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第21話

-9月11日-(木)-


タイムリミット当日まで


残り -20日-


「ん… 」

窓からそっと、柔らかい銀色の朝陽がまつ毛に伸びて私は目を覚ました


夕べはあのまま編み戸も開けて、あの携帯も辺りにほおり投げて眠ってしまったらしい


「ふぁ… 」

ため息に近いあくびをこぼして、まだ残る眠気に夢見心地でベットの上にぼーっと座る

カーテンがそよ風にパタパタとなびき、光を誘うように揺れているのが見えた


その招かれたぽかぽかしたぬくもりが気持ちよくて、ついまた枕に頬を擦り寄せてしまう


そのときだった

頭に何か固い物が当たった

(?? )

ふと目線を斜め上の枕もとに向けると、昨日のあの一連の出来事‘携帯電話’が無造作に転がっていた


起きたて早々に、こめかみにシワを寄せる


なぜならその理由は

携帯のサブ画面に


‘1件の受信メール’を表示していたからである…


(…受信… )

一瞬凍り付いたような空気が部屋中を走った


心臓をキリキリと締め付ける嫌な感じ…

その携帯を静かに右手に拾いあげ、ぎこちない手つきで開けた


戸惑いながらも…、紛れも無い私宛ての、私に向けられたメールをひらく


-本文-

「すみません、拾っていただきありがとうございます、その携帯は弟のですが今は自分のです  あの…出来れば返していただけますか? 」


― …どういうこと ? ―


(…自分の…携帯 )

一連の恐怖を沸き立てるような率直でストレートな内容が滲み出る


ただ重要だったのは

私が話していた人物は‘美弦’なんて人じゃなかった事だ


私と話していたのは、去年病院で出会っていた‘春貴’という人物だったという事


(…春貴 )


けれど…冷静に考えて 普通、弟の携帯電話なんかをプロフィールも変更しないで、あまつさえそのまま使うだろうか?


そしてさらに

この男子は前のメール文からも‘返してほしい’という文脈は…警察を通さずに、きっと私との手渡しのことを言っているに違いない


最悪だ…怖い、恐ろしかった


ニュースで騒がれているような、何人もの人を斬りかかっているようが犯罪者に

もし私なんかが見つかったら、もし会ったら


私も、腕をザックリと斬りつけられちゃうのかな…?

斬り刻まれて、最後には殺されちゃうのかな…?


ただのメールだ、ただの文字を読んだだけだ

それなのに、これほどまでに…


まるで後ろから頭を鈍器で殴られたかのような強い衝撃を受けた


過剰に脳裏に黒く加速するそれは、昨日感じたウィッチに対する痛みがぶり返してきているようだった


私と一昨日ぶつかったのも…たぶん春貴

体温からの違和感

去年の病室の謎、メール文の仮説


こんな素人の推理でさえ、信じがたいくらいにそれらは綺麗に連続通り魔としての理由に縦一列に揃っていた


ただの恐怖感なんかじゃない…身の危険を感じる危機感だ


――疑惑は確信へ繋がった


半ばパニックになりかけ、一気に心拍数のあがった私は、その証拠があるかもしれない場所


受信送信ボックスに手を出そうとした


覗き見ようとしたその瞬間


(…っ )

しかし冷静に…

だからと言って誰かの他人の生きてきた記録や思い出に、土足で読み散らかすのは…理由にはならない気がした

さすがに、違う気がした


だって、私なら…他人に、灯やひよりや有珠ちゃんとの大切な話しや痛みを語り明かしたメールがあったなら、それを顔を知らない人間に覗かれたら


…悲しいに決まってる


ただ一度、胸騒ぎの響く胸に手をあて

(さすがにそんな最低行為だけは )

ゆっくりと携帯電話を閉じたのだった


すると、額のうっすら寒い汗は残ったまま、何事もなかったように静かな朝が戻ってきた


………


(…… )

