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第15話

………

「…… … 」

灯の放った言葉の意味が分からなかった


――さっき灯が言った事


·ウィザードとは、去年一時期ネットで騒がれた聖蹟に潜む危険なハッカーであり犯罪者だった人物


·そしてその犯罪者とは、誰よりも優しい私たちの頼れるお姉さんみたいな友達、…ひより


双方の真逆が、街の視線では 同一人物だったなど…到底信じられるわけがない


「そんなの嘘だよ だってひよりは…っ」

「ひよりはさ、あたしらと出会うずっと前、中学生だったころ ウィザードって名前でこの街にいた   …そうだよね ひより? 」


「……… 」

ひよりは灯の問い掛けに答えることもなく、ただ深く俯き垂れ下がった前髪で表情は隠しているだけだった

「ひ…より? 」


「ひより…ゴメン 隠れてこっそりあたしだけひよりにウィザードだよね?って声かける事もできた、ゆりや有珠に黙って裏でウィザードに頼んだって事にも出来たんだけど  やっぱりこういうのだけは、違うと思ったんだよね 」


「……… 」

何を返すわけでもなく、相変わらずひよりはぐったりと首を垂れ下げているだけだった

(嘘… )

「その…さ?、相談もしないでひよりの気持ち傷つけちゃってたら…  ほんとにゴメン 」

あまりに普段と掛け離れたひよりの姿に言い出した灯が甲高い声から弱気な声へと変わる



……

(嘘…  ひより…っ )

真昼のセミの鳴き声も部室の中では悲鳴へと変わった、私と有珠ちゃんはただ後ろで戸惑い困惑するだけった

裏切られたような 胸の中が締め苦しくなった


――


「………で… 」

(…?? )

一瞬 微かにひよりの唇から音が落ちたような気がした


「ひより…先輩 ? 」

伺うような表情で有珠ちゃんの怯えた声が部室を漂う


「 …どこで…私がウィザードだということに気がついたんですか… 」


(――ッ!? )

驚いた

顔をあげたひよりの眼が、いつもと違う

普段のあんなに優しくて穏やかなひよりの姿は何処にもなく

ただ見つかった事に対する怒りか、悔いか驚きか、悲しみとも言葉が一致しない瞳

前髪越しに眼鏡越しに灯に届ける静かな殺気と睨むような眼差し


「そ、その…っ 前の委員会のとき ひよりさ…っ、めっちゃパソコン操作詳しかったし、タイピングとかめっさ早かったでしょ?、 それだけだったら、別にひよりはオタだしただパソコンが上手い人で終われたんだけど… 」

その視線に珍しく灯も戸惑いながら話しを続ける、今までに感じたことのないような異様な緊張が部屋の隅々まで包み込む


「けどさ、確信したのは…昨日だった、 昨日の作戦が終わった夕方、駅から出ようとしたら夕立降ってたよね? 」

「あのときみんな買った物とか濡れないようにカバンの中に入れてて、そんでたまたまひよりがさ…そのとき、そのカーディガンの左ポケットから、USBメモリーの端末…取り出すの 見つけちゃったんだ」


「…! 」

一瞬ひよりがピクリと反応する


「書いてあったから‘Wizard,【ウィザード】って 」


「そんな…ひよりが 」

「ひより先輩…どうして 」


……

「実はまだあたしも半信半疑だった、ただの…偶然なんじゃって  けど、今のひよりの反応で完ぺきにわかったよ、 ねぇ、ひより? そのカーディガンのポケットの中 …見させてくれないかな? 」


「……… 」

ひよりは何も答えることもなくただ立ち尽くす


空気が重い、確か今はお昼休みのはずなのに


(…同じだ )

