第14話
-現在-お昼休み-
4時間目が終わって生徒たちが賑やかに廊下に溢れるこの時間
「…ぁー あぢぃ~ 」
灯はひとり、たいして涼しくもない前の黒板消しクリーナーにぐったりしながら涼んでいた
「ほらー お昼行くよー 」
「わかってるさよー 」
渋々クリーナーから離して私たちもお昼の準備をする
「あたしはコンビニで昼ご飯買ってくるから ゆりは先に部室行っててー たぶんひよりが先行って鍵開けてると思うから 」
「わかった 」
「ちなみにお昼休みは朝言ってた初攻撃の作戦会議するからねー 作戦開始は放課後だけどさ 」
「了解 」
「ぁ、あと、ついでに部室にサプライズも一緒に持っていってあげるさ♪ 」
「わかったから 早くごはん買ってきておいで ね? 」
「ぉぉー んじゃなー 」
また長話になりそうな灯をコンビニに急がせて、私もお財布と携帯だけを持って1階の購買部へとパンを求めて向かった
学食も購買部も、たぶん灯がいるコンビニも、この時間は生徒たちの人込みで溢れている
………
……
そして本日の私のお昼ご飯は、チョココロネに小さな紙パックのカゴメ野菜生活がひとつ
相変わらず、自分で買っておきながらにボリュームにかけるメニューだと思う
生徒の人込み溢れる購買部から早々に抜けて、目指すは、誰も近付かない4階の部室へと足を進める
………
……
***
-軽音楽部 -部室-
「ひよりごめんねー ちょっと遅れちゃった 」
「あら ゆりちゃん、 有珠ちゃんも一緒ですね 」
「ぇ!? 有珠…ちゃ… 」
ひよりの声に慌てて後ろを振り向くと
そこにはひょこっと顔を出した有珠ちゃんがいた
「こんにちはなのです」
「こ、こんにちは」
(本当に小動物みたぃ )
……
ひよりは一人、広い教室の中で窓際のイスに腰掛けながら本を読んでいた
「ぇっと、漫画読んでたの? 」
「 ぁ、これでしょうか? ふふっ これは漫画ではなくラノベと言うものです 」
(ラノベ??? )
「ライトノベル小説です 」
「へぇー 小説 」
(ひよりってやっぱり本が好きなんだよね )
ひよりと話しているときだった
「にゃふーっ ギターがあるのです! 」
奥でひとり遊んでいた有珠ちゃんの声がする
「ぁ、そこに置いてあるギターはさっき私が持ってきました 」
「ギターを? ひよりが? 」
「はい、さっきこの部屋の鍵を先生に貰いに行ったときなのですが、先生から軽音部に貸してあげられるギターが一本余ってると言われてしまって、ついでに部室に持っていってほしいと言われてしまぃまして、職員室から持ってきてしまったのですが 」
「にゃふー 本物のギターなのです♪ 」
「部長の灯ちゃんに許可なく勝手に持ってきてしまって、やっぱりいけなかったでしょうか? 」
「ぅぅん、たぶん大丈夫だったと思うよ、ここは仮にも一応は軽音部なんだし 」
有珠ちゃんが向こうで楽しそうにギターを触っている
「有珠ちゃーん? あんまりギター触ったりして学校のだから壊しちゃだめだからねー? 」
「大丈夫ですっ、有珠はこう見えてギター弾けますからっ 」
「ぇっ!?、有珠ちゃんってギター弾けるの!? 」
「にゃんにゃんおー♪ 」
あのミニミニサイズの有珠ちゃんがまさかギターを弾ける事実に内心、かなり驚く
昔弾いていたりしていたのだろうか
横ではイスに座ったままのひよりが有珠ちゃんを見て穏やかに微笑んでいた
……
……
そろそろ灯が来るころかなー、なんて思っていたわけなのだが
まさかそれを待っていたとでも言うように
いきなり私の後ろの古い扉がダンッ!と激しく悲鳴をあげて開いた
そして我らがリーダー、我らが部長の灯が入ってくる
あの扉がいつか壊れてしまわないか不安でしょうがない
「さぁ 全員集まってるねー お昼ご飯でも食べながら 始めるとしようか 」
「本日、seelling day 作戦… 作戦名…っ !! 」
「 Wizard,【ウィザード】!」
……
ヘッドホンをかけた首元には、光る汗を拭うようにブラウスの第一ボタン第二ボタンが緩く外されている、その唇にはコンビニにで買ったと思われる溶けかけのスイカバーをくわえて
(作戦名? ウィザードって…? )
その登場で、私たち三人はまた日常を失う行動へ土足で足を踏み入れる…、それぞれの事情を抱えた、己の意思で ――
昨日の作戦はウィッチが三度現れた駅前の犯行現場 兼 N.M.C.のど真ん中に突っ込んだけれど
あれは私たちの現場捜索
両敵と通じる聖蹟桜ヶ丘を見に行った、いわば次の作戦の為の情報収集と現状確認
