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第65話

全ての本当と真実を隠した街並みを潜り抜け、血の色をしたサイレンを振り切っていく


今晩とて いろは坂だけは変わらず騒がしい街を見下ろし、静かに青い風と星を揃えて佇んでいる


木々の音も草の匂いも、来たときのような恐怖は感じない


むしろそんな事が霞んじゃうくらい、何もかもが吹っ切れた解放間と疾走間で満ち溢れている


一秒が最高級の満足感を生み出し、四人それぞれが噛みしめていた


時間がなくなっても、未来へと続く僅かな手がかりを握り、まとわりつく影に怯えながらも最後の目的地を目指して進んでいた


(私達なら、きっとやれる )


そりゃ怖いよ、だけど、挫ける時間なら疾うに終わったから


私達は終わりへなど進んではいない、逃げてなどいない

私達は私達のやり方で、全ての財産をはたいてこれから戦うんだ



追撃者達の張った縄張りを、これでもかと街一番の弱者は反抗的に闊歩していった



***


丘を巻くつづら下りの坂を無事に下り終え、線路沿いの緩い下り道を行く


いつかの夏の日、手を繋いで帰ったその道を

いつの間にか、あの日と同じように手を繋いで歩いている私達がいた


この暗闇にいつ来るか分からない別れや絶望に、誰も欠けてしまわないよう、しっかり握って並んで歩いていた


しっとりした空気は爽やかで、けれどもどこか背中が不安で物足りない


広く整備された道は、電車が線路を痛めつけて走る轟音と光だけがたまにすれ違っていくだけだった


無灯の二人乗り自転車が物音も立てずにすぐ後ろから通過して


私は思わず防御反応で身を丸めてしまう


「ゆり、大丈夫? 」

優しく穏やかな声がどこからか聞こえた、灯の声だった


「…うん 」

ささやかなその一言だけで、ピリピリ張り詰めていた私の胸はそっと柔らかく解かれた


「冷たいな、相変わらず 」


「…うん 」


そして、繋がったその灯の右腕もまた、少しだけ震えていた


有珠は何度も振り向きながら歩き、ひよりは空を見上げて夜風に浸っていた


押し潰されないよう、私達は絶えず他愛話を続けた


少しだけ恥ずかしい話も、皆への感謝も、締めくくるような大事な言葉も、空に溶けていった


言葉は多くなくても、ありがとうを多用しなくても、伝えたい大切な感情は呼吸と足音でしっかり交わせていた


黒色の寂しい道幅を照らすよう、高校生達は手と手を重ねて賑やかな声で彩り

今しかない澄んだ想いを馳せて、夜を越えた



………


地震も逮捕もアクシデントもなく、裏道経由で私達は学校の裏道に到着した


「着いたね 」

「着いたさね 」


立ち構える学校は不気味で、日中のときとはまるで姿を変えていた

人を寄せ付けない巨大な廃墟のようだった


美弦の携帯にハルからの受信は未だにない


右手に携帯を、左手に保温タッパーを握りしめて立ち止まる


(……… )

これでよかったのかと一瞬迷いがよぎった


けれど、これでよかったのだと、ひときわ涼しい風が横切り、私のまつ毛を撫でた


――何の為に私達にこんな事件が起きたと思う?


そよ風にたそがれで、そんな問が降ってくる


(……それは )


見出だした分岐点、今までの私との別れを告げるように


背筋を伸ばして、そしてはっきりと答えを選んだ


――それはきっと、逆境に立ち向かう為だと思う


ハンデを背負った高校生も、大したことない高校生も、人より劣っている高校生も、トラウマに蝕まれている高校生だって


まるで縁のない夢なんて大それたモノを叶えられるんだって、証明する為だったんだと思う


だから、一度きりの終わりくらい、このまま不器用なままを貫き通したいんだ


器用にも自作なんかにもなれずに、両手分で満杯になっちゃうくらいの少ない希望でも


きっとその逆境を越えられると確信してるから


――支配者様、私は、最後の一瞬まで私でいたいんです!


