第18話
部活動以外の生徒がほとんど下校した後の校舎は、なんとも昼休みとは変わって淋しい
紅色が焦げたような西日が校舎のコンクールを当て付け、影が出来た静かな廊下には年期の入った亀裂に暗い斜陽が積もる
暮れたオレンジをおびた部室の窓辺には、ついさっきまで作戦を行っていたひよりがまだパソコンと睨めっこをしている
……
クラックには後始末も必要なのだとか、隠蔽作業だとか
私にはよく分からない言葉を飛び交えさせながら、ひよりはまた黙々とキーボードを叩く
いつもとは違い、ぼたついたカーディガンや印象の悪い黒ぶちの眼鏡、地味で根暗な前髪の防御を外した少女の姿
下着のラインをくっきりと透かしてしまうほどにくしゃりと汗で肌に張り付いた真っ白のブラウスを見て思う
季節外れなカーディガンの上からではわからなかった、ハイウエスト寄りのスカートで引き締まった細いウエスト、けれどもふくよかな胸、血色のいい淡い肌色
9月の鮮やかな夕日に照らされたその少女の姿は、普段の地味な印象とはまるで真逆で…
けれども目の前の‘それ’こそが
本来あるべき本当の姿だった
……
―――
灯はというと、先程、アイスを買いに前のコンビニに自由行動中
そして有珠ちゃんは
また影が出来た部屋の隅っこに一人
その柔らかそうな銀色の前髪を邪魔にならないよう、片側にヘアピンで斜め前髪に止めて、黙々て学校用ギターを熱心に弾いていた
……
授業も終わって、校舎の大半が私達だけの物になったような気が出来るこの時間帯は地味に好きだった
(…… )
しかしながら、冷静にそんな静かな校舎の最上階高く、銀光りする生温い窓の隅に手をかけてひしひしと胸に思う…
窓の外に毎日変わらず続く見慣れた茜がかった街、俯き下を向けばパサついた砂がグラウンドを舞う
……
「ねぇ、ひより? 」
こんな空間が、目の前からまた消えてしまうかもしれない ――
途切れる、ちぎれることが、……私は怖い
「はい、なんでしょうか ゆりちゃん? 」
……
「その、ひよりのことだから大丈夫だとは思うんだけど… 」
「はい? 」
一つの疑問を聞かずにはいられなかった…
「さっきひよりは…‘これが’‘ウィザードのやり方’って言ってたけど」
「はい、言いましたね 」
「それってことは、去年に騒がれたウィザードと同じやり口だから… ウィザードの仕業だって、N.M.C.にもばれないかな? 」
「一応ですが、一度使用したウイルスやツールはもちろん使っていません、しかし確かにゆりちゃんの言うように、最終的にサイトを完全に破壊すウィザードのやり方は去年と同じですね 」
「それって…大丈夫なのかな? 」
「今まで見つかっていないから大丈夫、とは楽観的に軽視な考えは言いませんが、見つからないようにあらゆる方法は尽くしました それは去年よりも確かに高度にです 」
……
「そっか 」
「ですが ただ… 」
(…?)
「ただ?? 」
「恐らく、ウィザードの仕業という事は見つかってしまうと思います ウィッチか、もしくは新たな第三者か、それは向こうにも把握は出来ないと思います、ですが、警備や捜査が強化される事は間違いないと思います 」
「ぅん… 」
「問題は、ウィザードが学生ではないかと、薄々感づかれるかもしれない事です、監視カメラのウィッチの姿からなら十分に学生の線でも捜査される可能性は十分にあります 」
「でも、ひよりなら絶対ボロは出さないって思う 」
「いえ、ウィザードなどは関係なく…ただウィッチがクラックした場合で捜査されてたならどうでしょうか? 」
「…?? 」
「学生、もし女子も捜査対象になってしまったのなら、ウィザード→ウィッチ→ゆりちゃん と繋がる危険性が非常に高くなってしまうんです 学校にはまだ捜査のメスは入っていませんが… もし校門で体温検査でもされれば… 」
(…… )
「でも…大丈夫 」
「?ゆりちゃん?? 」
「そのときは、また灯にも考えてもらう、これまでだって四人で乗り気ってきた だから大丈夫、ひよりのした事は間違ってる事だけど間違ってない 」
窓に手をかけて、私はそんな…根気のない当て付けた自信を口にした
「そうですね… ありがとうございます ゆりちゃん 」
それでも視線を合わせずとも、ひよりは笑ってくれた
