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Love&Peace  作者: 野田乃音
終わりからの始まり
33/45

偽りが崩れる時

しかし、その牙が絵麻に届くことはなかった。

絵麻に届くより先に、翔が放った雷が狼を焼き尽くしたのである。

断末魔の咆哮とともに、狼は消し炭になった。灰すらも風邪に紛れて、すぐに見えなくなる。

「……」

 その光景を言葉もなく見ていた絵麻に、唯美が何の感情も映さない目で静かに言う。

「こんな風に襲ってくるのよ。早くなんとかしないと、町まで襲われる」

「危ないな。大丈夫だった?」

思わずへたりこんでしまった絵麻に、翔が手をかしてくれる。

「うん」

絵麻は火傷痕の残る手をおそるおそる握って、立ち上がった。

「そーいえば、その女の子は?」

「この子は……」

翔は説明しようと口を開きかけたのだが、それは耳障りな合成音に遮られた。

「あれ、音がするよ?」

「? 何の音?」

「これだ、測定器」

翔はさっき哉人から渡してもらって、絵麻を助けた時に落としてしまった測定器を拾い上げた。

「それってオレらがこの四日間ずっと使ってた奴だろ? いくら叩いても揺すっても反応ゼロだった奴」

「このへんに血星石があるのか?」

「あ、多分絵麻に反応してるんだ」

「?」

「その子に?」

「僕が回収した方の血星石が、この子の中に入っちゃって。レポート提出しなきゃいけなかったからいてもらったんだけど、Mr.は早く提出しろって言ってくるし、この子つけてレポート出さなきゃクビになるかと本気で思って……」

(え?)

言葉が止まる。

絵麻は思わず翔を見上げた。

翔は明らかに、失敗してしまったという顔をしていた。

「何、それ……?」

絵麻は握ったままだった翔の手を振りほどいた。

「ねえ、それ何? クビになるって、どういうこと?」

「それは」

 翔が言い淀む。

「わたし、道具だったの? あなたのクビをつなぐために利用してたの?!」

いつも絵麻を助けてくれた翔。

優しく接してくれた翔。

作ったごはんを『美味しい』と純粋に喜んでくれた。

でも、それは全部嘘だったの?!

わたしは、結局道具にすぎなかった……?

「助けて、くれるって……」

「絵麻、聞いて」

絵麻は翔の声をろくに聞いていなかった。

わかったのは、自分の目に涙がたまっていくこと。

口が渇いて、頭の中が真っ白に染まる。体の中心にあの濃緑の波動がうねっているみたいだ。

「道具扱いなんて、そんなのもう嫌!!」

絵麻はその波動に押し流されたように、大声で叫んだ。

もうここにいたくない!

その思いに応えたように、絵麻の全身から濃緑の波動がほとばしる。

「えっ?!」

翔は一瞬、あっけにとられたような表情になったのだが、すぐに手にしていた電気石のシャーレをかざした。

何かがはぜたような音が辺りに響く。

翔はシャーレに入れた電気石を盾にして、絵麻の放った濃緑の波動を受け止めたのだ。

「……っ!!」

受け止めたのはいいが、衝撃を完全に弾くことができなかったのだろう。翔ががくりと膝をつく。

「翔!」

あわててリョウがかけ寄る。翔はぐったりとしていた。

「え……ま……」

呆然と立ち尽くした絵麻に、いっせいに非難の視線が集中する。

「絵麻……」

「お前、何をやったんだよ?!」

「なんて力なの。翔を弾き飛ばすなんて」

「だいたい、なんで亜生命体がここにいるんだ?!」

視線が痛い。

皆が、怖い顔で自分を見ている。

震えるほどの恐怖につつまれながら、絵麻の頭の中は奇妙に真っ白で、クリアな状態だった。

(そうだ。やっとわかった。どうしてこんなに怖いのか)

クラスメイトと同じ、プラチナの髪。

現実にいそうな服装。

姉を支持し、自分を嫌う同年代の人々。

そして、姉と同じ人。

絵麻は全てを感じ取り、そして恐れたのだ。

「おい、待てよ!」

声よりも早く身を翻すと、絵麻は七人がいる場所とは逆の方向へ駆け出した。

「待てって!! そっちは危ない……!」

忠告するような声が聞こえたが、そんなのはもうどうだってよかった。

むしろ、自分が殺されてしまえばいいと……そんなふうにさえ思った。

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