――不完全なまま、叫んでいたいんです!


そして、笑って胸を張って言いたいんです!


(一人の人間のカルマの法則を覆したいんですッ! )


価値を変えた両手の固形物を強く握り、誰もがたどり着けなかった地表に立ち


夜空と部室へ眼差しを向け、私は自然体で心の内を全身で叫んでいた


スッキリするほど心残りなく今を叫んでいた


そして一度は逃げ出してきた部室を見て、灯を筆頭に、selling dayは明日にバイバイをした


ためらいなく裏門の柵をよじ登って越えていった


長い瞬きをして、息を深く吸い込み、最後に私が学校に侵入した


長引かせる事も時間稼ぎも、もう今の私達には何の意味もない


たとえ寿命を削る結果になっても、どうせ終わりがすぐなら、最後に一発むちゃくちゃしたい


汗もこびりつかせて、全員がそれを望んでいた


――自分達の死に様は、自分達で選ぶんだ



***


何もかもが生まれた故郷の非常口を開け、出たときとは変わり果てた殺風景な姿に視界が煙る


「……そりゃ…そうだよね 」


四つに据えられた机はどこかへ消え、パソコンも、ひまわりも、軽音楽部を形作っていた全てがなくなっていた

誰かが土足で雑に扱った形跡がそこら中に残っていた


内側から頑丈に閉められていた部室の扉の鍵を開け、ガラス張りのような冷たい廊下をそっと摺り足で伺う


黒い影と月明かりだけが校舎内に色を作り、広くて何もない

まるで永遠続く廊下の先からは今にも警官が襲いかかってきそうな雰囲気だった


「…行くぞ 」

灯は動じることなく、薄気味悪い四階を進んだ


闇に埋もれた階段の下部が一瞬ちらっと見えただけで、何か蠢いているような錯覚を起こして慌てて窓のほうに視界を逸らす


「ゆり、一旦アマリリスはここに隠そう 」

そう言って灯はある教室の扉の前で立ち止まり、ガララッと乾いた音を鳴らして開けた


「ここは、前に皆で運んだ物置でしょうか? 」

そこは、以前部室にあった道具を皆で移した教室だった


「ほにゃぁ、なんだか懐かしいのです 」


中は前と変わらず、埃を被った大量の段ボールや行事品や机やイスが所狭しと押し込まれていた


籠りきった独特の臭いが鼻をつく

「もう、どこでもいい気がするけどね 」

そうして、私は出来る限り奥にアマリリスの入ったギターケースをしまいこんだ


「ぁ、あたしちょっとだけ用事あるからさ 三人で先に屋上行っててー 」

それは唐突な一言だった


「にゃう? 灯さん用事ですか? 」


見ると、灯が三人と距離を置いて立っていた


「灯…? 」

少しだけ、空気が区切られていた


「大丈夫さよー、消えたり逃げたりしないから 」

心配を打ち消すように、灯は相変わらずまたくしゃっと笑って、私の頭をぐりぐり撫でた


「すぐにさ、とっておきの楽しい‘サプライズ’を持って帰ってくるから、安心して 」


「サプライズ…? 」


「灯ちゃんのことですから大丈夫だとは思いますが、くれぐれもお気をつけて下さいね 」


ホラーゲームやアニメの伏線なら、必ずこうして抜けた仲間はフラグ的とかパターン的に悪い目に合う


闇の中でも笑顔を保つ灯にも、それがよぎった


(……… )

でもすぐに、私もひよりと有珠と並んで再会を信じた


理由はすぐに見つかった


‘灯’だから


灯は私達のリーダーだ、無垢なサプライズを今回も楽しみに待っていよう


「早く帰ってきてね? 」


「おう 」

少し怯えたように私が言うと、灯は察したように強く返事を廊下に反響させた


………


そしてそこで、三人は灯と背中合わせに別れたのだった



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