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Love&Peace  作者: 野田乃音
終わりからの始まり
23/45

音のない優しさ

「リリィ? 入るよ」

 リョウは二階の右翼端にある、リリィの部屋の前に来ていた。

 リリィが使っている部屋は、絵麻の部屋のちょうど向かいにある。鍵はかかっておらず、ドアノブを回すとあっけなく中に入ることができた。

 紫苑色のベッドカバーとカーテン。チェストや棚の上の、白いレースの敷き物が部屋に彩りを添えている。

 リリィはベッドの上にぼんやりと座っていた。

「リリィ」

 リョウに声をかけられたリリィが顔を上げた。気遣わしげなその顔を見れば、リリィが何を聞きたいかは簡単に察せられた。

「大丈夫よ。絵麻だってそんなに簡単には倒れない」

 リョウがかけた言葉に、彼女はほっと息をつく。

 リリィは絵麻のことだけを案じているようだが、リョウに言わせれば、絵麻の態度に明らかに傷ついていたリリィのことも、同じくらいに心配だ。

「え? 全然何もしてないじゃない? だって、話もしてないんだから。ね?」

 リョウがなぐさめても、リリィの少し悲しげな様子は変わらなかった。

「わかんないけど、リリィのせいじゃないってことは確か。だって何もしてないじゃない」

 リリィはかすかに首を振って、悲しげに肩を落とした。

「絶対にリリィのせいじゃない。リリィが落ち込むことは全然ないんだよ?」

 そう言っても、リリィは首を振るだけだ。

「……心の傷は癒せない、か」

 その時だった。

「リリィ、いるか? リョウも」

 ドアを叩く音と一緒に、信也の声がした。

「信也?」

 リョウは戸口に歩いていくと、半分ほどドアを開けた。

「どうしたの?」

「翔が、話があるって」

「本人は?」

「自分の部屋に見せたいものがあるから来てくれ……だったかな」

「部屋?」

 リョウが露骨に顔をしかめる。

「入れるの?」

「さあ」

 リョウと信也は、翔とは同期にあたる。それゆえ、翔の散らかし癖がどのくらいのものなのかは、二人とも身にしみて知っていた。特に信也は部屋が隣合っている。

「行くだけ行くか」

「だね。リリィ、行こう?」

 リリィを促すと、リョウは廊下を先ほどとは反対側に歩いて行った。

「入れるのかな」

「いつかみたいに、ドア開けただけで本が崩れてきたらやだな」

 リョウの横に並びながら、信也が小さくぼやく。

「そういえば、あたしも足元にあったシャーレ踏んで割ったことあるのよね」

「書類ぐしゃぐしゃにしたこともあったような。悪いことばっかりだな」

「散らかしてるあっちも悪いから、お互い様ってことにしとこうか」

 そんな事を言いながら笑いあう二人の後ろを、リリィは静かに歩いて着いてきた。

「翔? いるか?」

 翔の部屋のドアを、信也がかつかつと叩いた。

「いるよ。入って」

「本当に開けていいんだな?」

 ドアノブに手をかけながらも、信也は慎重だった。惨状を知っているであろう彼の心理は、リョウには手に取るように察せられた。幼なじみだからかもしれないが。

「うん。大丈夫だよ」

 信也がおそるおそるドアを開ける。しかし、リョウが予想したような本の洪水も、書類の散乱もそこにはなかった。

「?」

「あれ?」

 リョウがリリィと部屋をのぞきこむと、そこには見違えるような翔の部屋があった。ちゃんと床が見えて、ちゃんと整頓されていて、普通に歩ける。よく考えればそれで当たり前なのだが、新鮮だった。

「「どうしたの?」」

 机の前の椅子に座っていた翔と、ドアの前にいた三人が異口同音に言った。

「なんで、みんなして廊下に固まってるの?」

「いや、考えてたのと違ってたから。何を考えてたんだっけ?」

「散らかってるのを想像してたんだけど。ま、いっか。入るよ」

 言うと、リョウはさっさと部屋の中に入ってしまう。話が止まってしまうのは意味がない。

「ねえ、何でこんなに片付いてるの? あたし、翔の部屋の床はじめてみた」

「あ、絵麻が片付けてくれて」

 翔が椅子から立ち上がると、手で三人を座るように促した。言葉に甘えて、リョウはリリィと一緒にベッドに座らせてもらうことにした。

「絵麻が?!」

「あの子、片付けもできるのか?」

「凄いよ。一時間くらいでここ片付けてくれて」

「この部屋を片付けたっていうんなら本物よね」

 座る場所がなく、壁によりかかって目を丸くしている信也に同意して、リョウは頷いた。

「絵麻って何者なのかしら。結婚してるのかな?」

「聞いたけど、未婚だって言ってたよ」

「料理と掃除に引き続いて片付け……プロだな」

「そういえば、翔の用事って?」

 脱線しそうな話を引き戻すべく、リョウは翔に話を振った。

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