平壌の風――青き記録者の誕生
平壌の風は、かつて父が語っていた「死の匂い」など微塵も感じさせないほど、爽やかに私の髪を撫でた。
五年前、トムル王がこの地に建国を宣言したとき、私はまだハリボル国の幼い少女だった。父ハルムが命を懸けて仕えると決めた王。その王が作った都は、想像以上に広く、そして活気に満ちていた。
「ハリボル王、ハルムの娘、ナリンにございます」
宮廷の奥深く、墨の香りが染み付いた書庫。そこに、一人の初老の男が座っていた。高句麗のあらゆる歴史をその筆一本で刻んできた男、チャリム。
彼は顔を上げず、ただ新しい帳面にさらさらと筆を走らせていたが、やがて視線を私に向けた。
「……ハルム殿の娘か。その瞳、トムル様を最初に見た時と同じ目をしているな」
「王様と、私がですか?」
「ああ。真っ直ぐすぎて、時折、見る者が火傷しそうな目だ」
チャリムは静かに笑い、予備の筆を一本土の上に置いた。
「ナリン。記録係に必要なのは、知識ではない。『何を見るか』だ。今日一日、この都を歩き、お前が感じた『高句麗』を一行で記してこい」
私は、父譲りの誇りを胸に、都の喧騒へと踏み出した。
大通りには西方の珍しい布や、北方の毛皮が並び、人々は笑い合っている。だが、私はあえてそこを外れ、生活の音が響く路地裏へと向かった。
そこで私が見たのは、壊れた荷車を修理する老人を、見ず知らずの若者が手伝う姿であり、転んだ子供を抱き起こす異国の商人の姿だった。
夕暮れ。私は再びチャリムの元へ戻った。
彼は何も言わず、私の帳面を指差した。私は迷わず、最初の一行を記した。
『この国は、かつての敵が、隣人として笑い合える場所である。』
チャリムはその文字をじっと見つめ、満足そうに頷いた。
「合格だ。今日からお前は私の弟子であり、この国の『影』だ。光が強ければ強いほど、記録係は濃い影を見つめねばならぬ。覚悟はあるか」
「はい、師匠」
私は静かに頭を下げた。
平壌の夜空に、一番星が輝き始めている。
この時、私はまだ知らなかった。この平和な都の片隅で、私の運命を大きく変える二人の男――トルムとソハンが、すでに動き出していることを




