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第26話

「……着替えるなら…ここで着替えてよ… 」

張り詰めた空気、届いてしまった秘密と今の事態に不機嫌そうな低音の発声で奏ちゃんは私達に忠告と牽制をした


故に有珠ちゃんは結局その場で着替えることになってしまった


奏ちゃんからすれば、初対面のうえいきなり上がり込んできた私達なんて、追い出して当たり前の事をされたはずだった


それなのに奏ちゃんは痛みを押し殺すように平然と、ただカウンターの奥へと逃げるように戻っていった


その反応を見て此処を出ていく罪悪感は募った


けれど、有珠ちゃんが奏ちゃんといじめられていた同類だったように、私がウィッチと同類の身体が見つかったように、あの部屋に秘密があったことにも、私達は一斉に空気を消した


謝って此処を去って関わりを断ち切り、相手に孤独と痛みの存在を実感させる事ではなく


何も見なかった、何もなかった、そう自然に振る舞うことがむしろ最善であることを同時に全員が知っていたからである



「ふふっ、有珠ちゃん とっても似合っていて可愛いと思います 」

「有珠可愛いよー めっちゃアリスだよー 」

「ギリ…私服の小学生かな 」


「よかったですっ 」


有珠ちゃんは見事フリルたっぷりの水色のアリス服を着こなしていた

しかしその見た目とは裏返しに、その身にまとうモノは今から不思議の国へ迷い込むわけでもない


それはただ無情にも、小学生と名付けるための守る為の薄い鎧でしかない


「さぁ…雨も弱まったし そろそろいくか 」


灯の軽い声が戦場へ歩む合図を告げる


「あたしとゆりは携帯から聞かなきゃいけないからここに残るよ、ひよりは有珠の隠れる前の坂で議員が帰ってきたか張り込んでほしい、もし帰ってきたら茂みに隠れる有珠に電話してな、これはバイブ鳴らすだけで行けの合図ということでー 」


「そんで議員が来たら、有珠は監視カメラに不自然じゃないように、ばったり迷子として遭遇するんさー、このときにもう携帯はあたしの携帯‘お母さん’に電話中のままポケットにいれるんさよ? 中での手順は紙渡したし大丈夫さよね 」


