第8話
-9月9日-(火)-
「ふぁ… 」
部室の窓辺に両手をかけ
あくび交じりのため息ひとつが窓からすっぽり落ちた
4階から見える朝の駅前を見つめながら、ふと携帯の時計を見る
現在、朝の 7時5分…
(きっとみんなまだ寝てるよね…、遅刻ぎりぎりの灯なら絶対にだよね )
誰もいない、静まり返った校舎…
いつもなら、私は決まって7時45分に家を出る
それなのに今日に限っては、慌てて制服に着替えて朝から家を飛び出してきてしまった
はっきりとした理由などなかった…
ただ昨日の事、警察が N.M.C. を結成したこと
高校生になって恥ずかしいかもしれないけど
それが関係したのか、今朝は久しぶりに悪夢と呼べるものを見た…
孤独が怖くて…っ
目覚まし時計のアラームより先に早く起きた朝
第一声に街から響いてきたパトカーのわめき立てる声や、雑踏の車の音は、私には悪夢交じりの恐怖の他なかった…
(また家に警察が来ないかなぁ )
そんなことをもやもや膨らませると
いつもの街が表情を変えた気がして…
いてもたってもいれず布団から這い出して乱暴に制服に着替え
そして気がつけば、こんな時間から走ってたどり着いたここでため息をこぼしていた
ここにいる理由がそんなことだなんて三人が知ったら
(…きっと笑われちゃうかな )
………
「掃除でもしてようかな 」
誰に言うわけでもなく、一人ぼっちの部室に呟く
水道で濡らした雑巾で床や辺りを拭きながら、邪魔にならないように髪を後ろに結わいて、昨日と同じ、いわゆるポニーテール姿になる
…実は昨日からこの髪型が気に入ったりしていた
からっぽの学校の静かな空気の澄んだものは独特である
今日も真夏日になるはずのジリジリした天気なのに
どこかひんやりとした空気が溜まる
窓を拭きながら、思う
本当に私たちはウィッチを捕まえることなどできるのか…
掃除をしながら意味もなく後ろを振り向いたりして…
…………
***
昨日片付けた部室だけでも、すでに十分使えるものになっていた
ただ少し床や窓に小さな汚れや埃がちらつく程度で、私ひとりで30分も掃除を続けるとあっさりと終わってしまった
「綺麗になったかな 」
教室の木の床、白い壁、ちょっとだけ高い天井
そして校舎の最上階の隅に孤立したため、ここは両側が窓になっていた
両側の窓を全面全開にすれば、そよ風がそのまま通り過ぎてゆく
そして、ここはまるで部屋が飛んでいるんじゃないかと思えるほど景色がいい
右の窓からも左の窓からも一面の青空が広がっている
「ふぅ… 完成したんだね、私たちの秘密の部室っ、軽音楽部っ 」
子供のころ秘密基地を作ったときのようなワクワクした気持ちが舞い戻る
「ぅぅ…でもやっぱり今日も暑いなぁ 」
うっすらブラウスにも汗を含ませていた
一段落して、灰色に汚れた雑巾を洗いに水道に行く
雑巾をじゃぶじゃぶ洗いながら外の校庭の様子を見ると、もうすでにまばらに生徒が登校してきていた
………
……
まったりとした空気が流れる朝の校舎の一角の
そのときだった…!
「めっちゃ綺麗になってるさぁーーっ!! 」
…ビクッ!!?
