表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/74

第23話

-放課後-


秋風通る夕暮れ前の4時過ぎ、部活のない生徒が下校の準備や生徒玄関へ向かうさなか

今日これで何台目だったか、パトカーの赤色のうめき声が校門の前を通りすぎる


「はぁ… 」

自分でも思ってもみなかった程の重いため息が落ちる


理由は一つしかなかった


一日中…だ

今日一日中、私達が今まで頑張ってきた事すべてが他の生徒に暇つぶしみたくネタとして話されていた


その張本人のすぐ横で

全否定して笑う者、それを軽はずみにくだらないと携帯をいじりながら小ばかにする者、言葉にも戸惑うほどの表現で罵声する者

人に真剣に嫌われるということは、身を裂かれるようにしんどい


問題は山積みで、見れば見るほど進めば進ほど苦しく追い込まれる

本当に全てを次から次へと文句を言いたくなるほどまでに


見事にボーダーラインを踏み散らかしたあげくに見た世界は

想像を超え辛いもので


またそんなため息が増えるかもしれない、また泣くかもしれない、またメールもくるだろう


窓の外を覗けばお昼過ぎからどんよりと厚い雲がぎっしりかかった空が広がる

罵声の隅にまだお昼休みの演奏の余韻が僅かに残る私を横目に、次の作戦は始まろうとしていた


現実を閉ざし、また確証のない危険に自ら足を踏み込ませる

青臭い理想を振りかざす


‘-selling day-’

苦しくても心細い不安の中で、それが死体の私の、くだらない馬鹿の唯一の活路だから


残された時間

結果を間違ったモノにされるの前に

切り開くのは誰でもない、自分達だ

本気を出せる場所がある、期待以上のえりすぐりの仲間がいる

だからこそ、作戦は怖くてワクワクする

ネガティブに不安な心と怯える脈に命令に近い衝動を噛み付かせる


最後には見事必ず笑ってやる


行くんだ

あの日約束した場所まで


そう自分に伝え聞かせると、また口元までワクワクしてる自分が完成する


………

不気味な空気に浸る孤立した教室

相変わらずこの作戦前の緊張した空気は苦手だった


「‘作戦名 スイミー’!」

一人黒板の前に立つ灯の声が大気を揺らす


(スイミー? )

イスに座る私達三人は、授業以上に溢れかえった黒板の文字をピリリと目に映したたき付けていた


「スイミーとは あの有名な絵本のスイミーの事でしょうか? 」

隣に座っていたひよりの声が灯を問う


「さすがひより 当たりっ 」

「絵本? 」

「スイミーってのはさ、その絵本の中の小さな魚の名前なんさ 」


そのすぐ後に説明口調で灯は話し始めた

「周りの魚はみんな赤い魚だったのに、スイミーだけは真っ黒色をした浮いた魚だったんさ 」


「… 」

一瞬だけ有珠ちゃんが視線をピクッと震わせた


「んで、しかじかザックリ、 大きな魚に仲間が怖がることなく自由に海を泳げるようにする為、その仲間みんなで集まって赤い大きな魚のふりをして泳ぐことを提案するんさ 」


「そこでスイミーは自分だけが周りと違う黒い魚で、でもだからこそ 自分にしかできない‘目’の役割になって  それで見事大きな魚を追っ払う、な感じの物語 」


「ぁ、そういえば 小学校の教科書に載ってた気がする 」

どこか安心する灯のザックリした説明に、ぼんやりとそんな話があったことを思い出した


「でもどうして その絵本が作戦名なのでしょうか? 」

すかさずひよりが灯に質問する


「それはなー、今日これからの作戦を‘有珠’に全く同じ役割をしてもらうからなんさ 」


「ッ…ぁぅ?! 」

不意打ちのように驚いた拍子に有珠ちゃんの声が裏返る


少しだけ、私には作戦を聞かなくても何となく作戦名の意味がわかった気がした

周囲と生活を共用する生き物の中、自分だけが周りと色が違う偏見

その存在に該当する生き物は、この部屋に一人しかいなかったから


灯は無言で黒板の空白のスペースに何かを書き始める


………


「さて、 」

灯が一息いれてまた口を動かし始める


「まずは昨日、あたしと有珠で行った偵察のこと話すね 」


「‘桐島 逸希’ひよりのクラックで盗んだ情報通り、家は駅向こうのいろは坂の頂上、丘にある住宅地の普通の一軒家だった 」


「それで? 実際に見たの? 」


「ぉぅ、有珠と家の前の雑木林に隠れて張り込みして、夕方 ほんの少しだったけど車で帰ってきた写真の人らしき人物は確認できたよ なー?」

「こくこくっ 」

同意を求められた有珠ちゃんが何度も首を縦に頷く


「そこでひらめいたんだっ 」

その口から作戦の全貌が明らかになる


「あたしらの目的はあくまでウィッチを警察より先に捕まえること、ただその単純なこと、N.M.C.の捜査状況とか内部事情も知らんぷり、ウィザードがばれるのも街の雑音も知らんぷり、被害者とウィッチの関係やルールも知らんぷり、」


