路地の守護者
宮廷の回廊は、磨き上げられた床に外光が反射し、眩しいほどに美しい。しかし、師匠チャリムはそこを「ここは結果が置かれる場所だ。原因はすべて外にある」と切って捨てた。
私は麻の衣に身を包み、庶民に紛れて平壌の市場へと足を運んだ。
買い出しを終え、籠を抱えて帰路についた時だ。路地の入り口で、怒鳴り声と子供の泣き声が響いた。
「どけ、どけ! このお方をどなたと心得る!」
派手な衣装を纏った中級貴族の従者たちが、狭い路地で荷を運んでいた子供を突き飛ばし、通行を妨げていた。通りかかる人々は、災いを避けるように目を伏せ、足早に去っていく。
私が声をかけようと踏み出した、その時だった。
一人の青年が、静かに子供の前に立った。
粗末な褐色の衣。日に焼けた肌。百姓の息子であることは一目で分かった。しかし、その背筋は驚くほど真っ直ぐに伸びている。
「……子供が怪我をしている。道を開けてくれないか」
青年の声は低く、平熱だった。
「何をだと、この下衆が!」
激昂した従者が拳を振り上げた。だが、青年は避ける素振りも見せず、わずかに肩を動かしただけで、従者の勢いを受け流した。従者は自らの勢いで地面に這いつくばる。青年は一瞥もくれず、泣きじゃくる子供の汚れを払い、自分の懐から取り出した小さな木彫りの玩具を握らせた。
私はその一連の動作に、目を奪われた。
無駄がない。それどころか、そこにはある種の「静かな武」が宿っていた。
青年が立ち去ろうとしたとき、私は思わず呼び止めていた。
「お待ちください」
青年が振り返った。その瞳は、驚くほど澄んでいた。野心も、卑下もない。ただ、深い湖のような静けさ。
「……何か」
「あなたの今の動き……。武芸を、どこで学ばれたのですか?」
青年は少しだけ困ったように眉を下げ、視線を落とした。
「……独学です。土を耕し、薪を割る間に覚えたものです」
「嘘ですね。それは守るための武芸です。あなたは、何のためにその力を使っているのですか」
私の問いに、青年は一瞬だけ足を止め、不思議そうに私を見た。
「……腹が減った者を助け、泣いている者を助ける。それ以外に、力に価値がありますか」
青年はそれだけ言い残し、人混みの中へと消えていった。
トルム。後にそう知ることになるその名は、私の帳面において、新しい時代の象徴として刻まれることになる。
その夜、私はチャリムに今日の出来事を報告した。
「師匠。今日、不思議な男に会いました。百姓のようでしたが、その目は決して跪いてはいませんでした」
チャリムは筆を止め、ニヤリと笑った。
「ほう。それは面白い。ナリン、忘れるな。歴史を動かすのは常に王や将軍だが、歴史を支えているのは、今お前が見たような『名もなき力』だ」
私は、まだ名前も知らないその青年の背中を思い出しながら、帳面に記した。
『王都の片隅に、磨かれるのを待つ原石があった。その光は、まだ誰にも気づかれていない。』




