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短編

今さら気づいてももう遅いのだから

作者: 木蓮
掲載日:2026/07/11

 王太子ルグレスの婚約者候補の令嬢が隣国の王太子から求婚された。

 執務室で報せを受けた王は幼い頃から知る少女の幸せを祝った。長く仕える者たちも同じ気持ちなのだろう。皆笑顔を浮かべている。

 しかし、その長雨の後に陽射しを浴びたような温かな気持ちは、荒々しい足音とともにルグレスが飛び込んできたことで吹き飛んだ。


「父上!! 話がありますっ!!」


 王は驚く側近たちに下がるように命じると、息を切らす息子を落ちつかせるためにゆったりと問いかけた。


「騒がしいな、ルグレスよ。おまえの用事とやらは、王太子が大勢の人間の前でそのような醜態をさらしてまで訴えるほどのものなのか?」

「そ、それは申し訳ございません……。しかし、エレインがサンティス殿に求婚されたとは、本当のことですかっ!?」


 叱られたルグレスは一瞬大人しくなるもまた大声を上げる。

 あえて黙っていたのにどこで聞きつけたのか。いや、彼らの動きを探っていればいずれこうなったことは予想が付くか。何にしても面倒なことになった。

 怒りのままに荒れ狂う姿に内心深いため息をつきつつも、なだめるように語りかける。


「ああ、その通りだ。サンティス・ルークス王太子殿下はおまえの婚約者候補エレイン・スフィーダ伯爵令嬢に求婚し、スフィーダ嬢もまた両国の絆を深めるためになるならばと快諾してくれた。もちろん、私も喜ばしく思っている」


 自分も承諾していることだとうなずくと、ルグレスは怒りで赤く染まった目で王をきっとにらみつけた。


「私は反対です! 確かに両国の関係を深めることは重要ですが。エレインはかつて聖なる力で魔獣の大群をしりぞけた聖女の血を引き、微々たるものとはいえ同じ力を持つ者ですっ。我が国の防衛に関わる者を王太子とはいえ他国の人間にやすやすと渡すわけにはいきません!」

「確かに、スフィーダ嬢の力は貴重なものだが。聖女の血を引く者は他にもおるし、今は研究を重ねて個人だけでなく国全体が魔獣に対処できるよう万全の備えをしておる。

 それに比べ、おまえも知っているとおり今のルークス国は発展いちじるしい。その立役者の1人である王太子サンティス殿と繋がりを持てれば、いずれ我が国にも莫大な利益もたらすだろう。

 ここまで言えばこの婚約の話がどれほどの価値があるか、おまえも王太子としてわかるだろう」


 この国の王太子は幼い頃から婚約者候補たちと交流を深め、正妃と側妃を決めるのが慣例になっている。

 ルグレスにも5人の婚約者候補がいる。スフィーダ伯爵家はかつて魔獣の大群に立ち向かいその聖なる力で国を救った聖女の血を引く一族で、エレインも弱いものの聖女と同じ力がつかえる。王はその素質を見込んで、候補を選ぶ際にルグレスの幼なじみで正妃に決まっているチェスター公爵令嬢セシリアとともに真っ先に選んだ。

 しかし、長年努力してもエレインの力は期待されていたほどは伸びなかった。加えて、代々の王たちはいつ現れるかわからない強い聖女に頼らなくとも魔獣をはらえるように研究を重ねて万全の備えをしていて、聖女の力は昔ほど必要とされていない。

 個人としては幼い頃から知るエレインに情はあれど、国王としてみると王太子を支える側妃としては能力不足だ。かといって王家からの要望で長年婚約していた上に、希少な素質を持つ彼女をただ婚約解消するわけにはいかない。悩んでいたところに隣国の王太子からの申し出はまさに渡りに船だった。

 婚約のメリットを説くと頭に血がのぼっていたルグレスも少しは冷静になったのかぐっと唇を嚙みしめた。しかし、すぐに挑むように反論してくる。


「それはそうですが。聖女として修行を始めたばかりのミネットが一応はエレインを頼りにしているのです。急にいなくなればミネットが寂しがります。

 エレインは本人の努力不足もあってほとんど素質が伸びませんでしたが。それでも同じ力を持つ者としてわかることもあるでしょう。先達として本物の聖女の力を持つミネットに学んだことを伝えるべきです」