でもそうだ…顔も姿も分からないこの小さな画面の向こうに


‘確かにウィッチがいる’


(ぃ、いまは置いておこう…)


鳥肌が立つような危機感と衝撃に、携帯を辺りに投げるように置いた


このことは皆には話せない

せっかく‘桐島 逸希’を見つけて私の為に頑張ってくれてる

私なんかのただの仮説や被害妄想に…灯をひよりを有珠ちゃんをまた振り回せない

ひよりに関しては…昨日の、花火大会の事も今だって考えていれはずだから


そう簡単な問題じゃないから


どこまでも引きずる私の‘カルマ’は、逃れられない位置まで迫ってきている


(この事は 黙っていよう )


……


***

私は携帯の出来事に目を背けるように、そそくさと制服に着替えると足早に階段を下りてリビングに向かった


そして、楽しみにしていたモノをつける


それこそは―‘朝のニュース’


リモコンで適当なチャンネルを押すと、すぐさま液晶テレビにいつも垂れ流しで見ている朝のニュースが映し出される


「昨日の夕方未明、東京都多摩市

聖蹟桜ヶ丘駅前で起きている連続通り魔事件を捜査中の警察特別対策本部 対.ウィッチの管理していたサーバーに何者かが侵入し、中のデータを損壊させる事件が発生しました

サーバー内に保存されていた情報の流出や捜査状況など、被害は大きく

しかしながら、高度なセキュリティ管理体制をしていたにも関わらず起こったこの事件には


警察はサイバーテロも視野にいれ、連続通り魔事件との因果関係とともに事件の全容解明の長期化が懸念されています

また、連続通り魔事件発生から一週間の日が経ち、駅前近辺の住人や公共施設からは既に不満にも近い声が聞こえてきています 」


私達がしでかした、私達の起こしていったその大きなニュースを前に、私は得意げに小さく笑ってみせた

もちろん犯罪だ…、悪いことだ、いけないことなんだ


でもそのときは、警察や関係者に対する迷惑や謝罪や罪悪感など後回しにして、笑ってみせた


ウィザードの仕業が何も見つかっていなかった事

学生、ましてや15歳の女子高生が犯人の対象になどされていなかった事


それは強く私を安心させた


……

……


テレビから離れ、洗面台の前でペッタリとくねった寝癖を直す


いつもの水玉とは気分を変えて紺のギンガムチェックのシュシュで長い髪をポニーテールに束ねて結わう


紺色チェックの制服スカートを気がつかないくらい少しだけ裾を上げ

それだけでなんだかいつもより少しだけ優越感


ネイビーの紺地に細い銀色の斜線が入った制服リボンを襟に通す

濃紺色のソックスを足に通し、学カバを肩にかけ、履き慣れたローファーを履く、携帯の時計を確認する


-7時45分-

私は今日の一日をまた始めることにした


………


青い胸を弾ませて外に出る

すぐに日光を浴びると暑さが押し寄せてくる

チョコレート色と言われる長い髪が焼き付けられる炎天下の下


小さな携帯の画面で髪の寝癖はちゃんと直ってるか角度を変えてはチェックする


………

……


***


グラウンドには朝から豪快なスイングを振りかざすソフトボール部たちの朝練の風景が広がっていた


生徒玄関でローファーを履きかえると

(もう灯 来てる )

灯のロッカーを覗いてつい嬉しくなる


キラキラと朝の陽が光る二階へ続く階段をあがり、生徒が溢れ出した廊下を進む


すると早くも、今朝の私達のニュースが速報のようにネタとして話されていた


そんな会話を盗み聞きして横切りながら、いつものように1年E組の扉を開ける


(あれ?? )

