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第28話

「ふぅ… はぁ 」

長旅や大航海を成し遂げたような気分だった、強い達成感と重い疲労で部屋のドアを開ける


小さな部屋に人間がひとり

私は家に帰ってきた


でもまだだ、ご飯やお風呂の前に一つだけやることが残っている


私のカルマだ…


今も机の上を占領する小さなそれと、私は今晩も対峙しなければならない


今日の作戦で日にちが確定した今だからこそ、斬られる側と斬る側、その両方の意見が本当に一致するかどうか、確かめる必要があった


紺野美弦の携帯電話を手にとれば、バッテリー残量が残り一欠けらになっていた

自分の携帯会社と同じかは分からない


けれど私は、ベット付近の電源タップにさしっぱなしの充電器へと足を進ませた


携帯の差し込み口を探し、充電器を宛がった


(…… )

よかった、のだろうか


嬉しくはない偶然が、すぐに待っていたかのように電気をむさぼり始める


私と同じ会社の携帯だった


誰からもメールや着信の受信はない


そして始める

ウィッチとのラストスパートを


今度はこちらから、全てを終わらせる為に

王手をかけたメールを送り込むのだ


冷たい指が何かに追い立てられるようにボタンを押していく

すらすらと、小細工まじりの文章が小さな液晶画面に描かれていく


-本文-

「こんばんは  春貴さん…で当っているしょうか?

いきなり本題なのですが、三日後にある夏祭りの日に会えないかお聞きしたいです

私はその日の夜なら暇なので、もし都合が合えば、よかったら駅前にでも待ち合わせして、携帯をお返ししたいと思っているのですが 春貴さんは無理でしょうか? 」


確信を突くような剥き出しの気持ちとは裏返しに、そのたっぷりの優しさを装った敬語を見ると可笑しくなってくる

そして…無性に悲しくもなった


何遍も言うように、仮にも相手はあの凶悪なウィッチだ、人を斬り付けて、次は殺すかもしれないような危険な人間だ


でもそれと同時に、同じ痛みを持って苦しんでいる唯一の人間でもあったりした


敵だ…

必ず捕まえると、皆であらがうと約束した、敵なんだ…!


(…… )

私は、送信ボタンに指を進ませた


どういう理由かはわからない

でも、貴方のその企みを見事阻止してみせるよ


それが、私達の企みだから


私は王手をかけたそのメールを、力ずくで


――送信した


難無くその一通は向こうへと送られていった



***

そこから少し、また高校生の小さな推理が始まった


私は昨日、この人には両親がいるという前提を当たり前のように決めつけていた

高校生で弟さんもいる、普通の家庭ならもちろん当たり前である


しかしどうだろう…


携帯のアドレスに弟しか載っていないのは、さすがにおかしくはないだろうか?


もし友達や知り合いが誰もいなくてアドレスがからっぽなら話はわかる

しかし唯一の家族のアドレスや電話番号くらいは入れておくのが普通のはず

弟が入っているのに親が入っていないのなら尚更だ


病室の件からも、仮にもし、両親がいないという仮説をするならば‘春貴’のウィッチとしての可能性もまた更に格段に上がることになる



――ヴーッ、ヴーッ!、

(ッ!? )

推理に意識を向けていたときだった、手の中の美弦の携帯がバイブの震えと共に鳴った


メール受信一件


春貴からの返信に、胸騒ぎを押さえて携帯を開く


(どっちだろう… )


‘無理’ならば日曜日に犯行を行う可能性が大になる

‘大丈夫’ならば白という可能性が大になる


…ドクンッ

手の平の血管が脈を打つ、冷や汗が手を湿らせる


いざ、返信メールを開く


-本文-

「春貴です  もし、嫌じゃなければ、適当に 春…って呼んでくれても大丈夫です、弟も…たまにそう呼んでくれてたので


あと、日曜日の夜はどうしても外せない大事な用事があるので無理そうです、すみません 」


(無理… )

決まりだ…


小さな黒い文字を何度も読み返して分析する

愛想のない文章だった


きっとその‘大事な用事’こそ、桐島さんを斬るか、もしくは殺しにいく用件なんだろう


そして、もう一つわかった事があった


それは最初の文にある

「そう呼んで‘くれてた’」という一文

無意識にでも過去形になったのだろうか?


落とした弟の携帯に、弟からの連絡は一切来ない、伝言すらないのは変だと思っていたけれど

過去形表示の弟…


あいまいな推理の中で、私はその違和感と結論にたどり着いた


(弟も…両親も… この人にはいないんじゃないかな? )


でも携帯があるということは、弟さんの身に最近で何かあったのかもしれない


とにかく、ウィッチは独りぼっちなんじゃないだろうか


また過剰な推理だった、根拠はない

でも、そんな気がした


そして確信した

三日後の日曜日、聖蹟桜ヶ丘花火大会当日、きっとその深夜


彼は、間違いなく桐島さんを斬りにやってくる…


私は、目前に迫った勝負の日をとうとう確信を持って突き止めた


……

……


(はぁ…お腹 すいた )


