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第32話

夕日に熱っせられた重い扉を開ける

すぐに眩しい夕焼け空が現れる


急にチカチカ照り付けた光に堪らずウッと目を細めてしまう


夕映えに燃える屋上から見た景色は、街やフェンスでさえも熱を帯びているようだった


コンクリートの屋上は、頭上一面に広がる大空と同じように、赤やオレンジ色の茜色に染まっている


夕涼みの風が、夏の終わりを思わせる


そして、そんな殺伐とした広く平たい空間にぽつりと、一人の少女は立っていたんだ


風に揺られる柔らかい銀色の髪、一際小さな身体、異様に透明度の高い白い肌


しかし少女は、その綺麗な見た目とは裏腹に、惨めにも白いチョークの粉を身体全体、特に頭から肩にかけてを酷く汚していた


立ち尽くしたその背中からは、真っ暗で冷たいそうな影がほっそりと伸びている


まるで街に置き去りにされたようなそんな少女の立ち姿に、私はゆっくりと足を踏み出した


残り、三メートル、二メートル

尚も張り裂けそうな距離を詰めていく

…緊張の一秒が、張り詰めた胸に突き刺さる


静かと言うよりは不気味すぎる空気と、足音以外の音のない世界


前に立ち尽くす少女も、振り向きはせずとも、こちらに気がついているようだった


えぐり取られそうな気持ちを抑え、すぐ側まで歩み寄る


(…ゴクリッ)

足を止め、自分なりに呼吸を整える

生唾を飲み、その背中目掛けて言葉を発しようとした、…ときだった


「……何しに、来たんですか…」

(!?ッ… )


背を向けたままの少女が、私より先に声を漏らした


ぐっと涙を押し堪え震える、完全に内に篭ってしまったような…本当に暗い声だった


そして、有珠ちゃんはゆっくりと私のほうへと振り返ったのだ


そのときだ

「?!ッ―― 」

そういう反応をしてはいけなったはずだったのに、思わず私は驚いてしまった


だって、なぜなら、振り向いたその彼女の子供みたいに柔らかそうな頬っぺたには


殴られたように痛々しい、大きな‘青痕’がくっきりと浮かび上がっていたからである…


「ぁ…ぁ… 」

そのあまりにショッキングな姿に、喉まで出かかっていた言葉も打ち消される

思わずこめかみにシワを寄せてしまう

失礼にも、そんな偏見に近い視線を、傷つけられた本人の前でしてしまった


「……っ 」

つい足を後ろに戻してしまう、夕焼けに照らされた目の前の現実を前に、恐ろしく震えがしたんだ


「…なんで来たんですか…」


ムッと粉っぽい独特の臭いが鼻をつく


「ごめん…有珠ちゃん、でもやっぱり私は…」


切ない夕焼けともあいまって、強い敗北感や劣等感に苛まれる


そしてまた実感させられる、やっぱり私達は…‘孤独’なんだと


――どうして、私達は人並みに等しく生きていけないのだろう?


ドラマのように死と隣り合わせとかじゃなくて、寧ろ掛け離れてて

ただこんな理不尽に…並外れた苦しい日常に、生かされてしまっているんだ


それも何にも悪くないのに…解決させなくちゃいけないんだ


………


***


そこから私は、何を話していたか自分でもよく分からない


ただ助けたい一身で、要らなかったであろう先程の私と灯の話した事なんかも話してしまった


「有珠ちゃんのいじめが有珠ちゃん自身で解決出来るように、私も手伝うから、…きっと、そのいじめの理由の有珠ちゃんの見た目も、受け入れてもらう努力も、灯やひよりとも考えるから 」

安定しない声が、必死に伝えようと努力する


「……」


「もしそれも出来なかったら、この学校や街の全てを敵に回してでも、私達は一緒にいるからっ、プライドとか、迷惑と思われても、一緒に傷つくから… だから、どうか……」


自分なりの言葉を精一杯言い終えようとしたときだった


不意に、俯いた前髪で隠された少女の瞳から、リミッターが外れたように、溢れるようにして、大粒のしずくが頬を滴り落ちてきた


「やっぱり、だめだ…」


有珠ちゃんが、ぽろぽろと泣いた


そして、次に言われた有珠ちゃんの‘真実’に

考え出して発した自分の言葉が、あまりに他人事で綺麗事で恥ずかしい事なんだって、痛感させられてしまった


………

……


***

少し長い、ための後で


そこから有珠ちゃんは、このいじめの‘真実’を語った


見え方さえ覆されてしまう、有珠ちゃんの経歴と秘密…


「やっぱり、隠し通すには、もう近づきすぎてしまったです…」


そう言うと、本当に嫌そうに…べっとり粉がついた自分の銀色の髪に視線を移した

それは自分自身を哀れむような眼差しだった


「残念だけど、有珠は、ここまでです… 」

そして、右手で一握りにした自分の髪を、思わず


‘…ちぎった’


「…っ!? 有珠ちゃん…! なにやってるのッ 」


ひらりとちぎられた髪が夏風に乗って宙を舞う


――すると次の瞬間


有珠ちゃんは、スカートの中にきっちり締まっていたブラウスを、灯のようにだらし無く外に出した


(ぇ… )

