我、汝に復讐す
電撃チャンピオンロード応募作
テーマは「復讐者」。2000字以内。
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「そこで止まれ」
僕の声に山田は足を止めた。そして僕の顔を見て、少しおびえた表情を浮かべた。
時刻は夜の11時。場所は山田が住む2階建てのアパートの前にある駐車場。僕は山田が帰ってくるのを何時間も待っていた。
「僕がここにいる理由は分かるな」
「ああ、察しはつく」
山田は少しうつむきがちに答えた。
「僕がずっと好きだった彼女を、君は口説き落とした。君は僕が彼女を好きだということを知っていたはずだ。それなのに彼女に手を出した。君のことは友達だと思っていたのに。君と彼女が付き合っていると知ったときから僕は悔しくて悲しくて夜も眠れない。昼も仕事に集中できない。だから僕は恨みを晴らすために、君に対して復讐権を行使する」
復讐権とは、憲法第40条の2「すべて国民は、法律の定めるところにより、復讐権を有する」と規定されている国民の権利である。僕はその復讐権を今から行使し、怒りを山田にぶつけてやる。
僕の言葉に山田は軽く息を吐くと、意を決したように話し出した。
「君の言いたいことはわかる。俺は君が彼女のことを好きだということを知っていた。知っていながら彼女を口説いた。確かにそれだけなら復讐権に値するだろう。だが、事実は君が考えているのとは少しばかり違う。むしろ復讐権を行使する権利は俺にある」
「なに? どういうことだ」
思い描いていたシナリオとは異なる山田の言葉に、僕は戸惑った。
「俺は彼女と付き合い始めて1月になる。彼女はよくうちにも来る。それで分かったんだが、彼女は君が思っているような女じゃない。昨日なんて、夜中につまらないことで言い争いになって、彼女は部屋にある物を俺に投げつけて、皿は割れるしテレビの画面は壊されるしで、部屋はめちゃくちゃだ」
「まさか。彼女はそんなことをする人じゃない」
僕はそう言いながらも、山田の顔の絆創膏や、首についたひっかき傷が目に入った。
「人は見かけによらないものだよ。とんだじゃじゃ馬だ。君が早く彼女に告白して付き合っていれば、俺がこんな目に合うこともなかった。だから復讐権を行使する権利は俺の方にある」
僕は意外な話の流れに当惑した。そして返すべき言葉を探していると、新たな人影が僕たちの方に使づいてきた。
「さっきから何を言っているの。復讐権なら私が行使したいわ」
それは彼女だった。途端に山田の表情に怯えた色が浮かべた。
「なんで、君が復讐権を行使するんだ。昨日さんざん暴れたじゃないか」
「あんなもので足りるわけないじゃない。あなた、自分が私に何をしたか覚えていないの?」
彼女はそう言うと、僕の方を見た。
「ねえ、鈴木君。信じられる? この人、二日前に私が買って冷蔵庫に入れていたミルクプリンを食べたのよ。それもただのミルクプリンじゃなくて、十角堂の期間限定のミルクプリン。北海道産の生乳と生クリーム、それと烏骨鶏の卵をたっぷり使って、とろけるような食感がたまらないと評判で、朝から並んで手に入れたのよ。ひとつ487円(税込)。それを食べるのをどんなに楽しみにしていたかわかる? それなのにこの人勝手に食べたのよ」
「それは…」
僕がどう反応していいか分からずに戸惑っていると、山田が口を開いた。
「だからそのことは何度も悪かったって謝ったし、代わりにデザートをおごるって言ったじゃないか。それなのに君ときたら、あんだけ部屋をめちゃくちゃにして。それでもまだ足りないのか」
すると彼女の表情には怒りの表情が浮かんだ。
「だから、そういうことじゃないのよ。私はあのミルクプリンをあの時に食べたかったの。それだけを楽しみにして一日仕事に耐えてきたの。残業が終わって疲れてやっと帰ってきて、冷蔵庫を開けたらそこでミルクプリンちゃんが『ただいま~』って待っていてくれるかと思ったら、ミルクプリンちゃんはそこにいなかったのよ。その完膚なきまでの喪失感、虚脱感はあなたには決してわからない。それを償わせるためには、まだまだ復讐権を行使する必要があるわ」
「だから、俺にこれ以上何をしろと…」
山田は泣きそうな声だった。
僕は予想外の展開と彼女の意外な素顔を見て、どうすればいいのかわからなくなっていた。山田と彼女はさらに言い争いを続けているが、僕はそれを静観しているしかなかった。そういえば、そろそろ終電の時間だ…。
その時だった。がらがらと上の方で窓が開く音がした。
「さっきからうるせえぞ」
どなり声がした。アパートの二階。70を過ぎたかと思われる老人がベランダに立ち、顔を真っ赤にしていた。
「今、何時だと思っているんだ。それにお前ら昨日も深夜に喧嘩していただろう。こっちは夜中に起こされたんだぞ。さっきから復讐、復讐って言っているが、安眠妨害で俺がお前らに復讐権を行使してやる」
やれやれ。今夜は長くなりそうだ。