第4話
サプライズ
朝のホームルーム前の時間、笑顔でそう口にした灯
***
-現在-お昼休み-
優しいセミの鳴き声が響く蒸し暑いお昼時
校庭も校舎の中も走り回る生徒の声でいっぱいに満たされた昼下がりの夏模様
現在、私はそんな和ましい風景とは場違いに呆然と教室の前で立ち止まってしまっている
………
そうなった理由はほんの2分前
私が灯に言われた通りあの教室の前へと来たことに始まる
こんなお昼休みでさえ誰も寄り付かないぽつんと孤立した4階の端っこの教室
お昼休みをちょっとだけ遅れ気味でその扉の前へと私がたどり着いたときだった
ふと目線を上へ向けると、そこには灯の言うサプライズと呼ぶべきものが私を待ち受けていた
先週までただの物置部屋同然だった教室、その上に付いてあったくすんだ空の教室プレート
しかし現在、私の見たそこには
まず書かれているはずのない文字が四文字刻まれていたからである
‘軽音楽部’
そうはっきり今の私の目には映っている
( ???… )
その文字を二度見、三度見、見上げたまま頭の中をはてなマークいっぱいで首を傾げる一方
またあの灯の口にしたサプライズと言う言葉や突拍子もない考えに薄々感づいていた
薄汚れた廊下に降り注ぐ初夏を思わせる日差しを背中に浴びながら
とにもかくにも、目の前の滑りの悪い教室のドアを開けずには始まらない
嫌な汗を手の平ににじませながら扉を開ける
相変わらず埃っぽくどんよりした空間、段ボールの山、積まれたイス、行事用の品々が埃を被って積まれている
窓から不規則に照らされる太陽の光りの中で、掃除と呼ぶべきか整理と呼ぶべきか
せっせと片付け作業をしている三人が視線に映った
「灯ー 言われた通り 来たんだけど? 」
高く積まれた段ボールを下に降ろしていた灯に声をかける
「おー ゆりー遅かったね 軽音部へようこそー♪ 」
(……… )
「…あの 灯? 主旨がまだイマイチよくわからないんだけど? 軽音部って?? 」
「なははっ よく聞いてくれたっ」
灯の横にはひよりと有珠ちゃんがなにやら段ボールの中を物色していた
「土曜日にこの4人でウィッチを捕まえるって約束したよね? 」
「ぅん、したね 」
「その始め、最初の第一歩がここ! みんなの思い出のここを活動拠点にすることにしたんだっ 」
(…??? )
「たしかに…教室とかじゃ無理っぽいのはわかるけど でもここは… 」
見渡せば教室の敷地のほとんどには段ボールとイスに占領され、狭い以前にとてもなにかをできる場所ではない
全開に開けられた窓から見える4階からの景色と風が唯一癒してくれる空間
「それでね この教室を昨日、学校に来て先生に借りられるか話したら無断で生徒が教室を使うのはいけないって言われたから 」
「ぁ、ぅん 」
私の言葉は完ぺきにスルーされ、灯は普通に話しを進めた
「どうにかなんないか話したら、部活申請規定の四人がいるなら部室としてならこの教室借りられるって言ってもらえてー、よくわかんないけど適当に渡された申請書に全員の名前書いて先生に出したらギリなんとかOKしてくれたんだよねーっ んで、ついでにBUMP繋がりの軽音部ならみんなもOKかなーって思ったのさ 」
珍しく長々と話した灯は近くにあったイスに立て膝でぴょこんと座った
「さすがにこんな教室を部室にしたいって言ったらめっちゃ驚かれたけどねっ なははっ」
「相変わらず すごぃ行動力だね… 」
でもたった一日で
たった一日で、そこまで
自分のしたいことにはためらいもせず、キラキラの瞳でバタバタ走ってやってのける
灯が走り回っていた昨日は
私なんて
一週間分溜まった洗濯物やら掃除やら買い物やら
ウィッチを捕まえるなんて約束したのになんにも行動できていなかった
(全く、本当なんだね )
本当に、灯はウィッチを捕まえたいって思ってくれてる
全く最近、不思議なことばっかり起きる
でも…
でも、どうしよう
嫌じゃない
むしろ、今までの内面的だった自分の冷めた感情がアホみたいにワクワクしている
