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第36話

-9月13日-(土)-


朝、何ら変わりない7時前、私は起きた


ウトウトする意識にむくりとベットから起きあがる


部屋の窓からは微かに霧がかった光が注がれていた

今日の聖蹟桜ヶ丘は分厚い曇り空だった


ハンガーで壁にかけられた制服を上から順々に着替えながら、机の上のウィッチ(春貴)の携帯を確認する

急に冷たい感触に意識が覚める

サブ画面、メールの受信はない


「そっか、土曜日 」

ついに明日は最後の日だ、花火大会だ

ひどく大きな傷痕やトラウマを隠し持って

そんな傷だらけの四人で誓い、孤独に四人であがいて力を合わせて立ち向かい

死ぬほど危険を浴びて、泣いて笑って怒って悲しんで

必ず勝利を掴み取ろうと

そして待ち望んだ日だ、一世一代の一大イベントだ


有珠が昨日の痛みで外れてしまったこと以外を除けば順調な、…はずだった


そう‘はずだった’


気配がしたんだ


制服に着替えながら携帯を確認した

春貴のじゃなく私のほうの携帯を

そして、唐突に、その一大イベントはゴミになった


‘もう一人’が痛み(カルマ)で去っていった

充電器から取り外した私の携帯電話を覗くと


着信ランプが点滅してメールが一件届いていたんだ


ひよりからだった

すぐさま、昨日までの不自然すぎる動作と「さようなら」を思い出した

一番あってほしくない現実が脳裏をかすめた


起きたばかりとは思えない意識で見たそのメールの内容に


私は何かに頭を強く叩きつけられた

錆びた釘を胸にこれでもかと打ち付けられた

携帯を持つ手が震えていた


(灯、ごめん )

明日は、無理みたい…


-本文-

「こんなに朝早くから申し訳ありません、ですが、どうしてもゆりちゃんには言っておかなければならないと思いましたのでメールしました

私は、今日は欠席します


このところずっとずっと…四人でいたときもずっと考えていたのですが

明日の事です

ゆりちゃんや灯ちゃんの力になるか

…最後、彼の元へ会いに行くのか

ずっと、悩んでいました


ですが、私はやっぱり、ゆりちゃんにあの日言われた通り、自分のカルマと対峙しようと思います…決着をつけようと思います

最後の最後に、こんな裏切るような形になってしまって本当にすみません

でも…もう壊れそうなんです、やっぱり私はだめでした

こんな、本当の本当に、最後には裏切るような形になってしまってごめんなさい、迷惑をおかけして申し訳ありません


私が出来ることは、ここまでのようです 」


そのメールに、何度弱音と謝罪が書かれていたのだろう

今にもあの日夕暮れの非常階段で見たひよりの泣き顔が見えてくるようだった


裏切るはずじゃなかったのは分かってる

ずっと悩んで、究極の二択を選んだのも分かってる


有珠の抜けた今だからこそ、誰より優しいひよりは、どれほどの責任を感じてこれを送ったのだろうか

死ぬ思いで悲しんで悩んで、別れを覚悟してこのメールを送ったはずだ

壊れ始めてるのも知ってるくせに、ぼろぼろなはずなのに、私の希望を潰して選んだ、唯一のひよりの過酷な選択だった


明日は日曜日、私の痛みを倒す日

私のカルマと戦うと集まって誓った仲間

だけど、ひよりに自分のカルマに向かったほうがいいと言ったのも私だ

だからひよりは絶対悪くない


たった二週間しかいなかった私達と、ずっと一緒にいた大事な人との最後の選択なら

たぶん正解は、後者なんだよ


どっちが大事とかじゃなくて、どっちも大事なはずだから

私の為の私のカルマに、逃げるように来てもらいたくはなかった

だからあの日そう言った


きっと、ひよりは正しい正解を選んだんだ、踏み出したんだ


(でも…やっぱり悔しいな…っ )

そして同時に、私の待っていた未来は、そのたった一つのメールで脆く崩れ去ってしまった…


私は別れを認めるように、ひよりという仲間を手放すように、返信をした


怒りなどもちろんなくて、ひよりを傷つけて巻き込んでしまった罪悪感が粘っこくこびりついていた

指が文字盤を押すたびに、ひよりの笑顔を塗り潰しているような気分になった


-本文-

「わかった、お互い明日はがんばろうね、たぶん有珠も、私もがんばる

灯には言っておくから大丈夫だよ

今日まで…ひよりを悩ませて、迷惑かけてごめんね


今日まで、ありがとう

また、笑ってあの部室に集まろうね  」


(明日がどうなるかわからないくせに…)

傷ついた心など見せずに、優しく前向きで、送り出すようなメールを返信した


だって、だめだよね

こんな朝早くから泣いたら、…だめだよね

(ひより…っ )