するといつもとは打って変わって

何秒待っても灯の抱き着き攻撃が降りかかることはなかった


代わりに――

一人ぼっち、端の窓辺の机にぐったりと突っ伏して

外部の雑音やクラスの会話を断絶するようにヘッドホンをする灯がそこにはいた


「うなぁ ゆりオハヨー 」

「おはよう、どうしたの? 夏バテ?? 」

灯は机から顔をあげると、シャカシャカ音の流れるヘッドホンを耳から外した


「いや~ ほら、チャリでベース背負ってきたら…あれ重くてさ、んで学カバだけカゴに入れて、さらに作戦の為の物も持ってたから しかもしかも…今さっき4階の部室まで行ってそれ置いてきて  もう灯さん朝から肩が痛々しいんさ… 」


(作戦の為?? )

「朝からお疲れ様っ、でも そういえば 昨日、有珠ちゃんと自分のギターとかベース持ってくるって約束してたもんね 」


「疲れたぬー、つか…しかも相変わらずあぢーし、テンション下がるぅ 」

「ほら頑張ってっ 」

半透明の赤下敷きで灯を扇いであげる

「ふなぁ~ ゆりアリガトー …でも生ぬるい 」


……

「じゃあ、はいっ 」

私は机にへばる灯に、後ろから両手をその柔らかい頬っぺたにピタッと押し付ける

「なは~っ、ゆりの手ひんやりだー 気持ちぃー 」


「ふふ、よかった 」

痛みも…こういう使い方があるなら、嫌なことばかりじゃない

……

クラスの中でも耳を傾ければ、こんな暑い朝にも関わらずまたハッカーとウィッチの話題をおもしろがって話すグループがちらほらいた


………

「ぇ!? 違うの? 」

「だからー ただウィッチがハッキングしたんでしょー 」

「てか、正直どうでもいいよね 」

「ねー だから そんなことより―― 」

「はぁ、暑いー…~ 」


―――


そんなクラスを眺めていると

一瞬こちらを向いたクラスメイトと視線が合った

「!?っ 」


また…冷たい視線が注がれた


そしてそれはまるで‘何事もなかったかのように’グループの輪に戻り何かを話し始めたのだった


(…… )

そんな小さな傷に、私はまたこめかみにシワを寄せた…

だから…、私だって何事もなかったように前の席の友達に話しかけた


「ねぇ 灯ー? 」

「うなー? 」

「後ろ髪 ぴょこんって跳ねてるね 」

可愛いく跳ねた毛先を後ろからいじる


「むー しゃーないだろ くせっ毛なんさよー …イジイジ」

「うん、知ってるっ 」


珍しく机にへたる灯をいじる


(可愛ぃ )

たまに大きなあくびをするぐだぐだで可愛い仕草に つい胸がキュンとなる


「 …てかさっ、毎回思ってたんだけど、そんなゆりばっかいつも後ろからあたしのこと見てて、ズルイ気がするんさよね 」


「ず、ずるくないよっ…別に 」

あくびをしていた灯がいきなり後ろを向いてグイッと身を乗り出してきた


「じゃぁ はぃっ! 提案っ」

「?? 提案? 」

こういうときは必ず何か変な提案が来るに決まっている


「一時間目の授業数学だし、きっとばれないからさ 一回 席交換してみなぃー? 」

(…やっぱり )


「まぁ、あの先生ならきっと一時間平気で気がつかないかもしれないけど… 」

「でしょっ 一回やってみたかったんだー♪ 」


「…でも、絶対変なことするでしょ? 」

「しないっしないっ ちゃんとするから 」

「…本当に? 」

「ホントっ! 」

「……じー 」


「ゆりぃ…こんなにお願いしてる灯のこと 信じてくれないのかぁ…? …ウルウルッ 」


(ぅ…っ// )

下からの悲しげな上目使いで私を見上げて、とっても切なそうに眉尻がシュンと下がって寂しげな表情をする


「…ゆりぃ …めっ? 」

(ぅ…っ// )

