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Love&Peace  作者: 野田乃音
終わりからの始まり
18/45

内在する力の奔流

 片付けをした後、絵麻は翔にここの設備について説明してもらうことになった。

「ここはPCの職員用の寮館なんだ」

「そうなの?」

「一般には『第八寮』って呼ばれてる建物。二階に部屋が並んでたの、気がついた?」

「うん。右も左も六つずつ」

「あれが各人の私室。正面から見て右翼が女子、左翼が男子」

「みんな、ここに住んでるの?」

「そうだよ。台所やシャワーは共用だけどね」

 アパートみたいなものなのだろうか?

 絵麻がきょとんとした目をしているのを見て、翔は立ち上がった。

「どうしたの?」

「百聞は一見に如かず、って言わない? 回りながら説明していくよ。二、三日はここにいてもらうことになるだろうから」

 翔は立ち上がると、玄関ホールへ向かった。

 階段を上るとすぐ二階になる。吹き抜けになっている構造上、回廊になっていて、そこから左右に廊下が伸びていた。

「絵麻が使ってる部屋はそっちだよね。反対側に男子の部屋があるんだ」

「どの部屋も、みんな誰かが使ってるの?」

「左翼は二つ、右翼は三つ空いてるのかな? あ、今は絵麻が使ってるからどっちも二つずつか」

「ってことは……」

 絵麻は頭の中で計算してみる。

「七人住んでるの?」

「そうだよ。男子が四人で女子が三人。トータル七人。年はだいたいみんな同じくらいかな。十九歳から十五歳」

「え」

 絵麻は知らないうちに顔を赤くしていた。

「そんな年頃の人達がひとつ屋根の下って、いいの?」

 絵麻は祖母に育てられたせいもあり、かなり古風な恋愛観の持ち主なのである。

「鍵はかけるように言ってるから大丈夫だよ」

 翔の方はいたってあっさりとしている。

「右翼の方は誰がどこ使ってるのか知らないんだけど、左翼は説明できるかな。こっち側の、左側の一番手前は信也が使ってるよ」

「あ、それは知ってる」

 絵麻は今朝、信也が開けたドアに激突しかけたのを思い出していた。

「その奥が僕の使ってる部屋」

 翔はそう言うと、廊下を歩いて行った。

「ちょっと測定してみたいことがあるんだけど、来てもらえる?」

「うん」

 絵麻は後をついていき、翔が開けていたドアに入った。そして、絶句した。

 広さは昨日絵麻が使った部屋と同じくらいだろう。置いてある家具もベッド、机と椅子、チェストは変わらないものの、壁ぞいに低い本棚がずらりと取り付けられている。机の上には端末があった。

 しかし、絵麻が絶句したのはそれが理由ではない。

「翔……」

 絵麻は机の前で何かを探しているらしい翔に声をかけた。

「? 入っていいよ?」

「入る入らないの問題じゃないんですけど……」

 絵麻は自分の足元に視線を落とした。

 文字やグラフが印刷されたプリント用紙が無造作に散らばり、転がる実験用らしい石の入ったシャーレに押さえられている。そのすきまを針金や歯車などの機械部品が埋めていた。簡単に言うと、足の踏み場がなかったのである。

「一応、道はつけてあるんだけどな。そこのところ」

 翔が指した部分は、確かに周りより少しへこんでいる。

「いいの?」

 絵麻はなるべく体重をかけないように、つま先で歩いた。

 部屋に入ってよく観察してみると、本棚に入っている本も大きさやサイズがばらばらである。机の上の棚には工具があふれかえっていて、ベッドの上もプリントアウトされた書類や専門書で山ができていた。椅子の上には脱ぎ捨てたらしい白衣やスウェットが山積みになっている。

「あの」

 絵麻は姉との二人姉妹だから、男の子の部屋というのに入ったことがない。

(男の子って、こんなに散らかすものなの?)

「何?」

「これ、最後に片付けたのいつ?」

「えっと、一カ月くらい前かな」

「言いにくいんだけど、これで大丈夫なの?」

「うん。大丈夫」

 翔は何をそんなに気にすることがあるんだろうと言いたげな顔で頷いた。

 絵麻は言葉をなくして立ちすくんでしまった。

 それにしても、人智を越えた散らかし方である。

(こっちの世界って、みんなそうなの?)

 そんな疑問が浮かんだ絵麻は、翔が自分に背中を向けていることを確認すると、そっと部屋を抜け出した。

 運よく、隣の信也の部屋のドアは鍵がかかっていなかった。

「失礼しまーす……」

 ドアを薄く開けて中をのぞきこむ。

 と、意外に整頓された部屋がそこにはあった。ごちゃごちゃしているのは机の上だけで、後は実にさっぱりとしている。

 絵麻は無言でドアを閉めると、翔の部屋に戻った。

 翔はまだ机の前で何かを探している。

「何を探してるの?」

「パワーストーンエネルギーの測定器。ここの辺りにおいたはずなんだけどな」

「それって、どんな感じの物なの?」

「こんな形のやつで、横に赤と青のコードのついた測定針がついてる。本体の色は朱色」

 翔は指先で、空中にカマボコのような形を描いた。

「朱色、か」

 絵麻は手近な物を隅によけながら、それらしい物を物色しはじめた。

 物色しながらもついつい習性が出て、本や書類、工具類などを器用に選別して、唯一スペースが空いていたベッドの上に積み重ねてしまう。

 やがて、その甲斐あってか、絵麻は目的の物を見つけることができた。

「ねえ、測定器ってこれのこと?」

 床がようやく見え出した一角に、朱色の機械が置かれている。

「あ。これだよこれ。こんな下に置いたっけ」

 上に三十センチ近くも物が積もってればわからなくなるよとは、絵麻は言わなかった。

「よかったね。みつかって」

「ありがとう」

「これ、どうするの? 何に使うの?」

「パワーストーンが内包するエネルギーを測れる機械なんだけど、ちょっと実験したくて」

「実験?」

「絵麻、この両端を持ってくれる?」

 翔は測定針のついたコードを絵麻に持たせると、朱色の本体についたスイッチをいじりはじめた。

「何をしてるの?」

「絵麻の中のエネルギーが知りたいんだ。血星石が人体に入ったらどれだけのエネルギー量になるのか」

「人間も測れるの?」

「パワーストーンエネルギーって、人なら誰でも潜在的に持ってるものなんだ。プラスマイナス二の間で常に揺れてるんだけど、決してその領域を越えることはない」

 絵麻は測定盤をのぞきこんだ。

「マイナスって、悪いことなの?」

「人体に悪影響を及ぼすパワーストーンはマイナス判定を出すことが多いけど、マイナス三までは大丈夫だよ。血星石はマイナス五」

「翔たちは?」

「僕ら? 僕らは普通にしていて三くらいかな。同調すると軽く倍になるけど」

「プラスマイナス二は決して越えないんじゃないの?」

「それは同調できない人の場合。稀に高い数値を出す人間がいて、そういう人はマスターになる確率が高いんだ。僕らみたいに」

「そうなんだ」

「数字はマイナス十から十まで。高ければ高いほど力は強くなるんだけど、代償として精神を消耗するから高ければいいとは言えないな。廃人になる可能性もあるから、マイナス三から三のあいだっていうのがベスト」

「廃人って」

 絵麻は思わず自分の肩を抱いた。

「わたしは、どのくらいならいい結果なの?」

「絵麻が本来持っているエネルギーを二としてマイナス三ってとこかな。大丈夫だよ」

 言いながら、翔は測定のボタンを押す。

 その時だった。

 ヴヴッと唸りを上げて、針が大きく左右に揺れる。

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