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第29話

-9月12日-(金)-


事件が起きた


やっと順調だと思えた矢先、私達はまた意図も簡単に悲しみに苛まれてしまった

予期せぬ問題、それはまさに…事件だった


早朝の学校、まだソフトボール部が朝練をしている時間のこと


私達は部室に集まることになっていた

何やら灯がとっておきの作戦を思いついたらしく、まだベットで寝ている時間にそのメールが送られてきた


予鈴もなく生徒すらいない校舎は鬱蒼としていた

不思議な静寂と朝の半透明な澄んだ空気が漂う階段、それを最上階まで上る


空は色づき、窓からは光が滲んでいた

綺麗に晴れ渡り、今日もまた暑くなりそうだった

楽しく…なりそうだった


それなのに

長い階段を上り終えたときだった


その事件は起きた…


部室が、私達の部室が


まるで…

殺人現場のような無残な光景となって目に飛び込んできた


真っ赤な塗料が、私達の居場所をこれでもかと汚していたのだ


血が飛び散ったような生々しさが、古びた扉を殴るように一面へばり付いていた

近くには、隠す気なく塗料が入っていたと思われるバケツが転がっていた


過度な悪意もなく、冗談まじりの適当な暇つぶしの一環として行われたようだった


だからこそ…胸が痛くなった


今日じゃない、きっと昨日の作戦のとき、私達が部室を出た後にやられたんだ


「ゆりオハヨー 」

「ゆりちゃん おはようございます 」

呆然と立ち尽くしていたときだった、後ろから自分の名を呼ぶ声がする


「ぁ… 灯、ひよりも… 」


二人とも私より先に来ていた

その手には、どこから持ってきたのか、清掃で使うようなモップや雑巾が握られていた


「これは…どういう 」

何かに打ちのめされたような気分だった


「まぁ、きっと、あたしらを気に入らないグループが他にいたんさねー よいしょっ」

そう渋々言うと、持っていた清掃道具で床や扉を拭き始めた


「まったく、本当に子供だましですよね 」

ひよりもしゃがんで濡らした雑巾で扉を擦る


「犯人…探さないの? 」


「どうでもいい こんな幼稚な相手と喧嘩してたら肝心の作戦が出来ないし、てかもう時間ないし 」

少しふて腐れるように灯が言う


「人と違うことをするという事は、それ以上に気に入らないと批判的に思う人間が必ずいるものです 」

呆れたようにそう話すひよりの手には、返り血のように塗料がべったりとついてしまっていた


私はてっきり、灯のことだから「絶対見つけてやる!」みたいに強気な事を言うのだと思っていた


でも違う、これが本来なんだよね…


私達は所詮、クラスじゃ裏方で脇役で省かれ者で…劣等生


そういった者がたてついた場合、反ってくるものは決まっていた

軽蔑、無視、暴言、それらに該当する腹いせ

結果は…口にせずともたやすく分かった


平凡さえ困難で、逆境にたてついてる今なんて本当に稀なんだよね

こんなに必死に頑張ってる事が、本当に稀


だから、灯は今更見向きもしなかった

たとえ大事な場所がぐちゃぐちゃにされようと、作戦以外の目的には、見向きもしなかったんだ


なんだろう、自分も同じだからなのかな、その二人の感情がすんなり理解できてしまった

…そしてそれは、とても悲しいことだった


「そう…だね 」

誰もいない校舎、誰の仕業かも分からない暴力に、私も雑巾を握った


悪臭に近い濃い塗料の臭いに頭がくらくらしてくる


それから少し経ったころだった


「おはようござい…ま…… 」

階段から聞こえた元気な声と足音が残酷な現場で失われる


有珠ちゃんが遅れて登校してきた


「ぁ…の、これ…… 」


「後で説明するから有珠も雑巾で拭いてけろー 」


………


終始、有珠ちゃんは悲しげな表情をしていた


ごしごし擦った、何回も濡らして搾って拭いた、モップも押し付けた、何度も何度も必死に頑張って繰り返した


でも…やっぱり前ほど完全には元通りにはならなかった


真っ赤に汚された血だまりの最初よりかは、多少は良くなった気がする、やるせない思いで自分にそう納得させるしかなかった


やっぱり…悔しかった


汗びっしょりに両手を汚した私達を尻目に、朝のホームルームの予鈴が鳴る


気がつけば、下の階からは生徒達の賑やかな声が聞こえていた


それはたった一階下の事で、それでいて…私達には遠い遠い世界のものだった


不意に、それと比較するように、残念すぎる自分達の今の悲しい立場を、汚れた雑巾を手に惨めに実感させられた…



後はお昼休みに持ち越しになった


***

-お昼休み-

朝と同じように階段を駆け上る

天まで届きそうに足を伸ばす、ちょっとだけ空と雲に近づき、それと比例して生徒の声は遠ざかる


孤立した部室にたどり着く


またもひよりは一番先に来ていた、そして一人黙々と掃除をしていた


私もすぐに加わった、するとすぐに有珠ちゃんもやってくる、最後にコンビニ帰りの灯が参加する


……

……


それから10分くらいだろうか

ずぶ濡れになった扉には染みの痕は残っているけど、外見的にはマシにはなった気がする


古びた鍵を開けて中に入る


(…よかった )

