第5話
-5時間目授業-
さすがにあんなに段ボールを持った後なだけに腕がジンジン痛い
(たぶん明日の朝には筋肉痛になってるかも… )
でも、なんだかそれも嬉しい
黒板の文字や教科書の四角い文字などには全く興味はなく、あるのは私たちの部活のことと、腕の痛みと、ほんのちょっとの眠気だけ
そんなことを思って外の景色を見ると、一人でにやけてしまう自分がいた
たった一日でこんなサプライズをくれた当の本人は私の前の席で幸せそうに居眠りを堂々としてやらかしていた
***
-放課後-
帰りのホームルームが終わるやいなや、私と灯はカバンを持って駆け足で部室へと向かった
途中、周りの生徒からの冷たい視線がちらつく中
子供のように一緒に横で走る発案者の灯と、ばかみたいに浮かれた顔の私とで
もうお互い何がそんなに楽しいのかも分からないほど、笑顔がこぼれ落ちちゃいそうなくらい口元がほころんでいた
4階への階段をバタバタ駆け上がり息をきらし教室へ着くと、すでにひよりが一人段ボールの片付け作業をしていた
「はぁはぁ… ひより 早いねっ 」
「あらあらっ ゆりちゃん 灯ちゃんも大丈夫ですか? 」
「はぁ…っ めっちゃゆりと走ってきてしまったんさっ 」
「ふふっ そうだったんですか 」
ひよりはいつも以上に優しい笑顔で答えてくれた
バタンッ!
そのすぐ後に続けて私たちの後ろのドアが開いた
「はぁはぁ… 遅れましたですっ 」
「あらあらっ 有珠ちゃんもですか ふふっ」
すぐさまカバンをドサッと辺りに放り投げると、細い華奢な腕でまた段ボールを持ち上げる
お昼休みの時間に移した分の残り半分弱の段ボールと、イスや行事用品をまた隣の隣の教室へ移す作業を続ける
放課後の校庭に響く賑やかな部活動の声
そんな景色を4階から眺めながら私たちもまた、新しい部活動の掃除を黙々と進めていく
…………
30分も作業を続けると、途端に額が汗でびっしょりになり、前髪に至ってはペッタリおでこにくっついてしまう
教室を何往復もする間
たまに階段に座ってずる休みをしようとする灯を捕まえて
紺色のカーディガンがとっても暑そうな上機嫌に鼻歌を歌うひよりに
自分と同じサイズ程の段ボールを必死に運ぶちっちゃなちっちゃな有珠ちゃん
………
薄っぺらい夏服のブラウスを汗でほのかに透かし
喉が渇いて、ふと廊下に付いてある錆びかけの水道を捻る
いつもあんなにまずいと思っていた学校の水道水
蛇口から流れ落ちて夏の光りに反射すると、こんなにも水色が綺麗に光って見える
水の匂いに涼み癒され、口へとつけた水道水も今日だけは特別喉に潤いを感じさせてくれた
………
静かに時間は流れ
あんなに部室の中を占領していた段ボールも残り数個になって、灯とひよりが最後のイスやらを外に出していたころだった
「今 何時頃かな? 」
「にゃぅ?? 」
すぐ横にいた有珠ちゃんから猫な返事が返ってくる
すっかり掃除に夢中になりすぎて今の時間が何時なのか忘れてしまっていた
カチッと携帯を開き、デジタルな文字の時計を見ると7時過ぎを示していた
(3時間以上も掃除してたんだ )
ハッと辺りの空を見渡すと
気がつけば、窓から茜色の空が覗かせていた
所々に暗い灰色が混じったような夏独特の日没空へと変わっていた
山積みの段ボール、重ねられたイス、わけのわからない大きな物、
教室全ての物を移動し終えたところで、とうとうやっとこの教室の一望を見ることができた
本当にやっと…
やっとここからがスタートの私たちだけの教室
「地味に広いね 」
「めっちゃ広いんさ 」
「意外と広いですね 」
「にゃぁう~ 」
四人揃って教室の一望を見ると、たった四人が使うには十分すぎる広さがある
「私たちがここまでしたんだよね」
それが今でも信じられなかった
「そうだよ… あたしらがココまでしたんだよー 」
「なんだか、ワクワクしています」
「有珠もワクワクしてるです」
本当にここまでたどり着いてしまった感動と、まさか本当にウィッチを捕まえてしまうかもしれない強い期待に似た不安と
夏の匂いにせかされたそんな感情と
汗まみれの肌で感じたこの教室の冷たい空気は新鮮だった
まだ残っている床や壁の汚れと埃の掃除は明日にして、作りかけの私たちの部室の電気をパチッと消す
薄暗い学校が閉まるギリギリの時間
暗い階段を四人で降りながら
ぴょんぴょんと手をひらひらさせながら小さな子供のように跳ぶ有珠ちゃん
いつでもどこでも秋の風のようにふわふわとした仕草と、栗色のピョコンと外ハネした柔らかいくせっ毛が可愛い灯
