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第19話

日も落ちかけた夕暮れの帰り道

校門の左右に建つレンガ積みの門柱で少女は足を止める


夕日に染まり俯き立ちふける少年

ザッと…ローファーとアスファルトが擦れる鈍い音がした


「…たくみ… 」

気付いた少女は口ごもりに言う…

無駄に取り繕ったように顔を俯かせ前髪を伏せる


カナカナカナ――

辺りの林内から物悲しさを感じさせる鳴き声

気温も下がり、袖に初秋の気配を伺わせる涼しい風がスルリと通り過ぎる


(……ひより )


日暮れ空には低くぼんやりとだまになったモクモクの積雲

その抽象画のようにぼやけた淡い灰色がどこか寂しく空に浮かぶ

灰色に包まれた一日がまた沈むように、夕焼けが小さく遠くの西の空を紅く染めていた


どことなく寂しいそんな風景が、瞬きをするたびに形を変えていった…


(……… )

前の二人の関係は、こんな重苦しい様子を見せられればどれだけ鈍い私にももちろん想像はついた


ぎこちなさそうに立ち尽くす二人の後ろ、置き去りにされた私は…

そのまま通過して帰宅出来るわけもなく


静かに…

自分なりの気を使ったつもりで、辺りの夕陰に身を離した


……

和らいだ風が緑を揺らすと、草の青い匂いが鼻を伝う

近くの木から響くひぐらしのカナカナ声がうっとうしくて、今の二人の会話も姿も確認することが出来ない


………

だから私は、一瞬だけ目に映った今さっきの光景を鮮明に思い出そうとした


(たくみ…)

ひよりがそう呼んだ男子の制服は、確かウィザードで調べたあの駅向こうの聖蹟桜ヶ丘男子高校の制服だった

高い身長にスラッとした華奢な細身、ワイシャツをスラックスの中にしまって、ショートの真っ黒いストレートの髪に綺麗な黒目、自然に整えられた細い眉毛

男らしいシャープなあごがかっこよくて、真面目そうな印象だった


―――


………

……


カナカナカナ ――


(…… 私が緊張してどうするの…っ )

鳴り響くセミの音に、意味もなくそわそわ落ち着きなく辺りをうろちょろ動く


……



***

(もぅ…5分くらいかな )


二人の確認も出来ずにぼーっと陰で突っ立ったまま

まだ話しているのか、もしかして二人で帰ったりしたのか

焦れる気持ちを抑え切れずにそーっと校門のレンガから覗こうとした

(……ゴクリッ )


まさに そのときだった…!


瞬間的にバッと何かが私に覆い被さるようにして前を走り抜けた

(…ッ!? )


慌てて校舎側を振り向いた時


(ぇ? … )

紺色のカーディガンと長い髪をくしゃくしゃに揺らし走る人の姿

紛れも無い…


それは‘ひより’だった


原因不明の事態にとっさに校門のほうも振り返って見る

……が


そこにはさっきの男子の姿も消えた後、まるで何事もなかったかのように静かな町並みが佇むだけだった

チカチカと音を立てながら点き始めた電信柱の街頭の灯りだけ


(違うっ それより ひよりが…っ )

あまりにいきなりの急な事に思わず今の現状の理由にも困惑しながら、私も校舎へ向けて走り出した


「…… 」

肉眼で暗い生徒玄関を確認する


蹴っ飛ばしたかのように雑に脱いだローファーがポツリと二足

ひよりのロッカーには上履きが入ったまま…


「ひより… 」

あのひよりが素足のまま、汚れた廊下を走って行く校内の場所…


(あそこしかなぃ… )


うっすら不気味に暗い階段を上る、異様に静かな情景に自分の足音でさえ不安にさせる…

そして、ひよりの今の顔が怖かった…


4階に着いて、軽音楽部部室の扉を開ける

キィ…と鈍い音を校内に響かせる


(扉が…開いてる )

ひよりがさっき閉めたはずの扉が開いていた


「ひ…より…? 」

顔だけをひょっこり出して見渡すも、部室には生き物の気配一つすらも感じられなかった


ただ太陽の行方を4本の小さなひまわりが追いかけ、部屋に篭った微かな残暑の匂いが鼻へと伝うだけ


(…… )

ゴクリッ…


未だに状況が掴めないまま、私は部屋の中へと足を沈ませた

音を立てないよう、そっと部室の奥の古い鉄錆び臭い扉を開けた

そう…そこは、私達の隠れスポットでもある、剥き出しの高い空に続くコンクリート製の非常階段


しかしその瞬間…

厚い扉一枚越しに涙の落ちる音が聞こえた気がした


(……! )

慌てて熱いドアノブを握りしめ、思いきってその扉を開けると


「ひ…より? 」


そこには…

9月の朱色に染まり、体育座りをして膝を抱えて縮こまる

…苦しそうな息と鳴咽を必死に堪えて震わしている彼女の姿があった


古びたコンクリートに片足だけを踏み込んだまま… 私は止まってしまった


―― どうして泣いているの?

