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第16話

ひよりが必死に声を押し出して伝えた‘痛み’…


「三人を騙してしまって本当に申し訳ありませんでした  でも…だから私は…、犯罪者なんですよ 」

(…… )


「…怖いですよね、危ない人間ですよね、私みたいな危険な人間は… 」

ひよりは私たちの前で軽くあざ笑った

…誰でもない、自分の過去に


半分しか知らないままに仲間になっていた誰か

半分しか知らないままに痛みを作戦のツールとして使おうとしたていた誰か

半分しか知らないままに助けられ触れられていた誰か


所詮、私達なんてまだ知り合って一週間しか経っていないんだ


(まだ…そんなもんなんだ )



「これを言ったからと言って、今まで騙していたくせに慰めや励ましてもらいたいなんて都合のいいような事は思ってはいません… 自業自得ですから 」


「ただ…犯罪者が一緒になんていたら きっとゆりちゃんの作戦の迷惑になりますし、私がいるだけで… ウィッチの濡れ衣以外にも危険を増やしてしまいます…」

ひたすらに自分の不必要さをこぼすひより


「おかしいですよね、最初から…いつかこうなるって分かっていたのに… 」


「だから、私は…やっぱりやめたほうが… ―― 」

しかしそのときだった

誰かの声が不意に部屋をつんざく


「ぁ、有珠は…! ひよりさんとずっと一緒にいたぃです…っ! 犯罪者でも、過去にどれだけ酷い人でも醜い人間でも…! ひよりさんに優しくしていただいた…‘今のひよりさん’に 有珠は優しくしていただいたです! 」


それは予想だにしなかった、私の後ろで縮こまっていた有珠ちゃんの震えきった声だった


怖かったに違いない…けれどもその精一杯に放った言葉は

問い掛けではなく

慰めや励ましでもなく


確かにひよりへのたったひとつ お願い事だった


(……)

――どうする?


私は…何を放てばいい?

こんな状況で何を口にすれば、ひよりはまた笑顔にさせられる?


ゲームの分岐点のように

どうすれば…その真っ黒な前髪のフィルターをあげられる?


―――どうすればいい?


出会ってしまった… 一週間分の君に、半分しか…知らなかった私に…


……


――変われるよッ!


(ッ!? )

口ごもる私を横目に、一瞬にして闇色の部屋一面ピリリッと響かせたその声の主は


横にいた灯だった


「過去なんてみんなそうなんだよ、みんな人に言えないような過去を積んで今を生きてんだ! ひよりだけなんかじゃない、ゆりや有珠も、あたしも そんでみんな、苦しくて苦しい苦しい不満だらけの今を生きてんだ でも…だからッ! このままを変えたくて! あの日この街と戦うって四人で決意したんだろ! 」


「変われる機会なんて常にあるんだ!、それはきっと今のひより次第だッ 」


「自分の過去から簡単に逃げるな! 過去が死ぬほど辛かった…だからっ!、友達ができるってさ…本当に本当に こんなに嬉しかっただろ…? 一緒に笑えて楽しんでホント嬉しかっただろ? それなのに…その自分と同類の友達に、自分の痛みが見つかった、だから迷惑かけらんない…だから…  」


「友達だろ! ひよりみたく苦しんできて…偶然だったかもしんない、でもっ、一緒に笑って楽しんで…それなのに なんでひよりの痛みだけは一緒に分け合っちゃいけないんだよ 迷惑?犯罪者? だからどうしたッ 」


「いいんだよ、そんな事あたしらが気にするわけないだろ、難しい事なんかじゃない どんだけひよりが昔はクズでもさ あたしらが‘友達’として巻き込んじゃったからもう諦めろ、ずっとずっと此処に居座り続けろ 」


「もし一緒にいて迷惑かけても、警察にあたしさも捕まったとしても、…ひよりは今まで自分がしてきた行為を何百回と繰り返し死ぬほど泣いて悩んできたんだ、それをとやかく警察やなんかに言われる筋合いはないよ 」



「…それにさ、犯罪者とか痛みとか違うから あたしらはさ 犯罪者と一緒にいるんじゃないッ! ‘ひより’と一緒にいたいんだ! 」


「友達なら、一緒にいる理由なんてそんだけで十分すぎるくらい十分だ 」


「……… 」


「簡単に…ッ 友達から逃げるなッ! 」

「……ッ 」

灯からの言葉に少しだけひよりが顔をあげる



……

「ひよりは、前に私には恩があるって言ったけど、それは私も同じだよ? 灯と喧嘩しちゃった あの日… 今のひよりみたいだった自分に携帯を突き出して言ってくれたもん ‘また逃げるんですか’って… ひよりは確かに‘過去は’取り戻せないかもしれない… 」


「けど、それで‘今’の自分の痛みにまで…負けちゃうの? 今度は私の口から言うよ? ねぇひより? 」


――‘また 逃げるの?’