でも今日は違う、追われる側の私たちから迎え撃ち、灯の考えた、攻撃的行為にいざ、意識をかざす
部室の前の黒板には、昨日書き込んだ文字がそのまま残されていた
上中央に大きく書かれた大切なチーム名 -selling day- の文字と
なにもかもが孤独で弱者な…、独りぼっちで私たちが痛みに負けてしまわない為の四つの共有ルール
私たちの存在を表す言葉
――‘この世には 勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある’―
私たちの勝利を願う言葉
――‘I pray for the safety of the voyage’― 【航海の無事を祈る】
ここが…
一人じゃ何だって出来やしない臆病者の、弱者の日常と反撃の非日常との境界線
ここが私たちのいるべき戦場なのだ
だから大切な黒板の文字に昨日からまた帰ってこられた事と今をまだ皆と生きていれている事を実感する
「前回はつけてなかったけど、今回から正式に作戦名をつけることにしたんよ 」
「攻撃という手段は具体的に何をするのでしょうか? 」
「まぁ、それは教えるんさけど、ひよりは先に持ってきてくれたパソコン準備できる? 」
灯が食べ終えたアイス棒をおうちゃくにごみ箱に投げ捨てる
「パソコンでしょうか?? 回線に繋いで組み立てるだけですからすぐに出来ますが 」
「じゃあ お願いするねー 」
ひよりが一人パソコンの組み立て作業に入る
……
打って変わって有珠ちゃんはまだ奥のほうでひとり熱心にギターを弾いていた
ゴツめの大きなアンプに繋がれたギターからは独特の歪みのある電子音のメロディが部室に響く
小さな右手でストロークを奏で、左手はそれに合わせてしっかりとコードを刻む
(すごぃ、上手 )
半信半疑だったけれど、有珠ちゃんがギターを出来るという事は本当だったらしい
ギターを奏でるその少女の姿は、弾かれる曲やメロディは分からないけれど、ただただ静かに弦を弾く姿には純粋にかっこいいと思えた
そして、邪魔くさいからなのだろうか
有珠ちゃんはその前髪を目にかからないよう、二本のヘアピンで左側にバッテンマークに止めていた
おでこを出すような姿、色白の綺麗な肌に普段にも増して幼さを感じられ、つい瞬きした瞬間のまつげの動きにドキッと可愛いらしく想ってしまう
………
「有珠ちゃんのおでこ …ぽ// 」
(…… )
そして横でひとり頬を赤らめているひよりに、日に日に私の中の初期イメージが崩れていく気がした
――――
「へぇー有珠ってギター弾けたんだな 普通に上手いし ってあれ?、てかそれって自前ギター?? 」
「ぁ、ぅぅん、さっきひよりが職員室から部活用に先生から一本借りれたんだって 」
「そうなんらー で…」
「で?? 」
「 おーい、有珠ーっ?? 」
灯が奥でギターを弾いていた有珠ちゃんに声をかける
「にゃー?? 」
「ギター演奏中悪いんだけど、これから作戦会議するから、有珠とゆりは黒板の前に机とイス四つ持ってきてくんないさー? 」
「はぃっ 了解なのです 」
「ぅん、わかった 」
有珠ちゃんは肩にかけていたギターを下ろしギターケースの中にしまう、それと同時にバッテンマークに止めていたヘアピンを外す
その瞬間、サラっと前髪がおでこを隠すように流れる
「ぁ、そうだっ あたしはゆりに言ってたサプライズも持ってきたから 」
「サプライズ? って結局なんなだったの? 」
イスを持ちながら灯に問いかける
「ふふー 見て驚くなぉー♪ 」
……
灯が嬉しそうに部室の入口付近に戻って何かごそごそしている
……
「んっ、よいしょっとっ… 」
かなり重いのか、ズルズルとなかば引きずりながらそれは部室に登場した
「じゃーんっ♪ 見ろーっ ミニひまわりだぞ♪ 」
……
「にゃふー ひまわりさんなのです!? 」
「あら、ひまわりですね 」
イスを運んでいた有珠ちゃんとパソコンをいじっていたひよりが反応する
(なぜ!? なぜに、ひまわり!? )
「せっかくココはこんな風も空も景色もいいんだしさ、緑があったらもっといいかなー なんて灯さんは思ったわけですよ 」
大きめの鉢にミニひまわりが四本植えられている
青々とした茎、日光に照らされた花びらは明るむ黄色に染まる
「あれ? でも灯、これどこで貰らってきたの? もしかして…買ったの? 」
「そこー 」
灯が窓から指差す、その指の先には …
(?? ぁ、ひまわり畑ね… なるほど、 灯らしぃ )
純粋な灯の気持ちについまた口元がほころんでしまう
……
……
***
ひんやり硬い机を四つ囲むように置いて、四人はお昼ご飯を食べる
