第6話
日も落ちて、今日もまた街が夜の姿へと変わりつく頃
四人は小さな部屋の中にいた
高校生になってから友達など呼ばれたことのない小さな秘密を隠し持つ部屋
しかし現在、そこはこんなにも友達でうまっている
こんなにもくだらない話しで安らいでいる
そう…
そことは紛れも無い、なんらいつもと変わらない私の部屋
「ゆり、さっそくだけどアレ 見せてもらっても平気? 」
灯の真剣な声が静かに部屋の中に響く
………
「ぅん 」
自分自身、ちゃんとみんなに見せれるよう気持ちを整理して
しばらくして…静かに一人立ち上がる
全開に開けていた部屋の窓を閉め、外からは絶対に中の様子が見えないようカーテンまでも閉める
そして…、リリスがしまわれている押し入れの扉の前へと立つ
毎日変わらずあり続けるこの空間…
細い指先でそっと扉に手をかける
(……… )
ドクン…ッ
左胸の奥の心拍数があがる
じんわりと冷たい鉄のように冷めた指が扉をじわじわと開けてゆく
異質などんよりとしたほの暗い空間の中を小さく覗いてみると
「……… 」
一糸まとわぬ姿でひっそりと無造作に横たわるリリスの姿がそこにはあった
しまい込んだまぐろの…死体
暗闇の中で凝らした目が、強烈なリリスの眼球と合う
それだけで、半分まで扉にかけていた指が震えているのが自分自身わかった
「……っ 」
「ゆ、ゆり…? ごめん、やっぱりまた今度でも全然大丈夫だよ? 」
「だ、大丈夫…っ 三人にも私の痛み 見てほしいから… 」
全体がようやく見えたリリスの、ちょうど尾びれとの細く掴みやすい付け根の部分を左手で握り
そのまま
押し入れの荒い木の床から、ザザッ…っと床とを擦りながら三人の前へとさらす
「これが…リリス これが…私の痛み…だよ 」
この世の女子高生が持つはずのない異質な物体を前に
その場にいた誰しもが声を失った…
………
……
「本当に…あったんだ 」
そんな空気を破ったのやっぱり灯だった
「ゆりの…痛みなんだね、これが 」
「ぅん…そうだよ… 」
「ウィッチも同じ? 」
「…たぶんね」
私の身長、152センチと同じほどもある身の丈ほどのまぐろの大刀、リリス
背にかかる深い蒼は綺麗な紺色を染まらせ
蛍光灯の光をも反射する純白のフォルムをまとい、なんとも美しい…死体の凶器
これは紛れも無い
あの日、あんなに苦しみもがきながら死んでいった中学生だったころの私の死体なのだ
誰がわかるというのだろうか…
暗い暗い海の真ん中にぽつんとひとりだった堪え難い恐怖と絶望感
もうだめだと涙さえ流せば、それすら恐怖に変わり
呼吸を求め…海水を飲み込み、身体を何度も波に叩かれ、どれだけ生きたいと願って…沈んでいったことか
無惨な…本当に無惨な…
‘私の死’そのものが‘コレ’なのだ
「ゆり…?」
(ビクッ…!? )
ふと、灯の私を呼ぶ声に正気に戻ると
私はひとり、三人の前とも関わらずまた呆然とあの日を思い出し立ち尽くしてしまっていた
中学生のころに覚えてしまった…
死ぬ、という事を…
「ゆりちゃん…ごめんなさい 」
「ぅ、ぅぅん…大丈夫… ちょっと思い出しちゃっただけだから」
「それならよろしいのですが… あの、もし本当に苦しいときはいつでも私たちに相談していただいて構いませんからね? 」
「ぅん…本当にありがとう ひより」
…………
「ゆりさんっ、一つ質問いいですかっ 」
「質問? どうぞ 」
有珠ちゃんが空間を変えようとしてくれたのだろうか
変に力の入った声でそう私に問い掛けた
「どうしてゆりさんは片手でそんなものを持てるですか? 」
「ぁ、ぇっとね、重さが感じないっていうか とっても軽いんだよ これっ 」
まぐろをグイッと有珠ちゃんに見せてあげる
「?? ちょっとだけまぐろ 触ってもいいですか? 」
「ぁ、ぅん、大丈夫 」
有珠ちゃんにリリスを渡そうとした
その瞬間だった…!
ドンッッ!!っと強烈な落下音と足に伝わる振動が部屋中に響き渡った
「「…っ!!? 」」
慌てて視線を下に向けると
有珠ちゃんの手からすっぽ抜けたリリスは床にたたき付けられ、激しい落下音とともに床を強く揺らし
その後はただ静かに横たわっているだけだった
「あ、有珠ちゃん!? 大丈夫!? 」
「ぅ… 」
「…ぅぅ…~っっ 」
有珠ちゃんは大きな瞳に涙をいっぱいに溜めてこちらを見上げていた
「有珠ー 怖かったなー、もう大丈夫さよー」
灯がすかさず小動物をあやすように後ろから有珠ちゃんの頭を撫でてあげる
「この物体は…やはり」
落ちたリリスを触りながらひよりが呟いた
「ゆりちゃん、…私たちにはこれは部室にあったあの重い段ボールより遥かに重さを感じますよ? 」
「ぇ、嘘っ!? 」
あまりに冷静なひよりの言葉に、確認するようにまた私がリリスを持ち上げてみる
当たり前に
リリスはなんら変化もなく私の細い腕で持ち上げられた
何度やってみても、やはり私だけが…
私だけが…
リリスをスッと、しかも容易に片手で持ち上げられることができる
なにより…あの部室の段ボールなんかのほうが遥かにずっとずっと重い
「やっぱり…ゆりちゃんだけなのでしょうか 」
「……… 」
「ゆりさん…なんか怖いです」
「ぇ!? な、なにが? 」
「‘それ’を構えていると…わからないのですが ただなんだか怖いです 」
灯に撫でられていた有珠ちゃんがそう口にした
「……… 」
今の私は、一体どんなふうに三人の目に映っているのだろうか
「その…有珠ちゃん まぐろ好きじゃなかったっけ? 」
「だ、だって…それは絶対まぐろじゃないです 」
有珠ちゃんはリリスを指で差した
無気力な恐怖感…
(よく考えてみると…当たり前だよね )
仮にも今三人が目の前にしているのは
あのウィッチと同じ能力を持ち
人を意図も簡単に殺すことなどできてしまう存在なのだから…
わかりやすく言えば、私は私と同じほどもある包丁を
友達の前に突き当てていることになるわけなのだ
………
「もう、これ…しまおうね 」
「はぃ…そのほうがいいと思います」
ひよりも小さな声で同意した
「ただ…、もしですが…」
「?? 」
またリリスを押し入れの中に戻そうとしたときだった
「ゆりちゃんがウィッチと対峙するときが来たならば、そのときは使うことになるかもしれませんね 」
「……ぅん 」
…………
………
リリスをまた埃っぽいどんよりとした押し入れの中に封じ込めると
三人は安心したように、ふぅと一息つくと、またいつもの顔に戻った
それがうれしくて、私自身もなんだか胸のあたりが急にホッとした
ただ…あのころの痛みは…
未だ消えることなどなく
古傷として
確かに根強く今も私の中で蝕んでいた…