☆おみくじで運だめし☆
はらり、はらり。
雪が舞う。
空を見上げれば、瞼をおもたげに落とすような灰雲。手のひらをかえせば、消えゆく欠けら。まるで桜の花びらのごとき、軽さ。
雪のはかなさを寒さごと、体で感じている。
からり、からり。
石畳を鳴らす下駄の音。
さら、さら。
流れるすすぎ場の水。
左手を清め、右手、口と続く。長く垂れ下がった振り袖の袖が濡れないよう、気を付けながら。
後ろに朱塗りの鳥居を背し、賽銭を投げ込む。げんかつぎをして、十円と五円一枚ずつ。十分ご縁がありますように、人でむせかえす中、柏手でしめくくった。今年も良い年でありますように。それが毎年恒例の一年の始まりだった。
「香奈ちゃん」
一足先に参拝を終えた昴さんが破魔矢を片手に大きく手を振りつつ、参拝を終えた香奈のもとへ、駆け寄ってきた。
昴さんは五歳年上の会社員で、切れ長な目が印象的な実兄である。昨年、二十歳をむかえた香奈に成人でも、大学生は学生=子供だからな、とお年玉をくれた太っ腹な兄なのだ。ただし、おみくじ次第でお年玉の額を決めるという、抽選会みたいなことをしたがるのでちょっと困りものだ。
「昴さん、やはりやるのですか?」
「当たり前だろ。運だめしほどおもしろいことはない」
昴さんは意気込んで着物の袖をたくし上げる。にかっと前歯をみせる姿は幼い頃からかわらない。
毎年おみくじでどっちが良い方か競わさせられる方の身になってほしい。昴さんが香奈より良いほうを選らんだのなら、超ご機嫌でおしるこなどをおごってくれたりするので、まあよいのだが、悪い場合が迷惑ものだ。意地汚くも、自分が良いほうになるまで何度でも、おみくじをひき続けるのだ。
なんて子供っぽいことを、昴さんは二十五になってもやっているのかしら?それに付き合うわたしもわたしだけれど…。
「香奈ちゃんどれにする?」
おみくじといっても何種類もあっておもしろいものだ。年毎に微妙に顔ぞろえが違ったりして、おみくじにも流行とかあるのかもしれない。なんて考えてしまう。
定番のシンプルなおみくじや恋みくじ、パワーストーンや縁起物が入ったもの。昴さんはどれにしようか悩んで腕組みをして、眉間にしわまできざんじゃっている。目新しい物好きの香奈はというと、パワーストーンいりのおみくじをさっとまぜ一つを取り出した。
「あら、末吉だわ」
まぁまぁな位置である。末吉より上を昴さんが引いてくれたら万事休すなのだが。ちなみに香奈のひいたおみくじに入っていたパワーストーンは小石ほどの水晶だった。
昴さんはやっと決めたのか、普通のおみくじを一心不乱に掻き混ぜていて、周囲をひかせていた。
香奈が
「昴さん」
と声をかけると同時に天高く腕を振り上げた。
「これだ!」
そういって一つのおみくじをわくわく顔で開きはじめた。
「吉だ!」
ちょっぴりがっかり気味だ。
「香奈は?」
「残念ながら末吉ですわ」
昴さんは地面に膝をつきかねないほどショックだったらしく、しばらく黙っていたが、急に大声をだして勢いづく。
「香奈もうひと勝負だ!好きなのをひけ〜」
ひけ〜、と言われてもね。と思いつつ、押し花の入ったおみくじをひく。ちなみに昴さんはまた普通のおみくじで挑んできた。
「小吉ですわ。昴さんはなんでしたの?」
香奈が問うと、にっかとした笑顔がかえってきた。
「じゃぁ〜ん、大吉!」
ブイ、とブイサインを突き出してくる。しかも、ひらひらと大吉のおみくじをひらつかせながらである。
嫌味でしかない振る舞いも慣れたもの。昴さんの機嫌がよくなってよかったと安堵のため息をつく、香奈であった。
ひいたおみくじを縦に細長く四つ折りにし、細い縄がはりめぐらせれた結び場に昴さんと二人して、おみくじを結び付けた。
ふいに懐から財布を取出し、昴さんはお札を一枚取り出した。
「香奈ちゃんの今年の運は悪そうだから、お年玉は一万円ね」
やった〜!思わずガッツポーズをとる香奈に昴さんがお札とポチ袋を一枚差し出す。
「めんどくさいから、自分で入れてね」
もう恒例なので何も言わず、自分で一万円札をポチ袋に折り畳んで入れた。巾着袋にポチ袋をなおしつつ笑みがこぼれた。
今年もいい年のようだ。
「香奈ちゃん、甘酒飲まない?おごってあげるから」
いつのまにか、昴さんは近くの出店に並んでいた。
昴さんのそばまで駆け寄った香奈は笑顔を向けた。
「ごちそうになります。昴さん」
そうして、香奈の一年は始まっていくのであった。