偽りが崩れる時
しかし、その牙が絵麻に届くことはなかった。
絵麻に届くより先に、翔が放った雷が狼を焼き尽くしたのである。
断末魔の咆哮とともに、狼は消し炭になった。灰すらも風邪に紛れて、すぐに見えなくなる。
「……」
その光景を言葉もなく見ていた絵麻に、唯美が何の感情も映さない目で静かに言う。
「こんな風に襲ってくるのよ。早くなんとかしないと、町まで襲われる」
「危ないな。大丈夫だった?」
思わずへたりこんでしまった絵麻に、翔が手をかしてくれる。
「うん」
絵麻は火傷痕の残る手をおそるおそる握って、立ち上がった。
「そーいえば、その女の子は?」
「この子は……」
翔は説明しようと口を開きかけたのだが、それは耳障りな合成音に遮られた。
「あれ、音がするよ?」
「? 何の音?」
「これだ、測定器」
翔はさっき哉人から渡してもらって、絵麻を助けた時に落としてしまった測定器を拾い上げた。
「それってオレらがこの四日間ずっと使ってた奴だろ? いくら叩いても揺すっても反応ゼロだった奴」
「このへんに血星石があるのか?」
「あ、多分絵麻に反応してるんだ」
「?」
「その子に?」
「僕が回収した方の血星石が、この子の中に入っちゃって。レポート提出しなきゃいけなかったからいてもらったんだけど、Mr.は早く提出しろって言ってくるし、この子つけてレポート出さなきゃクビになるかと本気で思って……」
(え?)
言葉が止まる。
絵麻は思わず翔を見上げた。
翔は明らかに、失敗してしまったという顔をしていた。
「何、それ……?」
絵麻は握ったままだった翔の手を振りほどいた。
「ねえ、それ何? クビになるって、どういうこと?」
「それは」
翔が言い淀む。
「わたし、道具だったの? あなたのクビをつなぐために利用してたの?!」
いつも絵麻を助けてくれた翔。
優しく接してくれた翔。
作ったごはんを『美味しい』と純粋に喜んでくれた。
でも、それは全部嘘だったの?!
わたしは、結局道具にすぎなかった……?
「助けて、くれるって……」
「絵麻、聞いて」
絵麻は翔の声をろくに聞いていなかった。
わかったのは、自分の目に涙がたまっていくこと。
口が渇いて、頭の中が真っ白に染まる。体の中心にあの濃緑の波動がうねっているみたいだ。
「道具扱いなんて、そんなのもう嫌!!」
絵麻はその波動に押し流されたように、大声で叫んだ。
もうここにいたくない!
その思いに応えたように、絵麻の全身から濃緑の波動がほとばしる。
「えっ?!」
翔は一瞬、あっけにとられたような表情になったのだが、すぐに手にしていた電気石のシャーレをかざした。
何かがはぜたような音が辺りに響く。
翔はシャーレに入れた電気石を盾にして、絵麻の放った濃緑の波動を受け止めたのだ。
「……っ!!」
受け止めたのはいいが、衝撃を完全に弾くことができなかったのだろう。翔ががくりと膝をつく。
「翔!」
あわててリョウがかけ寄る。翔はぐったりとしていた。
「え……ま……」
呆然と立ち尽くした絵麻に、いっせいに非難の視線が集中する。
「絵麻……」
「お前、何をやったんだよ?!」
「なんて力なの。翔を弾き飛ばすなんて」
「だいたい、なんで亜生命体がここにいるんだ?!」
視線が痛い。
皆が、怖い顔で自分を見ている。
震えるほどの恐怖につつまれながら、絵麻の頭の中は奇妙に真っ白で、クリアな状態だった。
(そうだ。やっとわかった。どうしてこんなに怖いのか)
クラスメイトと同じ、プラチナの髪。
現実にいそうな服装。
姉を支持し、自分を嫌う同年代の人々。
そして、姉と同じ人。
絵麻は全てを感じ取り、そして恐れたのだ。
「おい、待てよ!」
声よりも早く身を翻すと、絵麻は七人がいる場所とは逆の方向へ駆け出した。
「待てって!! そっちは危ない……!」
忠告するような声が聞こえたが、そんなのはもうどうだってよかった。
むしろ、自分が殺されてしまえばいいと……そんなふうにさえ思った。