長々と丁寧に、最終確認のように、それぞれの役割をしっかりと託した

「わかりました 」

「りょ、了解なのです 」

「わかった 」



「絶対…勝とうな 」


…ドクンッ

灯の一瞬の重苦しい一言とともに、全員が目を合わせた


負ければ終わり…でもだからこそ、私達は己の痛みと対峙する


それぞれの想いを胸に

―私達は作戦を開始した―



アリス服の上に透明のビニール製のレインコートをぶかぶかに被った有珠ちゃん

見れば、細い足は少し震えていた…

一番恐怖に苛まれている人間は誰か言うまでもなかった


横には、だっぽりしたトラウマ紺カーディガンからちょこんと出した指先に、黒色の折りたたみ傘を持つひより


そのときもまだ、灰空からは滴が降りしきる雨模様だった

後数分で闇に呑み込まれる事になるであろう街へ、失敗の許されない企みへ

助走もつけずに静かな戦場へ二人は飛び出した


また…きっと会えることを信じて


***


喫茶店で携帯の着信が鳴るのを待つという任務は緊張で血が冷たくなりそうだった

冷酷な静かさと雨音しかないなら尚更で


「ね…まさか…本当できると思ってるんだ…? 」

ふと静かな空間を裂いた声、その主はカウンターの奥にいた


今からやろうとしている私達の作戦を、先程のアレを見てしまったからなのか

追い撃ちをかけるように

まるで大人や傍観者があざ笑うかのように嫌味のきいた声で聞いてきた


「ぁぁ 」

それに灯が適当に返す


「アレは…無理… 」

皮肉を交えた声が言う

「さぁ 」


「…所詮…ボクと…同類だし… 」

「だから? 」

全く受け付けようとはしない、灯の子供みたいな返しだった


「…… 」

無垢な表情がふて腐れる、もしくはひがむみたいな表情に変わる


「始めからさ、諦めてるような人間に奇跡なんて起こせるか? 」

目の前の誰かと比較するように灯は大口で言った


「教えてやるよ お前と同じその同類が、弱っちいクズが、あがいて活躍する瞬間を 」


奏ちゃんの表情をあおるように、灯は生意気に‘お前’なんて言葉を使って意志を口にした


強がって強がって、平然と繰り返される痛みや、僅かな希望がそれを口にさせていた


「あの日描いたとてつもない夢が凄いんじゃない、夢は誰だって想像するし口にできる、ただその夢を夢じゃなく越えようとする 」

「その叶えようとすること自体が凄いんだ 」


「だからさ…お前の同類だろうが、いじめられっ子のチビが頑張ってるのは、あがいてんのは、そんだけで凄い事なんだよ 」


「……そう」

奏ちゃんは何を言うわけはなく、ただ悲しげに視界を遠くに避け縮こまった

そしてまた、無気力にパソコンとの睨めっこが始った


今のお前と有珠が違うモノだ、それを灯は遠回しに突き付けていた



***

またテーブルの上に置かれた携帯電話からの着信を待つ時間が始まる

さっきよりも気が狂いそうな不気味な静寂が室内には広がっていた


胸が塞がれるような息苦しさが不安を増す

10秒が永遠とも感じれる緊迫した時間が流れていた


早く鳴ってほしいような、鳴ってほしくないような、そんな気持ちにさせられる


灯の頼んだメロンソーダを見れば、真四角の大きな氷の塊達もすっかり溶けきってしまっていた


いつ帰ってきてもおかしくない時間

有珠ちゃんもひよりも、きっともう自分達の配置に着いている

きっとみんな、今を同じ気持ちで待っているのだろう


逃げたい…、でも、勝ちたい


家の前に隠れている有珠ちゃんからすぐに電話がかかってこないということは、やっぱりまだ家には誰も帰ってきていない事を意味していた


「……」

…ドクンッ


女の子らしいストラップ付きの灯のスライド式携帯が、このときばかりは何より怖い存在感を漂わせていた


現在時刻、6時22分

そして、ついに


――そのときはやってきてしまった


「!?ッ―― 」

目の前の携帯が、有珠ちゃんからの着信を音を立てて鳴き叫んだのだ


楽しげな最大音量の着信音は逆に私の顔を強張らせた

隣の灯がすかさず携帯を取り耳に押し当てる


「…… 」

息を殺し聞き耳をたてる、向こうにはどんな光景が広がっているのか

通話される小さな音だけでそれを把握する時間が始まった


「…… 」

雨の音、道路を踏む音、有珠ちゃんの茂みをかき分ける音もする


レインコートを脱ぎすて、勢いよく雨の降りしきる路上へ飛び出す効果音がする


そのすぐ後だった


有珠ちゃんとのタイミングを合わせたように、それは地面に鋭い摩擦音を鳴らした、急ブレーキで車が止まる音だった


と思った次の瞬間


……知らない男性の声だ


「…君? どうした? 」

想像以上に若くしっかりとした男の声だった


思わず唾を飲んだ…


「ぁ…の ま、迷子に… 」

携帯の向こうで怯えている、それも想像以上に怖がっている

しかし無惨にもその心境が逆に迷子の小学生の演技にリアリティを持たせていた


変われるものなら、本当は変わってあげたい…

でも、それじゃだめなんだ


スイミーが、有珠ちゃんがやり抜かなきゃ

――だめなんだ


ザッザッ…

携帯のボリュームが大きくなる、足音が近づいている


「小学生…かな? 」


ドクンッ…

目の前に、いる…


「は、はぃ… 」

一気に息づかいが不安になる


「ビショビショじゃないか、迷子っていうことは、お家までの帰り方は? 」


「ぐすっ、ひ、一人で、その…探検してて…っ 」

涙ぐみ震える声がする、きっと寒さのせいじゃない


「うーん、まぁ、とにかく事情は後でいいから、ちょっと雨宿りしていきなさい 」


(ッ!! )