 エレインの婚約(国の利益)よりも()()()()()()()()()()()少女を優先すると、当然のように言いはる息子に王ははっきりと眉をひそめた。

 ミネットは元男爵令嬢で、ある日聖女の力に目覚めたとしてチェスター公爵家の養女となった。義姉のセシリアに連れられて王宮にやって来た彼女はその天真爛漫な振るまいをルグレスに気に入られ城に頻繁に出入りしている。

 そんな彼女は聖女の再来ではないかといわれる程の莫大な魔力量を持ち、修行に励んで着々と実力をつけている。今では王太子が目をかける令嬢として有名になり、一部の貴族たちには一番有力な側妃候補になるのではないかと密かに期待されている。


「彼女ならばチェスター家が手配した教師たちが最高の教育を施しているだろうし、困りごとがあれば義姉のチェスター嬢を始めとした相談相手もたくさんいるだろう。

 それにチェスター嬢がわざわざ家に迎え入れて育てている大事な義妹を、仲が悪い上におまえの言葉を借りれば努力が足りないスフィーダ嬢に関わらせるとはとても考えられないな」


 ルグレスの嫌味をわざと繰り返すと唇を噛んで黙り込む。王はその分が悪くなるとだんまりを決め込む姿に内心深いため息をついた。

 ルグレスは昔からエレインにだけは敵に接するかのように冷たく接し、ささやかな粗を探し出しては厳しく詰る。見かねた王妃がどんなに叱っても「エレインが悪い」とふてくされ、ますます悪くなるばかりで。近頃は王妃とルグレスの仲は修復不可能なほど冷え切っている。そんなルグレスの姿を見た長年王家に仕える者たちも冷ややかな目を向けている。


 そして、ルグレスを好いているチェスター公爵令嬢セシリアは、昔から身分も能力も自分に劣るのに王が直々に選んだことから候補から排除できないエレインを毛嫌いし、隙あらば候補から蹴落とそうと嫌がらせをしている。   

 王太子と正妃となる公爵令嬢ににらまれるエレインの立場は元々弱かったが、先日エレインよりもはるか強い力を持つミネットが現れてルグレスに気に入られたことでこれまで候補に残っていた唯一の理由もなくなった。今ではいつ候補をやめるか貴族たちのかっこうの噂になっている。

 ルグレスとチェスター公爵令嬢に連れられて、王に顔を覚えてもらって当たり前といわんばかりに堂々と挨拶をしてきた少女を思い出して苦い思いがこみ上げてくる。

 ――あの娘さえ現れなければ。まだ可能性はあったかもしれないのに。


「チェスター嬢の義妹はおまえが気にかけているせいで新しい側妃候補になるのではないかと、一部の貴族たちがずいぶんと期待していると私の耳にも届いている。そして、スフィーダ嬢は長年に渡って候補に残り続けている理由がなくなったことでいよいよ候補をおりるのではないかと、口さがない者たちが騒いでいるのもな。

 今の言葉を聞くとおまえはずいぶんとあの少女を気に入っているようだが。噂の通り、チェスター公爵令嬢の義妹を候補に加えるつもりなのか?」

「そんなつもりは……。ミネットと親しくしているのは確かですが。正妃になるセシリアの家族として接しているだけですし、希少な聖女の力を持つ者としてきちんと努力する彼女を応援しているだけです。

 そもそも、まだ聖女の力の修行を始めて間もないミネットと比べられてそんなくだらない噂を立てられるのは、エレインの日頃の努力が足りないからでしょう」


 ルグレスはエレインが候補をおりるかもしれないと聞くと激しく動揺したが、すぐに顔を歪めて()()()()()()()険のある声で吐き捨てた。

 長年いつもそうしていたことで()()()()()()()()()()()()エレインへの冷たい態度に王は内心で何度目かわからない深いため息をついた。


「サンティス殿も聖女の血筋を見込んでエレインに求婚したのでしょうが。ですが、血筋だけは良くても我が国で一度も力を発揮できなかったような人物を嫁がせるなど我が国の恥ですし、ルークス国の信用を失いかねません。