さすがにその耐え難い表情には勝てなかった


「わ、わかった…っ わかったからっ それやめてっ 交換していいから 」

「しゃーっ!   …ニヤリッ 」


(ぅぅ… 本当に意思弱いなぁ… )


………

……

朝のホームルームが終わり



***


-1時間目-授業 -数学-


(ぅぅ…~ )

そして現在、私は約束通り灯の席に座って授業を受けている


数学の先生はいつ見ていて気弱そうな背の小さな女の先生で

生徒を指して答えさせたりするようなタイプの教師じゃない


(きっと見つかるような事はないと思うけど )


問題は…私の後ろの少女にある

「はぁ…はぁ ゆりの机… 」

後ろからは、始まってすぐから荒い息やら危ない声が聞こえてくる…


(き、気にしないことにしよぅ )


それにしても、あらためて灯の机を見渡すと…

あちらこちらに意味不明の落書きがある

唯一理解できたものは

何やら難しい数式が書かれているのと、BUMP OF CHICKEN -sailing day- の歌詞がびっしりと書かれているだけだった


そして左上の角には小さな穴が空いている

これは知っている、昔一学期に灯がお菓子の包み紙をここをごみ箱のようにして突っ込んでいたのを見たことがある


そんな懐かしい思い出に浸っているときだった

ふと背中に温かいぬくもりを覚えたのだった


それは紛れも無い、灯の指のぬくもり


「ゆり…ごめん やっぱり理性抑えられそうになぃ… 」

(…っ!! )


灯は小声でそう言うと、背中に感じていた感触がゆっくり動き始める

「…ゆりぃ 」

灯が背中をいやらしい指の手つきでつーっとしてくる


(!!… く、くすぐったいよぅ 灯ぃ )


「…ゆりぃ 」

そんな心の嘆きも届くはずもなく、ゆっくりとその指は上へ向かい、そして私の結わいた髪をつつくようにいじりだす

右に左に指を絡めるようにフリフリといたぶり堪能する


(灯ぃ だめだってばぁ…~ )


じわりと伝わる灯の指先の感覚に堪えられなくなり

「はぁ…はぁ ゆり 」


(もぅ…ばかっ )


そして― お仕置きを決行する

ポケットに入っていた携帯を取り出し、灯のアドレスに電話をかける

(灯…お仕置き )


すると… すぐに


~ッ!♪~!♪~♪ッ!!


「なっ!! 」

黒板に文字を書く音以外になかった静かな教室に

音量最大の sailing day の着信音が響き渡る

もちろん、私の後ろの少女から


一斉にクラス中の生徒の視線をバッと集め騒然とする、さすがに普段弱気な先生も灯に歩み寄ってくる


「雪村さん? ちょっと…」


「こ、これはっっ その…っ 」

――

あまりにおどおどしたその可愛い声の主に

私はもう一つ -反撃-をした


数式を書きつづっていたノートをやめ、一番始めの‘白紙’のページを開く


そして――

いつもペンケースに入れている‘ある魔法道具’に手に持つ


―白えんぴつを握り

白紙いっぱいに、貴女に向けた想いを

大きく大きな手作りの四文字で静かに送る


(…// )

自分ながらに、こうやっていつも恥ずかしくなる


だって―

もう数え切れないくらい その白紙のページには想いが書かれているから


………

そうして授業が終わって席を戻したときだった


私の机の端に、灯の丸い女の子らしぃ字で落書きがあったんだ


―‘だいすき’―


「! …っ// 」

たちまちカァーっと頬っぺたがあつくなる気がした


(授業中、書いたのかな )

そんな夢のような可愛いらしい落書きに、つい自分の席に座って笑みをこぼしてしまった


幸せ色の、思わぬ大切な貴女からのプレゼント


私は消しゴムを持つ代わりに、その下に‘白紙いっぱいの白紙’を並べてみた


それだけで、特別 胸の中が幸せな気持ちでいっぱいに溢れる気がした


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