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Love&Peace  作者: 野田乃音
終わりからの始まり
24/45

測られた気持ち

「これのことなんだけど」

 翔は机の上に置いてあった作りかけの機械の横から、手の中に収まるくらいの機械の部品を取り出した。

「?」

「測定盤? なんでこれだけ?」

 リョウは翔から部品を受け取る。何度か目にし、使ったこともあるものだ。

「昼間、絵麻の力包石のエネルギーを測ったんだ。機械はその時に壊れたんだけど」

「壊れた?」

「何か、凄い反応起こしたんだ。針が完全に振り切れてた。

 で、その後、どかーんと」

 翔は火傷の痕がひどい手をぎゅっと握り、それから勢いよく開いてみせた。

「爆発?!」

「で、どうなったの?」

「部品はバラバラ。でも、それだけは無事に残ってた」

 翔がリョウの手にある測定盤を指した。

「これがどうしたの?」

「数値、見てくれるかな? 焦げてるけど」

 三人で文字盤に注目する。針が示すその先にははっきりと「マイナス十」の文字が刻まれていた。

「マイナス十?!」

「お前、何を計算してたんだよ?!」

「絵麻の力包石のエネルギーを測定してたって言ったよね?」

「それじゃ」

 リョウは手の中で破片を軽く転がしたから、翔に返した。

「絵麻がマイナス十判定出したってこと?」

「うん……」

 翔が曖昧に頷く。

 その時、リョウの袖にリリィが手をかけた。リョウが顔を見つめ返すと、彼女は不安そうに唇を動かした。いつもより早く、読みとるのにやや時間を必要とした。

「えっと、マイナス十だとどうなるの……って?」

 リリィは何度も頷いて、翔の方に視線を移した。

「僕らって、通常で三くらいでしょ? 同調すると倍になるけど」

「翔、測定のデータ持ってなかったっけ?」

「うん。全部照会して確認した」

 翔は、端末の上に置いてあった、分厚いファイルを示した。

「それで?」

「『力包石の主』の素質を持たない人は、どうあってもプラスマイナス二の範疇内を決して越えることはないんだ。三か、マイナス三を越えた値を示すと素質ありって定義になってる」

