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第68話


虚ろな視界を開くと、そこはすでに駅外れに立つ多摩中央警察署の取調室の中だった


(そうか…私は捕まったんだ )


やに臭くて籠りきった不快な環境が充満している

安そうな灰色の机に細く固いイス、窓は背中側に一つ小さく取り付けられているだけだった


退路を完全に断たれた空間、太陽さえ遮断する何一つ残されていない暗い絶望の底


私には、すでに牢獄と大して変わらなかった


(…皆 どうしてるかな、大丈夫かな… )


灯はきっと大丈夫だろう


でもひよりは触られたら、有珠は過去の話をえぐられたら

奏は両親に真実を見つかったら


…またカルマがやって来てしまう

酸素の薄い重苦しい空気が罪を責め立てる


覚悟していたはずの結末なのに


恐ろしくて堪らなかった、朽ちていく世界の終わりに、自分がこんなにも小さな存在だと思い知る


――ガチャッ


そのときだった、目の前の頑丈な扉が開いた

くったりとしたスーツを着込む少し大柄の中年の男と、帽子を深く被った警察官が入ってきた


肌の色は衰え始め、歯は汚れていた

お腹には肉を蓄え、白髪を交えた少し強面の、いかにもドラマに出てきそうな手強そうな男


その大人は私の前に浅く座り、机の上に両手のひらを組んで、淡々と仕事を始めた


「全く、君みたいな普通の高校生が‘ウィッチ’だったとはな 」


その第一声に耳を疑った


そうだった、はたからこれは事情聴取などではなかった


私にかけられた容疑は


‘連続通り魔犯’だった


「……ッ! わ、私はウィッチじゃありません 」

思わず声を張り上げてしまった


これではまさに本物が逃げる為に否定しているようだ


「違うと言われても、君の身体は人より遥かに冷たく、現にあの喫茶店からはウィッチが使ったと思われる黒いコートが見つかっている 他にも証拠は山ほどある」


前の大人はしたたかに私をじっと睨み、社会にもまれて光を失った瞳は、証拠を次々に突き付けた


駅のラジカセの買った購入場所の履歴、監視カメラに映っていた黒コートの姿、目撃証言、部室のパソコンから見つかったクラックの痕跡


「…違うんです 」

とても、逃れられそうになかった

背中を丸めて、私は顔を髪で伏せて俯いた


「じゃあ何故昨日の深夜、駅前であんなことをした? どうせまた人を斬ろうとしたんだろ? …まったく、それをこんな子どもの仲間内でしていたなんて、末恐ろしいよ 」


ぼやくように語り、前の大人は小さく癖のような舌打ちをして続けた


「君たちのした くだらない犯罪や遊びのせいで、どれだけの人が迷惑を受け、どれだけの人が責任を取ってやめたと思う? 」


「………それは 」

それは、確かに実際の事だった

そこに関しては、間違った事は何一つ言ってはいなかった


「挙げ句の果てには通り魔だけじゃ済まず、クラックまでも繰り返す始末だ 」


「警察内のパソコンにクラックし、駅に爆音を鳴らし、停電にまでさせた 」


「君たちの好き勝手に行ったことはな‘全部犯罪’なんだよ ウィッチ」


「……… 」

とても言い返せなかった


「それにしても、誰か一人くらい止めるだろうに、良い事と悪い事くらいもう高校生ならわかるだろ 世間知らずもいいとこだ 」


(…! )

呆れたように男は罵った、罵って冷ややかに見下した


「何がわかる…」


「なに? 」


思わず、私は心の内を見せてしまった、国家に歯向かってしまった


「お前達に私達の何がわかる! 」

気がついたときには、叫んでいた


込み上げてきた感情を震わせて、自分とは思えないほど目を見開いて訴えかけていた


(私達は死ぬほど努力して頑張ってきたんだッ! )


そこには、恥ずかしさも後悔も汚なさもない

真剣に潰されないように生きてきた

灯も、ひよりも、有珠も、奏も、…ハルだって!


皆どうしようもない弱者で、救いようのない同類で

だけど誰一人諦めずに、精一杯自分が出来る方法であがいてきたんだ!