「ただ一つ、ゆりの危機を晴らして、この全員でライブに行く!、そんだけの為に今この瞬間を何をするべきか 」

強い灯の声が部室に響く


「ウィッチが夜 通り魔としてこの人の前に斬りに現れる日、犯行時間、つまり議員さんがこれから近々で‘一人になる時間’を調べるんさよ それが今回の作戦 」


「そこで! それを調べる具体的な方法として、一番危険じゃない方法として、有珠に直に桐島 逸希に近づいて聞き出してもらう 」

「!?! 」

有珠ちゃんがまたもビクッとする


「有珠ちゃんが… 」


警察側がみすみす一人にしているとは思えない

ましてやその本人から斬られる日にちの確認など

不満や矛盾や不確定要素は口を開ければいくらでもある


現実的な問題は盛りだくさん、…知ってる

けれども、そんなくだらない事を今更言ってもしょうがない事も全員わかってる


それをふまえて昨日も一昨日も、現にその意見を消してここまでたどり着いてる私達がいるんだから


でも…

疑問がないわけじゃない

どうしても、横に座るちっちゃな有珠ちゃんの単独作戦には不安で心配な気持ちが募ったから


「有珠ちゃんはこの中では一番人見知りですし、灯ちゃんほどに話せないと思うのでパニックになったりした場合危険だと思うのですが、有珠ちゃんの策の理由は? 」

ひよりが冷静に述べる


「疑問は分かるよ、 なんで有珠があたしらの中の‘スイミー’なのか 」

「「??? 」」

私とひよりが首を傾げる


「有珠はぱっと見 制服着てなかったら小学生さよな? 」


「まぁ確かに有珠ちゃんは子供っぽいかもしれないけど 」

「にゃぅ… 」


「これからまた桐島の自宅の前に張り込む、そこで有珠には‘迷子の小学生’を演じて接触してもらう、有珠の能力でしか出来ない、有珠にしか出来ない作戦だ 」


ひよりの痛みの能力の次は有珠ちゃんの痛みの能力

しかもとんでもない危険な内容だった


「警官がいるかもしんない、監視カメラもあると思う、駅前の偵察もウィザードとも一緒で見つかったらもちろん一瞬で終わる 」


「けどさ、ビビッて傷つく事を恐れて100の可能性だけの事に向かったって無理なんさよ、時間制限付きのあたしらにココに座ってるだけじゃ勝てないんだよ、危険だらけの駅前に行ったり、無茶なクラッキングなんて事も、しなくちゃいけないんだ 」


単調に語ったけれど

確かに、この作戦が成功すれば一気にウィッチと接触できる可能性も高まる


ただ問題があるとすれば…

「有珠?、どうする?この作戦は有珠の気持ち次第さよ? あたしらもちゃんとサポートはする 」


………

不穏で冷たい空気が流れる

横に座り、ただ俯き考え込む小さな小さな少女


一息ついた後だった

……


「…いいですよ 大丈夫なのです 」


…普段の幼い有珠ちゃんの声質ではなかった


なんて言えばいいのだろう

まるで、自分に回ってきた危険を待ち望んでいたかのような声だ

――そして


横に座っていた有珠ちゃんは不敵に笑っていた


「有珠ならきっとそう言ってくれると思ってたよっ ずっと役に立てるのを誰より待ってたもんな 」

灯がまた笑う


「はぃ、この中で有珠だけ…ずっとお荷物な気がしていて 有珠だって危険を侵してでもゆりさんの為に 戦いたいです 」


「…… 」


「少し危ない気がしますが、有珠ちゃんが自ら望むのなら 私はもう何も言いません 」


「…でも 」

やっぱりこんなちっちゃくて幼い有珠ちゃんを見ると作戦を一人に負わせるのは抵抗があった


「なぁ ゆり 覚えてる? 」

最後まで困惑していた私を見かねてか、灯がふと黒板に書かれたルールを指差した


『 ·痛みを共有する事

 ·能力を共有する事

 ·危険を共有する事

 ·幸せを共有する事 』


「そういうことだから 」


「みんなさ、命懸けでやってんだ、ゆり…悪いけど 邪魔しないであげて 」


真剣な…強く真っ直ぐな眼差しだった

鋭い灯の言葉に、揺さぶられ納得せざるおえなかった


「…わかったよ 私ももう何も言わない 」

たった一人、取り乱している自分が馬鹿だった


思い知ってしまった

自分の有珠ちゃんに対して勝手な過保護が傷をつけている事に


有珠ちゃんだって痛みを背負った仲間だ、立派に危険地帯に立ち向かう勇気だってちゃんとある


どこかで思っていたんだ、過保護の延長線上で

…有珠ちゃんには無理なんじゃないかなって


――そんなもん噛みちがれ


仲間を信用出来ないでどうする?