「…っ…ッ 」


「残念だけど…ここの誰もはひよりを励ましは言わない、皆同じ経験者だから分かってるから だけど、誰もひよりを一人ぼっちになんかもさせなたくない 同じ経験者だから…分かってるから  ごめんね…こんなにしつこくて、 でも こんな気持ちをくれたのは 」


「こんな消えないめんどくさいモノを… ひよりがくれたんだよ?、ただこの‘勇気’を私にくれたんだッ 」


驚いた…

そのどこからともなく聞こえた強い声は

紛れも無い…私の口から発したものだった


………

……


とある夏の昼のこと

独りぼっちを辿ろうとする少女に…友達と言う名の傷仲間は声を張り上げて 追訴する――



何秒経ったのだろう…

たった数秒したその瞬間、ようやく


――ひよりは固く閉ざしていた唇を開いた


……

「……ばか … 」


「わりぃ あたしら バカだからさ…っ 」


中傷の言葉とは反比例に、前に立つ文学少女は

やっと…やっと、その綺麗な顔をあげて私たちに見せてくれた

いつものように、ただ優しさに満ち溢れた表情を


…その犯罪者が、たった一言口にした

――‘大切な五文字’


ただその笑顔といつもと違っていた事は、眼鏡越しにうっすら光る瞳があった事

左手にUSBメモリー…凶器が握られていた事


そしてその手のひらで擦った瞳の笑顔の下、まとっていた衣服の傷痕に一粒だけ…雫を落とした事


――

灯の軽はずみな発端を原因に、醜い本音をぶちまけたその少女は


そのとき初めて私達の前で


  ――泣いた


この一年間、誰にも呼ばれることのなかった、誰にも選ばれなかった名前を…、呼び続ける三人を前にして


  ――泣いた



……


私達はやっぱり孤独者で、どうにもならないくらい落ちこぼれで

そして裏で生きるしかないような省かれ者だ…

幸せや夢が近づいているのかすら、満足に答えられない…


だけど

本当にこの四人なら、意図も簡単に起こしてしまえそうな気がしていた


誰が被害者なのかさえ分からない、けれども誰もが被害者で…

誰もが加害者…、勝者不在のこの街


ただそんな4人が…笑っていくために 私たちは戦っている



「ひより?、selling dayにはさ、ルールがあるの覚えてる?」

さっきとは違って優しい柔らかい声で灯が黒板を指差しながら言う


『・痛みを共有する事

 ・能力を共有する事

 ・危険を共有する事

 ・幸せを共有する事 』


「ひより そういう事だからっ 」


――

「…それは   はぃ、 そうですね、そういう意味ですか 」

(?? )