それを何も知らない赤の他人に犯罪の一言でなんか終わらせられた事が許せなかった

恐怖なんかよりも、譲れない誇りや怒りが上回っていた


「…まぁ、じきに凶器も見つかるだろう 何人もの人を斬りつけておいて逃げられるなんて思うなよ 」


けれども男は屈することなく、微動出しにせず、むしろ慣れたように脅すような声で言い捨てた


「……… 」

きっとハルの名前を言っても、何を言っても戯言として扱われるだけだろう


やっぱり、とても…逃げられそうにない


ライブも部活も学校生活も、全てが散った


男と警察官は一度席を外し、扉を開けて休憩がてら策を練り直すように出ていった


ドアの閉まる音と共に、先ほどまでの空気が静寂を取り戻し、思わず緊張の糸が切れた


すると、不意に瞳からは涙がポロポロとこぼれてきた


「ぅ…ッ 皆ぁ… 」

俯いたまま、両手で握られてくしゃくしゃになったスカートに染みを作っていた


目の前の視界が曇っていく、耳が遠くなって、意識がぼやけていく


対抗策は…もう残されていない


狭い灰色の牢獄の中には、声を殺してすする孤独な少女の涙声だけが響いていた



――ガチャッ


そのときだ、唐突に、また扉が開いたのだった


アマリリスが見つかったのだろうか、次はどんな証拠が私の首を絞めるのだろう


生気を無くした視界を上げた、そこには


「ぇ…… 」


‘桐島 逸希’が、立っていた



***


「申し訳ない 」


予想だにしなかった人物は、突如として私の前に現れ、そして深々と頭を下げた


「…桐島…さん? 」


細い身体にピシッと黒のスーツと青のネクタイを着こなし

短髪の黒髪が三十歳という年より若さを際立たせていた


「どうして貴方が… 」


先ほどの大人のくすんだ瞳とは違う

まだ突き抜ける芯と光があった


けれどもその目は何かを背負った一人の男性の瞳をしていた

誠実そうな眉と共に、だからこそ人より持ってしまったモノ


――カルマの持ち主だ


「…まさか、君たちのような人間がいるとは思ってもみなかった 」


「本当に、申し訳ないことをした 」

もう一度、今度は先ほどより頭を深々と下げて、両手を揃えて謝った

その謝罪も、テレビで見るような社会の動きが混じっていた


「貴方が、本当にハル…紺野 春貴 の弟を殺したんですか? 」


状況判断の理解より先に、それだけが知りたかった

こんな真面目そうで普通な人が、本当に人を殺して、更にはそれを隠蔽しているのか


「…もう、君たちは知っているんだな 」


桐島さんは諦めたように意味深に呟き


そして、告げた


「間違いない そこに嘘はない、君の言う通りだ、私が去年の夏、彼の弟を殺めてしまった 」



「――ッ! 」

真ん前のイスに腰を下ろしながら、桐島さんはまじまじと言った


その瞳は黒色を増し、罪を隠し持った、しかもそれに順応し始めている瞳だった


若さの残る青年のような姿から、一変して社会に立つ人殺しの淀みを漂わせた


だったら、次に聞くことは一つだった


「じゃあ、どうして自首しないんですか…! こんな町ぐるみ警察ぐるみでなんで隠してるんですか! 一人の男子を、ハルの気持ちを踏みにじるんですか! 」


「ハルがどんな気持ちで夜を過ごして、どんな気持ちでウィッチになんかなったか貴方にわかりますか? ハンバーグなんかを食べたくらいで泣いちゃうような、そんな気持ちなんですよ…? わかりますか?」