「有珠ちゃん、その… がんばってね? 」

「はぃなのです 」

「あと、本当に気をつけてね? 」

「はぃなのです 」


「周りと色の違う有珠にしか出来ない、あたしらの目になってもらう 」


そう、それはまさに

‘スイミー’だった


選ばれることのなかった名前は、危険を向かいにいくように嬉しさと期待に満ちていた


守られるだけの存在は

今まさに己の痛みを武器に

――いざ、立ち上がる


……


「ひよりー ちなみにこれからの夕方の天気予報わかる? 」

灯の話しがいきなり切り替わる


「天気予報でしょうか? えっと、朝に見たニュースのでしたら、確か午後は東京の山間部でも夕立が降る予報だったと思いますが 」


外を見ればさっきよりも一段と重苦しいどんよりした雨曇が溜まりに溜まって空を隠していた


灯がガッツポーズをする


「なにがヨシッ なの? 」


「だってっ、もし家の前でこんな可愛くてちっこい小学生が座り込んでて、しかも雨でずぶ濡れなら ゆりならどうする? 」


「ぇっと、それはやっぱり家の中に入れてあげる かな 」


「だよねー、たぶん ほぼ全ての人間がそうするよな 」

「まさか それを有珠ちゃんに!? 」

「そのつもり 」

灯はまた笑う


「ずぶ濡れの迷子の小学生に化けた有珠ちゃんを家の中に侵入させて、その間に桐島さんから上手く日にちを聞き出す ということでしょうか? 」


「まぁ、そんな感じだな 」


「ちゃんと小学生っぽい服も持ってきたから 」

そう言うと、恐らく朝言っていた‘作戦の為の物’をごそごそと取り出す


「あと有珠 一つだけ 」

「ふにゃぁ? 」


「もし侵入できたら携帯電話はあたしの携帯に電話かけっぱなしにしてポケットにな? トランシーバーの代わりだからさ 」

「りょ、了解なのです 」


「それから 無事に家を出れたとき、その携帯は閉じて通話中のまま家の中に忘れていけ 盗聴器の代わりだからさ 」

「りょ、了解なのです 」


「灯ちゃん それは見つかったら…さすがに危ない気がするのですが 」

ひよりの心配そうな声が流れ落ちる


「だから一応見つかったら取りに戻る、見つからなくても30分で取りに戻る 」


「んで、有珠? 携帯に登録してあるあたしのアドレス帳の名前のとこ、 お母さん って変えといて 」

「お母さんですか?? 」


「なるほど… もし見つかったても、寸前で切れば着信履歴は、迷子の子供に電話をかけた‘母親’になるわけですね? 」


「さすが ひよりー 当たりっ 」


「まぁ、中に入って聞き出す流れとか詳しい事は歩きながら話すよ、もう家に帰ってこられてたらもともこもないし 」


「はぃっ、有珠っ 意地でも引っ張りだすですっ 」


(やっぱり…凄い )

私なんかとは全然違う

策士の戦略に、普段のギャップ驚く

くぐり抜けていける賢さと度胸とユーモア

あの日、弱者の反撃を誓った日

灯は冗談なんかじゃなかった


本当にこれっぽちの人数の能力で攻略してみせる

並外れた才能があるわけじゃない

あるのは…並外れた痛み


でもきっとこれは我らがリーダー以外には不可能な事なんだ


(やっぱり灯はすごい )


………

今にも雨が降り出しそうな空の下

それはさっきとは違い、まさに追い風に思える


有珠ちゃんと灯の楽器は部室の片隅に置いたまま


それぞれにカバンを持って、今や今やと戦場に進む緊張と勇気を高めていた

受験会場や、スポーツ選手がフィールドへ向かう前、入りたてのバイトがピーク日の仕事へ行く前


多分、そんな感じの気分だ


血が異様に冷たくなって…

胃が縮こまって、行かなくてもいいトイレへ逃げたくなる


歯茎の感覚なんて些細なものまで感じて思い出す


灯が有珠ちゃんを小学生に偽装する服装の入った袋を持ち


いざ、電気を消して部室の扉をバタンッと開ける


時計の時刻は5時前

知らない家を目指す危険な冒険は始まった


馬鹿だな…馬鹿だよね

こんなにワクワクしてる私もみんなも

あと数分後にはもしかしたら一緒にいれなくなってるかもしれないのにさ…

すごく怖い気持ちもある、有珠ちゃんへの不安や怖さも全くないと言えば嘘になる


でも―― (楽しぃ )


ねぇ 灯、これでいいんだよね?


‘I pray for the safety of the voyage’


心の中、戦場に赴く小さな戦士に ただ一つのエールを送って



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