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第44話

「なぜ…拓未がそのことを知っているんでしょうか? 」

打ち上げられる花火を横目に、問いただすような口調で私は言った


少しの時間を開けて、彼は申し訳なさそうに話し始めた


「実は一年前さ…、俺が入ったあの出会い系サイト、退会した後に‘何者’かに攻撃されて閉鎖になったらしいんだ」


ギクリとした、それは去年、私が無茶苦茶に潰したサイトだった


「でもそれだけじゃなかった、俺が携帯のアドレスを変えると、そのすぐ後に、次はそこのサーバーまで攻撃された」


「………」


「その一連のクラック事件は、世間では‘ウィザード’っていう同一人物の犯行って噂されてる、しかもその人間は、今も聖蹟桜ヶ丘にいるらしい 」


「丁度ひよりと離れた時期、あんなこともあった後だから、俺にはどうしてもこれが偶然だとは思えなかった」


「もし俺の周りでそんなことできる人がいるとすれば 間違いなくひより以外には考えられなかったから、…だったら、俺が傷つけて離れてしまったからこそって、本当に不安に思った…」


靴底がコンクリートをザッと擦り付ける音がした


「違うとも思ってたよ、まさかって、でもひよりが今の反応ってことは、やっぱり…そうなんだよな」


「…はい」

否定は、できなかった


「ごめん…本当に、俺なんかのせいで」

落胆ではなく罪滅ぼしのようなものを込めて、拓未は深々と頭を下げた


「いえ、私がしてしまった過ちです、それに…拓未だってあのときは一杯一杯だったんですから、私にだって責任はあります、お互い様だと思います、ごめんなさい」


どっちが悪いとかじゃなかった、どっちも悪くなくて

けれども、どっちも悪かった


「でも何でだよ、何で今さら、また始めたんだよ? クラックなんて犯罪行為」



「友達の、為なんです 」


「友達? 」

予想打にしなかった言葉に拓未が思わず聞き返す


「大切な大切な、本当にかけがえのない友達が出来たんです、でもその子は今、色々と抱えてしまっています」

なぜか、もう灯ちゃんに見つかったときのような不安はなかった

綺麗さっぱり正真正銘、突き抜ける正義が私にはあったから


「だから私が、私達が、捕まってしまうような危険を犯してでも、無謀でも、その子と一緒に戦ってあげようと決めたんです 」

今日一番、大きく揺るぎない声を張り上げて私は言った

自分でも驚くような、嬉しそうな声だった


「もしかして、俺が行ったときに隣にいた子? 」


私はこくりと頷いた


「そっか 」

納得したのだろうか、悟ったのだろうか

拓未はただその一言だけを述べ、どこか満足したように花火に染まる夜空を眺めた



離婚や家庭事情も、お互いに去年から胸にしまいこんでいた痛みも

拓未は私に返答を求めるわけでもなく

押し込めていたモノを下ろし、視線をゆっくりと離した


ウィザードという犯罪者を暴いても、私の言った理由には決してやめろとは言わなかった


見守ってくれるように、ただそっと瞬きをしてくれた


なぜか、言葉もないその些細な仕草に、私はすーっと心の奥が救われた気がした


拓未も私と同じだったと、拓未は一年間もずっと私を心配してくれていたのだと気付いたから


とっくに心は許していて、去年から埋まることのなかった溝が

一年間という流れに置き去りにされた感情が、少しだけ埋まった気がして安心した


と同時に、尚も何も出来ない、口にさえ出来ない

答えすらも出せずにうじうじと接する自分が、ひどく悔しく不甲斐なく思った


…申し訳なかった


(…… )

私は、ゆりちゃんを取り残して此処にきた


だったら此処に何をしにきたのだろう?

謝りに?、別れに?、泣きに?