中は荒らされていなかった


机とイスがそれぞれ四つ、窓辺にはパソコンとひまわり、奥の黒板の横にはベースとギターが寄り添うよりに壁にかけられている


「ふぅ、やっと作戦が始められるさー 」

「日曜日の花火大会のだよね? 」

「そうさよー 」


汚された扉の事はもう誰も一切口にはしない

綺麗サッパリ、それはまるで本当に‘なかったこと’のように、…消した


「じゃあ 始めるから 三人は座ってけろー 」

いつもどおり、灯が黒板の前に立つ


ひよりは昨日の帰りのときのように、どこか瞳が悲しげだった


理由はたぶん‘彼との日曜日’の件だと思う


ひよりが「言わないで」と言った以上、私がすんなり軽々しく話していいわけがない


ただ残酷にも、実際にひよりは明後日までにどちらかを選ばなければいけないのもまた事実だった


有珠ちゃんはもっとわかりやすく悲しげな表情を浮かばせている


(…… )

私は、冷たい手のひらでそっと有珠ちゃんの髪の毛を撫でてあげた

励ましの言葉はうまく言えそうになかったから


すっと顔をあげた有珠ちゃんは、ほんのちょっとだけ元気になったみたいだった


「よしっ では! 」

灯が気にせず作戦の趣旨を黒板に書いていく


三人はその間にまたそれぞれにお昼ご飯を食べ始める


「にゃふっ、ひより先輩のお弁当とってもおいしそうなのですっ 」

彩り豊かな可愛いひよりのお弁当に有珠ちゃんが楽しそうに言う


「ふふっ、有珠ちゃん食べますか? 」

「いいのですかー 」


器用に巻かれた卵焼きを有珠ちゃんが小さなお口に頬張る


「甘くておいしいのですっ 」

ニッコリ、幸せそうな笑顔が部室に広がった


「ふふっ、それはよかったです 」

ひよりが笑う


「お返しにこれあげるですっ 」

そう言うと有珠ちゃんはごそごそ何かを取り出した


「あら?、抹茶いちごメロンパンでしょうか? 」

灯の大好き学校評価ワースト1のパンだった、しかも食いかけの


「うにゃ…おいしくなかったのにゃ 」

小猫のような瞳がばっちい物を見たように垂れ下がる


「ガビーン!? 灯さんショックだっ 」

黒板に黙々と書いていた灯がすかさず反応する


「むむ…、有珠にはこれはきっとまでちょっと深すぎる味だったんさな、うん」

明らかに視線が泳いでいる


「灯、悪いけどそのパンはおいしくない 」


「むぁーっ、髪の毛もしゃもしゃの刑ぬー 」

「ぇー、なんで私!? 有珠ちゃんじゃないのっ 」


「ゆりのほうがいじるの好きだ 」

きっぱりと言い切った


「あら …ぽ// 」


「お願いだからひよりは当たり前みたいに頬を染めないでください 」


「ほらっ、いいから灯は作戦書いて、お昼休み終わっちゃう 」

「ぉー、そうだった 」


(…まったく )

鏡を見なくてもわかるくらい髪がボサボサになったしまった


相変わらずこの部活は深刻なツッコミ不足だ



……

……


作戦が始まった


さっきまでとは打って変わり、全員が真剣な表情を変わる


最後の計画が次々に書き込まれていく


灯の企み、現実味のおびた危険性のある作戦が話される


ゆり、灯、ひより、有珠、


それはたった四人…

たった四人全員の今までの力をフル活用した作戦だった


全員が今までに抱えてしまったカルマ(痛み)、それによってもたらされた能力を駆使する


花火大会の日曜日、駅前大通の深夜、警察の警備、監視カメラ、ウィッチを捕まえる策


それら全てのノルマを四人に役割をもたらせた

今までの作戦とは比べものにならない高度で危険な、一つ間違えれば全員が捕まる無謀な策だった


だけど、数さえ分からない膨大な敵の組織を前に、真っ正面から戦って勝つには

残念だけどこれしかなかったんだ


そうして、私達の最後になるであろう作戦の趣旨が伝えられた


明後日には、本当にこれが駅前では起こっているのだろうか


………


短いお昼休みが終わった



***

-5時間目-授業 -生物-


生物室


(はぁ… )

