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【短編小説】unplugged バンテージ

掲載日:2026/02/09

 もう辞めよう。


 グローブもシューズも全部捨てて、学校も辞めてどこか遠くに行こう。港湾労働とか日雇いで日銭を稼いで暮らそう。

 そう決めて、涙と鼻水でドロドロになったバンテージを解き立ちあがろうとした時だった。


「おう、ここにいたのか」

 先輩が隣に腰を下ろしてワザとらしく伸びをした。スカートがふわりと揺れて小さな風を呼んだ。

「いやぁ、惜しかったな」

 タイミングを逸したおれは仕方なしに

「惜しくなんか無いですよ、負けは負けです」

 と言いながら、先輩の方を見ずに返した。


 それを強がりと捉えたのか何なのか、先輩はふん、と鼻を鳴らして「そう言うもんかね」とつぶやくとおれのバンテージをひったくると、くるくると丸め始めた。

「何してんすか」

 思わず先輩を見たが、先輩はおれを見ずにバンテージ丸めに集中していた。細く筋張った指がトイレットペーパーを逆再生するみたいにバンテージを丸めていく。


「汚いですよ、それ」

 止めようと伸ばしたおれの手を弾いた先輩がおれの胸ぐらを掴んだ。それまで巻いていたバンテージが転がって解けていく。

「汚ねえ訳あるかよ!!お前の血と汗と涙の結晶じゃねぇか!!」

 先輩の力強い目がおれをまっすぐ見据えている。脳みその奥深くまで入り込むような鋭い視線だった。


 その先輩の目におれが映っている。まるでおれがおれを見ているようだ。おれと先輩のふたりがおれを見ている。

 先輩がおれを締め上げる。

「お前が鼻血だしたりゲロ吐いたりしながら頑張ってたのは知ってる。それだけこの大会にお前が賭けてたものが大きいことも知ってる」

「だったら……」

「ふざけんなよ、辞める気だったろ?」

 先輩の真っ黒な瞳がおれの眼球を抉るみたいに見ている。


「なんでそれを」

 おれはそう言うのがやっとだった。

「ばーか。てめぇのしょぼくれた背中見たら分かるわ、そんくらい」

 胸ぐらを掴んでいた手を離した先輩がおれの肩を叩いた。

 そのまま肩を抱いておれを抱き寄せると、今度は頭に手を回して髪をわしわしと撫でた。

「いいじゃねぇの、タイトルマッチでも無いんだしよ」

 先輩の匂いは甘く、先輩の手は優しかった。おれは逆立っていた緊張が和らいでいくのを感じて先輩に身体を預けた。


「まぁ、また頑張ろうぜ」

「はい」

 先輩の肩は筋肉質で、柔らかく、なによりも優しい暖かさがあった。


 夕暮れみたいなその金色をした先輩の中に沈みながら、ここで泣いてよかったと、思った。

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