 エレインなどよりも他にもっと良い適任者がいるでしょう。私が探しておきます」


 ――もはや、手遅れか。

 王はサンティスはエレイン自身を気に入って求婚したのだと言おうとしたが。ルグレスのエレインへ向けるありとあらゆる負の感情を煮つめたような昏い目を見てすべてを諦めた。


「……そうか。おまえの考えはこうして話してみて良くわかった。その上で、最後に一つだけ聞きたいことがある」

「はあ、何でしょうか?」


 王はけげんな顔をする息子にふいに深い悲しみがこみ上げてきた。

 ルグレスは普段は誰にでも優しく、意見を聞いて公平に判断する度量の広さもある。かつてはエレインにもそうだった。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。王は胸が引き裂かれるような痛みをこらえながら淡々と問いかけた。


「ルグレスよ。おまえはそんなにもエレイン嬢が憎いのか?」


 ルグレスは問いかけに驚いたように目を丸くしたが、理解するとここに飛び込んできた時のように全身から怒りのオーラを噴き上がらせる。


「いきなり何を言うのですっ、いくら父上といえどその侮辱は許せません!」

「では、なぜ国王である私が我が国にとって莫大な利益をもたらす婚約の話を認めると言っているにも関わらず、正当な理由もなくただ反対した上に、いつまでもくだらぬ戯れ言を持ち出していたずらに時間を浪費する? 普段のおまえならばそのようなことはしないだろう」

「それは……エレインが……」

「そう、それだ。おまえは先ほどから言い訳に困るとエレイン嬢が悪いとなじって話をすり替える。彼女の婚約は頑なに認めようとしないのに、代替案の1つも出さずにただただ戯言を喚いて時間を浪費している。

 私にはおまえがエレイン嬢憎さで、国益を損なってでもサンティス殿との婚約を邪魔しようとしているようにしか見えぬ」


 ルグレスの支離滅裂な言動を指摘すると、さすがに言い返せないのかぐっと唇を噛んで真っ青な顔で黙り込む。

 王はその我が身を守るように殻を閉ざした貝のような姿に内心憐れみを感じながらも、これも息子のためだと容赦なく切り込んだ。


「おまえは他の婚約者候補たちは大事にしているにも関わらず、エレイン嬢だけは誰が見ても一目でわかるほどに嫌悪を露わにし、関わりを拒んでいる。それだけではなく、他の者がおまえの目の前で彼女の悪口を言っても気づかぬふりをして許していると。

 だが、おまえは王妃が何度もその悪辣な態度を叱るもエレイン嬢が悪いのだと言い張り、今まで何1つ改めようともしなかったな。

 そのおまえがエレイン嬢とルークス国王太子との婚約という、我が国にとってこのうえない良き話を反対しているとなれば。貴族たちの中にも私と同じことを思う者が少なからずいるだろう」

「……っ」


 王は反撃の機を窺うようにじっと黙り込むルグレスに聞かせるように深々とため息をついた。


「おまえは先ほどからずっとエレイン嬢を事細かに非難しているが、私から見ればエレイン嬢は他の候補者と同じく長年に渡って候補として努力してきた心優しく健気な令嬢だ。

 だから、サンティス殿のように見る目のある人物に見初められて心から喜ばしく思う。それに私の他にも彼女の幸せを喜ぶ者は多くいる。おまえが思うよりもずっと、たくさんな」


 前に見かけたサンティスとエレインの姿を思い浮かべる。

 元々、大人しいエレインは齢を重ねることに良く言えば淑女らしい、悪く言えば翳のある寂しげな少女になっていったが。

 しかし、サンティスに話しかけられた彼女は太陽の光をたっぷりと浴びたマリーゴールドのような輝くような笑顔を見せていた。ほんの一瞬見かけただけの王もその鮮やかな笑顔に心奪われるぐらいに。