そしてその…傷ひとつない綺麗な傷だらけの手のひらで、日に照らされ私の茶色がかった黒髪を
―― 優しく 撫でてくれた
………
……
***
「今 帰ったぞーっ !! 」
(ビクッ!? )
「ぁ、灯ちゃん お帰りなさい 」
「おかえりなさぃなのです 」
有珠ちゃんがギターを肩から下ろして灯のほうにとことこ歩いてくる
「ぉー ただいまさー つかあぢー 下敷きどこだっけ…」
そして部室中央に囲い向かい合った4つの机にそれぞれ腰を下ろす
「アイス買ってくるだけには遅かったね 」
「そうなんさよーっ アイス買うついでに雑誌んとこ見たら あたしらが行くBUMPのツアーの記事が載っててさ つい立ち読みして買ってきてしまったっ 」
暑そうに下敷きで扇ぎながら、そう照れぎみに雑誌を机の上に置く灯
「あれ?? 灯 ビニール袋は? 」
「ふみゅ? ぃやー だって朝にゆりがコンビニの袋はなるべく貰うなって 」
(ッ!? )
いきなりそんなニコッと嬉しそうに頬を染めて笑うもんだから
(ぅ… )
変に照れてしまった
「そ、そうだね… 偉いね灯は ッ// 」
たまに見せる子供のような純粋な灯の一面につい顔が赤くなる
知らぬまに脈がスピードを上げていた
30度の身体も、照れれば頬っぺたは熱くなるのだ…
――
「ぁ、んで アイス買ってきたからー ちょうど4本入りの買ってきたぉー じゃんっ、ガリガリ君です! 」
「あら、懐かしいですね、ありがとうございます 」
「でしょー♪ 」
「灯さん、ありがとうなのですっ 一本いただくです 」
「いただくね 灯 」
それぞれ一本ずつ箱から取り出す
「えぃッ 」
――パンッ!
(…… )
横には、楽しそうにアイスのビニールの袋を手で潰して開けている灯がいた
………
そうしてソーダ味のガリガリ君を口に含ませながら
机4つを1にして、1の音楽雑誌に4は囲み、BUMP OF CHICKENの記事を読んだ
「やっぱりライブめっちゃいいなーっ 」
「アルバムの最初のメーデーのところとかは、やっぱり始まりどんなふうなんだろうね 」
「ライブなんて初めてですので、音も凄そうですよね 」
「にゃふー、人がいっぱいいるですよねっ 」
「アンコールはダンデライオンとか聞きたいな 」
全員がただ言いたいを事を言って、全員がそこにある目標を見つめて嬉しくて笑っていた
……
半分くらい食べた後、机の木目にソーダ味の雫を落として話す5時過ぎの放課後
―――
「ぁ、ねぇねぇゆり 」
「? なぁに 灯? 」
「BUMPんとこじゃないけど 後ろのページにさ 」
「んー? 」
「9月ラストの夏イベントってページがあったんだけど… 」
「ぅん? 」
「聖蹟桜ヶ丘、今週の日曜日に駅前のあの川で花火大会があるっぽいよ? ここー 小さくだけど書いてある 」
そう言うと灯は雑誌の隅を指差した
「ぁー、へー、9月でもまだお祭りとかあるんだね 」
雑誌に掲載されていた写真には、いつもの駅前からあがる大玉の花火が載っていた
……
「まぁ…めっちゃ人も来るだろうし、警察とかも凄そうだし、第一…あたしらにはタイムリミットも迫ってるから無理な話なんだけどさね 」
「…だね、 でもほら 私達には本元のライブがあるからねっ、 花火大会は…来年にでも、四人で行けたらいいね 」
四人で……
………
……
「ねぇ、有珠ー? ちょっとひとつ聞いていいか?」
「にゃにゃ?? 」
灯がイスに座りながら奥にいた有珠ちゃんに声をかける
「有珠ってギターやってたって事はさ、もちろんギター持ってるんでしょ? 」
「…ぇっと、はぃ 一応 」
「あたしも実はウチにベース一本あってさ、まぁ…有珠ほどうまくはないんさけど 」
「はい? 」
有珠ちゃんが首を傾げる
「だから、有珠は明日から自分のギター持ってきて、その学校のギターは部活動的にゆりかひよりに貸してあげれない? 」
「…ぁ、はぃ 大丈夫です 」
「一応表向きの部活動の建前として、あたしもベース持ってくるぬーっ、ちゃんと練習しておかなければ 」
「それになっ、実はこっそりオリジナル曲作成中なんさーっ 」
「にゃふーっ、灯さん すごいのです 」
BUMPの影響か、軽音楽部としての活動の為か
灯は嬉しそうに口元を緩めて笑った
………
……
静かに流れる時間
窓に手をかけて夕涼み
