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第25話

「私じゃないよ?、私はこんな絵書けないし 」


「…でも去年 病院でお姉ちゃんに絵描いてくれた人…小林さんって 小林って苗字、貴女しか入院してない…」

ぎこちなく話し、スケッチブックを握る手にぎゅっと力が入った


「もしかしたらだけど 私のお見舞いに来てたおにぃかもしれないよ? おにぃなら美大に行ってるし絵も上手だから 」


「お兄さん……」

残念そうにさらに視線を俯かせる


「この絵ん中の人って キミのお姉ちゃんっすかー? 」

灯が身を乗り出して聞く


目の前の店員は視線を端にそらしてこくりと頷いた


その後、他のページもめくって見せてくれた


そこには、明らかにおにぃとは描いた人が違うであろう絵が何ページにもわたって描かれていた


「これを描いたのは? 」

「ボクが描いた…ずっと描いてた… でもこの絵にはなれなかった… 」


おにぃのと他の絵とは圧倒的に‘何かが’が違う

優しさというのか、穏やかさというのだろうか


「このスケッチブック お姉ちゃんからの… ボクの宝物で…」

そう言うとまたさらにスケッチブックを掴む手に力が入る


「ずっと…探してたんだ…」


「ごめん、今おにぃ家からも出かけてて 」

そう告げると、無表情のまま彼女は寂しそうな顔をした


「そういえばまだお名前を聞いていなかったのですが お伺いしてもよろしいでしょうか? 」

ひよりがさりげなく問い掛ける


「双葉… 双葉 奏…(ふたば かなで)」


やっぱり私のクラスにはいない苗字だった


「双葉さん…」

後ろにいた有珠ちゃんが何か心あたりがあるかのように呟いた

「有珠ー 知り合ぃー? 」


「ぁ…えっと、有珠も転校してきてよくは分からないですけど、クラスにずっと欠席の席があって 」


「その席の人の名前が たしか…」


「――‘双葉’って 」


「……! 」

生気のない大きなジト目が一瞬ピクリと反応した


「その…、有珠が来る前の」


‘標的’多分そう言おうとしたのだろう

ハッと有珠ちゃんが張本人を前に言葉を引っ込めた


有珠ちゃんは9月から学校に転校してきた

つまりその前まで他のターゲットがあのクラスにいてもおかしくない



「…不登校で…悪い ? 」

先程の絵のときとは打って変わり、有珠ちゃんの思わぬ失言に奏ちゃんが無表情でむっと詰まった声を放つ


しかし驚いたことに、その発言の反対に


――有珠ちゃんは笑っていた


「…大丈夫なのです 有珠も双葉さんと同じなのです 」


「今は 有珠が‘標的’なのです 」

にっこりとくだらない話しをするように、すらっと有珠ちゃんはそれを言ってのけた

いじめの対象という言葉は使わずに…


正直、私は呆然とした

あまりに綺麗すぎるその笑顔に、染みるほど胸の奥が痛くなったから


「…そう…」

あどけない少女からの現状の残酷な笑顔に、奏ちゃんもたまらず口ごもる


有珠ちゃんの以前のターゲットは、この喫茶店に制服姿のまま独り引きこもっていた

その当たり前に着ていた制服を問うことは出来なかった

ひよりのカーディガンのように、たくさんの事情を抱えているはずだから


その喫茶店では

去年、偶然にも私のトラウマの時期に、おにぃが病院で奏ちゃんのお姉さんと出会い、そして描いた絵を奏ちゃんが宝物にして、たくさんの絵を描いていた


いきさつも分からない、描く理由も私には分からない

ただ憧れか目指すものか趣味か、はたまた別の理由か


――何も分からない


ただでも、せわしなく過ぎる痛々しい日常に、こうして傷者同士が出会えた事にはきっと理由はある気がするんだ




***

時刻は6時前


「あたし メロンソーダ! 」

「奏ちゃん アイスコーヒーを一ついただけますか? 」

「にゃふ 有珠は苺ミルクをお願いしますです 」

「じゃあ、私は紅茶にしようかな 」


日だまり喫茶店の紙一枚のメニューからそれぞれ飲み物を注文する


「…うに 」

了解という意味なのだろうか

視線を外したまま、一言ぶっきらぼうにそう言っては奥のほうへ消えていった


喫茶店特有の魔法にかかったようなゆったりした時間が流れる

視線を店内のカウンター付近に向けてみる、すると


(缶スプレー?? )

