宮廷の貴公子
宮廷の回廊は、時として鏡のように人の心を映し出す。
その日、私の父ハルムは、地方領主としての政務報告のために王宮へと登城していた。私は師匠チャリムの許可を得て、末席でその様子を記録する機会を得た。
「ハルム殿。お久しゅうございます。相変わらずの清廉な御姿、感服いたします」
涼やかな声が響いた。
現れたのは、代官の息子・ソハンだった。
絹の装束を完璧に着こなし、その足取りには一点の迷いもない。彼は父に対し、非のうちどころのない礼を尽くした。
「これは、ソハン殿。若くして宮廷を支えておられると聞き、心強く思っております」
厳格な父が、珍しく相好を崩した。ソハンの物腰には、人の警戒心を解く不思議な磁力があった。
ソハンは父との会話を切り上げると、流れるような動作で私の方へと向き直った。
「そして、こちらがチャリム老師の秘蔵っ子……ナリン殿ですね」
彼は私の名を呼んだ。私が名乗るより先に、、私が何者であるかを正確に把握していたのだ。その瞳は優しく、親しげな光を宿している。
「記録係という、地味ながらも過酷な道を選ばれた勇気に敬意を表します。困ったことがあれば、いつでも私を頼ってください」
その微笑みは、春の陽だまりのように温かかった。
だが、私はペンを握る指先に、わずかな冷たさを感じていた。
彼の言葉は美しい。立ち振る舞いも完璧だ。しかし、彼が私を見つめる時、その視線の焦点は私自身ではなく、私の背後にある「ハルムの娘」という肩書きに向けられているように思えた。
ソハンが去った後、私は影に控えていた師匠チャリムに視線を送った。
「師匠。あの方は……」
「洗練されているな。誰もが羨む、非の打ち所のない若者だ」
チャリムは感情を読み取らせない顔で続けた。
「だがナリン。記録係は、花の色ではなく、その根がどこへ伸びているかを見なければならぬ。お前には何が見えた?」
「……まだ、分かりません。ただ、彼の影だけが、床の上で一分も揺れていなかったのが気になります」
私は、その夜の帳面にこう記した。
『ソハン。完璧な貴公子。その言葉に嘘はないが、真実がどこにあるかも見えない。判断を保留する。』
ふと、昼間に見た百姓の青年、トルムの不器用な笑顔が脳裏をよぎった。
洗練と無骨。光と泥。
この平壌という巨大な織物の中で、二人の糸が私の運命とどう絡み合っていくのか。私は期待よりも、わずかな不安とともに筆を置いた。




