第1話:静かなる導火線
第1話:静かなる導火線
1994年5月:東京、緑の残る片田舎
初夏の陽光が、古い木造住宅の縁側に柔らかな格子模様を描き出していた。
東京都の西端、まだ雑木林が所々に残り、風が吹けば若葉の匂いが家の中にまで届くような町に、その家はある。14歳の少年、**航**は、薄暗い和室の畳の上で、埃の舞う光景をぼんやりと眺めていた。
一週間前、祖父・正造が82歳でこの世を去った。
正造は、航にとって「静かな庭園」のような存在だった。縁側に座り、茶を飲みながら遠くの山を眺めている背中。たまに目が合うと、しわくちゃの顔をさらに深くして笑うが、その瞳の奥にはいつも、子供の航には窺い知ることのできない、底知れぬ静寂が横たわっていた。
「航、押し入れの奥にある箱、下ろすのを手伝ってくれる?」
母の声に促され、航は立ち上がった。祖父の遺品整理。それは、一人の人間の人生を細分化し、処分するものと残すものに仕分ける残酷な作業だ。
天袋の奥から引き出したのは、古びた桐箱だった。ずっしりと重いその箱の蓋を開けると、中には軍服のような厚手の布切れと、革表紙の分厚い手帳が収められていた。
手帳の表紙は長年の摩擦で黒ずみ、角は丸く擦り切れている。航が震える指でその一ページ目をめくると、そこには万年筆の力強い、しかしどこか焦燥感の滲む筆致でこう記されていた。
> 「1950年、半島にて。これは私が確かにそこにいた証である。私は日本人として、あるいは人間として、あの地獄を忘れてはならない」
>
航は息を呑んだ。
家族の間で語られてきた祖父の過去は、「戦後すぐに中国大陸から引き揚げてきて、以来ずっと日本で地味に暮らしてきた」というものだった。朝鮮戦争との接点など、聞いたこともない。しかし、日記の内容は世間の常識を、そして航が知る「優しいおじいちゃん」のイメージを根底から覆すものだった。
祖父は、歴史の空白に消えた、あるいは消された――**「朝鮮戦争に従軍した唯一の日本人」**だったのだ。
1950年3月:坡州の春
日記の記述は、1950年3月から始まっていた。
当時、38歳の正造は、北緯38度線にほど近い町、京畿道坡州市の片隅で、小さな飲食店を営んでいた。
日本が敗戦を迎え、植民地支配から解放された朝鮮半島。しかし、その土地は引き直された境界線によって南北に引き裂かれ、一触即発の緊張感に包まれていた。正造は、日本へ帰るタイミングを逸し、混乱の中で「金」という偽名を使い、地元の人々に溶け込んで生きていた。
> 「3月12日。晴れ。
> 坡州の春は遅い。だが、道端の草花が芽吹き始めると、客の顔も少しだけ和らぐ。
> 私は今日、いつものようにクッパを煮出し、うどんを打った。
> 隣の主人は『お前の作る飯はどこか懐かしい味がする』と言って笑う。
> 私が日本人であることを、彼は薄々気づいているのかもしれない。だが、誰もそれを口には出さない。ここでは皆、何かしらの傷を隠して生きているのだから」
>
航は、日記の行間に滲む祖父の孤独と、ささやかな平和への執着を感じ取った。
当時の正造の店は、農作業帰りの村人や、パトロールの合間に暖を取りに来る韓国軍の若き兵士たちの憩いの場となっていた。正造は言葉少なに彼らの話を聞き、湯気の立つ汁物を提供し続けた。
しかし、4月、5月とページをめくるごとに、日記の文面からは色が消えていく。
> 「5月20日。
> 38度線の向こう側、北の空気が日に日に重くなっていくのを感じる。
> 夜、外に出ると、遠くの森からエンジン音が聞こえる。それは一台や二台の音ではない。巨大な獣がうごめくような、腹に響く不気味な振動だ。
> 店に来る兵士たちの目から、光が消えた。皆、銃を抱きしめるようにして飯を食っている」
>
静寂の中に、導火線の火がじりじりと近づいているような、そんな予感。正父は軍人としての過去を持つがゆえに、その「死の気配」を誰よりも敏感に察知していた。
1950年6月25日:未明の光
運命の日は、あまりにも唐突に、そして暴力的に訪れた。
6月25日、未明。
正造は、ひどい寝つきの悪さに、夜明け前に目を覚ました。
窓の外はまだ深い藍色に沈んでいる。湿り気を帯びた初夏の夜風が、隙間風となって寝所に入り込み、彼の肌を粟立たせた。
正造は裏手にある井戸へ水を汲みに出た。冷たい水で顔を洗おうとしたその時、ふと顔を上げた北の空。
――その瞬間だった。
山の向こう側が、不自然なほどの純白に染まった。
雷ではない。それは天から降る光ではなく、地底から噴き出したような、あるいは闇を力任せに引き裂いたような閃光だった。数秒遅れて、鼓膜を直接叩きつけるような重低音が響き渡る。
ゴォォォォォ……!!
