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第58話

『初めて 僕らは出会うだろう 同じ‘悲鳴の旗’を目印にして!』


――「ああぁぁッ! 」

――「うらぁぁぁッ! 」


ガシャンッ!、ジャリッ…


声を荒げて大気を揺らし、アマリリスを振り上げる


(もう2サビだッ、早くしないと… 斬らないと! )


闇の中で懸命に、出刃包丁のようなの巨大な刀身を振り回す


けれど、ウィッチは俊敏な立ち回りで素早く避ける


(…?? )

しかしなぜか、不自然に向こうから反撃をしてこようとはしない


うなだれて、殺気めいた黒い膜を張っているだけだ


「はぁ…はぁ 」


相変わらず、空は澄みきった草原の夜みたく色を浮かべ

その真逆に爆音が駅の隅々までを蹂躙している

花火だろうか、僅かに、懐かしい火薬の焼けきった残り香もする


そのときだった、不意に、背中に一筋の‘熱’を感じた


ひよりが作り出した暗闇が途切れた訳ではない


(…まさか )

あり得ない感覚を覚え、寒気がする

嫌な予感と共に、一瞬横目で背中から辿る道の先を見る


すると、駅のほうから白く細い懐中電灯の明かりが

まるでサーチライトのように、小刻みに揺れてこちらに近づいていることに気がついた


轟音と闇のフェイクに屈することなく感ずいた、追っ手の警察官だった


『忘れないで いつだって呼んでるから! 』


(どうする、どうする… )

ここで逃げたら、避けたら


残り約一分のタイムリミットを確実に過ぎてしまう


切羽詰まり、対抗策を考えている間にも、刻々と王手をかける光が近づいてくる

念入りに、丸い光が現実を浮き彫りにさせていく


(……どうすれば )


『重ねた‘理由’を二人で埋める時 約束が交わされる 』


思わず、危機に顔が歪み、青ざめる


とうとう、私の足元に明かりが当たるといったところ、だった


その瞬間、私にかかる光は突如として遮られた


振り向くと、盾となり道に飛び出す一人の女の子の背中があった


アリス服を纏った小学生のような身なりに、純白の肌をした銀髪少女


「ぁ…… 」


それは紛れもない、スイミー、有珠だった



『鏡なんだ 僕ら互いに それぞれのカルマを映す為の 』


「ぐすっ…ひくっ …ニヤリッ 」

大嘘つきは突然泣き崩れ、深夜の夜に一人ぼっちの迷子を演じる


何事かと、すぐ近くを捜索していた警察官が何も知らずに歩み寄る


おどおどと一言二言何かを話し、瞳に涙をたっぷり溜めて、有珠は弱々しく立ち上がる


キャラ設定を見事に被りきり、そして、まんまと騙した警察官に優しく手を引かれ、交番がある駅のほうへ引き返していく


その後ろ姿には、警察官にバレないよう、こっそりと私に見せつけるように小さな右手が差し出されていた


開いた小さな手のひらの中には


‘先っぽの割れたピック’が入っていた


「……ッ! 」


それは勲章のように、有珠自身のカルマの勝利を物語っていた


――僕は逃げなったぞ、勝ったぞ

――こんな奴には邪魔なんかさせないから


―次は、ゆりの番なんだからな


そしてそれは、私を守りきり、夢を繋ぎ止め、役目を終えて離れていった


私の残された熱い一分へ、カルマへの起爆剤を託して


(ありがとう有珠、ちゃんと繋がったよ )


『汚れた手と手で触り合って 形が解る 』


(絶対っ、勝利を持ち帰るから! )


絶体絶命のピンチを、つぎはぎだらけの仲間の能力に救われ、私はしゃきりと前を向き直す

アマリリスを深く構え、ウィッチを捉える


「……ぇ」

しかし、その後、すぐに私は目先の異変に気がついた

ウィッチが、目の前のどこにもいなかったんだ


闇の中に紛れたのか、逃げられたのか、とにかく跡形もなく姿が見当たらない


横の電柱も、前のコインパーキングの物陰にも、後ろの駅や道路にも、脇の小道にも形跡はない


――ダンッ!


