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第24話

放課後の開放感にさらされながら私達は雨雲に閉ざされた街へ飛び出した

九月の五時とは思えない不気味な暗さに微かな明かりが不安定に揺れる


校門を抜け、変わるのが遅い信号機も、いつもの小さなコンビニも、その横に広がる青々と染まったひまわり畑も抜ける


駅に続く国道の並木道、両脇に沿うアスファルトの歩道を進む


広い道路までトンネルのように覆い被さり茂る木々を見上げると、綺麗に染まった緑が風に揺られて葉の擦れる音がする

今にも雨が滴り降り注ぎそうだった


「じゃあ、有珠 まずは―― 」

左を向けば、自転車を押す灯と有珠ちゃんが小さな歩幅を合わせながら一枚の紙を見てこれからの詳細をしっかりと話している

迷子になった理由、どこの小学生か、身内や自分自身を小学生に仕立てあげる設定の嘘

入った後に上手に日時を聞き出すために質問すること、それから危ないときの回避方法


とにかくたくさんの内容を有珠ちゃんに説明し焼き付けさせているようだった


後ろを向けば、当たり前のように注意をはらって前後から来た人を慎重に避けているひよりの姿があった

普段は見られない、ひよりの日常の痛みの象徴ともとれる無意識の行動だった

だからこそ…胸の奥に切なく響いた


前を歩く私達と同じ制服を着たグループが恐らく私達とは違う本来の目的で駅に向かってちぐはぐな足音をアスファルトに鳴らせてゆく


何種類もの学生が一日を終わらせ家に帰る時間、この前に駅前を偵察したときのように聖蹟桜ヶ丘駅へと進む


「ぁ、そこ曲がってー 」


そして灯の一声でいきなり進路は右へとそれる

人と警官がひしめき合うスクランブル交差点とウィッチの犯行現場がある駅を避けるように、一歩手前の人気の少ない小道を選んだ


するとすぐに、前にずぶ濡れになって帰った線路沿いの道に出た


砂利っぽい小さな踏み切りを渡る

視界の両脇には黄色と黒の模様、手前には斜めがかった踏切注意の看板がかけられていた

途中、真ん中あたりで焼けた線路の錆びた臭いがした


こっちの町並みは実はあまり歩いた事がなかったから新鮮だった、まさに本当に街を冒険しているみたいに


それから数分、線路沿いを曲がって今度は少し上り道になった大通りをさらに直進

偶然通りかかったコンビニの扉から漂ってきた涼しい冷気の誘惑にふと足のスピードを緩めようとしたりして、少し残念に横切る


テクテク、さらに深まった掻き曇りの空と睨めっこをして、雨はもう少し待っててと短いお願いなんかもしてみる


ブラウスに少し汗が湿ったころ、ようやく駅向こうの坂の始まりにたどり着いた


‘いろは坂’

ジブリ映画でも有名な耳をすませばの舞台の坂

頂上、劇中では地球屋があるロータリーまで続く高い丘


「この丘の頂上が桐島のウチだから あと少しがんばれー 」

(まだ上るんだ… )


疲れたというより暑かった

首や額やうなじの汗を手で拭う


見上げたところで全貌が見えもしない山のような巨大な丘に一歩を進ませた


何度もS字にくねった丘を巻く急な坂道を上る


実質何度の急斜があるのかわからないけれど、今の私には本当に山を登っているような感覚だった


左に生い茂る森と、右から見える町並みの景色、タイヤの跡の残るコンクリートの道路を前のめりに身体を進ませる


作戦タイムは終わったのか、有珠ちゃんは近くの雑草に生えていた猫じゃらしを手にとって嬉しそうに鼻歌まじりに振って遊んでいた

そしてその横で辛そうに自転車を押す灯が姿があった…


ジャリッとローファーが擦り減りそうな音を立てながら必死に上った辺りで、ふと顔を上げ右を見てみると


(わぁ、もうこんなところまで来たんだ )