プラモデルを塗装するときに使うような缶スプレーが大量に箱の中に詰め込まれていた


それだけじゃない

デッサン用具から画材、絵の具から筆、色鉛筆まで

小さなスペースにカラフルな美術道具たちが置かれていた



煎れたてのコーヒーの香りが店内に溢れたころ、少しして注文した飲み物がお客と同じ制服を着た店員によって運ばれてきた


目に映る当たり前の制服姿に対して、このとき始めて、自分達の着ているモノとは違う‘何か汚れている’遠い意味と違和感を感じたのだった


私と有珠ちゃんの頼んだ飲み物はふんわり丸いマグカップに注がれてやってきた

淡くやさしいクリームイエローが喫茶店の雰囲気にぴったり合っている

隅には猫の模様も描かれていてとっても可愛い



「…ひとつ…聞きたい 」

いきなり私のほうを向いて奏ちゃんは聞いてきた

やっぱり視線は合わない


「ん、なに? 」

私はまたてっきりおにぃの絵のことを聞かれるのだと思っていた


次の瞬間、世界は残酷にまた私を裏切った…


「……貴女 ウィッチでしょ…? 」


(!!ッ― )

その瞬間、奏ちゃんは私の左手首をグッと握ってきた


「っッ!? 」

空気が揺らぎ、身体中の血液が沸き立つような衝撃が一瞬にして走った


‘一般人に見つかった―’

その事実に全身に鳥肌が立つ


体がひしひしと音を立てて縮むような痛みが全身を潰そうとする


「ち、ちがうんだよ これは っ …どうして」

震えた自分の声に何を発しているのかさえよく分からない


―お前は見つかったんだ


平穏を引き裂く裏の声が自分自身を追い込んだ


理由が分からない、どこで…どこでだ


「…お姉ちゃんずっと前、去年 異常に身体が冷たかった女の子と一度だけ話した…って 」


「その病室だった人は一緒…絵を描いた 小林ゆり 」

「…ニュースも騒がれてる…のも一緒、異常な低体温者 小林ゆり…」


「…ずっと探してた…」

無表情な外見からじわり責め立てられる恐怖感と圧迫感が身体を締め付けた


「ぁ…ぁ… 」

どんな言葉を使って回避するべきなのか、秒針が刻々と黙りこくる私を逃げ道を封じ追い詰める


誰か…助けて…


誰も…助け…て


――そのときだった


震えきった冷たい孤独者の肩に、ふと柔らかいぬくもりを感じた


それは、灯のぬくもりだった


「残念ぶー! ゆりはウィッチじゃないんさよねーっ! 」

灯が冷静に間に入る

私と違って動揺した様子はみじんも感じさせなかった

自作の力強い雰囲気で空気を断ち切らせようとしているようだった


そして、傷口に開かれた醜い孤独者を遠ざけるように、すかさず胸に招き入れ抱きしめてくれた


「本当にゆりちゃんは通り魔ではありませんよ 」

「そうなのですっ、全然関係ないのです! 」

後に続けて二人が真っ暗な空気を塗り潰すようにフォローする


分からない、ただ泣きそうになっていた

(ありがとう、ごめん…)


不甲斐ない…愚かな自分に、救済のぬくもりに、仲間の自分を守ろうとする本気の姿に

全てが涙ぐむ材料として胸に押し寄せた



「……そう…」

未だ半信半疑の奏ちゃんの反応

それから5分くらいだろうか


唯一の証拠でもある、現在に至るまでの私達の半月の出来事を説明した

それは苦肉の選択だった


よりによってこんな赤の他人に私達の秘密を知られるわけにはいかない

でも…捕まるわけにもいかなかった


「……おもしろい 」

微かに口元をニヤつかせた


あと一歩で終わる私達を尻目に、奏ちゃんの好奇心が産声をあげた

不気味な死体の体温を持つ人間を目の前に、それが街にもう一人いる事に、それを取り巻く異様な状態に

さらにその人間を引きずり出そうとしている事に


奏ちゃんは引くどころか楽しそうにのってきたのだ

この子は…人が近づきにくい不気味な‘何か’を持っている


「奏 いいか?、絶対誰にも喋るなよ? 」

脅し付けるような口調で灯が言う


「…うむ…」


そして続けて、このあと雨が弱まってからまた危険な作戦を企てていることを伝えると

また繰り返し楽しそうに僅かに口元を少しニヤつかせた


「…議員の家…ここ出て横の高い階段から行ける… 」

ボーッとした片言でそう言うと、喫茶店の敷地の裏に長い階段がある事を伝えられた

階段を上り、坂道を真っ直ぐ進むと丘のてっぺんに続き、住宅地に辿り着けるらしい


迷い込みながらも実はかなり丘のてっぺん付近まで来ていたらしい



(…… )