相変わらずこの授業はつまらない

ただ前に立つ先生が眠気を誘うような言葉を放ち、ただ生徒はそれを我慢するか眠るだけ


私の前に座る栗色髪はすでに机に突っ伏していた

ひとり気持ち良さそうに、後ろまで気の抜けた寝息が聞こえてくる


(まったく、灯は )

きっと起きたときにはまた寝癖がひとつ出来ている

呆れると同時に、それはちょっとだけ楽しみだった


眠る灯が少しだけ頭の向きをかえる

(昨日は、徹夜だったのかな? )


一般人じゃとても思いつけないようなあんな作戦を、ずっと一人で一晩中考えてくれていたのだろうか


そう思うと、不意に届いた貴女の寝息にも少しだけ嬉しくなってしまった


(ぁ… )

シャーペンを持つ片手の隅、意味もなくそれを私は思い出した


――机の落書き


そういえば、ここは有珠ちゃんと私が偶然出会った場所だったんだね


確かあのときは、この机の隅に落書きがあって、微かなその救難信号をキャッチしたのが偶然にも私だったんだよね


私が生物室に忘れたペンケースを取りに行って、座っていたのが小学生みたいな有珠ちゃんだった


それで色々とあって、…有珠ちゃんが屋上で…


(なんか 先週のことなのに ずっと前のことみたい )


(……?? )

思い出に浸っていたときだった


視線を外した先、黒板でも先生でもノートでもない先


ちょうど落書きがあった場所だ


数通交わした落書きは今も消えずにずっと残っていた

生々しい小さな痛みのメッセージが、先週のまま机に刻まれたまま


そこで私は…初めて真実を知った


――さらにその下に


‘早く死にたい…’

‘消えたい…’

‘もう死にたい…’


そう何度も、出会って尚も追加して書き続けられていたのだ…


(えっ… )


(嘘だ…… )


明らかにそれは、先週までにはなかった書き込みだった


(他の誰かが? 誰かも真似して )


でもその文字は、どれも丸みのある特徴的な字で、どれもが間違いなく、すでに書かれていたのと同一の文字だった


特に‘死’という字の書き方が特徴的だった、意味とは正反対の丸い筆記が残酷にも同一人物を象徴していた


紛れも無い、ずっと隣で楽しそうに笑っていた有珠ちゃんの字だった


(だって…昨日も、あんなに頑張って )


毎日隣にいる子が同時期に書いたとはどうしても思えなかった…、掛け離れていた


答えようのないショックだった


どこかに有珠ちゃんが‘もう一人’いるんじゃないかと疑うほどだった


ずっと楽しそうにしながらも、自分の悲鳴信号を送ってたなんて…

じゃあ、私達の前にいた有珠ちゃんは…

(私達じゃ、だめだったのかな )


急に自分達との距離を感じてしまった


(…有珠ちゃん )


声も出ないほどショックに沈む私をお構いなしに、チャイムが鳴り響いた


授業が終わった


灯がチャイムでむくりと起きる


イスを引く音が鳴り、少女が立ち上がる、すぐに柔らかい声をこちらにかけてくる


頬っぺたにはノートの線が綺麗に赤く模写されていた、無邪気な寝癖がぴょこんとはねている


「ゆり? どうした? 授業終わったよー? 」

おとぼけた灯の表情が心配そうに話しかけてきた


「ぁ…… と 」

現実と違う、私達の前では存在しない有珠ちゃんを目撃したこと…

私は怖くなった、急に怖くなって、灯に落書きのいきさつを話した


元気で幸せそうだった、それは有珠ちゃんが心配をかけないように装っていただけにすぎなかったのかもしれない

なにもかも、実際はこの書き込みのように、今ももっと……


「そっか…有珠が… 」

灯がくたびれた声を漏らす


解決策があるとは思えなかった

有珠ちゃんが言わない以上、こちらから聞くなんてこと出来ない

それは痛みに釘でも打ち付けるような事と同じだ…


もう明後日なんだ、明後日には作戦も始まっちゃう


どうすればいいのか、私も灯もわからなかった


「今は、そっとしておいたほうがいいと思う… 有珠が自分から行動するまでは 」


「そう…だよね 」


血だらけの扉のように、私達四人なんかでいじめグループと戦って勝つことは、…悔しいけど本当に難しい事なんだ


アニメやドラマと違って、本当に難しい…

クラスを敵にすることと同じだから


強く、強く…私は悔しく下唇を噛んだ


「きっとさ、あたしらがすることは こうして有珠と一緒に笑ってあげることなんさよ 」


「そうだね… そうだよね 」


悲しいけど、灯の言うように、それしか私には出来そうになかった

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