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Love&Peace  作者: 野田乃音
終わりからの始まり
11/45

明かされていく世界

「聞きたい……こと?」

「うん。山ほど」

 翔は深い茶色の瞳を絵麻に向けた。

「でも、こっちばっかり聞くのも悪いから、ひとつ聞いたら絵麻も何かひとつ聞いて。

答えたくなければ黙ってくれていいよ。ただし、こっちは勝手に解釈させてもらう。それでいい?」

「うん」

 絵麻は頷いた。

「僕は今聞いたから、そちらからどうぞ」

「あ……えっと……」

 急に振られると、言葉が続かない。絵麻は少し悩んでから口を開いた。

「ここはどこ? グリーンガイアって」

「グリーンガイア国。ひとつの大陸から成り、有史からガイア王朝に統治される君主制国家。現在は国王ガイア十八世の統治下におかれる。

 東西南北、中央の五地区に分割され、それぞれに領主と呼ばれる特権階級の貴族が存在する。

 こんなものでいい?」

「お前、教科書の文句そのままじゃないか」

 横にいた信也が幾分引き気味に言う。

「グリーンガイア……」

 やっぱり、絵麻の知らない世界だ。

「次はこっちね。絵麻はどうやって空中に移動したの?

 戻り玉を知ってるわけじゃない。みたところ中央人だから、超能力者でもない」

「わたしにもわからないの。気がついたら落ちてた。

 それに、わたしは中央人じゃない。日本人よ」

「ニホン?」

 絵麻の言葉に、翔以外の三人が疑問の表情になる。

「どこの地区?」

「聞いたことないけど、俺が忘れてるだけか?」

「茶色の目と黒っぽい髪だから、僕らの感覚で言えば文句なしに中央人なんだけど」

「中央人は、そういう外見の人を言うの?」

「それが質問?」

「うん。聞きたい」

「さっき、五つの地区に別れているって話をしたよね? 東部、西部、南部、北部、中央部……住んでいる人は、外見が少しずつ異なるんだ」

「少しずつ?」

「基本的な生態系は変わらないよ。髪と目の色、あと、肌も少しかな。中央部出身の人は、茶色の目と黒っぽい髪って組み合わせが多いんだ。僕も中央人だよ」

 翔は自分の髪をつまんでみせた。

 いくらか青みがかっているが、間違いなく『黒っぽい髪』だ。

「他は? 連続になっちゃうか」

「おまけしてあげる。東部は黒い髪に黒い目で、中央部とよく似てる。西部は、鈍い金髪と緑色の目。リリィが西部出身だよ」

 うながされ、絵麻は怖々とリリィの方をみつめる。

 部屋の中でも輝く金色の髪。切れ長の碧色の瞳。

「鈍くなくない? ずっと綺麗だよ?」

「個人差ってものがあるからさ。僕が言ってるのはあくまで基準値」

「確かに」

 日本人は黒髪である。が、茶色っぽい髪質の人も存在する。

 それと同じなのかもしれない。

「北部は淡い金髪に青い目。南部は茶色い髪に茶色の目っていうのが一応の基準。この二人の出身地だよ」

 翔は横にいた信也と、さらに横にいたリョウを示した。

 信也の髪はこげ茶色で、目も同じ色。

 リョウはチョコレートブラウンの髪で、目の色は紫。

 二人とも基準とは少し違っていたが、これも『個人差』なのだろうと、絵麻は納得した。

「こっちの番だね。絵麻の家族はどこにいるの?」

「家族……」

 絵麻は肩をこわばらせた。

「お祖母さんを呼んでたでしょ? 心配してるだろうから、連絡しないと」

 翔はおそらく気をつかってくれたのだろう。けれど、その気づかいが、絵麻にはつらい。

「お祖母ちゃんは……死んだよ」

 絵麻はぎゅっと、両手を握りしめる。

「前の日まで元気だったのに、遊びにいったら、そのときは、もう……」

「そっか」

 絵麻はもっと聞かれることを覚悟したが、翔は何か言いたげではあったものの、それ以上聞こうとはしなかった。

「次は絵麻。どうぞ?」

「石って、何?」

「これのこと?」

 翔はポケットから、さきほどのシャーレを取り出すと、テーブルに置いた。

「これは力包石(パワーストーン)だよ」

「パワーストーンって、おまじないとかに使うあれ?」

「絵麻はそういうふうに使うの?」

 翔は興味深そうに目を見張った。

「わたしは使ったことないけど、雑誌の広告とかでよく見たよ。『愛を育むローズクォーツ』とか」

「薔薇石英にそんな効力あったっけ?」

「さあ?」

「ローズクォーツっていえば、あれでしょ? ピンク色した石」

 リョウの言葉に、リリィがこくんと形のいい顎を上下に振る。

「翔が知らないんじゃ、俺が知ってるはずがないよ」