私達の最重要秘密が本当に漏れないか不安だけど

多分大丈夫な気がしていた


それは多分、さっき人見知りの有珠ちゃんがこんなに話せたのと同じように、きっと同類の仲間だと認識したからなのかな


安易な考えなどではなく

この子にも…同じ同類の匂いがしたから

同じ、内側にぼろぼろの痛みがこびりついてる臭いが



「…そこいる……」

また片言に一言そう告げると、奏ちゃんはすぐ近く、画材やら缶スプレーだらけのカウンターの奥にあるイスにスッと戻り座った

パソコンの電源を付け、何か作業をし始める


そのキーボードのカチカチ音が私達の秘密を書き込んでいるのではないか、そんな不自然なネガティブな考えも頭の隅では居座っていた


「…ねぇ 灯? 」

「なんさ? 」

「作戦の事、今ここで話しても…大丈夫なのかな? 」

ひそひそ声でこっそり話しかける


「うーん、まぁ多分 大丈夫だと思う あいつはそんな気がする 」

「私もあの子は危害を及ぼさないと思います 」

「有珠もっ、きっと大丈夫な気がするです 」


四人全員、やっぱり私と同じ感情を抱いていた



そして、取り乱した出来事をまるでなかったかのように、私達は作戦の準備に入った


早く断ち切りたかったんだ、蝕む傷と…

口にせずともそれを三人とも察してくれているみたいだった


「スイミーの手順は話したし、有珠には歩きながら説明もした、携帯の細工もした あとはお着替えだな 」


そう言うと灯は大きな袋から一着の服を取り出した


空色の水色と純白とのコントラストのワンピース

丸襟とパフ袖が可愛い、丸くふんわりとしたフォルムをたっぷりのレースが包む


その服はまさに

「ちょっと待ってっっ 」

「むぁー、なんさよゆり 」

「まさかこれを着て潜入を!? 」

「ぉーっ 」

そう、それはどう見てもアリス服だった


「どこの世界に雨の中ずぶ濡れでアリス服を着て迷子になる小学生がいるのっ 」

「ここ 」

ちょこんと座り苺ミルクを飲む有珠ちゃんを指差す


(…… )

確かに、有珠ちゃんならギリギリ私服に見えない事もないかもしれないけど


「もっとちゃんとした服はなかったの? 」

「昨日考えついた作戦だったんさよ? 家に小学生みたいな、しかも有珠が着れるようなマシな服はこれしかなかったんだよー 」

「なんで逆にアリス服だけはあったのか不思議なんだけど 」


「ふふっ、まさに迷い込んだアリスですね 」

ひよりがほのぼのとする


(仕方ない… )

「えっと、有珠ちゃん、これ着てもらえるかな? 」


横では灯が誇らしげにアリス服を広げている

「了解なのですー 」

ビシッとちびっこい敬礼する


「灯さまがお着替え手伝ってやろう …ニヤリッ 」

「にゃぁーっっ 」

小さな喫茶店に賑やかな笑い声が響く


「奏ー そこの部屋借りるわー」

私達の座っているテーブルの真後ろ、小さく古びた茶色の扉がたたずんでいた

その扉を灯と有珠ちゃんが颯爽と開けようとした


「…ッ! 」

そのすぐだった


「ダ、ダメ…ッ! 」

気配もなくパソコンをいじっていた奏ちゃんが今までとは信じられないほどバタバタと取り乱した声をあげた


それとほぼ同時にカウンターから飛び出して灯と有珠ちゃんを阻止しようとする


――ガチャッ


しかし二人はすでに扉を開けた後だった


「ぁ……ぇ 」

「ふにゃっ!? 」

アリス服を片手にだらんとぶら下げたまま、扉を開け室内を覗く二人が固まった、驚いたような困惑したような声が漏れる


「「?? 」」

奏ちゃんといい、様子がおかしい二人に私とひよりが近づいてみると


そこに飛び込んできた光景は


――制服だ


三畳くらいの薄暗く狭い部屋に制服がかけられていた


しかし驚いた理由は他にある


制服だ、それも…大量の制服だった

部屋中、クローゼットみたいに両脇に制服が何着もかけられていたのである

どこかの学校のだろうか、コスプレの制服みたいなものも確認できる


一着、私も知っている制服を発見した

今年、今の女子校以外に受験した八王子の都立高校の制服だ


理解不明に不可解にたくさんの制服が小さな部屋を占領していた


「な…なにこれ…」

独特の篭った臭いが不気味さを強調させた


そして後ろから


「……なに…」

一歩、また一歩と、どす黒い声で四人に迫る


明らかに、それは見てはいけない物だった

隠した死体を他人に見つかったように、私が押し入れに隠しているリリスと同じ類いの物だ



「…制服フェチ…なんだよ…」

さっきまでの私との立場を反転し、初対面の人間に傷をえぐられた少女は、高一の女の子が発する声を崩壊させていた

代わりに、殺気めいた言葉が口先をすり抜けた


「…文句ある… ?」

白々しく開き直り、怒りに似た後悔が見え隠れする表情だ


「わ、悪ぃ 奏… 」


人生には自分じゃどうしようもない事だってある

それがこの子には、この部屋には、私達には…ある


ただのフェチなんてあるはずがない


しかしそれも謎のまま

キィィと鈍い音とともに怪物が潜む秘密の部屋は静かに閉ざされた

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