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Love&Peace  作者: 野田乃音
終わりからの始まり
16/45

平和部隊と異邦人

「PC?」

 その時だった。

「信也?! まだ寝てるの? 遅刻するよ!!」

 吹き抜けの下から、リョウの声が響いてくる。

「あっ、忘れてた。今行く!」

 信也は怒鳴り返すと、そのまま絵麻を素通りして階段を降りようとする。

 が、その途中で振り返った。

「こいよ。別の世界の住人でも、朝飯くらい食べるだろ?」

「別の、世界?」

 絵麻の疑問には構わず、信也はさっさと階段を降りると、昨日話したリビングの隣のドアに入って行った。

「信也、何やってたの?! 遅刻したらまた給料引かれるよ?」

 そのドアにもたれかかるようにして、チョコレートブラウンの髪の少女――リョウが立っている。

 信也には文句を言ったリョウだったが、彼の後ろに絵麻の姿をみつけると文句をひっこめた。

「あ、絵麻じゃない。オハヨ」

「おはよう……」

 絵麻は小さく笑顔を浮かべた。

「よく眠れた?」

「うん」

 絵麻はこくんと頷いた。

「よかった」

 リョウはにこっと笑ってみせた。

 絵麻はじっと目の前の少女を見つめた。

 姉と同じ年頃だが、姉のような居丈高な部分はない。 紫色の瞳は、昨夜からずっと絵麻を心配してくれていた。

「ありがとう……リョウさん」

「丁寧だね。みんな呼び捨てちゃっていいのよ?」

「そうなの?」

「さん付けって、貴族の間で好まれてる丁寧語だから。むしろきらいな人もいるくらいなの。あたしは別にどう呼ばれても構わないけど」

「貴族?」

「あ、時間本格的にやばいかも。今日準備あるのに」

 リョウは絵麻を戸口の中に引っ張りこむと、入れ違いに部屋を出た。

 そこは台所だった。

 四人がけの木製テーブルが三つと、対面式のキッチンセット。キッチンの中に翔がいて、中央のテーブルに信也が、奥側のテーブルにリリィが座ってそれぞれ何か食べている。

 台所というよりは、食堂みたいなものなのかもしれない。

「おはよう。絵麻」

 翔はキッチンの中から、ちょっと情けなさそうな顔をみせた。

「見て。これ、焦がしちゃった。洗い終わったら、絵麻のぶんを作るからね」

 翔がフライパンを持ち上げる。そこには見事な焦げつきがあった。食べたらきっと病気になるに違いない。

「おはよう……すっごく焦げてるね」

 絵麻は苦笑いした。

 家事に慣れている絵麻は、こんな失敗はまずやらない。子供のころの二、三回はともかくとして。

 結女は家事を全くしない人だったから、フライパンの焦げつきは久しぶりに見る。

「翔って、料理するの?」

「七人で当番制だからね。今朝は僕ってわけ」

「七人?」

 絵麻が会ったのは翔、リリィ、リョウ、信也――四人だ。

「もう起きて平気? 気分が悪かったりしない?」

「大丈夫だよ」

「よかった」

 翔が絵麻に笑顔を向ける。

「さて、焦げつきが取れた。今から作るね」

 二人の間に昨日の張りつめた空気はない。

 今は怖くないから。

 お姉さんなら、料理はしない。フライパンも焦がさない。

 絵麻が静かに笑っているのを見て、リョウと信也は視線をかわした。

「落ち着いたみたいね」

「このぶんなら大丈夫そうだな」

「さてと。あたし、もう行くね。時間だから」

 時計に目を走らせたリョウは、足元に置いてあったカバンを取った。

「待って。俺ももう行く」

 自分の皿を空にした信也が立ち上がる。

「行くって、どこに?」

 その言葉を絵麻が聞きとがめた。

「仕事だよ」

 信也はきょとんとして言った。

「仕事?」

「俺は通信士だからな。PCの通信局で働いて」

「信也、説明してると遅れるんだって!」

 リョウの声に、彼は我に返った。

「そうだ。それじゃ後は翔にでも聞いてくれ」

 信也は翔の方を示すと、リョウについて食堂を出て行った。

「仕事?」

 学校ならともかく、仕事って――。

 そういえば、科学者だの医者だのということを言っていたような気がする。

「あ、まだPCのことを説明してなかったね」

 翔は視線を下に落としながら言った。

 そこには焦げつきを落としたフライパンがあり、標準よりちょっと大きめの目玉焼きが乗っている。

「ピーシー?」

「平和部隊――Peace・Corps。略してPC」

「平和……?」

「絵麻のいた世界にはなかった?」

 あいまいに頷いた絵麻だったが、そこでひとつの疑問に気づく。

「世界?」

「昨日ずっと考えたんだけど、結局、僕の結論は『君は別の世界の人間』ってことになったんでね。そうすれば話が簡単になる」

「そうだよね」

 確かに、地球とGガイアが『別の世界』なら、話は単純である。

 お互い違う常識を持っているのが当然。自分の頭がおかしくなったという心配は一切しなくていい。

「けど、平和部隊って? 確か、国王に統一された君主制国家だって」

「国王が真剣に統一していてくれれば、PCも爆弾もパワーストーンも必要ないんだけどね」

 翔は小さく息をついた。

「?」

 その時、部屋の隅で物音がした。

 食事をし終えたらしいリリィが、食器を持ってキッチンに歩み寄ってくる。

 純金の髪が朝日に透けて輝き、彼女の美貌を際立たせる。

 切れ長の、姉と同じ瞳が、じっと絵麻をみつめていた。

 絵麻はびくりと肩をすくめる。

 それでも、必死に見つめ返す。楽しいところを見つけようとして。思い出した時、笑えるようなところを探そうとして。

 でも――みつからない。

 見つめれば見つめるほど、彼女は姉に似ているから。

 リリィは絵麻を見て、唇を動かした。

「……」

 彼女が何かを告げたい事、告げようとしてくれていることはわかる。

「……!」

 這い上がってきた恐怖に、絵麻は両手を握りしめた。

 制服の肩が震え――瞳は闇を映す。

 そんな様子を、リリィは寂しそうに見ていたのだが、翔にうながされて視線を外した。

 流しの中に使い終えた食器を入れ、戸口へと歩きだす。

「気をつけてね、リリィ」

 翔に言われて、リリィはふり返ると短く何かを告げた。

 翔の方はそれがわかるらしく、少し笑って続ける。

「充分気をつけるよ。何かあったら連絡するから」

 絵麻はリリィから視線が離せなかったのだが、彼女がふたたび絵麻の方をみつめることはなかった。

 そのまま、彼女は戸口から玄関へと姿を消した。

 それを確認するのと同時に、絵麻の体から力が抜ける。

「絵麻?」

 膝から力が抜け、絵麻は床に崩れ落ちそうになったのだが、手に触れたキッチンのカウンター部分をつかむことでなんとか持ちこたえた。

「大丈夫?!」

「……みたい」

 と言いつつも、顔色は真っ青になっている。呼吸が、少し浅い。

(リリィには反応する?)

「どこかの椅子に座って。卵できたから……」

 翔は絵麻に椅子をすすめた。それから、フライパンを火から下ろし、皿に目玉焼きを移そうとしたのだが。

「あ」

「またやっちゃった」

 翔は肩をすくめた。

 フライパンの中の、さっきまで美味しそうだった目玉焼きは、見るも無残な炭の塊になっていた。

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