 サンティスの隣ならばエレインは本来の自分として生きていけるだろう。そして、それは自分でも手に負えない負の感情を溜めこんだルグレスのためでもある。

 無言の怒りと拒絶を表すようにきれいに整えられた爪が手のひらに食い込むほどに拳をきつく握りしめてうつむく息子に、王は静かに告げた。


「国のため、そして長年こちらからの要望で婚約を続けてくれたスフィーダ家とエレイン嬢の献身に報いるためにも、私は国王としても個人としてもエレイン嬢とサンティス殿との婚約を認め、心から祝福する。

 ……おまえもエレイン嬢が望む幸せを叶えてやれ」


 じっと黙り込む息子に憐れみを覚えて少しだけ迷って付け足す。それがある意味では誰よりもエレインを気にかけていた息子が今できる唯一のことで、その気持ちがわかる父親として息子へ最良の言葉をかけたつもりだった。

 しかし、顔を上げたルグレスは聞くだけでぞっとするような怨念のこもった声を上げた。


「そんなことは認めませんっ!! エレインは聖女の血筋を理由に使って私の婚約者候補に無理やりなったのです!! それなのに何の努力もせずに私に恥をかかせっ、自分に甘い他人にはへらへらと媚びるように笑顔を振りまいているのです!! 

 私に恥をかかせたエレインをサンティス殿に嫁がせるなど許せるわけがないっっっ」


 王は息子の雷雨が吹き荒れる夜のような激しい怒りと憎悪のこもった目の奥に、どこまでも相手を追い詰め捕らえようとする昏い執念を見いだしてぞっとした。

 それは良く知る感情だ。狙った相手をどこまでも付け狙って捕らえて、自分の無限に湧き上がる感情をぶつけ、最後にはずたずたに壊してしまう。


 ――ああ、おまえも間違えてしまったのか。


 王の妻は王妃だけだ。複数いた婚約者候補と別れ、王妃だけを愛すると誓った。

 だから、その彼女との間に授かった愛する息子ルグレスがたまたま見かけた令嬢の笑顔に見とれているのに気づいた時。息子の幸せを願ってそれらしい言い訳をして正妃に決まっているチェスター嬢と共に真っ先に婚約者候補に入れた。

 ルグレスは最初は一目惚れしたエレインと不器用ながらもうまく付き合っていた。

 しかし、だんだんと彼女に辛く当たるようになり、憎しみと怒りに満ちた顔しか見せなくなった。

 2人を心配した王妃や心ある者たちが叱責しても。嫉妬にかられたセシリアが周りの令嬢たちとともに嫌がらせをしどんなにエレインが傷ついても。ルグレスはエレインのせいだと彼女を責めつづけ、それでいて候補をおりる(離れる)ことを許さなかった。

 ――自分の思い通りにならないエレインを憎みつつも、彼女を欲し続けている。


 それはとても醜く、身勝手で、それでも手放せない自分のすべてをこめた過ち(願い)

 王は王妃やスフィーダ家が蔑ろにするならエレインを解放しろと訴えてきても聖女の力を理由に婚約を続けた。いつかはルグレスが最初の頃の気持ちを取り戻すと信じて。

 だが、もう手遅れだ。

 サンティスとエレインの婚約は彼がこの国にやって来る前に既に決まっている。

 今さらルグレスがどうあがいても(引き留めても)、エレインはサンティスの元へいく(永遠にいなくなる)

 せめてかつては愛した彼女の幸せ(笑顔)願って(思い出して)くれればと思ったが。ルグレスは最後までかつては確かに愛していたはずのエレインを憎しみ罵りつづけている。

 ああ、なぜこうなってしまったのだろうか。

 王は悲しみをこらえながら、せめて息子のその自分でも止められない憎しみを断ってやろうと覚悟を決めた。


「ルグレスよ。おまえにはあえて黙っていたが。サンティス殿とスフィーダ伯爵令嬢の婚約は、彼がこの国に来る前に既に結ばれている。サンティス殿はスフィーダ嬢に直接求婚したいとやって来たのだ。そして、スフィーダ嬢が承諾したことで正式に発表する」

