第17話
―― カチカチカチカチカチッ
勇気に満ち足りる細い指先が慣れた手つきでキーボードを打つ
パソコンの画面には打ち込ませた文字たちが小さくズラリと細々しく並ぶ
その光景を前に、言葉にならない胸の高鳴りとそれを繋ぐような恐怖感が身体の内側で脈を打つ…
けれど目に映る光景は全て本物で…、ひよりが去年に本当に確かに行っていた世界だった
……
「このNAMECOのサーバーにクラックをすると言っても、ネット自体のセキュリティのプログラミングを管理しているのは人間ではありません 」
ある蒸し暑い夏の夕方のこと
キーボードを打ちながらにひよりがいつもの優しい口調で話す
「プログラムが正当に適切に管理させれいる場合に、もし想定されていない場合や事態、もしくはプログラムに欠陥がある場合を除いて、コンピューターに不適切な条件付けを認めさせることは至難、通常はほぼ不可能というのが原則がです 」
「ぇ、じゃぁ…どうするの? 」
「なのでこれを突破する方法は」
「故意に極端な負担をかけて先方のコンピューターをダウンさせる方法か、まだ知られていないバグを利用して裏から不正なプログラムを潜り込ませる」
「いわゆる‘セキュリティーホール’とよばれるものを悪用する方法です 」
(どうしよぅ )
もう…ひよりの言っていることがわからなぃ
「しかし、どっちにしてもこれは不正な通信であると先方に認識されれば、通常はそこで接続を拒否されてしまい、おしまいです 」
「その原則をふまえたネットの世界の中で、私達が行おうとしている‘クラッキング’の最終目的は、ハッキングとは違い、さらにその上の管理者権限を手に入れ、そのサーバー内においてあらゆる行為を可能にすることです 」
「さ、さすがウィザードさね…、スラスラ普通に言ってることがめっちゃ犯罪だ…」
「ふふっ、はぃ、だって私は犯罪者ですから 」
笑顔でひよりは…軽くそれを口にした
目も当てられなかった酷い過去も、それを引っくるめて、ひよりは笑ってのけた
「どんなに不正な通信でも、どれだけ力任せに突破を試しても、その傷跡はネットには必ず残ります、ログやどこのサーバーを経由して通信をしてきたか痕跡、偽装を試してもほとんどの場合は見つかってしまいます 」
「コンピューターのハッキングとは、アニメやドラマほど簡単にできるものではありません…クラックなら尚更です 」
「でも、だからって もし見つかったら、私たちは終わり…なんだよね? 出来るんだよね? それが‘ひよりなら’」
「はい、ウイザードは‘出来ると思うから’できるんですよ‘出来ないことを’知りませんから…だから ‘出来ます’」
「ですからまず始めに、そのターゲットの情報を得るために、提供されているインターネットにおける様々な情報サービス内において、合法的にその情報を調べます 」
――カチカチカチカチカチッ
またひよりの指がキーボードの上をせわしなく動きまわる
「その情報とは、そのサイトに通じる、ホームページ、メールアドレス、アプリケーション、電話番号、所在地、IPアドレスなど 」
たちまちパソコンの画面に膨大な量のWebページが別窓で生産され表示されていく
「うわぁ…」
正直私たちには、これだけで意味不明の行動だ
「次に、相手のサーバーがどのようなサービスを動作しているのかを探査、スキャンする段階に入ります」
「スキャン?? 」
「しかし通常のスキャンを行っていた場合、正しい接続となるため、スキャンされた側にはログなどのスキャンの痕跡が残ってしまいます…」
「それじゃ、意味ないのですっ 」
有珠ちゃんが目をくしゅっとつむってあわあわする
「ふふっ、そうですね なので、スキャンされた側に何らの痕跡を残さないための特殊なスキャン方法を用います 」