(9月の残暑も、もうあと少しかな… )
首筋に感じる風を受けて染まる街に浸る
見飽きるほど眺めた街がいつの間にか、今日も悲しい色へと染まり始めていた…
……
「さてと… 」
「?? ひより 」
パソコンと睨めっこしていたひよりはおもむろにイスにかけてあったカーディガンを手に取る
「ありゅー? ひよりまたカーディガン着ちゃうのかー? 」
ヘッドホンをしてチュッパチャップスを口に入れて遊んでいた灯が言う
「はい、だってクラックは終わりましたから 」
「えーっ、もっとひよりの珍しい夏服姿を見てたかったー 」
そう言いつつ、灯の官能的なエロ目線がひよりの身体を下から上へとなめ回す…
「ひよりってさ、普段わかんないけど 地味に隠れ巨乳さよね …ニヤリッ 」
「…/// 」
自重しないそのセクハラ発言に、むしろ無言で一気にカーディガンを着込むひより、黒ぶちの眼鏡をし、また前髪で瞳を隠す…
「ぁ~ぁ、残念ぬーっ もっと目の保養にしたかった 揉めないのはもっと残念だけど… 」
ひより… 痛みを含めて色々と大変だね…
……
「さて、よいしょっと 」
ふと、灯が立ち上がり学生カバンを肩にかける
「あれ、灯…帰る? 」
「いや、ちょっとひよりの今日のあれで新しい作戦が出来ちゃったから、今日中にやっとかないとって… 」
「新しい作戦って? 」
「やっと手掛かりを見つけることができた、多摩市議会議員…‘桐島 逸希’次にウィッチに斬られる可能性のある人、ファイルに書いてあった住所を下見してくるよ 」
「灯ちゃん…下見とはいえ十分に気をつけてくださいね? ファイルに書かれていたくらいなんですから、きっと警察側もすでに護衛しているはずです 」
ひよりが不安げに口を挟む
「大丈夫さよ、次の作戦の為のただ偵察だし…それに‘ゆりがいなかったら’あたしはただの女子高生だからねっ 何も捕まる理由がない 」
(…… )
「灯…ごめん … 」
「ぁ! 違うっ その…そういう意味じゃなくてッ ゆりにはいつも危険な目に、負担かけちゃってるばっかりだから、あたしも、出来ることはしたいんだ… 」
「ぅん、…ごめん 」
違う、本当はありがとうを言いたかったのに…
私の口にする本音はいつだって、伝えたい気持ちの一歩手前で
「…なんかさ、でも、今までで今がめっちゃワクワクしてるんだ 」
灯の凛とした目が夕焼けの中で光る
私達の見出だした唯一の活路に
今の灯の動きたがる喜ぶ気持ちに私も同じように分かる気がしていた
………
「ぁ、有珠も一番に来ないかー? 」
「にゃ?? 」
いきなりの問いにギターのチューニングをしていた有珠ちゃんが顔をあげる
「ぁー ていうか、偵察で駅前に行くついでに楽器屋寄りたくてさ」
「ぅー? 」
「換えの弦とスコア欲しいなーって 有珠 詳しそうだし教えてほしくて これから一緒に行けない? 」
「灯さんとのお買い物楽しみなのです 」
ギターをケースに閉まって有珠ちゃんが嬉しそうにニッコリと笑う
「じゃあ、今日は お二人に偵察作戦はお願いしますね 」
「了解なのです! 」
「んじゃ、ゆり ひより また明日ねー 」
「うん、また明日ね ふたりとも、一応は気をつけてね 」
………
……
さっそうと二人が部室を出た後
一段と静まり返った空間にひっそりとひよりと私
…
「さてゆりちゃん、私たちもそろそろ帰りましょうか 」
「ぁ、パソコンの操作終わったの? 」
「はい、これで多分 大丈夫だと思います 」
「そっか、うん、じゃあ私たちも帰ろっか 」
……
ひよりがパソコンの電源を切り、窓をすべて閉まる
それぞれカバンを背負い
ドアから見渡したガランとした薄暗い部室を最後に、鍵をひよりが閉める…
………
……
***
生暖かい夕暮れ空
夏の日差しも、生徒玄関のアスファルトから伝わる熱も、日中あれほど騒がしかったセミの鳴き声も和らぐ学校に今日も別れを告げ
私とひよりは校門を出た
……
――そのときだった…
「―‘ひより’」
私ではなかった…
その名を呼んだのは
(?? )
声の聞こえた主のほうに頭を向ける
消えかけの夕日に照らされた校門を出た、そのすぐ横に一人の人影…
「…たく…み…? 」
(ぇ…?)
予想だにしなかった、ひよりの弱々しい声の届いた先には…
そこには…
一人の 制服姿の男子が立っていた…