気がつけば、割れそうなくらい携帯を両手で握りしめていた

奥歯を噛んで、必死に堪えようとしていた

ぎゅっと両目をつぶり、溢れそうな何かを押し殺していた


携帯のカレンダーにまで予定バッチリに刻んでいた 日曜日 花火大会 という夢が、あっけなく痛みに変化し、失ってしまった…


灯には…なんて言おう

明日は、どうしよう


そんなことを頭いっぱいにぐるぐる考えていると、もう時計は7時45分を過ぎていた


朝ご飯も食べずに、慌ててカバンを持って玄関を出る

今日は土曜日だから学校は午前授業で終わる

いつもより軽いカバンを持っているはずなのに、胸が異常に息苦しくなっていた

足が重くて、喉の奥がざらざらした


けれどもドアを開ければ、目の前には何ら変わりない、当たり前の通学路の風景が広がっていた


不意に視線を広げ、すぐ前までこんな幸せの真っ只中に自分がいたことを思い出す


今はもうそこにはいない事、景色に取り残されている事、そう思い痛感している自分がいる事


世界にぽっかりと穴が空いた


冷たくもない風が頬に刺さる

灰色に敷き詰められた曇り空は一段と私の心を責めた


朝から、ひどく気分が悪かった


***

重い足どりで学校に着く

生徒がちらほら歩く校内を進み、階段を上る、1年E組の扉が現れる


(灯…)

理由もわからない深呼吸をする

ガラッ…と、扉を開ける


すると

――たったったっ、ガバッ!


「ゆりぃ オハヨーさーっ! 」


「灯 お、おはよう…、ていうか苦しい 」

待ちわびた愛しい温もりが低体温者を包む

躊躇なくぎゅっとした灯の柔らかい二の腕にとらわれる、すぐさま私はじたばたもがく


「ぉぅ、あたしとしたことが失礼 」

栗色のくるくるに跳ねた髪、だぼっとだらしない制服の着こなし、首にかけられた白色のヘッドホン


そして本当に嬉しそうにくしゃっと笑う灯の笑顔

(ぁ… )


相変わらず彼女はここにいた、ここで私を待ってくれていた

どうしてか、そんな当たり前のことに、私は涙を落としてしまいそうなくらい安心した、ホッとした


救いようのない朝の孤独と絶望が、いつもの何気ない笑顔に少しだけ助けられる


そして、灯がまだ何も知らないことに苦しくなった


「明日なー、 有珠抜きはやっぱりこの作戦キツイいと思うんさよー、だから有珠はやっぱしなんとかすることにしたー 」

窓側最後尾二つの私達の机に座り、灯が小声で話し始める


「なんとかって?? 」

「なんとかさよ、この灯さまにお任せなさぃっ 」

「ぅ、うん 」


調子外れのテンションの灯がえっへんと胸を張る


「ぁ、てかさーっ 聞いてくれ! 昨日なー、駅前のミスドがどれも100円期間だったから、ドーナッツ買いすぎてしまってっ 」

また灯のくだらない話が始まる


「家帰って余ったのサランラップでくるもうと使おうとしたら、なんと!切なく途中で切れちゃってっ、もう貼りついて全然取れなくてなー、結局疲れてその余ってたドーナッツ全部食っちゃったんさよ 」


「それは、別によかったんじゃない? 」


「違うんさよっ せっかく今日の朝ご飯になるはずだったのに、あのサランラップ風情に食わされちゃったんらからー 」


「それは悲しい出来事だったね、よしよし 」

「むぅ、主 なんだか灯さまの悲劇をバカにしておるな 」

「してないっしてないっ 」


「ぁ、あとそれからなー 昨日家でベースしてて――」


朝のホームルームまでの間、私は灯の大問題?を聞かされた

昨日と今朝に打ちのめされた身体は、少しでもそれに安らいだようだった

少しだけ、小さく笑えていた



***


一時間目から四時間の午前時間が終わり、帰りのホームルームも終わる

担任はまた連続通り魔事件について話していた

明日の花火大会、帰りは深夜にならないようになど

蚊帳の外の過保護に、私は少しだけイライラした


前の灯を見れば、そんなことはお構い無しに担任の口癖の「まぁ」をノートの隅に正の字で数えていた

見ているだけでお気楽な楽しみ方に、不機嫌になっていた自分がアホらしくなった


………


放課後になり他の生徒達が下校の準備や掃除をする中、正反対に私達は上の階に進んだ


廊下ですれ違う生徒からは、賑やかな会話が聞こえてくる


(…… )

それに、私はたまらず耳を塞ぎたくなった


(有珠…ひより…)

