第40話 有珠編
僕は大嘘つきだ
出会いから全てが嘘だ、十五年の人生の半分が嘘だ、性格から仕草まで何から何まで嘘だ
頑丈に心を閉ざして、いかにも無知で害のない幼い女の子を演じあげ、可愛がられる形に仕上げられた‘有珠ちゃん’
これは外部からの攻撃や傷を防ぐための変わり身なんだ
自分が死なない為の保険
偽りで、スイミーの手段でしかない外見
本当は、こんな僕だって本心で笑ってみたい
でもそんな簡単じゃない、出来ないんだよ、勝てないんだ
こんな醜い身体じゃ、こんな銀髪じゃ、父親を半殺しにした女の子なんてレッテルじゃ…今更クラスで笑えるはずない
むしろ笑われる
中傷されて、いじめられる
チョークの粉まみれにされて、上履きは消える、教科書はゴミ箱に捨てられる
誰にも僕の気持ちなんてわからない、誰も僕の友達になんてなるはずがない
それが、僕の結論、僕の常識
僕とその他敵との生活
そのはず…だった
転校してきたこの学校で、その常識は覆された
またいじめられて無視された
辛くて誰にも言えなくて、机の片隅なんかにしか吐き出せなかった…、細々しく小さく書かれたSOS信号
そんな消えかけの悲痛な叫び声を
まさか、気がついてくれた人がいるなんて思ってもみなかった
しかも。がむしゃらに僕を屋上まで追いかけてくれた生徒がいた
面識もないこんな独りぼっちの存在を、馬鹿みたいに大切に助けようとしてくれた人がいたんだ
それは、他者との接触を避け、日々怯えながら過ごす女の子
‘小林 ゆり’だった
僕の本性をあばいた唯一の生徒だった、…初めて出会った同類だった
そしてもう一度、僕がまた屋上で粉まみれになったとき
青痣を頬につけられたとき
泣きながらおぞましい正体を真っ正面からぶちまけても
醜い過去を洗いざらい晒しても
全部嘘っぱちだって叫んでぶつけても
ただ、友達…だったから
友達だったから、ゆりは一歩も引かなかった
むしろ絶交しようする僕に、身体を引きずってでも歩み寄ってきた
だから、たまらず、本当の僕は別れを告げてしまったんだ
嫌だったんじゃない
押さえきれなかったんだ、弱々しい僕の本当は、ティッシュと同じくらい柔らかくて破れやすくて
信じられなかった、生まれて初めて感じた本当の友達ってものに
ぬくもりを含んだあったかい言葉に戸惑った、嬉しくて嬉しくて、鳥肌が立った
だけど…
本性をばらした悲しみや、押し寄せてきた今までの嘘と罪の罪悪感
僕の見た目や事情のせいなんかで足を引っ張って、せっかく出来た友達の作戦を台無しにしてしまった事実
…参加も出来なくなった絶望から
僕は逃げた
がむしゃらに逃げた、狂うように走って走って、さようならを告げてしまった
夢のような二週間の全てが、泡のように消えた
所詮、僕みたいな人間には無理だったんだ
友達や青春なんてものは遠い異次元のモノ、眺めるだけのモノ、そう…思わざるおえなかった
でも――
――逃げきれなかったんだ
別の‘友達’が、明日いじめっ子と戦う僕に、さずけてくれたんだ
学校を飛び出して、喫茶店に寄って、泣きながら家に帰ってきて部屋に引きこもったとき
ギターケースの膨らんだミニポケットに違和感を感じた
すると、まさか本当に入っていた
MDディスク一枚、歌詞入りの楽譜一枚
歌だった、僕に与えられたオリジナルの歌だった
歌詞に書かれた題名は‘テトラゾラ’
意味はよくわからなかった
でも発見した瞬間、とっさに押し入れの中からMDプレイヤーを引っ張り出していた
ずっとしまいこんでいたために、色も褪せて、すっかり埃もついてしまっていた
ぐるぐる巻きにされたイヤホンをほどいて、両耳に添える
プレイヤーの中にMDディスクを入れてると、カチャとアナログな懐かしい音がした
そして、すぐさま再生ボタンを押す
灯の声だった
ざらざらのノイズだらけで音質も荒い、ブツブツ途切れて雑音も混じってた
