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第31話

***

-軽音楽部 部室-


私は、さっき起こった事全てを洗いざらい灯に話した

部室の塗料の事、有珠ちゃんのいじめの事、明後日の事


それらすべてを打ち明けた


「…そっか、有珠が 」

灯も先程とは表情が変わった


「…うん、 多分 こういうのはこれが初めてじゃないと思う、むしろ頻繁に 」


「明後日かぁ、有珠はどうするんかな、作戦を選ぶのか、あたしらの居場所と自分の為に一人で戦うのか 」

灯がさらに表情を濁らせる


「灯… やっぱり追いかけたほうが 」

「…さっきの授業のときも言ったけど、有珠ならそっとしておくべきだと思う 」


「どうして…! 有珠ちゃん あんなに辛そうに、現場を見てないから灯は」


「有珠はさ…っ! 」

私の張り上げた声以上に真剣な灯の声が響いた


「有珠はさ…、この四人の中で一番プライドが高いんさよ 」


「…?? 」


「転校してきて自分がいじめられて、なのにも関わらず、弱音一つこぼさずにゆりを助ける道へ参加した 」


「でも有珠が一番、自分の事で迷惑がかかる事、足手まといになる事、その不安をずっと抱えてるんさよ、それを有珠は一番嫌ってるんさよ、だからスイミーのときは本当に嬉しそうだった 」


「有珠はさ、自分が傷つくならいいって、むしろきっとそう思ってるんさよ 」


灯がいったん呼吸を整えて、また静かに話し始める


「でもそれがどう?、今チョークの粉を被って泣いてる自分のところになんて仲間に来られたら、迷惑だとか、有珠が思わないわけがない、いたずらに…また有珠が傷つく 」


「それは…… 」


「それに有珠の痛みを助けれるのは、ゆりの場合と違って、有珠本人だけなんだ 」


「……? どういう」


「ねぇ、ゆり?‘カルマの法則’って知ってる? 」


「ぁ…ぅん 」

前にひよりに教えてもらった法則だった

灯も知っていた事に少しだけ驚いた


「ゆりも知ってるんだ   そんでね、カルマの法則は‘痛み’でも同じことが言えると、あたしは思うんだ 」


「どういうこと? 」


「有珠の場合の【原因】は、まぁ多分、あの他人と違う身なりとか性格だろうね 」

「そんで【縁】はあのクラスにあいつらがいたこと 」

「そして【結果】有珠はいじめられるという結果に至った、一つのカルマ、一つの痛みの完成さよね 」


「そんな…他人事みたいに… 」


「そしてカルマの法則とは【縁】を変えて【結果】を避けたとしても【原因】が消化されない限り…何度でも、その人間には【縁】が生じて、必ず【結果】を招く 、これは痛みの法則としても同じ 」


「つまりさ、あたしが何を言いたいかと言うと、今ゆりが屋上にいる有珠を追っかけて、もし助けられたとしても【原因】の有珠本人が自分であいつらを倒せるようにならなくちゃだめなんさよ 」


「……」


「有珠の、他人との見た目の違いや偏見や差別の痛みは、あたしらとは違って、ずっとこれからも生涯抱えていく痛みなんさから 」


「今助けてあげられても、また来年も、高校卒業しても、仕事に就いた環境でも、このカルマは生じると思う、そうなったとき、ゆりは生涯ずっと有珠の側にでもいて助けてあげるの? 」


「…それは 」


「有珠は、自分で戦わなくちゃいけない、ゆり…あたしらが有珠を助けたら、確かに助けられるとは思うよ、でもね、それは一番有珠を傷つけてちゃう方法でもあるんだよ 」


「でもだからって、…これからもずっと見てるだけなの?、それじゃあ周りの子と変わらないよ 」


「やってあげれることはあるさよ?、さっき言ったように、そんな痛みがあるから、有珠は誰かに迷惑や負担をかけることを怖がってる 」


「だからあたしは、いつも‘自分なり’にやってる、相手を傷つけない優しさで接する 」


「?? 」


「明後日、きっと有珠は迷ってる、どっちに行ってもあたしらに負担をかけちゃうんじゃないかって 」


「だからあたしは、有珠が明後日、迷わず自分のカルマと対峙出来るよう、後押しのエールを送るだけさよ 」


そう言うと、灯は、スカートのポケットから何かを取り出した


「MDディスク? と…楽譜? 」

「そう、あたしが録音した、ずっと前から作ってた‘有珠用の歌詞に変更した自作曲’」


「まさか…授業中ずっと作ってたあれって!? 」


「うんー 」

適当に返事とすると、灯は部屋の奥にかけられていた有珠ちゃんのソフトギターに近づく

そして、ケースに付いていたポケットにさりげなくMDディスクを入れた

それと一緒に、小さく折りたたんだ歌詞も忍ばせた


(…… )