前ぶれなく意表を突いて鳴り響いた足音にハッとして、私はようやつ察知した


けれども、そのときに目に飛び込んできたウィッチの在り処は


――私の足元だった


(しま…っ! )


血の気が引いた、すでに黒い魔女が懐に潜り、隙をついて斬り込む寸前だった


次の瞬間には


――ブチッ…ッ ミチッ……


右肩にグリグリと、肉と肉とを裂いて入る鋭利な感触、自分の肉と骨が潰れる鈍い音だけが聞こえていた


……致命傷を、受けていた


しかし不思議なことに、至近距離で邪魔者を刺し、口封じを勝ち取ったにもかかわらず、通り魔は逆の表情を顔に浮かべていた


偶然にフードから見えたウィッチの顔は、涙でひどく濡れて汚れていたのだった


眉は悲痛に垂れ下がり、瞳は痛々しく赤く腫れ、くっきりと黒ずんだ隈が出来ていて


身の毛のよだつ青ざめた表情から、吐き出すようにぐちゃぐちゃの涙を、漫画のような量で流していた


声とは呼べない悲痛な叫びを、苦しげに噛み込んだ口の両端から漏らしていた


そのまま、震える刃は肉を払うようにブスリと肩から抜かれ



私は……、頭から地面に倒れた


スローモーションのように世界がバランスを崩し、斜めに落ちていく


***


『…ここにいるよ …確かに触れるよ… 』


(あれ…何が あったんだっけ )


確か警察官が来て、有珠が助けてくれて、振り向いて


(そうだ…私は斬られたんだ )


右肩に激痛が走る


アマリリスを握っていた右手の感覚が全くない、麻痺して、指一本たりとも動く気配がない


赤黒い血がだらだらと流れる感覚がして、でこぼこの地面に顔を突っ伏せる

焦げ臭い異臭なんかが鼻をつく


空がずっと高い…、ウィッチの足だけが見える


次第に、意識が遠くなっていく


(……だめだ…… )


大サビ間近で、ついに視界が黒く狭まる、分厚い幕がかかる


(私が……打つ手は…もう)


消える…終わる、負ける


(ごめ……みん…な あか…)


痛みが全身を貫き、ついに何も見えなくなる

重いまぶたが、闇に閉じ込められる


………

……


――その時だった


『一人分の陽だまりに …僕らはいるッ!! 』


「――まだ歌は終わってねぇぞ!! ゆりッ!! 」


「…ッ!? 」

本能を呼び覚ます大声が、カルマの大サビと合わさって、私めがけて降り注いだ


――夏夜の先には、灯がいた



自転車も乗り捨てて、額に髪を張りつけて、灯が私の右手を強く強く握りしめていたんだ


「まだだ! ゆり、まだ負けてないぞ! 」

どん底に這いつくばる半壊の私に、灯は声を荒らげて叫ぶ


「ゆりッ! 」

尚も、灯は必死に私の名を呼び続ける


火傷しそうなほどの体温を擦り付けて、汚い地面に肌を付けている


(終わり……たく、ない )


もう一度だけ、心臓が脈を打つ


もう一度だけ、足が地面を擦る


(くそぉ…! あがってくれよ…右腕ッ )


右手は、骨が抜けたようにでろんと転がっている


ここで負けたら、何の意味もないんだ

頼むから、あと五秒だけでいい、それでいい、だからどうか最後の力を振り絞れってくれよ


(ひより、有珠、奏、灯… )


ここで負けたら、ここで諦めたら…!

今しかないんだ…ッ!


(あがれぇぇぇええッ!! )