声のボリュームの強弱だって安定しないし、ひどい録音方法だった
けれど――
耳に届いたその声やメロディは、強い意志や感情を持って僕の心にどっと押し寄せてきたんだ
疲れ果てた日常を遮断し、目を閉じてイヤホンだけの世界に閉じこもると、さらに膨らんだ感情が目まぐるしく耳から飛び込んできた
初めて音楽に触れたときのような感動が全身に流れた
そして、ギターケースにはもう一つ、小さなメモ用紙が入っていたことに気がついた
折られたそれを開くと、中央に何かが書かれていた
慌てて書かれたような灯の字だった
‘有珠へ、いつも独りで頑張らせゴメンな、こっちも頑張るから、あたしらの部室は頼んだぞ’
‘ちゃんと悔いのないよう、いじめっ子どもに、この灯さんお手製自信作の歌叫び飛ばして’
‘勝ってきな’
…泣いた
思ったより単純に、僕は本物の涙を流した
ぼたぼた溢れてきて、おいおい泣いて、こぼれ落ちてくるものに嗚咽を噛み殺しながら、そのメモ用紙に意味なく何度もこっくりこっくり頷いた
まだ僕は、皆の友達でいた
これからも僕は、皆の友達でいたい
涙で胸がきつく絞めつけられて、MDプレイヤーをギュッと強く抱きしめていた
そして、僕は泣きながら今の自分のすべきことを考えた
気がつくと、僕はギターを手にしていた
お父さんとの事件があった小さな部屋の真ん中で、凶器じゃない‘ギター’を持っていた
黒色の細いストラップが肩を締め付け、右手にはネックを握りしめていた
一度絶望に崩れた世界には、その行為にたどり着くのは非常に困難で、難しいはずだった
それのに、なぜか簡単に、なぜかやっと
私はトラウマのギターを背負っていた
両耳には何回目のリピートか分からないテトラゾラを
左手には、強く握りすぎてくしゃくしゃに折れてしまった灯のメモ用紙を
腰抜けの嘘つき弱虫は、過去の惨劇の現場に、涙を流しながら、堂々と力の限り強く、乗り越えるようにして
立っていた
この僕のエレキギター
水色のテレキャスター
僕の痛みの象徴でもあり、スイミー以外の能力
実はこの子には名前がある
中学生のころつけた、人に言うもの恥ずかしい名前だ
‘フールクラウン(Fool Crown)’
フール(fool)とは、愚者、愚か者という意味があって
クラウン(crown)とは、道化という意味がある
道化とは、わざとおどけた言動や行動、ふざけた振る舞いで周囲の人を笑わせる者のこと指す
姿の異常さを特徴に、知識の愚かさを演じ、有する者
周囲の人間と決定的に異なり、そして…風変わりの身なりをしている者
そう…まさに僕のことだ
愚者の道化 このギターは僕自身
このギターは僕(愚者)の能力(道化)
弱虫の僕はここに誓う
銀髪で青い瞳なら、泣かされるのが当たり前
いじめられるのが当たり前
そんな定理が正しいなら、僕は明日それをぶっ壊して証明してみせる
カッコ悪く仲間を切り捨ててきたくらいな目的だ、恥じない勝利と戦利品に持って、また笑って、あと謝って、皆に会いに行こう
皆から託されたこの大切な歌を、僕の痛々しいギターにのせて
今度は父親を殴り付けた凶器としてではなく、皆といた空間で奏でた本来の使い方で
いじめられっ子の力の全てで
必ずあいつらを倒してみせる、こらしめてやる
絶対廃部になんかさせない、必ず皆が帰れる場所を守り抜く
偽ることに慣れた弱虫な僕なんてもういらない、友達にまで大嘘をつく自分なんていらない
どんだけ本性の自分が傷つく結果になろうとも
本当の自分が悪いわけじゃない
僕の見た目にいじめてくる奴が大半かもしれない
銀髪で、真っ白な肌で、青い瞳で
でも、本当の僕はこれだから、ちゃんとこの姿を受け入れてくれた人達がいたんだから
だから僕は僕で生きたい…!
僕のままでいたい!
そうだ、そうなんだ…っ
‘有珠’が‘僕’で何が悪い?