先週の私が灯とちょうど此処で私の痛みで揉め事になって

暗い部室の中、私は馬鹿で灯を悲しませちゃって、そのまま走り去ってしまった夕方のことを


あの日のおかけで、やっと此処まで来れたのに

それなのに…どうしてこんな事に

今回ばかりは灯の突拍子もない考えがひよりの痛みをぶり返させてしまったのだから


ただどうか、ひよりがチームを抜けるような事にならないで

そう祈るように縮こまる事しか、私には出来なかった



……


***

部室に時計のカチカチ音だけが響く空白の時間

長い長いための後だった


「……わかりました… 」


微かに消えそうな細々とした声でひよりは何かを決断したように小さく口を開いた


そしてそっと、 その傷物の身にまとうカーディガンの左ポケットにゆっくり手を忍ばせる


「はぁ…黙っていたのに、まさか灯ちゃんに見つかってしまうなんて…私ももっと用心していなければなりませんね   …そうですよ 」



「 ―― 正真正銘、私が 」



               「―“Wizard,です”―― 」



そう告げた瞬間――    ポケットから取り出したその左手には…



―― 黒いUSBメモリー


パソコンで打たれたような電子文字的なロゴマークで‘Wizard,と白色で刻まれていた


「「――ッ!!! 」」

私と有珠ちゃんは声にならない驚きの悲鳴をあげる


「ど、どうして… どうして、ひよりが… いつもあんなに優しいひよりが…ッ 」

自分でもパニックになりすぎて今何を口から発しているのか分からなかった


普段を比例したあまりの愕然とした驚き

痛みの本性に対する絶望

ひよりがチームを抜けてしまう不安、そして不安定な恐怖感


「三人にはずっと隠していてすみません、 ゆりちゃんにだけは少し話したとは思いますが」

「私の身体は一年前から接触障害を患っています」

グッとひよりの手のひらに力が入る


まだ話すことが怖いのか、またひよりは息を溜める


「そしてそれは去年、私と付き合っていたある人が原因でした 」


「お互いに子供過ぎた私達はホテルに入ってしまって、そこで‘ある出来事’が起きてしまい、それから私達は別れ… 私はこの代償を患いました 」


「その、ある…出来事って、やっぱり性的な暴力…みたいな? 」

灯がひよりに恐れながらに問いかける


「…… ぃえ 」

ひよりの声のトーンがいっそう低くなる



***

そこからひよりはあの日、川沿いで私に話してくれたことを灯や有珠ちゃんにも全てを話してくれた


·去年の失恋の事

·そのカーディガンの秘密、痛み

·接触障害を患っている事


……

「これは私とあの人との問題ですので、誰にも、これ…だけは 言いたくはなかったのですが そのホテル内であった‘ある理由’とは…ですね 」


一定の溜めの後、生唾を呑んだ後、ひよりは辛そうに一人呟き始める


「その日、私達は浅はかな考えで中学生ながらにホテルに入りました、彼は先に部屋のシャワーを浴びて私は大きなベットの上で待っていました 」


「そのときで、 近くに置いてあった彼の携帯がバイブレーションで鳴ったんです、閉じた状態に映し出される小さなサブ画面には、女の子の名前でメール受信…表示されていたんです 」


「そしてそれは一回ではありませんでした、その後彼がシャワーを浴びていたたった10分の間、とめどなく数人の女の子からのメール受信を繰り返していたんです… 」


(……)


「当然私はその事を問いただしました  ただの女友達の可能性を信じて、浮気の可能性を消して… 」


「ですが、あの人の述べた言葉は残念ながら 」


「―― 違いました… 」


「メールの女の子達は 間違えてアドレスを登録してしまったサイトの人達からの迷惑メールで、 フィルターのやり方も分からないからずっと無視していると そう言われました 」


「その後も黙って聞いて、それで分かってしまったんです… 彼の口から述べられた理由の数々 」


「私がなかなかエッチをしてくれない、キスも拒むから、いわゆるセックスフレンドを作るサイトに魔がさして登録していたのだと 」


「嘘ではありませんでした  軽い気持ちで半分冗談で登録したばっかりに、毎分のように迷惑メールがきて退会方法も分からず月額のお金のコースに入ってしまっていると 怖くて どうすればいいのかも分からないと…」


「ひどい… 」

私は堪らずに不意に言葉を漏らしてしまった


「いえ…彼に罪はありません、付き合っていて好きだったのに奥手でそういう行為に踏み込めなかった私にも問題はありますから、 お互いに、まだ知らない事を知りたがりの幼い子供だったんですよ 背伸びしたがりな中学生で 」


「そう…だったんだ、ごめんひより…ホテルでって言ってたから つい私、勝手に誤解して 」

自分の勝手な解釈につくづく嫌になってくる


「彼は暴力を振るうような人間ではありません、誰よりも優しかったですからね 少なくとも私には 」


「それで…どうしてウィザードなんかに?? 」

灯が間からズバッと本題を聞き入れる


「それでホテルでの一件以来、私と彼は会わなくなりました…別れ という正式な話し合いをする間もなく、私達は…会わなくなりまし」


「死にたいと思うのが当たり前なくらいショックで… そして気がつけば私は 歩く人間全てが怖くなり信じられなくなり、肌に触れられるとパニックに陥ってしまう、この重度の接触障害という病気を患ってしまいました 」


「唯一の居場所を奪われ、憂鬱だけで一日が暮れる日々が続いて、 でも私はやっぱりまだ彼が好きで… そんな肌も触れさせられない病んだ中学生になろうとも、必死に夢の中では毎日手を繋いでいました」


「粉々になろうとも…まだ 愛されたいと願ってしまったんです」


         「――だから私が選んだ行動は… 」


「彼を悩ましていたサイトをクラックして助けてあげるという…犯罪行為でした 」


(…ッ!?)