「私は認めませんっ! エレインは私の婚約者ですっ!! 父上といえど勝手なことは許さない!!!」


 飢えた獣のようにギラギラと光る目をしたルグレスを王は見つめ返した。


「エレイン嬢はずっとおまえやチェスター嬢に憎まれていると怯え、嫌っている。

 サンティス殿とは婚約の条件として、エレイン嬢とスフィーダ家をルークス国に連れ帰り、おまえを含む彼女の敵たちとは二度と関わらせないと契約している。

 彼の元ならばエレイン嬢も笑顔で過ごせるだろう」

「エレインが怯えている……? なぜそんな……。いえ、それより二度と関わらないとはどういうことですっ」


 今になってやっと言葉が届いた息子に、王は静かに終わりを告げた。


「言葉の通りだ。おまえがどう思おうとおまえがこの先エレイン嬢と関わることは二度とない。

 言葉を交わすことはもちろん、顔を見ることも声を聞くことも、彼女のことを知ることすらもなかろう。そして、彼女にとってはおまえは永遠に変わらずその恐ろしい顔のままでいるということだ。

 この先おまえがどんなに善行を積み重ね周りの人々から好かれても、プライドを傷つけられたと思いこんだおまえの愚かな振る舞いに傷つけられた1人の女性には生涯嫌われ恐れられる。それがおまえが彼女に今までしてきたことの報いだ。

 このことはもう何もしても変わらない。今度こそ逃げずに自分がしたことを受け止めるのだ」

「そんな……」


 ルグレスは言葉の実感がわいてきたのか顔を強ばらせ、王に必死の形相で訴えた。


「父上っ、エレインに会わせてくださいっ」

「ならぬ。サンティス殿とスフィーダ嬢とは一切の関わりを禁じる。これは王命だ、破れば王太子の座を剥奪すると思え」

「……っ、ですがっ。こんな一方的に……」

「これが今までおまえが彼女にしてきた仕打ちだ。……ルグレスを部屋に。抵抗するなら手荒に扱ってもかまわん」


 ルグレスはまだ必死に喚いていたが、影に気絶させられ運ばれる。


「……最後まで謝罪の言葉はない、か」


 自分の独り言がやけに大きく聞こえ、疲れとむなしさがこみ上げてくる。

 ここまで言い聞かせれば、ルグレスは日々王太子として努力する自分に恥をかかせて逃げ出したと、プライドを傷つけたエレインを憎むだろうか。

 だが、それが息子のためだ。

 ――自分の過ちのせいでもう二度と会えない(永遠に失った)女性を愛し、愛されたかったなんて。今さら気づいてももう手遅れなのだから(不幸なだけ)


 *****


 庭に入ると視界が黄に染まる。

 今日のお茶会のテーマカラーのイエローに合わせて日よけのパラソルからテーブルとイス、ティーセットや花、すべてイエローとそれを引き立てる色をとりいれた物で飾っている。青空とやわらかな陽射しの下。目にするたびに笑みがこぼれるような明るい色をまとって笑い合う女性たちの集まりはさぞ楽しかっただろう。

 その名残を表すように王妃と王女も声を上げて笑っていたが、王に気づくとしとやかな笑みを浮かべる。その切り替えの早さに浮かれていた心が急速に冷えていくのを感じつつも王もまた笑みを浮かべた。


「その様子を見るとこの趣向も人気だったようだな」

「ええ、皆様喜んでくださいましたわ」


 王妃ヴィヴィアンは昔から人をもてなすのが好きで、親しい友人たちが集まるお茶会はいつも何かしらの仕掛けを用意して楽しませていた。わずかに顔をほころばせたがすぐにいつもの美しいが冷たさを感じる微笑みを浮かべ娘にうなずく。

 若い頃の母親そっくりな娘はどこかよそよそしい笑みを浮かべて王に辞去の挨拶をすると足早に帰っていく。その後ろ姿をぼうっと見送っていると王妃が口を開いた。


「それで、わざわざここまでいらっしゃるなんて、何のご用ですの?」

「……ああ、ルグレスのことだ。ようやっと立ち直ったようだから、何かあったのかと思ってな」


 エレインが家族と共にルークス国に移り住んで1月になる。

 彼女がいなくなってからルグレスは人が変わったかのようにほとんど喋らなくなり、部屋に引きこもるようになった。心配したセシリアや婚約者候補たちが訪れるも会おうとせず、あれほどかわいがっていた義妹のミネットは存在を忘れたかのように無視している。