結果がわかると、今日一日の緊張の糸がぷつりと切れた


つい今日の冷蔵庫の中とコンダテの事なんかも考え始める


長かった一日の出来事を整理して、美弦の携帯もまた机の上に戻して


私は、一日の仕事を終えるように部屋の扉を閉めた



***

-同時刻-


「はぁ……」


俺は家に帰ってきた


酷く頭が痛い


風邪をひいたみたいだ、身体が重くてだるい、頭が熱くてぼーっとする


多分、夕方の通り雨でずぶ濡れになんかなったせいだ

相変わらず…俺の身体は弱いままだった


「はぁ… 」

本当は今日、何もかも終わらせるはずだった


ここまで準備して尾行までして、ずぶ濡れにまでなって…今日こそはやろうした事


――あいつを斬る


でも、…出来なかった


今日の夕方、降りしきる雨の中だった、あいつの家の前の茂みに身を潜めているときだった

息を殺し、両手にはメルトもメリッサも握りしめ、準備は万端だった、迷いすらなかった


斬りかかる手順も、剥き出しの殺意もしっかり持ってきた


それなのに…


-6時22分-

あいつを乗せた車が帰ってきたときだ


いきなりだった

飛び出したんだ


俺じゃない、俺より先に、あいつの前に‘子供’が飛び出してきたんだ


それは想定外の出来事だった…


乗り出した身体を寸前で引っ込め、殺気を静かに研ぎ澄ませて茂みの中で様子を伺った


道の真ん中でへたりこむ小学生に、すぐに車を降りたあいつが近づいてきた


斬れるんだ…目の前にいるんだ


勝手に出てきた子供が悪いんだ…!


一瞬でも、一緒に巻き添えに斬ってでも出ていこうか迷った

その狂った気持ちに、胸をえぐられた


出来るわけなかった、目の前のその小さな女の子の背中に、生きていた頃の美弦の優しさを重ねてしまったんだ


一瞬だけ見えたその子供の顔は、不思議なくらいの透明感と透き通った真っ白い肌をしていた

雨が滴り、肌にぴたりと張り付いた柔らかい銀色の髪、不安げにした青色の大きな純粋な瞳


斬れるわけ…なかった


予想以上に自分の異常な状態の進行に、…寒気がした


でも、俺は帰らなかった

何の手柄もなしには絶対に帰れなかったんだ


気がつけば、こそくでみっともない行為だけをしていた


ビショビショの女の子を家に入れるあいつのどさくさに紛れて、俺はみすぼらしく不法侵入なんて行為をした


カーテンの閉められた、いかにも頑丈で分厚い窓に耳を押し当てて盗み聞きをした

微かに聞こえた音を頼りに分析するに、中ではあいつと女の子が何かを話すやり取りが聞こえた


その会話で知った


「今週の日曜日、ほら、駅前で花火大会があるのは知っているかな? その日に、本当に久しぶりの休みで会う約束をしているんだ 」

あいつが嬉しそうに言った


死ねよ…むかつくんだよ、犯罪者のくせに


…日曜日だ、日曜日ならあいつを斬れるぞ


俺は急に嬉しくなった


その後、雨もあがって女の子は帰っていった、どうやら迷子の小学生だったらしい


あいつは、家の中にいたもう一人の男と話し始めた


ぺらぺらと…よくもまあこんなに苛立つ事を


それでも確信は得れた


お前が花火大会の夜、俺を待ち受けるというなら、調度いいよ…俺もお前にずっと会いたかったんだ


早く、…殺してやりたいな


壁一枚数メートルの距離


けれどこんなに頑丈そうな窓を割り、無理矢理侵入して斬りかかることは、身体の弱い俺には、悔しいけれど不可能だった

表の扉からはもっと不可能だった


というより…夜の暗闇に頼りもせず、マネージャーらしき人物もまとめて二人の成人男性相手になんて無理だ


………


だから俺は、惨めにも家に帰ってきてしまった


気がつけば、右の手の平に、爪が痛く食い込んでいた、握りこぶしを…震わせていた


そのときだ

不意に、制服のポケットに入れていた携帯電話が鳴った


(…!! )


受信は、…美弦からだった


-本文-

「こんばんは  春貴さん…で合っていたしょうか?

いきなり本題なのですが、三日後にある夏祭りの日に会えないかお聞きしたかったです

私はその日の夜は暇なので、もし都合が合えば、よかったらその日に携帯をお返ししたいと思っているのですが 春貴さんは無理でしょうか? 」


なんでよりにもよって…

花火の夜だけは無理だ

今度こそ、あいつを斬るんだ


-本文-

「もし、嫌じゃなければ、春…って呼んでくれて大丈夫です、弟も…たまにそう呼んでくれてたので


あと、日曜日の夜はどうしても外せない大事な用事があるので無理そうです、すみません 」



何言ってんだろうな…俺


どうかしてる、向こうの人間は 美弦の生まれ変わりでもないんだぞ


所詮、他人だ…赤の他人なんだよ

春って呼んでほしいなんて、おかしいじゃんか


でもただ…

美弦の携帯からメールが来ると嬉しくて、少しでも美弦の面影があってほしいなんて望んじゃう自分もいるんだ


そういう、独りぼっちの自分のささやかな救いも、図々しく求めようとなんかしたりもしたんだ


頭が痛い…


もういい、早く眠りたい


早く、終わりたい…



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