―― あの人は誰?

―― 大丈夫?


…違う どれも独りぼっちの泣きっ面な彼女に伝える言葉じゃない…


………

ひよりは何も…、何も言うわけでもなく、何を話すわけでもなく、ただ俯いて鳴咽混じりの呼吸を辛そうに堪え続けていた


―― 堪えている

そんな姿になっている訳は、たぶん追いかけてきた邪魔な私が此処にいるからだよね…?


(……ごめん )


自分が今ココで何をすべきなのか分からなかった…


――だから

ただ突っ立ったままの身体を、せめてその背の高い膝をかかえた人影の横に並ばせた…


(震えてる… )


こんなに近くにいるのに、その身体は…

私から抱きしめてあげることも、手を握ってあげることも出来なくて


ただ…もどかしく

影を並ばせたままの時間を過ごした


………

……



***


「…すみません、落ち着きました、もう大丈夫ですから… 」


そう言ったのは、今日二度目の少女の泣き顔を見たときだった

涙ぐむ瞳が夕日に照らされて、四角いコンクリートの階段で横に座る少女は深く息をついた


……

それから一度だけ目を擦って、ひよりは口を開けた

「もう、わかってしまいましたよね、あれは……」


「一年前の…‘私の元彼氏です’」


「…うん 」

もちろん分かっていた

真面目そうな、でも一途で優しそうな

ひよりとの出来事を聞いていなければ…ただ私の見た印象や雰囲気はそんな男の子だった


ひよりから聞いた、去年の秘密、その身体の秘密、ウィザードの秘密

全ての今のひよりへ通じる人物…


「ずるいですよね…せっかく… ‘今の今’私は皆さんの為にウィザードとして罪を犯すと決めたばっかりなのに、 過去とは別れると…割り切ったばっかりなのに…」


「なのに…ずるずると今更やってきて 靴下まで…ッ 」

「ぇ…靴下?? 」

いきなり何を言い出すのかと思った


「去年のクリスマスに私がプレゼントした靴下です…」

「それを、さっき履いてたの? 」

……

「馬鹿ですよね、普通なら…元カノから頂いた物なんて捨てますよね 一年も経っているのに 」


(…… )