 それが一転してここ最近は王太子の仕事に休みなく打ち込むようになった。その変貌ぶりに息子の愚かな行いを未だに怒っているヴィヴィアンが何か言ったのではないかと心配になった。

 何かに追い立てられるように一心不乱に働く息子が心配でならない王とは裏腹に彼女は楽しそうに笑った。


「はい。陛下の慈悲に甘えていつまでも怠けているので、私が叱っておきました。

『ルークス国のサンティス殿下は自ら率先して動き、周りの人々もそんな彼の姿を慕って自らついていく魅力的な方でしたわ。私も話をしてすぐに好きになりました。彼と会った人は皆、そうでしょうね。

同じ王太子なのにおまえはただ自分の気分がのらないからと、そうやって父に甘えていつまでもだらだらと過ごしているのですね。

王太子としても人間としても見苦しくみっともないこと』

とね」


 ヴィヴィアンの言葉はエレインを詰るルグレスにそっくりだった。笑顔とは裏腹のその凍てつくような声に深い怒りを感じて王は背筋が冷えた。


 ――ああ、私はまた間違えてしまったのだな。


 ヴィヴィアンは王が一目ぼれし、一番に婚約者候補に選んだ。

 いつも小さな楽しみを見つけてころころと笑う少女は王にとって心の癒しだった。

 しかし、王太子教育が厳しくなり心のゆとりがなくなるとその脳天気な態度が気に障り、やつあたりするようになった。そのたびに傷ついた顔で謝るヴィヴィアンに後ろめたさを感じるも、それ以上に自分よりも優秀な彼女に勝ったと昏い喜びに酔いしれ。いつからか彼女を詰るのが当たり前になっていった。


 ――信頼していた相手に深く傷つけられた彼女が自分を憎み、顔も見たくないと関わりを拒んでいることにも気づかずに。


 成長するにつれて王の元には煌びやかな宝石のような婚約者候補たちを始め、さまざまな魅力的な令嬢たちが王の心を射止めようと集ってきた。

 しかし、ヴィヴィアンだけは自ら近寄ろうとせず仕方なく王が呼んでも他人行儀な態度をとる。そのかわいげのない態度に腹を立てた王は、一番身分が高い公爵令嬢として正妃になることが決まっている彼女が、その地位を鼻にかけて自分や周りの令嬢たちを見下しているのだと思いこんで激怒した。そして、彼女が自分の不躾な態度を悔いて謝るまで人前でわざと冷遇することにした。


 身分も能力も王太子妃にふさわしいと評判の公爵令嬢が当時は王太子だった王に嫌われているという噂はあっという間に広まった。

 彼女を妬む令嬢たちや口さがない貴族たちは王の前でもヴィヴィアンの悪評をさえずったが、王はこれだけ大勢の人間に指摘されればさすがにプライドの高い彼女も悔い改めるだろうと放っておいた。

 しかし、いつまで経ってもヴィヴィアンは王の前では本心の見えない仮面のような微笑みを浮かべて近づくことを拒み、そのくせ他の人間にはあっさりと心からの笑みを見せる。

 王以外の人間に向けるかつては何よりも好きだったマリーゴールドのような温かな笑みを見るたびに、頑なに自分を無視する彼女の冷たさに傷つき、気が狂いそうなほどの激しい怒りが心に溜まっていった。


 本当はかつてのようにヴィヴィアン(好きな女性)に自分だけにあの温かな笑みを向けてほしかったのに。

 愚かな王はその苦しみがヴィヴィアンの心に触れた者たちへの嫉妬と自分を見ない彼女への寂しさなどだと気づかず。彼女を見るたびにわけもわからず苛立つのは、自分に嫌われて怒った彼女が自分を見下しているからだと思いこんだ。

 王は常に自分を苛む心の痛みを晴らすために元凶であるヴィヴィアンをますます憎み、傷つけ、それでいて頑なに自分を嫌う彼女の心を脅してこじ開けようとした。

 そして、王の苛烈な仕打ちを見かねた周りがヴィヴィアンを候補から降ろそうとするのに抵抗し、他の候補者たちをすべて切ることで彼女を強引に正妃にした。


 ――そうして、王がヴィヴィアンを手に入れた(心に気づいた)時には手遅れだった(すべてを失った)