相変わらずのそんな二人の後ろで優しく見守るような微笑みに、そのカーディガンから指先だけをちょこんと出した文学少女なひより
そして、少しだけ前向きに世界を見れるようになった、なぜか今日だけはポニーテールの私
四人揃って階段を下り
四人揃って靴を穿きかえて
四人揃って校門を出る
目の前のひまわり畑の真横にあるこれまたお馴染みのコンビニへの前、中々青に変わらない信号をひとつ待ち
四人の尽きないネタで喋りながら横断歩道を渡って歩くと、後ろから有珠ちゃんが嬉しそうに横断歩道の白い線だけを飛んで歩いたりしていた
コンビニで4本入りのアイススティックの箱を買って、そのまま目の前の駐車場で四人並んでアイスを食べる
夕方になってもジメジメ蒸し暑い夏日和に、どこからともなく聞こえるひぐらしの音色と
半分くらい食べたアイスを片手にこれからの教室の未来予想を笑いながら語り合うことが、私たちには新鮮なくらいワクワクした感覚だった
もちろん誰一人として身近に満ち溢れる絶望や孤独のことなど忘れてはいない
パトカーの音もウィッチを捕まえる事もまぐろの事も…
………
けれども
今はただ、学校の隅でこっそりこれから描いてゆくことになる四人の夏色溢れる想いを話し合えることだけが
ただただ…
私たちの胸をいっぱいにさせていた
溶けかけのアイスを口に含みながら、悔しいくらい見慣れている珍しくもないこのいつもの道が、今日だけはこんなに輝いて素晴らしく見えるのはどうしてだろう
「ゆりぃー? 」
「ぅん?? 」
「これからゆりン家みんなで行っていい? 」
「ぇっと どうして? もう7時だよ? 」
立て膝でしゃがみながらアイスの棒をくわえていた灯が話す
「そのさ…‘まぐろ’っていうモノが実際どういうものなのか見せてもらいたくてさ 」
(……… )
「そう だよね……わかった いいよ 」
一瞬だけ戸惑いの気持ちはあった
けれど、もう隠す理由もない
「んじゃ お言葉に甘えて行こっかなー 」
「ぁ、うん… 」
そのときだった
ぽんぽん、と後ろから肩を優しく叩かれた
「あの…ゆりちゃん? 」
「ひより? なに?? 」
「本当に大丈夫なのでしょうか? 」
「ぁ、ぅん… えっと たぶん大丈夫だと思う」
「ありがとう、ひより 」
「いえいえです 」
接触障害ともひよりはまた優しい笑顔で私の頭を軽く撫でてくれた
灯を先頭に歩き出そうとしたときだった
「有珠ー? 行くさよー? 」
「!!? もごもごっっ 」
有珠ちゃんが後ろでバタバタしている
何事かと思い後ろを振り返ってみると
なにやら一人、有珠ちゃんが口をパンパンに苦しそうに膨らませていた
「?? あ、有珠ちゃんどうしたんですか? そんなに小さなお口を膨らませてしまって 」
「あぃふぅがほへはへたったから くひのまかいえたらっっ …~っ 」
「「…???? 」」
灯もひよりもじたばたする謎の有珠ちゃん語に首を傾げる
「ぁー ぇ、えっとね たぶんこれは、アイスが溶けかけちゃったから口の中入れたから、かな?? 」
慌てて私が翻訳する
「こくこくっっ 」
意外と当たっていたらしい…
有珠ちゃんの小学生並に小さな口の中にアイスを敷き詰めてしまったのだから、想像したその姿に見ている私たちのほうが頭が冷たくキーンとなってしまいそう
「ゴックンッ …ふぁー 死ぬかと思ったですぅ~ 」
「ふふっ 今度からはゆっくり食べましょうね? 」
すかさずひよりが有珠ちゃんの銀色の細い髪をサーッと撫でてあげる
「…ほわぁ/// 」
「ゅ、ゆり! あたしらも! 」
「いやいやっ もういいからっっ 早く家行こうよっ 」
「むーっ 」
(やっと歩き出せる )
そう思った途端
「にゃぁ!? 」
またしても有珠ちゃんがびっくりするような声をあげる
「ど、どうしたの有珠ちゃんっ? 」
「アイスの棒が……」
「?? ぅ、うん ? 」
………
「当たりなのです~♪ 」
(……… )
この子は本当にこれを天然でやっているのだろうか…
「じゃぁ 中の店員さんに見せてもう一本もらっておいで 」
「はぁーぃっ ~♪♪ 」
アイスの棒を持ってぱたぱた嬉しそうに有珠ちゃんが走っていく
…………
………
こんなにもありふれた素晴らしい日常の中
モザイクなしの心で、ふと頭上に見上げた夕方とも夜ともつかないこの夏の空を見つめると
…どこか懐かしい気がするのは私だけだろうか
思えばこれが初めて四人一緒の帰り道
少しだけ歩幅の違う足で
四人同じBUMPの曲を音痴に口ずさみながら
聖蹟桜ヶ丘のビルの街並みの隙間からかかる夕日に照らされて歩く
私の家へと進みながら