだ。『血星石を手に入れるために放たれた獣』だって」
「それじゃ」
「唯美たちを狙い出したのは、血星石がみつからなかったはらいせなんじゃないかな。このまま行くと町が危ないし、絵麻も危ない。あんな力を解放したんじゃ、絵麻の身体だってもたないよ」
「それよりどうするの? 町も狙うって」
その言葉に呼応するように、周囲の暗闇から獲物をねめつける無数の咆哮が発せられる。
信也が緊張させていた肩を、諦めたように落とした。
「囲まれたか」
「どうする?」
「ンなことのーてんきに言ってんじゃねーよ。突破するに決まってんだろ」
シエルが左手を手刀のように構える。
「シエル。どのくらいまでならいける?」
「五回ってとこだ。疲れてるからな」
「唯美、哉人。お前らは?」
信也が淡々と戦力を確認していく。
「アタシもそんなとこ」
「ぼくも万全ってわけじゃない」
「じゃ、俺がまずこの周りを殺るから、リョウと哉人、それから翔は町の方を頼む。
リリィと、それから唯美とシエルは俺と一緒だ。お前らなら五発だけでもかなりの数を叩けるだろう」
信也は手にしていた長剣を、静かに鞘から抜き取る。
「待って」
剣に炎を集中しはじめた信也を、リリィと翔が止める。
「? 何かあるのか?」
信也が自分の方を見てくれた。一緒にリョウも自分に向き直ってくれた。
リリィは、一生懸命に伝えようとした。
「え?」
「絵麻のこと迎えに行くって言ってるけど」
リリィの無音の言葉を、リョウが通訳してくれた。リョウはリリィと目が合うと、安心させるように表情を緩めてくれた。
「怖がってるから、助けないとって」
「けどなあ」
「それに」
信也はおそらく否定的な意見を言おうとしたのだろうが、それより先に翔が口をはさんだ。
「信也じゃ森ごと丸焼きになっちゃうよ。僕がやる」
「って、大丈夫なの?」
「大丈夫。ね、リリィ?」
翔が手近な木の幹に手をついてゆっくりと立ち上がると、リリィに笑いかけた。
「僕が周りの狼を一掃する。リリィは先に行ってくれるかな? そうしたら、僕は絵麻とリリィの二人分の波動で追いかけられる」
翔はポケットから出した振り子を、リリィに投げた。
リリィの手の中に、軽い音をたてて緑と紫からなる結晶の振り子がおさまる。
「町の方は悪いけど、リョウと哉人だけで処理してくれないかな?」
「え?」
「それじゃ、お前は」
「町の方は大丈夫。狼がいちばんに狙うのは血星石の波動……絵麻だから」
翔は緩く首を振った。
「ほとんどの狼は絵麻か、力包石の波動を発する僕たちに寄ってくるはずだよ。だから、町の方は僕がいないほうがいいくらい」
「わかったわ」
リョウが手首のブレスレットを外しながら言った。
「ケガしないで帰ってきてよ」
「うん」
「合図は?」
「三つ数えたらやる。いくよ」
翔が手にしていたシャーレを頭上に掲げ、目を閉じて意識を集中させる。
「三……二……一……」
青い波動が、掲げた手の先へと集まっていくのがわかる。
「猛雷撃!!」
次の瞬間、激しい雷鳴が空を引き裂く。
轟音が狼たちの断末魔をかき消し――同時に、リリィは飛び出した。