(な、なに今の声??… )
静かな校舎が揺れるほどぴりぴり響いた声のするほうにばっと頭を向けた
(部室の…ほうだよね? )
慌てて叫び声の聞こえたほうへ走って戻る
するとそこには
「ぉーっ、嫁がいるー オハヨー 今日は早いんさねっ 」
(…はぁ…なんだ )
「…灯かぁ、もうびっくりしたなぁ、おはよう てか…嫁じゃないし 」
「ぃやーっ、だってみんながいない朝のうちにサプライズでお掃除しちゃおうかなーっと思って来たら、なんかすでに綺麗になっちゃっててっ めっちゃ驚いた! 」
「ぅ、ぁー… ぅん…私も灯と同じ考えで…その 」
「ぉぉーっ、サプライズ返しかー やるなゆり隊員! 」
「ぅ…ぅん ありがとう灯… 」
褒めるように肩をぽんぽんと叩かれてしまった
(い、言えない…夢が怖くてこんな早くに学校に来ちゃったなんて、それで気持ちを紛らわそうと掃除していたなんて、ドSの灯にだけは絶対言えない…っ )
「にしても、本当にキレイになったなー ここからようやくスタートだなっ 」
「そうだね 」
「…てか、ソラの教室だねーっ 飛んでるみたいだ 」
「ぅん、やっぱり景色いいよね」
朝の光りが差し込むと、今まで物置部屋だったとはとても思えない部屋に仕上がった
「さてっ、部室も完成したことだし、お昼休みにひよりと有珠も呼んで始めるかー」
灯が笑顔で綺麗な白い歯をちらつかせながらそう呟く
「はじめる?? なにを? 」
「決まってるさよ、まさか忘れてないよねー‘ウィッチを捕まえる’ってことっ」
「もちろん忘れてないよ ぁ、でも警察が…… 」
「大丈夫だよゆり、ただ警察が私たちの対等な位置の敵になっただけ」
「…敵? 」
「これは簡単に言えばゲームなんさ、あたしら女子高生四人か、警察のN.M.C.か、どちらが先にウィッチを捕まえれるか」
「ゲーム…」
「そしてあたしらがもしN.M.C.に先にばれてもアウト」
「…ぅん 」
「まぁ、昨日のN.M.C.が発足したとかの情報もあるし、ひよりと有珠も一緒に昼休みになったら話すな、シナリオは作ってあるから」
「ぅんっ 」
(ウィッチ、N.M.C. 聖蹟桜ヶ丘…そしてリリス )
誰も知らないこの街の秘密を私たちだけは知っている
「こんな綺麗な部室も完成したし、ゆりのリリスも本物だったし、今日からはじめようか あたしらの…‘弱者の反撃’」
「ぅんっ…!」
そのときには、灯の言葉に魅力されて、すっかり警察への恐怖はなくなっていた
また強まった期待感、それだけ
「あとゆりがまさか今日もポニテなのは予想外だったー」
「!? ……ぅぅ// 」
………
……
***
-お昼休み-
「ほわぁ~、お空に飛んでるみたいですっ 」
「昨日はお掃除が終わったのも日の落ちた夕方でしたからね」
有珠ちゃんとひよりも完成した私たちのソラの部屋を見て目を輝かせていた
左も右も窓を全開にして、全員揃って私たちは作戦会議を始めることになった
ここの軽音部の部室にて
それぞれ机を四つ囲んでお昼ご飯を食べながら話していた
「ではっ、作戦会議を始めるさよ! 」
「わぁっ、パチバチっ」
「ふふっ、なんだか楽しみですね」
有珠ちゃんはまるごとバナナを、ひよりはお弁当を口に頬張りながらなんとも陽気に楽しそうに話している
灯はひとり、机が囲んであった三人の前に立つと
そしておもむろに前にあった黒板に何かを書き始めた
黒板の匂いと、カツカツとチョークで物を書く音だけが部室を包みこむ
そして、そこに大きく書かれていた文字とは
‘-selling day-’
(…セイリング・デイ?? )
「じゃんっ!、これがまず始めに! 私たちの今日からのチーム名+部活のバンド名になる名前 名付けてセイリング・デイっ 」
「セイリング…デイ?? 」
「にゃぁ、なんだかカッコイイのです」
「…灯ちゃん?、質問なのですが、それは…少々つづりを間違えていませんか? 」
(ぁ、たしかに… )
「ノンノンっ、あえてこれにしたんだよひより 」
「本来のセイリング・デイのつづりはもちろん
‘-sailing day-’
意味は、出航の日、朝
そして‘-sell-’
意味は、売ること
これを合わせて
↓
-selling day-
‘(私たちを)売り込む、出航の朝’の意味を込めてみたんだ、あたしらを省いたこの街に、あたしたち自身で存在を証明するための記念すべきスタートの出航の朝 」
「なはは…っ 半分無理矢理だけどね」
-sailing day-
私がBUMPの曲の中でも大好きな曲だった