地面が震え、井戸の水面が細かく波打つ。
一瞬の静寂の後、今度は連続した「音の壁」が正造を襲った。遠距離砲による一斉射撃の音だ。
> 「1950年6月25日。午前4時。
> 世界が燃え始めた。
> 山の向こうで光ったのは、希望の光などではない。
> 人が人を効率よく殺すために発明された、鉄と火の化身だ。
> 私は直感した。もう、あの穏やかな日々には戻れない。
> 私の沈黙は、今日、終わったのだ」
>
日記を読む航の手が、微かに震えていた。
1994年の平和な日本に生きる自分と同じ、14歳の時のおじいちゃんが経験したことではない。今の自分よりもずっと年を重ね、ようやく見つけた安住の地を奪われようとしている一人の男の絶望が、半世紀の時を超えて伝わってくる。
1950年6月25日:静寂の終わり
地響きは止まらなかった。
坡州の町は、一瞬にして混沌の渦に叩き落とされた。
暗闇の中から飛び出してきた人々が、半狂乱になって叫び声を上げる。
「戦争だ! 北が攻めてきた!」
「避難しろ! 南へ逃げろ!」
赤ん坊の泣き声、家畜の鳴き声、そして遠くから近づいてくる重戦車のキャタピラが地面を削る音。
正造が立ち尽くしていると、隣家の若者、サンホが転がるようにして駆け寄ってきた。
「正造さん! 見たか、今の光を! 北の連中が本当にやってきやがった!」
「……サンホ、落ち着け。すぐに家族を連れて南へ向かえ。荷物は最小限にしろ。命があれば、またここで飯が食える」
正造は自分の声を、どこか遠くで聞いているような感覚だった。
店に戻り、帳簿とわずかな現金、そして数日分の乾パンを袋に詰めようとしたその時、表の戸が激しく、壊れんばかりに叩かれた。
「開けろ! 大韓民国陸軍だ! 緊急事態である!」
扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、数人の兵士を引き連れた若き士官だった。
泥と油にまみれた軍服、腰にはホルスター。その顔を正造は見忘れるはずがなかった。金少尉。この数ヶ月、正造の店で最も頻繁にクッパを平らげていた、生真面目な軍人だ。
金少尉の眼は血走り、肩で激しく息を乱している。
「金……いや、正造と言った方がいいか」
少尉の言葉に、正造の背筋に冷たいものが走った。
「……少尉、何のことだ。私はただの飯炊きだ。今、逃げる準備を……」
「とぼけるな!」
金少尉が正造の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。
「お前の経歴は調べがついている。日本軍の工兵大尉、補給と防衛陣地構築のエキスパート。大陸での戦歴もな。……お前の知識が必要だ」
「私はもう、戦うことを止めた人間だ」
「戦うか死ぬか、二つに一つだ! 今、北の『T-34』戦車がこの先の幹線道路を突き進んでいる。我々には対抗できる武器がない。だが、臨津江の橋を落とし、地雷を敷設し、時間を稼ぐことができれば、後方の部隊が立て直せる」
金少尉はホルスターから拳銃を抜き、その銃口を正造の額に突きつけた。
「これは要請ではない。徴用だ。お前が日本人であることを、今この場で全住民に触れ回ってもいいんだぞ? その時、裏切られたと感じた村人たちが、お前に何をするか……想像してみろ」
正造は金少尉の瞳をじっと見つめた。そこにあるのは憎しみではなく、純粋な、狂気にも似た「焦燥」だった。祖国が滅びようとしている瞬間に立ち会っている男の、なりふり構わぬ必死さだった。
正造はゆっくりと、店に置いていたエプロンを外した。
そして、日記の片隅に、自分自身に言い聞めるようにこう書き残した。
> 「私は日本人であることを捨てて、この地で平穏を求めた。
> しかし、戦争は私を見逃してはくれなかった。
> 逃れようのない宿命というものがあるのだとすれば、それは今、私の目の前で銃口の形をしている。