ここにいる四人と同じように、この街、学校から省かれたこの汚い教室で、遥かに想像した以上に騒がしい夏が、ささやかな青春を私にプレゼントしてくれたみたいに
窓からお招きされた青む夏の風が頬をスルリと通り抜ける
空に滲んだ綺麗な夏の匂い
遠い日の子供のころに無くしたような想いも
私にかさ張っていた自分を、今なら馬鹿なくらい夢みたいなそれをさらけてしまえそうだった
……
先週の土曜日に覚えてから止まらないあの不思議な小さなざわめきは、窓からなびく微かに風とともに動こうとしていた
「大まかな経緯はわかったよ でも…、こんな汚い教室じゃウィッチを捕まえる活動どころか一応の部活動としても機能できないし 」
「軽音部は表向きの名前だからいいのいいのっ 」
そう言うと、灯はまたくしゃっと笑って両手をグイッと広げる
こんな狭い汚い教室の中心でも灯は輝いてみえる
「そこでっ! 今日は集まってもらったんだー 今日一日で私達の新しい空間を、活動できる新しい空間に みんなで綺麗にしてくださぃっ はぃっ! 」
………
「…私たちに掃除を手伝ってほしかったわけ?? 」
「まぁ そういう意味かもしれなくもなくもなくもなぃ 」
「どっちなのっ 」
「ふふっ 灯ちゃんらしいですね 事が急過ぎてさすがにまだ困惑しておりますが なんだか楽しそうですねっ 私は全然構いませんよ 」
「有珠も大丈夫なのです この教室はもちろん好きですしっ とっても楽しそうなのです 」
…
「私も たぶん 大丈夫なのかな 」
段ボールやらをいじっていたひよりや有珠ちゃんも意外に乗り気でびっくりした
有珠ちゃんに至ってはもうきゃぴきゃぴ加減が見ているこっちが恥ずかしいくらいに、幸せそうにニコニコ笑っている
(二人もきっと、私と同じようなこの胸のざわめきを感じているのかな )
ウィッチはひよりや有珠ちゃんには関係ない
それでも一緒に協力してくれるって言ってくれた土曜日
どれだけうれしかったことか
「みんな アリガトさー ではっ、まずはこの教室の隣の隣の空き教室に段ボールとか邪魔なものは移しちゃいましょーっ 」
「ぇ?? そんな勝手に別の場所に移しちゃっていいの?? 」
「ぁ、大丈夫っ 先生に もし邪魔な物を移したいならあそこにお願いね ってちゃんと言われたことだからー 」
(ふぅ…それならよかった )
また適当に
ふぇ? あそこ使ってない教室だからー♪、なんて言ってのけたら叩く勢いだった
「ではー さっそくお掃除開始さよー 」
「ふふっ はい わかりました 」
「了解なのですーっ 」
「えっと、わかった 」
***
そうして始まった
学校から社会からも省かれた孤独な女子高生四人の
同じように省かれた埃まみれの私たちのこの秘密の楽園
ここがスタートなのかもしれない
私たちのウィッチを捕まえる
自由を手に入れるための孤独な戦いへ
………
……
とは言っても
こんなお昼休みにもやっぱり4階には生徒は全く歩いていない、まさに貸し切り状態
灯は作業開始とともにバタバタ廊下を走り抜けると次々と廊下の窓を全開に開いていった
真夏のじとじと蒸し暑い昼休み、こつこつ地味に埃を被った重い段ボールを一つずつ隣の隣の教室へと運んでいく作業は5分も続けると、もう額には汗が滲み出てくる
けれどその途中、全開に開かれた廊下の窓からは、4階から見下ろせる澄んだお昼の街の景色と
太陽のオレンジ色に輝く夏の日差しが差し込む
徐々に段ボールを運んでゆく数の分だけ、どこかワクワクした気持ちも込み上げてくる
なんだか、この一つ一つの努力で私たちだけの場所に近づいているのかなって
そう思うと無性に胸が高鳴って、今まで裏で生きてきた私にも青春ってものが迫っている気がして
たまに校舎を通り過ぎてゆく涼しい風にポニーテールを揺らされながら、汗をひんやり涼んでくれる気持ちのいいそよ風につい足を止めてしまったりする
私たちだけの貸し切りの4階で四人は賑やかに短くて、けれども長い、不思議なお昼休みにぎりぎりまで掃除を続けた