紺色のリボンまでも雑に外し、優等生のボタンを緩く外す

部室でギターを弾くときのように、ポケットから出したヘアピンで前髪を片側のサイドに留める


さっきまでの小さないじめられっ子の印象から、不良のようなボーイッシュでだらし無い印象へ変化する


「ゆり…これがね‘僕’の本当の姿なんだ 」


(ぁ…… )


眼が一瞬にして変わる、穏やかな瞳が消えうせる

それは、ひよりがウィザードを見つかったときの睨みつけるような眼差しと同じだった

充血し、朱く腫れた瞳が本当に痛々しかった


しかし、それらよりも圧倒的に変わったモノは‘声’だった

いつもの猫語を混ぜる無邪気なときとも違う

少しだけかつぜつの悪い子供のような声とも違う


それはそれは、刺々しい別人のような声だった…


「‘僕’はさ、ずっと自分を偽って生きてきてたんだ 」


(僕… )

前の少女が口を開く、喋り方が男の子のように変貌する


「三人の知ってる‘有珠’はさ、本当に悪いけど、全部嘘っぱちなんだよ 」


「……」


‘有珠ちゃん’がその瞬間、私の目の前から死んだ…


言いようのない悲しみが立ちはだかった


嘘、全てが嘘…


「な、何で…… 」

呆気にとられたというより、絶望に近い衝撃的な事実だった


総理大臣がテロで死ぬより、国会議事堂にミサイルが落ちるよりも、目の前の‘それは’私には衝撃的過ぎる事件だった


胸の中が、真空のからっぽになった


だって、今まで一緒にいた大切な友達が、中身はまるで違う人間だったんだよ…?


あれもこれも、全てが嘘…嘘だったなんて


「そんなのって…」


「僕はね、高校生になってから、この本当の自分を偽ったんだ、全てを嘘で固めたんだ 」


「多分、どうせゆりも引いちゃうよね、でも…僕には、自分を守る為には、この方法しかわかんなかったんだよ 」


「ゆりは…酷い奴だって、卑怯者だって思うかな? 」


「そんなことは…」

正直、その問いはわからなかった


「ただ、こうすれば…今みたいに、どれだけ傷つけられようと、どれだけ罵られようと、本当のこの自分は傷つけられずに済むから 」


「仮の‘有珠ちゃん’と呼ばれる存在が、全てを負ってくれるから… 」


「いじめの原因の自らの見た目を駆使して、一番人から可愛がってもらえる子供、助けや情けで手を差し延べてもらえる性格に、自分を変えたんだ 」


「じゃあ、私達と一緒にいたときの有珠ちゃんは…」

尚も貫かれる身体が、悲鳴をあげていた

みんなで一緒にクレープも食べた夕方もお、楽しかった昼休みも、全部が全部、この虚しい空へと消えてゆく


「全て、嘘の僕だよ 」


聞きたくない最悪な答えだった


「…笑ったりしてたのも、嘘? 」


「楽しかったよ、本当に…本当に、今までに味わったことがないくらい、心の底から毎日が楽しかったよ、でも…偽っている事を知られたら、また独りになるから、ずっと裏切ってる気持ちも居座ってて辛かった、申し訳なさすぎた 」


「…だめだった、助けを求めてこんな風に偽った理由もあったくせに、僕は所詮、元々誰かと一緒にいるタイプじゃなかったんだよ…、嘘なんかじゃ、結局いつかは終わるんだ  まぁ、別にもう意味ないけどさ 」


「そんなこと…」

もう、真までボロボロだった



「だってさ、あの日、生物室の机で僕とゆりが出会ったとき、もしこんな性格と姿の人間が座ってたら、ゆりはあんなにたやすく話しかけてくれたの?、ちゃんと…追いかけて、友達になってくれたの? 」


「それは…もちろん  でも、どうしてそこまで?」


「仕方ないだろ…っ、勝てないんだからさ…っ! 」

嘘つきは声を枯らして叫ぶ

虚しい屋上にそれは響いた


………


「もう、自分の中でも本当の自分がわかんなくなってきてさ、嘘がないと本当に何にも出来なくなってた…、本当の自分だとあまりにも恐すぎて、嘘が嫌で、嘘が能力で、嘘が僕を守ってくれてた 」


「どこに行くにも、何をするにも、誰かと何を話すのも、嘘が僕の全てになってた 」


(……)


「ごめんね、僕は皆と近づきすぎたみたい… 」


微かに薄暗い屋上の空気に、そんな嘆きさえ掻き消されていく


「はぁ、ここまで言ったから、もうどうせ‘全部’教えるね… 」


「ぜん…ぶ? 」

私が泣きそうになってた


「もう…一緒には、いれないから… 」

空気が重苦しい、視界が狭まっていく


(嫌だよ……っ)

終わりが、私達のすぐそばまで来ている気がした


そして彼女は、更なる秘密を私に語った


「僕…はね 」



「――‘人を殺したんだ’」



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