 結婚式の前日。王と関係者たちを集めた場でヴィヴィアンはその細い首に自害用の短剣を当てて静かに告げた。


「王命を受け、王太子妃として大事に育てられた一令嬢として義務を果たすために、明日この身は陛下の元に嫁ぎましょう。しかし、守護神様の前で私自身が愛し尽くすと誓う相手はこの国です。私の決意と心をも私を憎み殺そうとする陛下に捧げると誓うように命じるならば、今ここで命を絶ちます」


 その鏡のように澄んだ目には、ここまで自分を追い詰めた(心を壊した)誰からの一切の言い訳も謝罪も許さない拒絶がこもっていた。

 その宣言(彼女の本音)を聞いて、王はようやっとヴィヴィアンが自身の命を絶ってでも王を拒むぐらい嫌っていることを知り、これまでどんなに冷たい態度をとられたときよりも激しいショックを受けた。そして、その凍てつくような声に生涯自分が彼女の心に触れる(許される)ことはないと本能的に悟り絶望した。


 そして、結婚式で神に「この国の王妃となり、私のすべてをこの国に捧げ尽くすと誓います」と誓ったヴィヴィアンはその宣言通り、自分のすべてを国と民に尽くす完璧な王妃として振る舞った。

 それは王相手にも同じ。ようやっとヴィヴィアンを追いつめ傷つけたことを悔い、彼女を愛していることに気づいた王がどんなに彼女に謝っても、心からの愛をささやき慈しんでも「陛下のおおせのままに」と見ようとしない。娘と息子が生まれ2人には母親らしい愛情を注いでも、夫の自分には完璧な王妃としての仮面を被り、個人としては一切の交流を拒む。

 優しい母のその姿をいぶかしんだ娘は父の所業を知って母と同じ態度をとり、何も知ろうとしない息子はただ母を「冷たい女だ」と苦手がって遠ざけていた。


 時が経ち、息子がエレインにかつての王と同じむごい仕打ちをしていることを知った王妃は激怒し、王に何度も候補をおろすように苦言を呈した。

 しかし、王は自分に似た息子の幸せを優先してまた王妃を裏切り、再び失望した王妃は隣国の王太子と交渉して少女を息子の手の届かないところに永遠に逃がした。


 愛し愛されたかった女性の心を自らの愚かな行いで永遠に壊し失った愚かな王は、それでも傍にいればいつかは愛しい女性が振り向いてくれるかもしれないとわずかな希望にすがりついている。

 しかし、それは彼女と会うたびにその冷たい顔(許されない)を見るたびに心がずたずたに引き裂かれ、絶望におとされる永遠の苦痛でもある。そして、最後まで報われないかもしれないと恐怖も。


 だから、王はせめて自分に良く似た息子が自分と同じ苦しみを味わわないように、愛していたことに気づく前に遠ざけた。そうすれば、今は苦しくてもいつかは彼女との幸せだった時間を思い出せるかもしれないから。


 だが、その幸せ(逃げ道)もかつて王に傷つけられ、今また王と息子にその古傷をえぐられ、自分と同じく深く傷ついた少女を守るために立ち上がった王妃ヴィヴィアンは許さなかった。

 無意識に愛していた少女を奪いとられたあげく、エレインに慕われていることを嫉妬している大嫌いな母親に執着心を煽られプライドを傷つけられたルグレスはサンティスを恨み、彼に勝とうと追い続けるだろう。

 しかし、ルグレスがこの先どんなに努力して周りに認められても。彼は愛する妻を得たサンティスの幸せ(ルグレスが欲した愛)には決して敵わず、その努力を見てほしかった(愛してほしかった)少女には気づいてすらもらえない。

 そして、2人の幸せを見るたびに、かつては自分のものだったはずの、今はもう二度と手の届かない幸せを思い出し、飢え欲しつづけるのだろう。

 せめて、愛する息子は王と同じく叶えられたはずの幸せを自分の手で壊してしまったことに気づきませんように。今さら気づいてももう何もかもが遅い(さらに絶望するだけ)のだから。

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