「ありがとうございます…ごめんなさい 」


そわそわ強張る私とは正反対に、横の灯は真剣な眼差しだった


バタンッと重い扉の閉まる音と靴を脱ぐ軽い音がする


まさかこんな意図も簡単に、スルリと有珠ちゃんは他人の家へ侵入をやってのけてしまった


スイミーの能力は絶大だった


ここからが本番だ…


そしてどうやら向こうは一人ではないらしい、話し声が聞こえる、かたわらが桐島さんなのは間違いない

話しの内容からもすぐにもう一人がマネージャーや秘書の類いだと判断できた、若い声だった


いざ、これからというところだった

ふと喫茶店の扉が開く、少し足元を濡らしたひよりが帰ってきた


「有珠ちゃん、今はターゲットと接触中です 」

聞き耳をたて、静かな殺気され感じられる灯の邪魔にならないよう、ひよりは小声で言った



「こんな時間に、お家の人も心配しているだろうから 一応連絡をいれようか? 」

「だ、だいじょうぶですっ ちゃんと帰れます! 」

「でも…迷子なんだろう? 」

「帰れます! 」


「そ、そうか…、わかった 」


有珠ちゃんの演技に熱が入る

もしここで‘お母さん’の灯の電話番号や、本当の有珠ちゃん本人の自宅の電話番号など聞かれたら作戦は一瞬で台なしになってしまう


「あんな雨の中にいたんだ、さすがに寒いだろ? タオルと、ココアでも煎れてきてあげるから 君はそこで座っているといい 」


声が優しかった、クラックで見た顔写真もおおらかそうな人物だったけれど

それ以上に温もりや優しさに溢れているようだった


すぐに柔らかいタオルが肩にかかる生地の音と有珠ちゃんのココアをすする音が聞こえてくる


それらの音を聞いて自分の中の緊張も少し解けた気がした


「なんだか、君みたいな子を見ているとつい娘を思い出してしまうよ 」


「?? 娘さんがいるですか? 」


「今は…仕事でね、事情とでも言うのか、妻と娘とは別居中なんだが 会いたくなってしまうときがあるんだ 」


「同じ町に住んではいるけれど、中々会えないんだよ 」


「…… 」

「ぁ、ごめんね 私としたことが君みたいな子に何を言っているのやら 」

テレビで見るような植え付けられた議員のイメージとは違った


ウィッチのキーマンや強く怖い敵キャラとも違った

ちゃんとした、私達と同じ悩みを抱えた、30歳の年を重ねた、ひとりの人間だった


「寒くないか?、風邪でも引いたら大変だから 」


「…会わないんですか? 娘さん 」

有珠ちゃんの声がする、悲しいけれどそれは心配の類いではなかった、探り出す為の鋭い言葉に過ぎなかった


「ぇ? …ぁぁ、会うよ もうすぐね 」


「そうなんですか 」

まだ、探りを入れる


「今週の日曜日、ほら、駅前で花火大会があるのは知っているかな? その日に、本当に久しぶりの休みで会う約束をしているんだ 」

子供が週末に家族とどこかに出かけに行く約束をしているときのような、嬉しそうな声だった


「日曜日……」

おもむろにひよりが痛みを濁して呟く


(…ひよりの、日曜日 )

その単語の持つカルマを思い出した

かけがえのない大事な人との最後になるかもしれない大切な日

きっと今もひよりは決断を迷っているに違いない

またも…、それらは追い打ちをかけるように重なってしまった


「でも、駅前は今はウィッチの事件が起こったりして危ないってお母さんが言ってたです 」

きっとこのセリフもシナリオの一つなんだろう


「…連続通り魔事件か… 」

声が変わった

桐島さんは優しい質の中に悲しみに似た‘何か’を混じり濁らせたながら話した



「ビンゴだ… 」

携帯を耳にして初めて灯は声を発した

普段とは別な悪趣味な笑みが灯の口元を緩ませる



「そうだね、駅前は危ない…な 」

明らかに先程とは違う

何かを隠している弱気な声だった


そして気がつくと

外はあれだけ降っていた夕立も止んでいた

そこには代わりに、夜へと向かう薄ぐらい透き通った空が形作られようとしていた


………


そうして、迷子の小学生と名乗っ少女は、お家へと帰っていった


同情や優しさに付け込み、貴重な戦利品を手にしているとは議員からすれば知る由もなかっただろう



***


作戦は終わっていない

7時前だった、有珠ちゃんの携帯を取り残し長い盗聴は続く


まだまだ終わらせない

むしろこれからが緊迫した時間の始まりだった


もろく弱い心をもう一度奮い立たせる


「あの…桐島さん 」

「ん? なんだ? 」

議員ともうひとりの話を盗み聞きする

有珠ちゃんが置いていった携帯の近くで、ガラスの食器と飲み物をすする音がする


「その…、やっぱり日曜日なんですが、駅前には行かないほうが…、そうでなくても、最低私でも警官でも護衛に一人は側にいたほうが 」


「必要ないよ、知っているだろ、ウィッチは彼だ、既に関係のない警察官が二人も斬られているんだ、これ以上の迷惑はかけられない 」


(…彼 )

本当にこれは見つかっていないのだろうか?

そう疑いたくなるほど、今までの私達の探っていたもの達が、たった数秒の間に次々と公開されていく


「つまりは彼はターゲット以外でも自分の目的や危機には躊躇なく斬る お前も、斬られるぞ? 」


私の自宅に置きっぱなしの携帯電話の向こう

おそらく‘彼’とは、紺野 春貴

もし見つかれば、私も構わず手首を斬られてしまうのだろうか…


「そ、それでも! 桐島さんが斬られるよりは自分が斬られてでも止めたほうが 」

「そういうのはやめろ、子供の仲間内じゃあるまいし、ただ俺が苦しむ… 」


「でも、桐島さんは… 」


「それにな、これは私の問題なんだ 彼とは…遅かれ早かれ、目を見て話さなければならない 本当に、わがままばかりで悪いな 」


………


子供四人がした行為のおぞましさと罪が胸をガンガン叩いた


議員とウィッチの繋がりは結局まだわからない


ただ、私達はあの日決めた事と何ひとつ変わらない

あなたが会う日、斬られるかもしれない日


私達がすることは一つしかない


――ウィッチを必ず捕まえる―


三日後の日曜日、花火大会の日

それが私達の決戦の日だ



………


その後、取りに戻った有珠ちゃんの元に携帯は戻された


「ちょっと待ちなさい 」最初にそう深く訝しけに呼び止められた瞬間は、血の気がひいた…


けれど、灯の瞬時の判断で切られた携帯、向こうに残された画面‘お母さん’からの着信履歴を見たのか


数分後には、小学生の有珠ちゃんが無事、喫茶店に帰ってきたのだった


‘スイミー’私達の作戦が終わりを告げた


あの日決めた夢にあと少しで届きそうな気がする

私達がずっと探していたものが

こんな弱虫で臆病者の死体みたいな人間が、あと少しで本当に届きそうな気がするんだ


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