ちがう


私は、私は…


私は――


お祭りも花火が過ぎれば終わってしまう、別れの時間も、どうあがいてもすぐそこに迫っていた


あと数時間で全てがリセットして‘思い出’なんてモノに成り果てて消えてしまう



***

お昼のように空が明るく照らされていた


視界一杯に金色に輝く大輪の花が咲き、残り火がすぐ目の前へ垂れ下がり落ちてくる


風車のような花火も後に続く

回転しながら激しく光を発し、空に踊るように動き回っている


小さな花火も空に弾け、星のように染め上げた


そのたびに、太鼓のようなドンッという轟音が心地よくお腹の底まで響き、街を包んだ


広々とした夏夜は一瞬にして幻想的な灯火の風景に変わり、思わず視線が釘付けになった


地上では、サンダルを履いたお父さんが浴衣姿の娘を肩車している

親に跨るその小さな手のひらは、空に咲いた花火を掴もうとうーんと伸ばしている


小さな男の子達が、水色のラムネのビンをカラカラと鳴らして、空を見上げる大人達を抜いていく


カラフルな模様の水ヨーヨーを指先から垂らす彼女の隣には、頭一つ分大きな彼氏の寄り添う姿も映った


かき氷を握る手元も、はぐれそうなほどの人込みも、すっかり人々は動きを止め

香りたつ同じ一点だけを、噛み締めるように見入っていた


胸が高鳴り、頬が染まり、誰もが夏の終わりに笑みを浮かべ酔いしれていた


「綺麗だな」

「…うん 」


じっと座り、私達も首が痛くなるのもお構い無しに、寄り添い空を見上げ続けた


優しい夜風が彼の襟をなびかせ、私は微かに口元を緩ませた


連続して特大の花火が聖蹟の空にあがり、ついに終わりが近づく

沸き起こる拍手や歓声が勢いを増し、すかさずシャッター音も混じる


屋台もちらほらと、店の電球を消し始めている


最後の花火がヒューと細い音を鳴らし、瞬く間に空の頂上目指してあがっていく


――ドンッ!!


最後の大玉花火が、天高く打ち上げられる


大爆発を起こして、目も開けられないほどの壮大な輝きを放ち、街を巻き込んで照らしていった


そして、たった二三秒の儚い夏の役目を終わらせた


後には、空を舞う灰色の煙と、たんまりの火薬の匂いだけだった



***


徐々に拍手も止み、夏の終わりを惜しみつつも足音が動き出す


それぞれが最後の祭りに、屋台を回り、駅やバス停へ向かい、はたまた仲間との二次会へと足を早める


「な、まだ少しだけ時間あるし、せっかくだしなんか食べようよ」

無理にではなく、拓未はニッコリと笑って立ち上がった


「うん」

私も合わせて立ち上がり、まばらになった駅前通りに二人は繰り出した


人にぶつかる心配もなく、手も繋がれることもなく

時間の迫る中、まだ明かりのつく屋台を私達は回った


鉄板から立ちこめる煙と匂いだけでお腹が鳴ってしまいそうな焼きそばに

キンキンに冷えたラムネ、売れ残って半額にしてもらったチョコバナナにあんず飴


全部一つずつ


肌は触れ合えなくても、一緒の物を食べて、一緒に一本のラムネを口にした

しゅわしゅわが喉を潤して、ひゃっくりが出そうになって、慌てて顔を伏せて


なぜか


瞳からは涙がこぼれ落ちそうになっていた

もう少し、もう少しは、耐えなくてはいけないと言い聞かせて


滲む視界をぎゅうっと伏せて、隣でぶきっちょに折った割り箸で焼きそばを頬張る彼を見て


つられて、私も、また笑った



***


花火大会が終わり、拓未との別れの時間が迫ってきた


駅改札へ続く長いエスカレーターを上る

以前、皆と偵察に来て駆け上った場所だった


前に立つ拓未の背中は小さく、異様に冷えきって見えた


ここを上りきれば、別れの改札はすぐそこなんだよね…


ふと、そっと足元に瞳を落とすと、彼の靴下がスラックスの裾越しにチラチラと見えた

それは紛れもなく、私が誕生日にプレゼントした靴下だった


(ぁ……)