あの子達のようにニコニコ笑っていた私達がいたことに、なんだか無性に辛くなって、必死に耳の意識を閉ざした


本当は、羨ましくて懐かしくて、今にも溢れてきそうな気持ちがあった


***

-軽音楽部 部室-


冷たい廊下を鳴らし、誰もいない4階にたどり着く

灯が部室の扉を開けようとする

「あれ?」

普段は‘誰か’のおかげで開いているそこは、ガッガッと固くなに音を立て、拒むように閉ざされていた


「珍しいなー‘ひより’が先に来てないなんて 」

「…うん、そうだね 」


「ちょっと職員室から鍵もらってくるー」

「わかった、…いってらっしゃい 」

私は笑顔で灯を見送った


階段に響く灯の足音が遠ざかると、私はたまらず扉を背にへたりこんだ

体育座りに身体をうずめ、塞ぎ込んだ


そして、少しだけ、…泣いた


自分でも理由はわからなかった

ただ、痛くて痛くて、少しだけ涙をすすった


階段を上ってくる、たんたん鳴り響く彼女の愉快な足音に、充血した目を見つからないように慌てて拭う

灯はいつもと変わらず戻ってきた、適当な鼻歌まじりに鍵を握っていた

その手には、なぜか大きな紙袋が握られていた


部室の鍵を開け、古びた扉を開ける

扉の下のほうにはまだ昨日の赤い塗料の痕が僅かに残っていた


しーんと静まり返った我らが部室

無駄に広い空間の中に、本当に、二人はもう此所にはいないことを思い知る


「ひよりおせーなー 」

「きっとすぐに来るよ…」

来るわけない、来るわけないだろ

でも、どうしてもまだ言えなかった

言わなくちゃ、いけないのに

(……)


こんな形で夢が途切れた事を、こんな幸せそうな少女に言えるわけなかった


言葉数も少なくなり、たった二人だけのお昼ご飯を終える


「作戦、始めちゃおっか」

「そう、だね」

少し勘ずかれたかと思いビクッとする


灯はいつもみたいに黒板の前に立つこともなく、お互いイスに座ったまま作戦は始まった


「まず明日、昨日教えた作戦通り、ゆりは早朝に‘まぐろ’を背負ってこの部室で待機しててほしい、夜あたしがチャリで迎えに来るからさ 」


「リリス…本当に使うんだね 」

「ウィッチに対抗するには、やっぱりきっとこの方法しかないと思うんさよ 」


あの凶器が、ついに押し入れから出て使うときがやってきた

たぶん、最初で最後だ


「でも朝でも、家から学校まで15分はかかるし、途中誰かに見られちゃうかもよ? 」


「だから、あたしが昨日駅前の楽器屋で買ってきたコレを使ってもらうんさー 」

灯の言ったコレとは、持ってきた紙袋の中に入っていた


がさごそ出すと、中身はクラシックギター用の大きなソフトギターケースだった


「底をかなり深く改造してある、きっと‘アレ’も入るはずさよ」

「ゆりに触れていれば、手じゃなくてもまぐろの重量は‘無’になるはずだから、耐久については大丈夫なはず 」


「わかった、これにリリスを入れて朝の学校に来ればいいんだね 」

「おぅ、軽音部の練習で来たならギターケースを背負ってることに疑問なんてないし、一石二鳥さよね」


「うん 」

そして、私は灯からケースを預かった

見つからないように死体をくるみ運ぶ、その包みに少し不気味に思った

本来ギターのボディがしまわれる底は、灯の手によって改造され、異様に余った生地のようにだっぽりと空間を作っていた


確かにこれなら、あの身の丈ほどもあるリリスも難なく入りそうだった


明日、もし作戦ができたとして、私はウィッチと本当に戦うかもしれないんだね


勝てるのかな、斬られるのかな、斬るのかな、…無理だろうな


「駅前のウィッチとの事とか詳しい事は明日ここで待ち合わせしたときに話すよ」

「まだ有珠のこともあるからさ、わかんないから、まぁウィッチも本当に来てくれるのかも根拠もないんさけどね」


簡単すぎる最後の作戦は、たった数分で終わった



***

一時が過ぎる

灯は、窓辺に四つ咲くミニひまわりに水をあげていた

また、巡回のパトカーが学校を通りすぎる

校庭からは、ソフトボール部の練習のかけ声や、バットに勢いよく当たる軽快なボールの音が響いてくいた



***

二時が過ぎる

灯が、ポッキーのチョコの部分だけを舐めとって並べている

前までなら、私がつっこんで、ひよりが横で微笑んで、有珠が乗って…いたんだよね



***

そして、三時前…


曇り空が量を増して、夕方のような暗い世界を作っていた


部室の電気も点けず、私と灯は次第に無言になっていた


理由は、来るはずのない仲間を待っていたからである


はりつめた空気が冷たくて、息が苦しかった


「ねぇ…来てないんだよね、ひより 」

次に口を開いたのは灯だった


「……」

私は何も返せなかった、ここで何かを言えば夢が終わっていること、何もかも知っていることを自白することになるから


「…おかしいよな、こんな時間になっても来ないなんて 明日は本番なのにさ 」

灯が尚も呟く、視線は窓の外だった、それでも小さくピリピリした声は響いてきた


「………」

「ゆりは、なんか知ってるの? 」

「………」

「ねぇ、どうして黙ってるの?」


「……ごめん…」

限界だった…


(ひより、ごめん)

「灯、ごめん… 」


「どうして謝るの? 」


「………」

「なんで、さっきあたしが鍵取りに行ってたときに泣いてたの? 」


(…ッ!? )

全て灯には見つかっていた

冷たい灯の視線が、私をとらえる


「ごめん…」


そして私は、とうとう最低な真実を話し始めた

遅かれ早かれ言わなければいけない事を


そうして、最後に残された大切な温もりも、ついに積み木のように崩れていった


「ひよりは…今日は来ない‘明日も’来ないんだよ… 」


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