「落日の貴公子」
平壌の空は、皮肉なほどに晴れ渡っていた。
王宮の「大いなる間」には、トムル王、そして重臣たちが顔を揃えていた。その中心に立つのは、いつも通りの涼やかな笑みを浮かべたソハンだ。彼は自分がなぜ呼び出されたのか、その真の理由を知らないまま、優雅に頭を垂れた。
「ソハン殿。貴公がこれまで国のために尽くしてきた功績は、私も認めている」
トムル王の声は、凪いでいた。しかし、その手元にある一冊の帳面――私が泥にまみれて書き上げた記録――を開いた瞬間、場の空気が凍りついた。
「……だが、この『空白の十日間』の説明を、私にしてもらいたい」
王が記録の一節を読み上げるたび、ソハンの肩がわずかに、しかし確実に震え始めた。
彼が隠れ家で何を話したか。どの門からソムラの残党を入れようとしたか。私の筆は、彼の足跡を逃さず捉えていた。ソハンは何度も口を開きかけたが、あまりに詳細な日付と時間の羅列に、言葉は喉の奥で潰れていった。
「国家転覆、ならびに外敵との内通。その罪、免れぬ」
トムル王の宣告が響く。
「禁錮三十年。……貴公のその知性を、これからは石の壁の中で、国の未来のためにではなく、自らの贖罪のために使うがいい」
兵士たちに両脇を抱えられ、ソハンが連行されていく。
私は、回廊の柱の陰で、その姿をじっと見つめていた。
ソハンが私の前を通り過ぎるその一瞬、彼と目が合った。
罵倒されるか、あるいは命乞いをされるか。私は身を構えた。だが、彼は何も言わなかった。ただ一言の弁明も、憎しみの言葉も吐かず、彼はふいと、私から顔を背けた。
その横顔には、計算高い野心家としての顔ではなく、ただ敗北を悟った、空虚な一人の男の孤独があった。
私は、去りゆく彼の背中を見ながら、その場で筆を走らせた。
『ソハン。彼は最後まで洗練されていた。』
『彼が私から顔を背けたのは、私を軽蔑したからではない。自分の野望が、一人の「記録係」の地道な執念に敗れたことを、認めたくなかったのだろう。』
その日の夕暮れ。
私は師匠チャリムの元へ戻った。師は、窓の外を眺めながら静かに言った。
「ナリン。人を裁く記録を書くのは、辛いものだな」
「はい。……ですが、これが私の選んだ道です」
「それでいい。ソハンが何も言わなかったのは、お前の記録に一切の『嘘』がなかったからだ。それが記録者としての、最大の勝利だぞ」
私は、ソハンの名の横に、重く「終」の文字を記した。
だが、安堵の合間に、一つの不安が過った。ソハンという大きな障壁が消えた今、私とトルムの間に横たわる「身分」という、法律よりも強固な壁が、より鮮明に姿を現そうとしていた。