関係が崩れても、大事に、本当に大事に、使ってくれていた

痛いほどの、些細な優しさだった


前も後ろからも溢れる幸せな余韻の話し声に混じって

拓未に見つからないように、私はこっそり…後ろで涙を拭った


エスカレーターに揺られる前の背中も、同じく震えているような気がした

ポケットに突っ込まれた両手が強く何かを握りしめていた


自動で私達を進ませるそれに逆らう術などなく

九時過ぎ、二つ並んだ制服は、無力にも…聖蹟桜ヶ丘駅に着いてしまった


冷たい駅のホームにアナウンスが響く


そこを当たり前に通りすぎていく人達

ギュッと抱き合い、笑い合い、次の休日や学校の話なんかをしている


離れ離れになるその後ろで


私だけは、自然と歩幅が小さくなっていた

ぎこちない一歩一歩に今までの思い出が駆け巡っていた


カーディガンをかけてくれた温かい手の温もりや、夏休みに暇さえあれば一緒に遊んだ時間、二人で食べたアイスクリーム、彼の笑顔


券売機に立ち‘一人分’拓未だけが代々木までの440円の切符を買う


千円札が中々入っていかない

よく見るとお札が震えていた


「…… 」

お釣りを待つ瞳がたまらなく悲しげに見えた


別れを告げるカップルを前に、もっと深い意味の別れを前に

薄汚れた改札口のそばで、電車が来るのをじっと待った


「………」

私は黙ることしか出来なかった、下を向くことしか出来なかった


何を言っても、行き場をなくして膨れたそれが、今にも瞳を通してこぼれ落ちしてきてしまいそうだったから


抱きしめてほしい、だけど…私はまた悲鳴をあげてしまう


もうあの改札を通れば、私達は他人なんだよね…

明日からは会うことも、声を聞くことも、笑顔を見ることも、もちろん名前を呼ぶことだって、全部できなくなって


‘またどこかで’も無い、知らない人

一年間なんかじゃない…もうずっと、この改札を越えれば、拓未には一生会えないんだ



「色々とごめん…、一年だったけど、でも本当に楽しくて幸せだったよ 」

拓未の寂しげな声がホームに溶けた


「…ひより」

拓未が何かを言いかけた

――そのときだった

振り絞った最後の声を裂くように

終わりを告げるアナウンスが大きく響き鳴った――


拓未が乗る、新宿行きの快速電車が迎えに来たのだった


と同時に、かき消されたその唇が、何かを伝えようとハッキリと動くのが見えた


けれど、私にはそれが何がかは分からなかった…

答えることも出来ず、私は声のないさようならを言った


「…じゃあ 」

寂しそうに喉仏を震わせ、彼も言った


出発の時間は私達を急かし、微かな最後さえも奪おうとしていた


どれほどの距離よりも遠いその改札を、彼は背を向け、ついに踏み出した


「…まっ…」

不意に、込み上げた感情が喉から飛び出した

まだ、今なら間に合うかもしれない


私は――

ずっと――


「…す…」


改札をくぐる彼が一瞬足を止める


何かを堪えるように向こうを向いたまま


迫る時間の中で…また、

背中が動き始めてしまう


「ありがとう、…ごめん」

それが、最後の言葉だった


「…ぁ……」

振り向きもせず、消えるようなかすれた声を置いていった

今日の始めから、私に続けた謝罪は収まることなく、拓未は最後の最後まで謝り続けたのだった


その声はひどく震えていて

私は知った、彼の顔は見えずとも

前の案内板のプレートには、大粒の涙を落とす拓未の表情がばっちりと映ってしまっていたから…


背中はゆっくり歩き始め、少しずつ距離が遠くなっていく


「…たくみ…ッ」


覆い被さるように次々に通過していく人の背中に、TOMMYのロゴが消えていく


ついに、私は彼の姿を見失ってしまった


結局私は…何も出来なかったんだ

気づくのが遅すぎて、はぐれてしまったんだ


嫌いになんて、なれなかった

かけがえのない大切な言葉を言うことも、伝えることも出来ずに


呆然と立ち尽くしてしまった…


私はこの一年間何も変わっていなかった

私は、カルマに…負けたんだ


通行の邪魔になる改札口から離れ

人もまばらになり始めたホームの隅っこで、人目もお構いなしに粉々に崩れた


私はひっそりとうずくまり泣いた…


声を枯らして、苦しすぎる胸を押さえて、息さえ出来ない喉をむなしいくらいに震わせた


「…すっ、ヒクッ…ッ」

悲しい、痛い…苦しい


もう、会えない、…拓未に会えない


「ぅ…ぐすっ 拓未…っ」

鼻がつんとして、喉が辛い、壊れそうなほど身体を縮めて

痛々しく弱い涙声が、駅の隅でまるで捨て猫のように響いていた


――カツッ

そのときだった、誰かが、私の前で足音を止めた


何も見えない視界で見上げると そこには



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