「特殊な…って?? 」
……
「つまり、このUSBメモリー内に入っている違法ツールでターゲットのサーバーへの侵入経路、弱点を具体的に探し出していきます」
――カチカチカチカチカチッ
……
……
「弱点…発見です 」
「ぇ、もぅ…!? 」
「スキャンによって相手のサーバーのセキュリティーホール…弱点を見つけ出した次は」
―― ‘侵入を行います’
(ッ!? )
いざ、その言葉を聞くと、不意に足元がふらついた
ひよりにはスラスラ慣れた行動でも、数時間前の私からすれば、もはや別の世界の出来事だ
「今は、サーバーのゲートの前にいます、あとは私が…Enterを押すだけで皆さんも共犯者に変わります 」
「いいですか?、ここをクリックしてしまえば…もう引き返せませんよ? 」
「何回も聞くなさー、望むところさッ 」
「平気だよひより、私達には…共有のルールもあるから 」
「大丈夫なのですー、痛み分けなのですっ 」
「だから私達は‘自らの意思で’罪に飛び込むよ」
「…わかりました 」
……
痛みの続きを進む恐怖のど真ん中、注意深くひよりは‘それ’に進んでゆく
「では… 」
「今からここで動き回りますので…」
「‘覚悟していてください’」
― そして今 ―
その指先は、Enterを
―‘押した’―
―――
「今…ターゲットのサーバー内にログインしました」
「ふぅ ここからは、もし一つ間違えれば皆さんとは一緒にいれないと思ってください 」
(ドクンッ…)
左胸の奥が高鳴っているのがわかる
興奮とも不安とも、どちらにしても私の意思だ
口の中に粘っこい苦い味が広がる
「次にユーザー名を入力するIDの部分で、またツールを使用します」
ひよりの言葉は、酷く生々しく私達三人を緊張させた
息を…押し殺させるまでに
ひよりは今、逃げ出してきた情けない去年の罪に…改めて
罪とはひとくくりに出来ないモノで内側に詰まる痛い痛い続きを必死に歩いているんだ
勝手に誰も教えてくれなかった… その一人ぼっちの歩き方で
……
「どうやらここは、それほどにセキュリティーが強化されたサイトではないみたいですね」
「そう…なのか?」
「はい、多分これでしたら…勝てそうです」
「やったにゃぁーっ 」
「ぁ、有珠ちゃんっ、まだ終わってないからね? それからあんまり大きな声出してひよりお姉ちゃん?の邪魔しちゃ めっだからね? 」
「 っッ! …こくこくっっ」
………
――カチカチカチカチカチッ
……
「今からシステム内で許された領域以上のデータを不正に送り、システム自体を徹底的に機能停止させる攻撃をします」
「なんでいきなりそんな事を?? 」
「狙いは、サーバー上で権限だけでのみ作動するシステムに誤作動を引き起こさせるためですが、しかしこのプログラム自体には、バグを防止する機能が備わっていないため 」
「‘一気に管理者権限を奪い取ることが可能になります’」
「…す、すごぃね」
「しかしここからは…一気に時間の勝負です 」
(ドクンッ…)
……
「では… いきます…!」
――カチカチカチッ!!
― 借り物の力で構わない そこに守りたいモノがあるならば
――カチカチカチッ!!
‘終わらせる勇気があるなら、続きを選ぶ恐怖にだって勝てる’
私達には、明確な勝ち負けの基準だって分からない
だけど黙ってても確かに痛みは増えていく、確かに失うモノがある
――カチカチッ!!
心など強くならなくたって、そういうモノが襲ってくる
…だから守らなくちゃいけない、姿のない敵に、勝ち負けを挑まなくちゃいけない
私たちには、なくした悲しみや涙があるんだ、消えない痛みがあるんだ
――カチッ!!
でも、だったら逆に
―― 生き続ける理由だってちゃんときっとどこかにあるだろう?
…
……
―― カチッ!!