ひよりは悔しそうにスカートの裾をぐっと握りしめた


「ひより…さっき校門で何か言われたの? 」

……

そう問いかけると、ひよりはまた少し俯いて

そして小さく口を開いた


「いきなりですよ…本当にいきなり、この街から引っ越すことになったと言われたんです 」


「引っ越す… 」

ひよりはまだ、あの人とは正式に別れはしていないってお昼に言っていた

その意味はつまり…


「だから今週の日曜日…花火大会の日に最後に一緒に会えないかって…、もう引っ越すのはその翌日だからって… 」


「それってつまり、またひよりと寄りを戻したいって」


「卑怯ですよ…ッ 私はこんな身体にまでなって、こんなに…大変な思いをしていたのに、今更… 」


それは、向こうもきっと同じだよ

けれど…その言葉が口から出ることはなかった


なぜなら

初対面のあの人に、ひよりが好きだった人に

…ひよりを‘あんなにした’張本人に

私は憎いくらいな感情を抱いていたから…


「もう私達は、去年の夏に途切れてしまったんです、あの人のために笑うはずでした、ずっと笑っていたくて…」

「だからウィザードなんていう過ちを侵して…でも、それでも駄目で、1年もの間に私達は逸れて、今更… 」


ひよりが今、私や皆の為にがんばろうと努力している事が

過去を乗り切ろうとしている事が

…近くにいた自分には、こんなにも胸を締め付けた


それでも彼の気持ちもまた、まだ…ひよりと一緒にいたいと、常識を無視してでも、痛みをえぐってでも

想ったんじゃないのだろうか…


彼のこの街の最後に、思い浮かべた人だったんじゃないだろう


「ひよりは…花火大会 行くの? 」

「わかりません…わからないですよ 」


「そう…だよね、 ごめん 」


……

「本当にこの一年間は、頑張っているつもりでも、私のすることなすこと何をしても全てダメだダメだって周りにも言われている気がしていて…」


「私は…何をどうすればいいのでしょうか? 」


「…… 」

正解が、答が、今の私には見つからなかった…


……

……

口ごもった私を見兼ねたのだろうか

ひよりは話を割り切るように、口調を変えて言った


「ねぇ、ゆりちゃん… 」

「?? 」


「【カルマの法則】って…信じますか? 」

ひよりは一つ金色の星が上がり始めた空を見上げて、いきなりそんなことを言った


「カルマの?? …ごめん 分からない…かも」


「“カルマの法則”とはですね、私がこの街で生きてきてずっと感じる法則、この街の‘カラクリ’だと思っている事です 」


……

「少し、長話をしてしまうかもしれませんが…いいでしょうか? 」

「ぁ、ぅん… 」


そう言ってひよりは、元カレとの話しを避けるように話題を変えた


……

「カルマの法則とは―

簡単に言いますと

―‘自分の成した行為は必ず自分に帰ってくるということです’― 」


「…?? 自分の成した行為? 」


「内にあるのを【因<hetu 原因>】

外にあるのを【縁<pratyaya 条件>】

因と縁が揃ったときにもたらされるものを【果<phala 結果>】と言いまして


傷つけたと言う【原因】から、そのカルマを消化する為の【縁】が生じ、傷つけられるという【結果】を招き、初めてカルマは消化されます


【縁】を変えて【結果】を避けたとしても【原因】が消化されない限り…

何度でも、その人間には【縁】が生じて、必ず【結果】を招きます

‘誰かを傷つけたら、同様に傷つけられるまでカルマは消えない’

私が信じるカルマの法則とは…こういうことです  」


「ぇっと…なんだか難しいね 」

宗教のようなモノなのだろうか


「簡単な事ですよ、例えば…、ゆりちゃんが誰かに悪口を言ったら【原因】その人はゆりちゃんに怒りや悲しみを抱きますよね【縁】

そしてその人は、次にゆりちゃんに会うときには、不快感や嫌いになるかもしれませんよね?【結果】

これが、簡単なカルマの法則です 」


「ぅーん、何となく…わかったかも 」


……

そして悲しそうなための後で…

「だからきっとこれも、私のずっと重ねてきてしまったカルマの罰なのかもしれません…」


ひよりの抱えてきたカルマ

失恋、ウィザード、接触障害、他だってあるかもしれない


ひよりの言うカルマの法則で言うならば…

確かに、私達が今苦しんで戦っている、この街を包んでいるモノ自体なのかもしれなぃ…


私自身のカルマの重さを思うと、無理にでも自業自得にそう思ってしまった


「もう私たちは二度と会えない、会わないと思ってきたのに 」


「もし違ったらごめん、でも…」

ずっと迷っていた事をひよりに告げた


「もし‘迷っているなら’私は会うべきだと思う 」


………


「…花火大会は  …考えます 」

ひよりは最後にそう小さく呟いた


そのとき長い影が揺らいだ気がした

それに続くようにして、横の小さな影も微かに揺らいだ


―――

「ぅん…大丈夫だよ ひより 」

肌に触れずに、私はひよりを精一杯に抱きしめた

せめて、この悲しみが悲しみでなどで終わらないように


暮れた階段の隅、横に座る背の高い彼女は最後に言った

このことは灯にも有珠ちゃんにも秘密にしてほしいと


誰も、きっと迷惑だなんて思わないのに


それでも違う、他の理由もあったんだと思う…

チームの為、私の為、彼の為…、自分の為

ただひよりは、言わないでほしいとだけ私に告げた



……

……


***

そうして私とひよりは、長かった一日を終わることにした


気付いたことは、もう学校の門が閉まる7時ギリギリまで私達は話し合っていた事と、右の二の腕が蚊に刺されていたことくらい


………


私とひよりは校門で、お互いの視線を離して、私は彼女の長い影を背に、夕日を背にして  

――帰ったのだった



***

……

ウィザードの件 ニュースやネットではどうなっているんだろう

ウィッチはどう思っているのだろう

灯と有珠ちゃんの偵察は、しっかり果たせたのだろうか


そして…今頃ひよりは

彼との花火の約束を、一人考えているのだろうか


……

誰もいない家へ、晩ご飯を買ったコンビニ帰りの夜空を見上げ


空いっぱいのひよりの携帯と同時に、私は思い出していた


…私の部屋に残された、ある一つの‘カルマ’を


あの‘携帯電話’の存在を


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