不意に気がつかなかった景色が目に飛び込んできた


上から見下ろした街が微かに動いている景色

街を飾るように、普段感じれなかった夕方の街に棲む小さな音達の目を癒す光景がそこには広がっていた


なんでだろう、ただそんなものに…私は感動した


長い長い坂の途中、立ち止まりふぅと胸いっぱいに深呼吸をしてみると

右に広がる木々や草、茶色い土の爽やかな懐かしい香りが鼻いっぱいに通った


本当に昔、小学生のころに靴下まで泥だらけに遊び疲れて家への帰り道には、きっとこんな香りを毎日感じていただろう日々があった事を思い出した


数本並ぶ背高泡立草のざわざわっとした音、それ以外は聞こえない静かな夏の風景にまたS字にくねる急な上り道を歩み始める

空模様はいっそどんより暗くなっていた


「はぁ…はぁ 」

渇いた息を荒くして、やっと半分弱まで上ってきた


すると、そこには小さな公園があった

‘いろは坂桜公園’


緑たっぷりの桜の木が何本も植えられている公園だった


「ちょっと休もうさぁ…っ 」

ここまで自転車を運んできたヘロヘロの灯が言う


「ふふっ、そうですね 目的地まではあと少しみたいですしちょっと休みましょうか 」


遊ぶこども達の姿もない淋しげな公園の中央に二つのブランコと塗装の剥げかけたベンチを一つ見つける


ベンチに腰掛けてみると、目の前には待ち兼ねていたと言わんばかりに、私達の住む聖蹟桜ヶ丘の光景が一望に広がっていた


高い位置から見下ろした町並みは今日は雲と同じ色をしていた

邪魔なもの一つなく取っ払って見たその景色は、いつまでも見ていても飽きないくらいに、今の私には魅力的だった


公園を出た

―まさにそのときだった


ふと肩にかかる雫を感じた

途端だった


一気にザバッと、ついに空から溜めに溜め込んだ滝のような夕立が降り出してきたのだ


「ぅわぁ 最悪だぁっ! 」

すかさず灯が首にかけていたヘッドホンをカバンにしまう


「どこか軽く雨宿り出来る場所はないでしょうか 」

「にゃーっ すごい雨ーっ 」


あわあわとしている間にも成すすべなくバケツの水をひっくり返した様な水量が降る

と同時に、降ってきた途端、何とも言えない雨の匂いが漂う


「むぁー、もうチャリ 置いてくーっ 」

小走りの灯が慌てて自転車を公園の入口に放置する

大雨の人通りもないこんな丘の公園にある自転車をわざわざ盗む輩はいるはずもない


目の前の景色がかすむ、どこを目指しているのか分からない


ただ坂道の途中、木々が生い茂った坂と坂を繋ぐショートカット用の細長い階段を見つけて駆け登る


雨宿り出来る場所を求めて雨粒降りしきる薄緑色の景色を四人は駆ける


ひよりの右足が水しぶきを跳ね上げ

爪先立ちで走る灯に見とれて

その横では有珠ちゃんの足がぱしゃぱしゃと出来たての水溜まりに小さな模様をたす


そして私達は迷い込んだ…


階段をそれ、雨粒を避けるように息をきらして脇道 裏路地に飛び込んだ

しかしその中は木々の茂みに阻まれた狭い空と雑草の滴る裏道で、急斜面の泥んこ道が広がっていた


木の葉から滴り落ちた雨粒を受けた草の匂いがいっそ私を不安にさせる

(ここは…どこだろう )