これが、いつも感じていた、灯の影の優しさ

思えば、私もこの優しさに何度救われてきたことだろう


灯は近くにあったメモ帳を取ると、今度は地べたで何かを書き始めた

そのメモもまた、ポケットの中へ入れる


「…これが、あたしの出来る、最大限のエールの方法かな 」


(…… )


――私に出来る優しさはなんだ?


――私にしか出来ないエールはなんだ?


会ってどうする?

策は?、言葉は?、慰めは?


……わからない


「私は…… 」

「むー?、なんか言ったさ? 」


「私は、でもやっぱり…追いかけたい 」

「ゆり? 」


「自分は灯みたいに大人じゃない 」

…だけど


「私はっ 有珠ちゃんと出会ったときも、灯とこじれたときも、ずっと追いかけてた 」

ひよりが元カレと会って傷ついたときも


「確かに、灯の答えは正解かもしれない、すごく大人で、優しさがあって、本当に有珠ちゃんの為に考えてると思う 」


「でもやっぱり…私は、有珠ちゃんを追いかけたい 例え間違えかもしれなくても」


「今すぐ追いかけて、また出会ったころのように、自分なりの優しさを伝えたい、有珠ちゃんとあの日、友達になれたように ‘今の有珠ちゃんを助けたい!’ 」


「だから灯 お願い 」

「なに? 」


「もし…灯の言うように無理だったら、お願いしてもいい? 」


「…ゆり? 」

「…なに? 」


「わかりきった事聞くなさ 」


「ゆりは最後までそう言うと思ってたよ、あたしにはそれは出来ないから 」


「そこまで言うなら、ゆりは有珠を追いかけな、必死に頑張ってきて、そんでもしだめなら あたしもひよりもいるからさ 」


驚いた、灯は…笑っていた


怒りもせず、持論も突き通さず、私の前で優しく笑っていたんだ


「灯、本当に…ありがとう、ごめん 」

「当たり前ぬー、同じ selling dayの仲間でしょ? 」


『危険を共有する』

『痛みを共有する』

『能力を共有する』

そして

『幸せを共有する』


「だめなら、また一緒に悲しんで考えればいい 」


黒板に書かれた私達のルールを胸を張って灯は言った


「…うん 」


灯はただいつものようにくしゃっと微笑みを返した


たった一度の笑顔に、ここまで勇気が胸の中に溢れる


――次の瞬間ッ


私は、部室の扉をたたきあげた


夕焼けの屋上を目指して、また細い両足が、静寂の廊下を力いっぱい鳴らし始めた


――灯、いってくる



……


***


ちぐはぐの両足で必死に屋上を目指す

たったすぐそこの距離に、高くあげた足が尚も私を駆け抜けさせる


「はぁ…はぁ…ッ 」


(有珠ちゃん…! )

ポニーテールに結わいた髪が左右に揺れる

雲一つない朱い光が廊下を照らす


私の前に、異様に暗い扉が立ち塞がった

紛れも無い、屋上へと続く扉だ


――そのときだった


(ッ!? )

古びた扉ごしに、少女の声がした

孤独にやられた、惨めな涙をすする声…


…ドクンッ

(…ぁ )

たった数センチの扉との距離が遠くなる…

見たこともない震えが手を包む


冷たい空気が、容赦なく高一の精一杯の優しさを掻き消そうとする


本当に、助けられるのか…?


もうこれを開けたら、後戻りは出来ないんだよ?

引き返して、灯とひよりに任せるか?


(…違う )

弱気な癖をちぎり、投げ捨てる


また、泣き声が辛そうに響いてくる…


ドアノブを痛いくらいにぐっと握りしめる

緊張や不安でぐしょぬれに濡れた手の平いっぱいに力をいれる


馬鹿正直に、自らを奮い立たせる

大切な友達を助けたい…!


たった一つのその想いに、こんなに手の平が震える

灯の託された優しさにここまで勇気が必死にあがいてる


まだ、終わりは告げさせない


そして、私は――


この先に待つ未来を放った


  その重い扉を、…開けた


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