「そういえば、言ってたね」

「素質があると『同調』して『能力』を持つ確率が高くなって、数字が高いほど、操る能力が大きくなる。これも説明したよね?」

「そうだっけ?」

「忘れたんでしょ」

 目を丸くした信也をじろりと一瞥してから、リョウは口を開いた。

「あたしは聞いたことあるよ。同調して七、じゃなかった? 信也も」

「リリィは?」

 彼女は声で答えるかわりに、指を使って数字を示した。

「八? そっか、強いもんね」

「僕が九。力が強くなればなるほど、同調した時の精神疲労は激しくなる」

「疲れるからな」

「力包石は人間が同調した場合、その人間の精神を動力源にする。いくらでも強くなれる代償に、使い過ぎれば正常な精神を保てなくなり、最悪の場合は発狂して死に至る」

 翔はファイルの中から、数枚のプリントを引っ張り出した。

「だから、常に同調しないようにして押さえているわけだけど。十なんかの能力を使い続ければ、あっというまに精神疲労で廃人になる」

 プリントをめくり、翔はその中の一枚をさしだした。

 そこには写真つきで『廃人』になった症例が何件も掲載されていた。

「うわ」

 のぞきこんだ信也が、思わず眉をよせた。

「で、何の話だっけ? 俺達がこういう風にならないようにしましょうって警告だったっけ?」

「……まあ、それもあるんだけどね」

「はっきりいいなさいよ」

 リョウは指先でプリントを弾いた。乾いた紙の音が、場を引きしめる。

「絵麻は、無意識に強い力を出し続けてる。本人には全く自覚がないみたいなんだけど、もしもこのままだったら」

「この通りの結果になるなら、死ぬってこと?」

 リョウの手から、プリントが床に滑り落ちた。

「ああ、それで全部話したのか」

 信也が納得したように翔をみる。

「僕が絵麻を巻き込んだ。血星石を絵麻に渡したのも、全部僕だ。

 だから、僕はあの子を助けないといけないんだけど」

 翔は測定盤の破片を取って握りしめた。おっとりと優しげで、緩い笑顔で厄介ごとから逃げ出すタイプの翔がそんなふうに言うのを、リョウは初めて聞いた。

「方法がみつからない。数値を計算したら、正直に言って絶望的だ」

 沈黙が場を満たす。

「いい子みたいだけどな。料理作ってくれたり、掃除しといてくれたり」

 信也がため息を吐いた。

「まだ十五歳くらいなんでしょ? それで死んじゃったら可哀想よ」

 リリィが何かを言ったが、その場でそれを聞くことが出来たのはリョウだけだった。

「そうだね。脅えたままじゃ可哀想」

 リョウは言うと、心優しい友人の肩を静かに叩いた。

「でも、本人には全く自覚症状がないみたいなんだ。強いて言えば、味覚がおかしいって自己申告してる程度なんだけど……夕飯の時は別に何も言ってなかったな」

「うーん。単純に味覚文化が違ってたのに慣れちゃったんじゃない?」

「僕もそれであってると思う。こうなると本当に自覚症状はないんだよね」

 翔は床に落ちたプリントを拾うと、そこに印刷された文字に目を通していた。

「『頭が重くなる、足に力が入らなくなる、指先の感覚がなくなるなど、パワーストーン使用過多による廃人化現象にはこのような体の末端部分からの侵食が初期に見られる』か」

 ふむと唸って、翔は頬に手を当てた。

「別に具合が悪そうには見えなかったよね?」

「深く考えなくてもいいんじゃないか? あの子が元気なら」

「まあ、そうなんだけど」

 翔は小さく息をつくと、プリントをファイルの上に積み重ねた。

「そうとして、絵麻をこれからどうするの?」

 優しい子だが、いまいち常識にかけていて不安定だ。リョウ自身もできるなら守ってやりたいと思うが、生憎と自分たちは、絵麻にとって安全な相手ではない。

「パニックも治ってないもんなあ」

 あれは相当ひどくやられてるな。信也が付け加えた言葉に、リョウは深く同意して頷いた。

「血星石が体に入り込んだせいで情緒不安定になってる部分もあると思うんだけど……原因が理論的に説明できるまでは、僕の目の届く場所にいてくれたらなと」

 翔は考えてから、ふと言い足した。

「できたら、ずっとここにいてくれないかな。ごはん美味しかったし」

「お前なあ」

 信也はあきれたような声を出したが、目元が和んでいた。彼がこういう顔をするのは、喜んでいるときだ。

「でも、ホントにおいしかったよね。家事全部やってくれる人が一人いてくれれば助かるのにな」

「そうか?」

「だって、ごはん作らなくて済むのよ? 片付けも。当番忘れて怒られることもないし」

 リョウ自身も、翔ほどひどくはないものの、料理も掃除もそれほど得意ではないのだ。

「それはいいかもな」

 その時、リリィに袖をひかれて、リョウは彼女に向き直った。

「え? 道具扱いしてるって? そんなつもりじゃなかったんだけどな」

 リョウが苦笑いする。リリィも、わかっているよというように笑っていた。


「道具扱い……」

 リョウの言葉に、翔は苦い物を飲んだような顔で押し黙った。

 あまりいい言葉ではない。普通に聞いても、自分の中でも――。

 翔はふっと、絵麻が最初に叫んだ言葉を思い出した。

『殺さないで!! 道具扱いしないで!!』

 確かに、絵麻はそう叫んでいた。ひどく取り乱して。

「お姉さんに道具扱いされたあげくに殺された……ってところなんだろうな」

 ぽつりと、独白が部屋に落ちた。

「よっぽどの方法でやったんだろう。誰にも気づかれずに妹を道具扱いできたってことは、そのお姉さんによっぽどの信頼があったんだろうな。

 表は静かなフリをして、絵麻の前でだけ豹変していたのかな……」

「静か?」

 その言葉を、リョウが聞きとがめたようだった。

「もしかして、そのせいでリリィに反応してるの? リリィが静かだから」

「でも、リリィが静かなのって声が出せないからだけでしょう?」

 幾度となく行動にでている部分は、翔も知っている。

 リリィの唇が僅かに動いたが、翔には読めなかった。表情の憂いが強まる。

「とにかく血星石。そこから考えようぜ」

 少し重くなった空気を振りはらうように、信也が大きく伸びをする。

「Mr.PEACEに報告書も出さなきゃなんないし……何て書こう?」

「そういえば、二枚同時に出すんじゃかった? シエル達のぶんと」

「それじゃ、あの三人が戻ってくるまでは猶予があるのか」

「帰って来ないね、あの子たち」

 リョウが視線を、窓の外の夜の闇に向ける。

「シエルと哉人(哉人)がケンカしてなきゃいいんだけど」

唯美(ゆいみ)じゃ煽るばっかりだからなあ……配置失敗したか?」

「今更言ってもしょうがないでしょう」

 翔は悟ったように言って、端末の電源を入れた。

「? 何するの?」

「もう一度情報をあたってみるよ。報告書を書くのに、まさか絵麻をつけて出すわけにいかないから。血星石をちゃんと取り出せれば僕もお咎めなしだし、絵麻も死なずに済むし」

 翔はそれだけいうと、忙しくキーを叩きはじめた。

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