去ろうとしたウィッチが、ぴくりと足を止める


「はぁ…はぁ…ッ …待て」


疾うに限界を越えた身体は、頭をだらんと垂らし

気がつくと、立てるはずのない両足は、重力を無視して大地を踏みしめていた


「…はぁ…はぁ 」

感覚を失った右手は、灯の右手で持ち上げられていた

灯は肩に顔を添え、ぼろぼろの手のひらで、しっかりとアマリリスをかざしてくれていた


「悔しいけど…あたしじゃ‘こいつ’は持ち上げられないからさ、ゆりしかいないんだから 」


今にも死にそうな虚ろな目をした私の耳元で、灯は残りの活力を預けた


風でぐしゃぐしゃに跳ねた栗色の癖っ毛も、ブラウスの汚れも、右左サイズがバラバラの靴下も

何の変哲もないヘッドホンだって、蚊にくわれた首筋や使用不可能の腫れた左腕さえ


残暑の匂いや熱気さえ


全てが勝つ為の力になった


「ウィッチ! あたしがこの計画を指揮したリーダーだ!、けどな、お前を倒すのはあたしじゃない 」


「この物語の主人公だッ! 唯一お前を倒すカルマを持つ主役だッ!! 」


灯がカルマの音に身を乗せ、稲妻のような魂の声をウィッチへ投げつける


乱れた髪の毛で顔の半分を伏せる主人公は、薄い息を吐く

親友譲りのがむしゃらを、必死に胸一杯に勇ましく奮い立たせる


「ゆり、最後のチャンスだ 小細工も作戦もない、残されたありったけをあいつにぶつけろ」


灯は眉を凛々しく立てて、圧倒的困難に立ち構えた眼差しを放つ


それから静かに、残り数秒でこの腕で勝てる勝利の糸口を私は探った


(どうすれば勝てる…、時間も体力的にも、振れるのはせいぜいあと一回、どうすれば 」


まともに突っ込んでも避けられて終わる


ウィッチとの繋がり…


低体温、一度の死、同種の武器、同じカルマ、同じ境遇


私の力…


私にのみ重力ゼロのアマリリス、灯の右腕、残り三十秒のカルマと暗闇、声


「――ッ! 」


(――あるじゃんかッ 大事に持ってきた繋がりがッ )


そして、閃きに目を大きく開いて、私は通り魔との繋がりに、その出っぱりに気がつく

スカートのポケットを膨らませる‘中身’を土壇場で思い出す


(そうだ、ウィッチに勝てなくても…‘春貴’になら )


衰弱した意識の中で、私は起死回生の一手を見つけ出す


『忘れないで! いつだって呼んでるからッ! 同じガラス玉の‘内側’の方から 』


(届けよ… とっておきの、繋がりよ )


最後の力を使い、左手で‘紺野美弦’の携帯を取り出す


目の前の春貴の携帯へ、震える指先で、何万文字より意味のある、渾身の‘二文字’を打ち込んだメールを送信する


『そうさ 必ず!僕らは出会うだろうッ!! 』


――これが、私のラストアタックだ!!


――送信完了


それと同時に、美弦にしか分からない、唯一救いを求めた春貴への言葉をこだまさせる


胸が膨れるほどいっぱいに、辺りに充満した夏の匂いを残さず吸い込む


世間ではありきたりのあだ名を、瞬きも忘れ、空にも届くほど口いっぱいに叫んだ


(鳴り響けぇぇぇええッ!! )


「“ハルッーーッ!!” 」


突き抜けるほどの全神経を含んだ言葉を、目の前の兄目指して、腹の底まで轟かせた


『沈めた‘理由’に十字架を建てる時 』


「――!!?…ッ 」

不意を突かれ、ウィッチはポケットの中から叩く弟の受信に気がつく


と同時に、この街に一人しか存在しない、拾い主しか知り得ない救済の呼び名を告げられる


『‘約束’は 果たされる! 』


愕然と、秋刀魚の形をした両刀が手からすっぽり抜け落ち、カランと音を鳴らして地面に落下する


代わりにその手には、開かれた携帯電話が握られていた

心が折れたように、ウィッチは無抵抗に空を向いて棒立ちだった


「………そうか」

どこか、納得したように、嬉しそうな顔をして



『僕らは ――ひとつになる!! 』


「皆の夢を叶えろ ゆりぃぃッ!」

右手を支えられたまま、最後の一撃を振り下ろす


最後とばかりに、ひときわ淡黄色に熟した爽やかな追い風が吹く



「「――ああぁぁぁぁぁッッ!!! 」」

残り数秒のカルマの演奏と共に、少しだけ幅の違う足が滑るように加速する


そして、二十四時の澄み渡る夜


幾つも絡み合った想いの締めくくり


心音を重ね、強く握られた二人の結晶がウィッチを捉え


その胸に‘劣等生の一撃’が深く刻まれた



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