「…管理者パスワード 改ざんしました 」
「――これで ここはもう私のものです― 」
「「「…ッ?!?! 」」」
本当にやってのけてしまった
ひよりという少女が、私達の前で、警察のサーバーを意図も簡単にクラックしてしまったのだ
それも、ほんの数分で
「さて…ここから本題のウィッチの情報が入っているファイルフォルダを探すわけですが、一つずつ開いていては時間も危険ですので」
「またツールを?? 」
「はい、またツールを使用します、サイト内だけに存在するファイルに特定のキーワードで検索をかけて一気にヒットした情報だけをあぶり出します」
……
……
「いくつかヒットしました情報を開きますね 」
「今までにウィッチに斬られた警察官を除く被害者たちのリストです」
そうして見つけだしたファイルをクリックして画面に表示される
「·羽鳥 康介 はとり こうすけ(30)
·五十嵐 日向 いがらし ひなた(31)
·中島 京 なかじま きょう(30) 」
「それぞれの写真と住所、電話番号、学歴に仕事、家族…、斬られた日にちや順番、斬られた時間、現場や傷、使えそうな関連情報はすべて取っておきますね 」
「ひよりっ、今回の作戦の本元だけど、この斬られた人達三人の共通点はないのか?」
「ぇっと、ちょっと待ってくださいね」
―――
「この三人の人たち、出身高校のところが同じなのですっ! 」
「有珠ちゃん!? 」
ひよりが探す前に、またふところからひょっこりと顔を出した有珠ちゃんが言う
「本当だっ高校一緒だ! てか聖蹟桜ヶ丘男子高校って、あたしらの女子高の逆の駅向こうの私立高校さよね?? 」
「でも灯? この人たち30歳だよ??、別にあんまり関係なくないかな? 」
「友達なのではないでしょうか、この三人 」
「ぁ、そっか、高校時代の友達? でもだからってなんでウィッチが?? 」
「ウィッチが例えば…昔、高校時代に同じクラスでこの人達にいじめられてたとか、復讐とかなら有り得なくない? 」
「それは…ないと思いますよ」
「?どうしてさ?? 」
「月曜日にウィッチが現れた日、警察官が二人斬られたとき監視カメラに映っていましたのは、まだ私達のような大人ではなく子供よりな体格だったらしいです ぁ、その映像も見せますね 」
そしてひよりはそのファイルの映像を開いて私達に見せた
「ぅーん、確かに…コート着ててよく見えないけど、これに30歳の体型はちょっと無理があるかも 」
「じゃあ、なんでこの三人が狙われたんだろう? 」
「ただの通り魔と被害者の関係ではなく、何か繋がりがある事は明確ですが、それはまだ判明しません、理由はいくらでも考えられますから 」
「ですが、下に ―― 」
「にゃ?? 」
「-“桐島 逸希”- きりしま いつき(31) という人物も載っているのですが」
「?それも斬られた人さ? 」
「いえ被害者ではありません、今の多摩市議会議員です 」
「議員さんにゃう? 」
「出身高校は‘聖蹟桜ヶ丘男子高校’です」
「「 ―ッ!? 」」
「って、ことはさ…」
「いや、斬られてもないのに載ってるってことは、たぶん、そういう事に」
――
「‘この三人の友達…!’」
「見つけた…! 次のターゲット、キーマン、やっと見つけだしたッ!! 」
「ひよりッ、まさかこんな上手くいくなんて思ってなかったよ!、ホンットにありがとうっっ 」
「ふふっ、いえいえです 」
……
「この人、聖蹟桜ヶ丘に住んでいるみたいなのです 」
「ぇ!? 」
「ここに載っているです 」
有珠ちゃんがパソコンの画面をそっと指差す
「本当…ですね、たぶんここの位置ですと、駅前の裏の丘にある高級住宅地のほうじゃないでしょうか? 」
「学校から近いんさな、議員の家か… また新しい作戦を練らないとな 」
「あの… 」
「?? どうしたのひより? 」
「そろそろ…時間も限界ですので、ウィッチの情報、この三人の情報と次のターゲットの情報、監視カメラの映像、ダウンロードして、このサイトを壊しますね 」
「ぁ、わ、わかったっ、ごめんっ、ホントにありがとうっ 」
……
「サイト内に違法侵入した事、ファイル情報を確認しダウンロードした事、盗んだ痕跡の証拠隠蔽や各種の改ざん、重要なプログラムのコマンドの置き換え、侵入経路を探られないように、機能を妨害するウイルスを流し込みます 」
「さらに全ての設定やファイルを破棄、大量の増殖型の拡張ウイルスでサイトを使えないレベルに徹底的に破壊します 」
(うわぁ……)
まるで簡単なようにひよりは言ってのけるけど
とてもそんな誰でも出来るような事じゃない、恐ろしいことを言っている
「徹底的にサイトを使えなくさせる、これが…ウィザードのやり方なんですよ 」
がむしゃらすぎる少女は、そう言って作戦を無事に終わらせた