「そうすれば彼はまた元気になる、私ともまた仲良くできる、私の身体もきっと治る…彼が望むことをしてあげられる そう勝手な正義を作り出してしまったんですよ、一人の子供だましな女子中学生は  そんなこと…あるわけないのに 」


「パソコンの知識が詳しかった私にはハッキングの手順というものも多少は知っていましたし、すがるように知識を溜めました  だから私は あの日彼の携帯で見た名前のサイトに 」


「――クラックしたんです 」

         

       「その日 初めて、ウィザードという存在として… 」


「もちろんそんな小さな出会い系サイトはなんの違法行為もしてはいませんでした、安全性があり会員数を誇るちゃんとした有料サイト 」


「問い詰めれば、説明も読まずに18歳以下にも関わらず安易な軽はずみな考えで登録してしまった彼にこそ非があるのに、私の狂った正義の中ではサイト自体が悪でした」


「大量のウイルスを流し込み、管理パスワードを奪い書き換え、あらゆる設定を破棄、彼にメールを送っていた人間も含まれる全ての会員を削除、…小さなサイトは完全に使い物にならないまでにズタズタに攻撃しました… それはもう、徹底的に 」

「けれども、まだそのサイトに繋がりが深い姉妹的な出会い系サイトが一つあったんです、 だから私は…そこもクラックして 」


……

聞いているだけで酷い話しだった

それでひよりのように、出会い系サイトとはいえ、本当の恋愛をしていた人たちはどうしたのだろう?

そこを居場所にしていた人達は…もちろん悲しんだに違いない


たった一人の女子中学生…、自分のエゴによって何十という人を犠牲に巻き込んで

そこのサイトは、誰かの居場所は…消されたんだ



「それでも結局、彼からのメールや電話は…一切来ませんでした、それどころか、彼はいつの間にか携帯のアドレスも変えてしまっていたみたいで、繋がりを断たれた私はもう…孤独の中に追いやられました 」


「真実とは変わりなく、残酷に…それが私の成した希望の結果でした 」



「だから…私は次に、電話回線とアドレスを管理している会社のサーバーにハッキングして、 彼のアドレスを盗む事をしました、電話回線のコントロールや誰かのアドレスが誤って消される事や流出してしまう事は…どうでもよかった  もうその時は…どうかしていました 」


「あの人を取り戻す…そればかりを考えていました、ただ愛情が欲しかっただけの中学生の一つの小さな願いは… いつの間にか私のその正義は、この街の悪者と指差され呼ばれる存在に成り果てていました 」


たった一つの恋心の為に、どんどんと繰り返すことを疑わずに罪を足し重ねた少女

失うことを恐れて、傷を塞ごうとさらに痛みを足して補った

彼氏を疑わず 街を疑って


そして、その末にただ得たものは… なくす という絶望だけだった


自分を犠牲にして自分の幸せを求めた

‘彼といた’その確かにあった幸せや思い出も言葉も声さえも…日に日に失われていくことを恐れて


少女は…、ひよりは…



「そのあとは、その時にはもう… 電話をかける勇気も気力もありませんでした、何が自分をそこまで尽き動かしてしたのかも分からなくなって…、誰の為さへの分からなくなってッ… 」


「自分が犯罪をした、元々無口で友達付き合いも得意ではなかった私にそれは…病気を悪化させる致命傷でしかありませんでした…、家にいる中での唯一の居場所は 皮肉なことに それは犯罪行為をしたネットへと逃げ込むということでした」


「好きでもないネットの世界なのに、そこはこんな傷物の私でさえの快く受け入れてくれました、しかしそれと同時に…新しい世界を広げると私の事をつづる文字や文章も溢れかえっていきました、 ただ面白がる者、中傷を書き込む者、便乗しよとする者、私を捕まえようと訴えかける者、2ちゃんねるを中心に…嘘や出まかせにより私の犯罪履歴は膨脹していきました 」


「そして、私はそこで知ってしまったんです、クラックという犯罪をした小さな出会い系サイトのビルも電話会社のサーバーを管理している建物  そのどちらもが聖蹟桜ヶ丘にあったという事を   まるで私を追いこむように…偶然か必然にも重なってしまったそれらは当然、ネットで話題性や噂を広げ   聖蹟桜ヶ丘のウィザードと…」


ひよりの瞳には、うっすら涙を浮かべているように見えた

ひよりの眼には今


「所詮ひとつのネタに過ぎなかった私のニュースはすぐに止み、しかしその後も私は…恋愛などというものは遠くに流れ出ち、ただ自分が捕まってしまう恐怖の感情の繰り返し、それだけが一日中呼吸するたびに胸を叩きました 」



彼の為にした行為、彼を想った純粋な罪…

壊れた世界、壊した世界



「そんな感情のまま、今の今まで1年が過ぎてしまいました… そして高校生になった私は…痛みをはじっこに隠して生活を送るようになりました」


  

   

    「――これが、本当の私の‘痛み’‘ウィザード’の正体です 」


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