武官試験――土から昇る龍
武徳殿の空気は、熱気と緊張で肌に張り付くようだった。
広大な板敷きの舞台を囲むのは、高句麗の重臣たち。私は師匠チャリムの傍らで、墨を磨り、木簡を並べていた。今日は、国の次代を担う武官を選抜する最終試験の日だ。
試験が始まると、華やかな刺繍を施した直衣を纏う貴族の子弟たちが次々に登場した。彼らの剣筋は洗練され、型は美しい。しかし、どこか「舞い」のような軽さが否めなかった。
その空気を一変させたのは、試験番号四十八番――トルムだった。
彼が舞台に上がった瞬間、場内に失笑が漏れた。百姓の出であることを隠そうともしない、無骨な風体。だが、立ち会いの合図が鳴った刹那、その笑いは凍りついた。
トルムの動きには、一切の迷いがない。相手の剣を力でねじ伏せるのではなく、流れるような身のこなしで重心を奪い、一撃で勝負を決める。
「……無駄がないな」
隣でチャリムが小さく呟いた。
「ナリン、見ておけ。あの足運び、そして呼吸。あれは戦場で死線を越えた者、あるいは自然という過酷な師に鍛えられた者の動きだ」
最後の一戦、名門の誉れ高い将軍の息子を、木剣一振りで場外へ弾き飛ばしたとき、場内は静まり返った。百姓の息子が、全試験官の満場一致でトップ通過を決めた瞬間だった。
トルムは荒い息を整えながら、ふと、記録席の私の方を見た。
野心に燃える目ではない。ただ、自分の力が認められたことを確かめるような、少年のように純粋な目。私は無意識に、彼の名を力強く帳面に記していた。
試験の喧騒が引き、夕闇が迫る頃。
私は公式記録の最終確認のため、広場の隅で一人、傷の手入れをしていたトルムに近づいた。
「……四十八番、トルム殿」
彼が顔を上げた。私の姿を認めると、慌てて立ち上がろうとして、脚の傷に顔をしかめる。
「ナリン様。……ああ、記録係の方でしたね」
「お見事でした。あなたの名は、今日から高句麗の正史に刻まれます」
私の言葉に、彼は照れたように頭を掻いた。
「……正直、信じられません。私はただ、これでお腹を空かせている妹や村の皆を助けられるかもしれないと、それだけで」
そう言って、彼はふっと笑った。
あの路地で見た、拒絶するような静寂ではない。春の雪解けのような、温かく、少しだけ情けないほど素朴な笑顔。
「トルム殿。あなたは、自分がどれほどのことを成し遂げたか、分かっていないのですね」
「……いいえ。ただ、あなたの筆が、私の不格好な戦いを綺麗に書いてくださったのだとしたら、それが一番嬉しいです」
私は、彼の笑顔に胸が跳ねるのを感じ、慌てて視線を帳面に落とした。
墨がまだ乾いていない『トルム』という文字が、夕陽に照らされて誇らしげに光っている。
その背後で、宮廷の影からこちらを凝視するソハンの冷ややかな視線に、私はまだ気づいていなかった。