> 私は再び、鉄の匂いがする世界へ戻る」
>
「……わかった。協力しよう。ただし、条件がある」
正造の声は、先ほどまでの「店主」のものではなく、かつて戦場を指揮した「指揮官」の響きを帯びていた。
「この近所の人々を、優先的に南への避難トラックに乗せろ。彼らを盾にするような真似は絶対に許さん」
金少尉は一瞬、面食らったような表情を見せたが、すぐに力強く頷いた。
「約束する。お前の腕次第で、一人でも多くの同胞が助かるなら、安いものだ」
運命の交差:金少尉という男
1994年の現代、日記を読み進めていた航は、日記帳の間に挟まっていた一枚の赤茶けたメモ紙を見つける。インクが滲み、端がボロボロになったその紙には、ある男についての克明な記述があった。
金少尉――本名、金 賢武。
彼は、戦後の混乱期に創設されたばかりの大韓民国陸軍において、数少ないエリート教育を受けた若き士官の一人だった。
* 出自と経歴:
ソウルの裕福な家庭に生まれた賢武は、かつて日本の旧制高校への留学経験を持っていた。そのため日本語は驚くほど堪能だった。彼が正造の店に通い詰めたのは、単に飯が美味かったからではない。正造が時折見せる、無意識の規律正しい立ち振る舞い。うどんを打つ際の、無駄のない、まるで兵器を整備するかのような正確な手さばき。賢武は、正造の中に一般の料理人ではない「軍人の匂い」を敏感に感じ取っていた。
* 正造との関係:
表向きは「なじみの客と店主」を装っていたが、賢武は裏で軍のルートを使い、正造の過去を徹底的に洗っていた。正造を徴用したのは、偶然の思いつきではない。当時の韓国軍は、最新の兵器体系や、特に複雑な工兵技術、大規模な補給ロジスティクスを理解する経験者が決定的に不足していた。
賢武は、祖国を救うためなら「かつての敵」である日本軍の知識さえも利用するという、冷徹なまでのリアリズムを持った指揮官だった。
* 日記の余白:
航はそのメモの裏に、祖父が後年に書き加えたと思われる言葉を見つけた。
> 「賢武は私を憎んでいたのだろうか。おそらく、そうではない。彼はただ、燃え落ちようとする家の中で、消火器の使い道を知っている唯一の男を見つけただけなのだ。私を突き飛ばしたあの手の震えを、私は今も覚えている」
>
1994年5月:東京
「おじいちゃん……」
日記を読み進めていた航の頬を、一筋の汗が伝った。
窓の外では、平和を象徴するかのようにシジュウカラが鳴いている。庭の紫陽花が、もうすぐ来る梅雨を待つように青々とした葉を広げている。
この穏やかな風景の地続きに、かつて祖父が経験した「地獄」があった。
航は、桐箱の底に沈んでいた古い写真を取り出した。
そこには、若き日の祖父が、自分と同じくらいの年齢の韓国人少年と、壊れた橋を背景に肩を組んでいる姿が写っていた。二人の顔は泥で汚れ、目はくぼんでいたが、その奥には確かな生への執着が宿っていた。
「おじいちゃんは、何を隠していたんじゃない。抱えきれないほどのものを、一人で背負っていたんだ」
航は、まだ半分以上残っている日記のページに目をやった。
そこには、坡州を離れ、戦火に焼かれるソウル、そして極寒の長津湖へと続く、一人の日本人が歩んだ「名前のない戦争」の記録が、果てしなく続いていた。
航は、震える手で次のページをめくった。
1950年6月26日。 そこには、初めて祖父が銃を手にした日のことが、乾いた文字で記されていた。
歴史の奔流が、一人の日本人の人生を飲み込み、そして今、時を超えて一人の少年の心に流れ込み始めていた。
(第1話 完)
物語の続きを執筆しましょうか?
次は、第2話「臨津江の閃光」。正造と金賢武が、迫りくる北朝鮮軍の戦車部隊を阻止するため、極限状態での橋梁爆破作戦に挑むエピソードになります。