(灯はきっとBUMP繋がりの意味も込めたのかな )
嵐の中でさえも、自分を輝かせせるため、スタートの出航の朝を待つ
精一杯の存在の証明と
嵐の朝の海でさえもそれを誓った
それは、まるでココから始まる、今の私たちのように…
「ぅぅん、私はとっても好きだよ、この名前っ 」
「有珠も、カッコイイと思います♪」
「私たちの意味もこもった言葉ですよね はぃ、よろしいと思いますよ」
「ぉーっ、三人ともありがとうー じゃぁ私たちのチーム名は-selling day- で決定! 」
灯はそう言うと黒板の文字に大きく丸をした
「そしたら次に、N.M.C.について、まだ情報は少ないのはしゃーないと思ってけろ 」
また灯が黒板に文字を書いていく
「ぁ、ぁの……」
その途中で有珠ちゃんが一際小さな声で呟いた
「?? どうしたの有珠ちゃん?」
「その、警察についてなのですが…」
「ぅん 」
「実は今朝…有珠のお家に警察の方が聞き込みで来ました…」
「ぇ!? 嘘っ? 」
「今朝でしたら、私の家も来ましたよ? 」
「ぇ!? ひよりも!? 」
(…今朝、私は家を飛び出していてよかったのかもしれなぃ…)
「灯の家には来た? 」
「? あたしは今日は早くに家出たからわかんなぃー」
「ぁ…、そっか 」
(やっぱりだ、警察も本気なんだ… )
灯はまた黒板に何かを書き終えた
‘-NAMECO-’
「「「…なめこ??? 」」」
予想外のまさかの黒板の文字の前に、三人一致して首を傾げた
「国家対策委員会
-National Measures Committee- 通称、N.M.C.
でもー、これをよーく見て、最初から二番目を続けるとっ、NA.ME.CO.になるんさよねーこれがっ 」
「…だからナメコ?? ていうかそれ必要あったの?、てかそれだけの情報?? 」
「むーっ、だってナメコのほうが読みやすいし万が一のとき暗号にもなるし! 」
灯は自信満々な顔で言い切ったっ
「にゃぁお~ ナメコならなんだか怖くないですっ」
「暗号としては、悪くないと思います」
「はぃ、クリアー」
灯はまた黒板のナメコの文字を丸をした
………
(あれ…??、もしかしてここってツッコミ私しかいないんじゃ…」
「さて次は本題の私たちの期限についてー」
「期限?? 」
「さー問題です!、今 聖蹟桜ヶ丘駅の電車にあたしらが乗るとどうなるでしょうー? じゃぁひよりっ」
灯はビシッとひよりを指差した
「そうですね 現在、聖蹟桜ヶ丘の駅改札では警察がひとりひとり軽い腕の体温検査を実施しています、そのため、改札でゆりちゃんの体温が見つかる可能性が高いです」
「はぃ正解! では次にっ、私たちが楽しみに待っているBUMPのライブの日にちは何日でしょう? はぃ有珠ー! 」
今度は有珠ちゃんを指差した
「はぅ!? ぇ、ぇっと…BUMP OF CHICKENのライブ日はたしか、10月2日です…」
「よく言えたね有珠っ、偉い偉いっ 正解っ」
(???… )
「?? 灯? さっきからなにやってるの?」
「ふぅ… つまりはね ゆり、今日が9月9日、ライブ日までは残り23日 それまでに警察か私らがウィッチを捕まえない限りは…あたしらは電車どころか改札にすら入れないんだよ…」
「!!?っ…」
そうか、そういうことかっ!
やっと…理解した
そうだ、そうだよ…、このままじゃ私たち…ライブにも行けないじゃん!?
「ゆりちゃん?、やっと気がついたみたいですね そうなんですよ 私たちのタイムリミットは23日なんです、約残り三週間でウィッチを捕まえなければ四人で約束した、BUMP OF CHICKENのライブになんて…行くこともできません」
(……… )
「だから戦うんさよ! 私らの痛みや約束や…あの日なくしたものを取り戻すために、ウィッチを捕まえる以外に方法はないんだからさ 」
灯も高らかに声を響かせた
「そ、そうなのですっ、ゆりさん! 主役を思い知らしてやりましょうなのです 」
未だにいじめらているであろう有珠ちゃんの口から出たものとは思えない強い言葉だった
(主役… )
もう引き返せないところまで来てしまったらしい
この少しだけおかしな私たちの駆け抜ける青春と
言葉にならないこの夢と高鳴るドキドキの心臓と
静かなソラの軽音楽部と
「…わかった、そうだよね、…叶えてみせよう、私たちが主役なことを! 」
「では… この街と‘戦争をしましょう’」
-‘私たちは、待ち受ける己の痛みに対峙する’-
タイムリミットは
残り…23日間…