怒りが込み上げて、感情を荒げて私は人殺しにぶちまけた

私達も巻き込んだ張本人へ向けて叫んだ


「貴方がしている事は、人として最低なことですよ…」


「……… 」

桐島さんの喉仏が動き、何かを言うか言わないか、迷ったように考え込む顔つきに変わった


「…もう…君たちになら、言うしかないだろうな 」

桐島さんは独り言のように小さく呟いた

机に両の肘をつき、手のひらで顔半分を隠し、一種の諦めを含んだような仕草をして


そして、一息空気をなだめた後


もう片っ方の、去年から続く真実の話を静かに始めた


………


「私はね、君たちのような頃は中々親不孝者でね、貧しい母子家庭だというのに、不良というやつをやっていた 」


「しかしそれはある‘きっかけ’で変わり、私はこれまでの分まで頑張ろうと、念願のこの街の議員になった、反発もあったが徐々に安定して、まさにこれからというときだった 」


「……丁度このくらいの時期か、去年の夏だが、私のおふくろ…いや母親が、突然倒れた、病気を発症してしまった 」


「……… 」

淡々と話す桐島さんの声は僅かに震えていた


「検査をしてわかったときには、すでに末期だった、悪性の癌だった、すでに広範囲に転移していて、手の施しようがないと医者には言われた  ‘余命一年’そう告げられた 」


「……… 」

何を言っているのかわからなかった、それがハルとどう関係があるんだ


「そしてそんな判決を聞かされた、‘聖蹟桜ヶ丘病院’からの帰り道…、泣きながら……人を殺してしまった 」


「――!ッ 」

不意打ちの如く、この街にうごめくカルマの根源が明かされる


「わからなかった、そのときは私もひどく傷ついていて、口の中には砂のような味でいっぱいだった、過呼吸の状態で辛い涙を流していた 」


「そこで、轢いた…」


桐島さんは顔を俯かせて、自らの過去をえぐるような冷たい口調で続けた


「…最初は真っ先に自首しようとした、しかし一緒に病院に行ってくれた高校時代からの仲間三人…ウィッチに斬られた三人だ、その考えで罪を隠すことにしたんだよ 」


「…言ったように、母親のその一年が、丁度今年の今月末までなんだ 」


「もうこれ以上親不孝者に、最後の最後には息子が人を殺して刑務所に入ってお別れになんて、……情けなくて、俺はとてもじゃないが母親にそんな思いをさせたくなかった、どうしても、苦しくて出来なかった 」


今までの話し方が崩れ、桐島さんは俺と言い、隠していた感情を剥き出しにした


「だから、せめて病気の母親が亡くなる今年の夏まで、期限付きでこの事件を隠蔽することにしたんだ 」


「生憎、仲間内の輪もあって、関係のあった警察OBにも手伝ってもらって警察内からは抹消することが出来た、本当に…容易かった 」


「そうして、私は今日まで罪を隠して生きてきた 」


桐島さんはゆっくり俯いて口を閉じた


「……貴方は、一度でもハルの気持ちを考えたことはなかったんですか 」


「あったに決まっているだろう…!、何百回と彼を思ったさ、何度謝罪に行こうとしたか…ッ 申し訳なくて…、  誰が、誰が…好き好んで人を轢くと思う…ッ? 」


「けれども…きっと彼を目の前で見てしまったらッ、無理に決まっている、私には所詮…封筒一枚を送ることくらいしか出来なかった 」


「過ちだと、自分勝手だと…百も承知の上の行為だ 私が悪かったんだ」


「……… 」

そうして、桐島さんの悪が、この街の加害者の真実は明かされたのだった


それから一年、ハルはウィッチとしてその弟を殺した加害者を斬りに奮闘した


と同時に、唯一同じ身体を持った人間の私は、出会った友とともに夢の為に、捕まえようと奮闘した


「………そうだったんだ 」


この一ヶ月の出来事が全て綺麗に繋がった


そして結果、交わることのない数奇な運命が歪みを抱えて重なり合ったのだった


もう片っ方の言い分を桐島さんの口から知った後


少しでも、桐島さん側の真意や、理由故の今の状態にも‘仕方ない’という正論に似た気持ちを私は抱いてしまった


少なからず、むやみに痛めつける為や、自分を守る為だけの卑劣な悪ではなかった


一人の人としての思いや、それからきたもので、結果ハルを傷つける選択しか出来なかった事


ハルの通り魔と同じように、妻や娘を持つどこにでもいる優しい大人が、いたずらに犯罪者になったわけではなかった事を……



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