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不公平な世界

拳の衝撃が、シンの体を硬く冷たい床へ叩きつけた。


【ダメージを確認】


歓声が上がる。

だがそれは、彼のためではない。ただの見世物としてだ。


シンは立ち上がろうとした。

だが、足の反応は遅すぎた。


彼の頭上で、赤いゲージが点滅している。


残りHP:12%


「何を待ってる?!」

喉を引き裂くような声が響いた。

「命令を出せ。今すぐだ」


前方の影が踏み込んでくる。


次の一撃は下からだった。

乾いた、正確な打撃。


衝撃が腹を貫き、背中へと弾けるのをシンは感じた。


【ダメージを確認】


残りHP:5%


世界が傾いた。


――――


問題児。


教師たちは、大島シンのことをそう呼んでいた。


決して声に出しては言わない。

もちろん、本人の前でもない。


だがその言葉は、短い職員会議の中で、

通知表の余白の書き込みの中で、

誰かが彼の名前を出したときのため息の中で、

何度も現れていた。


「2年B組の……」


「ああ。」


短い頷き。


「家庭の事情が、少し複雑らしい。」


「連絡は取れたのか?」


「試したが。」


沈黙。


「……そうか。」


シンは暴力的でもなければ、

口答えすることも、騒ぎを起こすこともなかった。


だが――どこにも馴染めなかった。


制服はいつも乱れていて、

真夏でも長袖。

襟の下には、隠しきれない包帯。


理由を聞かれれば、

「転んだだけです」と答える。


それでも問い詰められれば、

笑って言うのだ。


「大丈夫です」と。


生徒たちの間では、別の呼び名があった。


「気持ち悪い奴。」


「ゴミ。」


時にはもっとひどい言葉もあった。

罰にならない程度の声で、

だが彼の耳には届く大きさで。


休み時間、廊下を歩くだけで

誰かがわざと肩をぶつけてくる。


「どけよ、変な奴」


すぐ後ろで、押し殺した笑い声。


椅子を引かれ、座る前に空を切る。

少し目を離した隙に、机の上の筆箱が消える。


それでもシンは、次の日も学校へ来た。


休めば、質問が生まれる。

そして質問は――危険だった。


だから彼は黙っていた。

頭を下げ、

ただ手を動かすためだけにノートを書き写す。


その時だった。


隣の椅子が引かれた。


「なあ……オオシマ、だよな?」


シンは一瞬遅れて反応した。


「……そう。」


顔を上げないまま、小さく答える。


「ホタル。」


少年はあっさり名乗った。


「後ろから二列目に座ってる。」


短い沈黙。


ホタルは急いでいる様子でも、

緊張している様子でもなかった。


「今日の宿題、やった?」


開いたノートを軽く指さす。


シンは指の間で鉛筆を強く握った。


「やった。」


「見せてもらっていい?」


礼儀に見える程度だけ迷ってから、

ノートを少しだけ向ける。


「……なるほど。」


ホタルが小さく呟く。


「先生、こういう解き方が欲しかったんだな。」


「放課後、教えてくれない?」


ホタルは続けた。


「そんなに時間は取らない。」


「僕は――」


「払うよ。」


断りの言葉が出る前に、ホタルが遮った。


「軽く何か。お礼ってことで。」


「別に……いい。」


「いや、いいんだよ。」


ホタルは肩をすくめた。


「手伝ってくれる。俺が払う。公平だろ?」


――公平。


その言葉は、この場所では妙に響いた。


シンは視線を落とす。


空っぽの冷蔵庫。

来るかどうか分からない夕食。


「……わかった。」


やがてそう言った。


ホタルは笑った。


その直後、チャイムが鳴った。

教室は疲れたような音を立てて立ち上がる。


椅子が床を擦る音。


校舎の出口に近い廊下で、

ホタルが突然立ち止まった。


「あ。」


今思い出したように額に手を当てる。


「部室に忘れ物した。」


シンは眉をひそめる。


「部室?」


「うん。体育館の裏。」


横の廊下を指さす。


「すぐ終わる。寄ってから行こう。」


腹が小さく鳴った。


承諾した理由を思い出させるように。


「……わかった。」


横の廊下は狭く、暗かった。


窓の向こうには、誰もいない校庭。


学校の喧騒は、あまりにも早く遠ざかった。


部屋のドアは、鍵がかかっていなかった。


ホタルが押し開ける。


「入っていいよ。」


中は暗い。


歪んだブラインドの隙間から、

夕方の弱い光だけが差し込んでいた。


「この辺にあるはずなんだけどな……」


ホタルは奥へ歩いていく。


部屋は普通だった。


積み重なった机。

消し跡だらけのホワイトボード。

ばらばらの椅子。


特に目を引くものはない。


その時。


後ろでドアが閉まった。


大きな音ではない。


ただ、乾いた鍵の回る音。


シンは振り向いた。


そこには、他にも人がいた。


同じクラスの男子が二人。


一人は窓にもたれ、

もう一人は机の上に座って足を揺らしている。


「安心しろよ。」


誰かが言った。


「ちょっと知りたかっただけだ。」


「人を殺すって、どんな感じか。」


もう一人が低く笑う。


「で、お前が――」


「ちょうどよかった。」


シンは口を開いた。


声は出なかった。


突然、足の力が抜ける。


「動くな。」


背後からホタルの声。


「そんなに痛くない。」


背中に何かが触れた。


――痛い。


体が反応した時には、もう遅かった。


肺から空気が抜ける。


足が崩れる。


――痛すぎる。


動こうとした。

できない。


叫ぼうとした。

声は出ない。


――これで終わりか。


世界の輪郭が崩れていく。


「……不公平だ……」


唇だけが動く。


「お前ら……」


「……必ず……」


「……払わせる……」


意識がほどけていく。


その時だった。


闇の中に――


何かが現れた。


浮かんでいる。


【確認中……】


視界がさらに狭まる。


【生命状態:終了】

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