地元の人でも知っているのは分からないようなそのどんより薄暗い狭い道を抜けると


……


――喫茶店だ


目の前にぽつんと小さな空間には、むしろちゃんとお客さんを迎え入れる落ち着いた店内に仕上がっていた


そして疑問なのが

明かりは点いているのにお客さんの姿どころか店員さんの姿も見当たらないことだった


「あのー? すみません…」

灯がもう一度声を出す


「誰もいないのかな? 」

ひそひそ声で中を伺う


………


そのすぐ後だった

カウンターの奥でスッと人影が立ち上がる


「……なに…」


「ぁ… 」

驚いた

のっそり立ち上がったその店員?らしき人物は私達と同じくらいの女の子だったからだ


光のない真っ黒で無気力無表情な瞳、どこか少し不機嫌そうなアニメでしか見た事のないような、いわゆるジト目


黒髪で調えられたオカッパ風の髪型に、前髪が目の位置で綺麗に切り揃えられている

有珠ちゃんほどではないけれど、血色の感じられない肌、日光に全く当たった事がないみたいに真っ白い顔色をしていた


まるで、例えるなら黒猫のような、不思議で奇妙な雰囲気と容姿を持つ少女だった


そして何より驚いた事

――それは


私達と‘同じ制服’を着ていたことである


「……なに…」

驚いていた私達に少女が不機嫌そうにもう一度問う


「ぁ… あの もし可能でしたらタオルを貸していただけないでしょうか? それで、少しだけ雨宿りをさせていただけないでしょうか? 」

びしょ濡れの前髪を分けてひよりが戸惑いながらに言う


「………」

店員少女?は表情を変わらせることなく、無愛想に何を返事するわけでもなく、ただ私達の姿を見ていた


そして

「……拭いて…」

ゆっくりと近づき、近くにあったタオルを差し出してくれた


どうやら悪い人ではないらしい

後からさらに持ってきてくれたちょっと使い古しのタオルで濡れた身体を拭く

もちろん乾くわけもない、ただの気休めだけど、しないよりはずっといい


「ゆりー? なんか雨の勢いおさまらないし まだかなり降りそうだから 少しだけ様子見する? 」

「ぅん、そうだね まだ6時前だし少しなら大丈夫だと思う 」


そのときだった、前のジト目少女が一瞬ピクッと反応した


「それにしても まさかでしたね 」

「ふにゃぁぁ びしょびしょなのです 」


拭きながら扉の前で話す四人を、少女は警戒しているような表情で見つめていた


聖蹟桜ヶ丘女子高等学校の制服、私と同じくらいの身長で長めのスカート

どこのクラスなのだろうか

身なりからはとても先輩とは思えない


「ゆり… 小林ゆり… 」

目の前の少女が仏頂面のまま、ぽつりと呟いた


ボーッとしているだけかと思っていた私にそれは不意打ちだった

それは紛れも無い、私の名前だった


「ぇ…と 」

内心、見たこともない赤の他人に名前を呼ばれた事には驚いたという以上に少し怖かった


「ずっと…探してた…」

降りしきる雨音が不安を掻き立てるように鳴き叫ぶ


「えっと…私を? 」

少女はコクリッと頷いた


本当に心あたりがない、面識ももちろんない

言うのは悪いけど、こんな変な子と会っていれば忘れるはずがない


すると、いきなり奥から何かを持ってきた


(スケッチブック?? )

木の床を鳴らしながら少女はスケッチブックを抱えて戻ってきた


「これ…貴女が書いたんでしょ…」


静寂まじりの片言の言葉遣いでそう呟いた

今気がついたが、この子は話すときに私や皆とも視線を合わせていなかった

決まって話すときは私の視線の少し下を向いて話してきていたのである


疑問が巡る頭をいったん置いてその差し出されたスケッチブックのページを見てみると


中央に描かれた髪の長い女性、微笑む顔が綺麗

周囲を囲む柔らかい緑の色使いとぼんやりと漂う優しい空気がさらに胸をなだめさせる


私は芸術家ではないからこの絵が凄いのか平凡なのかの区別もつかない

でも純粋に、この絵を見ていると穏やかな気持ちになれた


そしてその描かれていた絵の背景はどういう事だろう

見覚えのある…病院の庭だった


それも去年、私に‘アレがあった’後に入院していた

ウィッチ…紺野 春貴も入院していた


――桜ヶ丘中央病院だった


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