力包石の能力者
「あ、リョウ待って!」
「止めてぇっ!!」
絵麻の様子が変なのに気づいた翔がとっさに叫び、金髪の少女も茶髪の青年もその場から立ち上がりかけていたが、それら全てをかき消す勢いで絵麻は絶叫した。
「え、な、何?!」
「お願い……止めて。何もしないで。殺さないで……!」
絵麻は全てを遮断するように、膝の上のリュックに顔を埋めた。
「近寄らないで……どこかに行って! わたしの前からいなくなって!!」
「どうしたの?! あたしはただ……」
追及しようとした少女――リョウの手を、そっと金髪の少女が押さえる。
「リリィ?」
リリィ、と呼ばれた金髪の少女は、静かに首を振った。
「止めろって? けど、あたしは」
「リョウ、止めてあげて」
静かな声は翔のものだった。
「絵麻。そのままでいいから聞いて――僕らは、君に決して危害は加えないから。
リョウは、治そうとしたんだよ」
「治すって、あれが?!」
絵麻は顔を上げた。
錯乱した状態の、青ざめ強ばった表情。
「そうだよ。あれがリョウの治し方。リョウは回復能力者だから」
翔は落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で話した。
「回復?」
「僕が雷を使ったのを、絵麻はみたよね。基本はあれと同じ」
「いいのか? お前、ナントカ事情だって俺らに口止めしてることしゃべって」
横にいた青年が口をはさむ。
「機密事項?」
訂正したのはリョウ。
「あ、それだそれ。いいのか?」
「仕方ないよ。黙っていたって混乱させるだけだ。かかわらせてしまったのは僕だし……責任は僕が取るから、大丈夫」
翔は絵麻に向き直った。
「僕は雷を使う。リョウは、対象に手をそえることで回復させることができる」
「嘘。そんな魔法みたいなこと」
絵麻は信じられないといった表情で周囲を見回した。
「本当よ? あたし、本当にあなたのこと治そうとしたの。わかって?」
そういうリョウは、どこからどうみても普通の若者だ。
普通の感じなのに、どうして?
魔法なんて、テレビやゲームの中だけの虚像じゃないの?
「困ったな。どうやったら信じてもらえるんだろ」
リョウが困った風に男子二人を振り返る。
「そっか。俺はともかく、リョウは実演できないもんな。俺がやったところで、この子が信じられるかなんてわかんないし」
その時だった。
ふいに、冷たい――とても冷たい波動を感じて、絵麻は視線をそちらに向けた。
リリィがそっと、リョウの袖に触れている。
「どうしたの?」
その手には、いつのまにか透きとおる刃が握られていた。
リリィが何事かを囁く――今度も、絵麻には声は聞こえなかった――と、リョウがとんでもないというふうに首を振った。
「ダメよ。実演っていったって!」
次の瞬間、リリィは自分の手の甲を刃で切りつけた。
白い肌に、対照的な赤い線が浮き上がる。
「リリィ?!」
「なんて事するの!? いくら治してあげたいからって」
リョウはリリィの傷ついた手をとろうとしたが、リリィはそれをかわして絵麻に血のにじむ傷口をさらした。
そして、唇を動かしたのだが、そこにあるはずの音が全くしなかった。
「あ!」
絵麻はその時、はじめてリリィがしゃべれないのだという事に気づいた。
声が聞こえないように、意地悪をしていたわけじゃない。声は元々出ていなかったのだ。
「無茶するわね。傷が残るかもしれないよ?」
リリィは首を振ると、今度は素直に自分の手をリョウに預けた。
体の位置を少しずらして、絵麻に自分たちの手が見えるようにする。
そして、もう一方の手で絵麻を指さすと、その手を自分の傷のある手に移動させた。
よく見ていてね。治るから。そう言っているようだった。
「見ててね。いくよ」
リョウがそっと、傷ついた手に自分の手を重ねる。
目を閉じ、意識を集中させる。その時、絵麻はまた不思議な波動を感じた。
彼女の体を包むのは、乳白色の光。
あたたかい、光。
その光の根源は、彼女がつけているブレスレットのトップについた、乳白色の石だった。
彼女の体を包んでいた光はやがて手に集中し、リリィの傷ついた手へと溶け込む。リョウが手を離した時、リリィの血がにじんでいた手の甲は元の白い手の甲へと戻っていた。
「治った?」
「うーん、ちょっと傷残ったかな? ごめん」
リリィは気にしないでというように首を振った。
そして、もう一度絵麻に手の甲をみせてくれる。
その手には、斜めに薄い傷痕が残っていたが、傷口も血も見当たらない。
「治ったんだ……よかった」
絵麻が掠れた声で呟くと、リリィはふわっと笑顔をみせた。
やさしい春のひざしのような笑顔は、姉のものとはまったく違っていた。
瞬間、彼女の顔から冷気が消える。優しい、暖かい表情になる。
(お祖母ちゃん?)
「さて。次はあなたの番。なるべく触らないようにするから」
「え?」
リョウの言葉に、絵麻は目を見張った。
「治してくれるの?」
「当たり前。何のためにリリィが自分に傷をつけたの? あなたのためでしょ?
うかつだったね。あなたに傷があるのに最初に気がついたのが医者のあたしじゃなくて、リリィだったなんて」
絵麻は黙って顔を上げた。
その首の部分に、リョウは静かに両手をかざす。直接触れてつかむのではなく、包み込むように。
それは姉の冷たい手とは全く違う、暖かい手だった。
「終わり。今回は成功かな」
その言葉に反応して、絵麻は首に指をやったのだが、さっきまであった、鎖がくい込んだ跡はきれいになくなっていた。
「まだちょっと赤いけど、これは一時的。すぐ治るからね」
リョウがそう言って、明るく笑う。
「どうして……」
わたし、酷いこと言ったのに。
どこの誰なのか、全くわからないような子なのに。
「おちついた所で、本題に移っていい?」
翔が注意を向けるように、指先で端末の上部を叩く。
その時、絵麻は翔の手が焼けただれていて 指先に血の玉が浮かんでいるのに気づいた。
片手にはキャップを外した万年筆が握られている。その先にも少しだけ、血がついていた。
「あ……」
翔はばつが悪そうに笑うと、血をぬぐった。
「ここから本番。信也と話して、端末でも照会したんだけど、絵麻に聞きたいことが結構多いんだ」
ふっと、笑ってみせた。