「どのへんで愛を育むんだろ? 色がピンクだからかな?」

「石英ってことは水晶と同じ分類で、確か透明石の塊状……一般に知られてないような、人の気持ちに作用するような特殊成分が」

 翔がうつむいて、机に置いたノートに何かを書き始める。

「あの、パワーストーンって、違うの?」

「あ、ごめん。脱線した」

 翔は顔を上げると、ぱたんとノートを閉じた。

「パワーストーンっていうのは、ガイアの鉱物資源だよ」

「鉱物……資源?」

「見た目は普通の石なんだけどね。特殊な機械に接続すると電気エネルギーを発するんだ。あっちを見て」

 翔は入り口近くの壁を示した。

 そこには照明のスイッチらしい装置があった。一般に想像されるはめ込み型の、上下に動かすスイッチなのだが、その横の壁には、琥珀色の石が一緒にはめこまれていた。

「?」

 翔は立ち上がって壁際に歩み寄ると、スイッチを下に下ろした。

 部屋の照明が消えるが、まだ夕刻前なので、突然真っ暗という事態にはならない。

 だから、絵麻には琥珀色の石が壁から外れ、翔の手の中に収まるのがはっきりと見えた。

「え?」

「これがパワーストーン。接続するよ」

 翔は今度はスイッチには触れず、手の中の琥珀色の石だけを壁にはめこんだ。

 とたんに室内灯がつき、さっきの状態に戻る。

「あ」

「この壁に機械が嵌め込んであるんだ。最初の規格で回路は設定されているから、操作はパワーストーンを取り外すだけ。簡単でしょ?」

 スイッチはパワーストーンの取り外しにだけ使われるものだったのだ。

「凄い」

「絵麻がいた場所にはないの? どんな辺境でもほとんど普及しているはずだけど」

「電気はあったけど、こんな石からは何も取れなかったよ。水力発電とか火力発電」

「それ何? どんな方法を使って電気エネルギーを発生させるの?」

「えっと、水力発電は水の流れでタービン回して、火力は石油を燃やしてその蒸気でタービン回して……かな」

「また脱線してないか?」

 信也の一言で、二人ははっと我に返った。

「ごめん。でも参考になった」

 翔はノートに書き付けながら、楽しそうな笑顔を向けた。

(この人、こういうのが好きなのかな)

 その笑顔をみて、絵麻の中に漠然とした思いが浮かぶ。

「平たく言うとガイアの鉱物資源だね。日常に欠かせない物だから、手軽に店で買えるよ。純度によって使える期間が変わって、それに応じて値段も色々」

「ふうん」

 絵麻は考えて、かねてからの疑問を口にした。

「パワーストーンを持つと、みんな、力が使えるの?」

「いいや」

 翔はノートを閉じて、真剣なまなざしを絵麻に向けた。

 何かを確かめるような。それとも、値踏みするみたいな?

「パワーストーンは、一般公開のデータでは鉱物資源として、特定の機械にかけた時のみ電気エネルギーを発する物、になってる。

 けど、本当に稀に、機械を媒体にしなくても石に同調して、力を引き出す人間が出てくる」

「力を、引き出す?」

「その時の力は電気エネルギーに限らず、石によって様々。僕が確認できてるのはだいたい九つくらいかな?」

「ねえ、もしかしてその力って、あの雷なの?」

 絵麻はさっきの、大熊を一撃で倒してしまったあの雷撃を思い出していた。

「そういうこと。僕はどういうわけか、同調しても電気エネルギーなんだよね」

 翔はシャーレを指ではじいた。

「同調ってことは、翔は力を引き出せる人なの?」

「そうだよ。僕らは『マスター』って呼ぶんだけど」

「マスター?」

「力包石の(パワーストーンマスター)。ある特定の石から力を引き出し、操ることのできる特殊能力者のこと。僕はパワーストーン『電気石』(トルマリン)のマスター」

 そういって、翔はシャーレに入っていた緑色の石を取り出した。

「それが、パワーストーン? わたしには普通の石にしかみえないんだけど」

「こうすれば普通じゃなくなるでしょ」

 翔は手のひらを石にかざした。

 呼応するように、石が限りなく白に近い青の輝きを放ち、かざされた手のひらの中に吸い込まれていく。

「見えた?」

「うん。青くて白い……白くて青いのかな? イナズマの色」

「見えるか。素質あるみたいだね」

 翔が手を戻すと、光は名残惜しそうに一瞬だけまたたいて、消えた。

「素質?」

「僕らと同じ道を歩いてしまう素質」

「僕ら?」

 絵麻はきょろきょろと周囲を見回した。

「あの、もしかして、みなさん……」

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