なぜだろう?、ただひよりと灯はクスリと小さく笑みをこぼした



……


お昼休みも残り5分になったころ


―――

「みなさんの言うとおりでした 」

少し落ち着きを取り戻したひよりがいつもの口調で言う


「私のこの痛みが…やっぱり、灯ちゃんやゆりちゃんや有珠ちゃんに迷惑をかけてしまうのでしたら…」


「その代償の変わりに私は、三人の為にこの痛みを使うことが出来るのでしたら …こんな私にも与えられたモノがあるならば 」


「…私はこのチームのルールに従って三人の為に戦うことを選びましょう 」


――幾千と罪を重ねましょう


傷だらけの少女

嬉しそうに微笑んだ犯罪者


そして

綺麗なんかじゃない…どろどろに汚い私達の痛みは

またひとつひとつ繋がれて…


あまりに蒼いソラの下、長い長いお昼休みは終わった

作戦が――  始まった―



――ウィザードはふたたびその両指をかざす


―誰でもない、仲間の為に



………

……



***

-放課後- 部室-


チャイムが鳴り終われば、時間はまた現実味をおびて加速する

窓の外を見つめ座るような身体をすぐに灯と共に走って問題とチャンスが山積みの空間へ直行する


―――

「はぁっ、はぁ…っ 」

いちいち幼い子供のように息を切らして慌てて部室の扉を開ける


「なはーっ、灯さま一着ー♪ ゆりー 残念、びりっけつ、ドベっ子、ベベちゃんっ 」

「ぅ、うるさぃ、ていうかいつから競争になってたのっ 」

こんな暑い日にまた無駄に汗をかいて後悔する


「ふふっ、お二人とも大丈夫ですか?? 」

「「ッ!?!? 」」

お互いにバッと振り向く


…また、先を越されてしまった

また、先に入ろうとするも必ずいつも一番乗りでひよりがいる

いつも、一人イスに座って本を読んで、そして私達に笑顔を向けてくれる


でも今日は違う、ひよりはお昼に窓辺に組み立てたパソコンを坦々といじっていた


「ひよりっ、早ぃね…っ 」

「ふふっ、汗だくですね 」



「また遅れたのですーっ!? 」

「ぅわっっ びっくりしたっ」

少しして遅れていないのに有珠ちゃんが慌ててひょっこり顔を出して現れる


灯の軽はずみで、お昼休みに少なからずひよりを傷つけてしまった事は事実で、そこは灯も反省はしなければいけない

けれども、そんな策士のおかげで、作戦は筋書き通りに私たちを、ひよりを

今の引き返す事は出来ない状況までに巻き込んだ


つまり…、事の発端

ウィザードという犯罪者にパソコンでN.M.C.のサーバーにクラックして情報を盗んでもらう


…だけど思うんだ

不思議と、お昼には感じていた‘犯罪行為’にたいする抵抗や恐怖は感じていない


目の前の現実はそんなに甘くない…、ウィッチに関係なく見つかったら警察に捕まっちゃう

でも、もうひよりという犯罪者がいるんだから今更同じことだ


放課後とはいえ、夏の色が広がる炎天下の空を背景に

灯はパソコンをしているひよりに邪魔にならないように

横に置いてある、お昼に持ってきた四本のミニひまわりに静かにブリキの小さなじょうろで水をあげていた


有珠ちゃんは窓から下校する生徒を冷めた視線で眺めている

いつもなら…私たちはあの中で一人ぼっちで帰っていたんだろう…


「なー、ひより? 」

「はい、なんでしょうか?? 」

ふと、灯がひよりに声をかける

「なんで、ウィザードって名前なのさ?? 」


「ぁ、この名前の由来ですか? 」

「おー 」


……

「そうですね、【Wizard】ウィザードとは、直訳すると男性の魔法使いの事を言うのですが 」


「ネットの世界には、コンピューターに関する最上級のエキスパートのこと、 神々に限りなく近い存在といった意味が語源で【男性の魔法使い】【Wizard】‘ウィザード’と呼ばれているんです 」

「へぇ、そうなんかぁー 」


「だから私は…、自らの強さの証明をしたくて…そうなりたくて、そう名乗ることにしたんですよ 」



魔法使い、ウィザード――

この街のハッキング、クラッキングのエキスパート


魔女、ウィッチ――

この街の人斬り魔女、連続通り魔


そしてその間に挟まれた、NAMECO(灯の通称)

ウィザードがウィッチの情報を盗み出す為に、NAMECOを襲撃する


…今からそんな非日常の共犯者に自分もなるんだと思うと

客観的なほどに、まさに魔法のようだった



……


ひよりが急がしそうにパソコンをいじった後のこと


「さて、では準備が整いましたので…、これから私はN.M.C.のサーバーに違法侵入して、灯ちゃんの作戦通りに、内部情報の確認とヒットした情報のダウンロードを行います 」


そう不気味な言葉とは真逆の微笑みをひよりは私達に向けると…痛みがこびりついた両手で新しいスタートを刻み始める


……


――

「ふぅ、では… 」

(ひより?? )


そっと― ひよりはパソコンに黒色のUSBメモリーを挿す

【Wizard】ウィザードと書かれた… あの凶器を…


そして――


ひよりは初めて――


そのカーディガンを脱いだ

黒ぶちの眼鏡を外し、長い前髪をあげた


「ぁ…っ?、ひ、ひより…? 」


「はい、なんでしょうか? 」


「その… 」

「ふふっ 大丈夫ですよ 」


「カーディガンも…眼鏡も…前髪も… すべて私の痛みを隠す為の物ですから 傷を守る…道具ですから 視力も私はまったく悪くありませんからね 」


「犯罪を犯すのに…今まで痛みを隠してきた道具はもういりません、  それに…このカーディガンだけは犯罪には関わらせたくありませんから」


吹き抜ける風でひまわりが頭を揺らし、その横でまるで別人のような陽気に照らされたその少女の純白のブラウスは


――ひどく汗で貼りついていた…


(暑くなかった…なんて なかったんだ)


よく考えれば、それは当たり前のことだ

いつも普通に過ごしていたけれど、ひどく暑い…に 決まっていたんだ…


ぴったりと貼りついたブラウスを見た ただそれだけの事で… 私たち三人は現在もひよりの身体をむしばむ痛みを…重く理解した


もう何も怖くない…


「もう これが最後です…私の為に三人も法を犯していただけますか?」


もう何も怖くない…


「承知の上さ」

灯が嬉しそうに言う

「承知の上なのです!」

有珠ちゃんも続いて力強い声を張る


…法の世界でバカを突き通す女子高生たち


――もう 悩むことなどない



     「―― いこう、ひより」

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