外は焼けるような真夏の炎天下、クーラーなど付いていないこの部室も暑いけれど
窓からそっとカーテンを揺らし入ってくる水色に色づいた風が私たちの頬を涼しく撫でる
ときより、強く生ぬるい風にひまわりの頭花がゆらゆらと揺れる、その瞬間、夏の匂いと優しい土の混じった香りが私たちの鼻を伝う
「やっぱり植物があると気持ちが穏やかに良くなりますよね 」
「なんだかいい匂いなのです 」
それは灯が言ったように、確かに四本の小さなひまわり達は部室にまたひとつ
小さな癒しを与えてくれたようだった ――
………
昼下がりのひと時
とめどなく尽きることのないグダグダ会話に私たちは耳を向ける
そんなときだった、少しして灯が一人イスから立ち上がる
「よしっ、んじゃ、そろそろ始めようか 作戦名·Wizard ! 」
凛と張ったその掛け声と共に、食事中だった三人が一斉に灯とその背後の黒板に目を向ける
「と まぁその前に ゆりに質問 」
「ん? なに? 」
「私たちの敵 ウィッチとは なに? 」
「…なにって この街の連続通り魔で私と同じ身体と凶器を持っている人物 でしょ? 」
いきなりの質問に若干片言になってしまった
「まぁ正解、 でもじゃぁ もしそれが違っていたら? 」
(違ったら…って? )
灯の質問にどう答えればいいのかわからなくなった
「灯ちゃん それはどういう意味でしょうか? 」
口ごもる私を見かねてか、ひよりが代わりに灯に問う
「今までに出てる被害者は三人、それもかなり頻繁な期間にだった、そんで 今んとこ最後の被害者は前の日曜日だよね 」
「はぃ、確かにそうですね 」
「今のところ、それ以来この二日間ウィッチは何も動きを見せてない 警察…N.M.C.とかテレビ記者があんなにうじゃうじゃ見張ってるし 前のときは警察官を二人も斬って監視カメラにだって見つかっちゃってる… 動けない理由はいくらでもあるし、まぁ当然っちゃ当然なんだけど でもだったら多分、何かしらウィッチだって精神状態に余裕はないはず 」
「灯… なにが言いたいの? 」
「ウィッチがなぜそこまでの代償を侵してまで被害者三人を斬ったのか 」
「通り魔に…人を斬る理由なんてないんじゃない? 」
「じゃぁ、どうしてその三人はテレビでも新聞でも名前も年齢も載ってないんさ? 三人が全員本人たちの希望が重なったか でも…それにしても、通り魔に腕を斬られただけで三人が三人ともそこまで自分を隠そうとする理由なんて偶然にも重なるもんかな? 」
「それは… 」
灯の声が真剣なときの声に変わる
「もしくは、それに必要な理由があって‘警察が’あえて載せていないのか 」
「灯ちゃん、つまりそれは… 」
「警察は、表には出してない、出せない決定的な情報を隠し持ってる、的な可能性があるということで 」
「ふにゃぁ なんだか難しいのです 」
まるごとバナナをハムスターのように口いっぱい詰めてもぐもぐしていた有珠ちゃんが難しい表情をする
「だからこの仮説を前提に、ウィッチがただの通り魔なんかじゃなく… 理由があって隠されたこの三人を狙って犯行をしたとするならば? もしまだ次に狙われてる キーマンがいるならば 」
「その人物が…次の何らかのウィッチとの繋がりに関わる重要な柱になってくるわけですね 」
灯が言い終わる前にひよりが続けて言う
「当たりっ と…まぁ、これはあたしの勝手な仮定であって推測に過ぎないんだけどさ こんな すんなりいくとは思わないし、証拠や根拠もない ウィッチだってただの通り魔の可能性が高いし、警察じゃなく単に被害者が名前を出したくないのが一致したのかもしれないし、 …ウィッチが警察を怖くなってもうこれ以上犯行に及ばない可能性だってある 」
………
少し口を閉じて、また灯は話を続ける
「でもただ今やれる事は、現実的に考えて四人のド素人が残りたった22日の限られたタイムリミットでちょろちょろ調べても…たぶん結果は見えてる だったらさ、もしこれから言う作戦が無茶でも… せっかくこんな何十人で毎日丁寧に調べてもらってる ‘もうひとつの敵’を、多少のリスクを払ってでも利用する方法が一番最短だと思うんさよね やれることはやっておきたいんだ」
「…N.M.C.でしょうか? 」
「ひより 正解っ それに…」
「にゃぁ??」
「それにたぶんウィッチは…、もしこのままいったら 絶対精神的に耐えられなくなって、もしただ通り魔でも私の推測した場合でも 人を殺す… そんなことになったらゆりはぬれぎぬなんかじゃ済まされないから」
「じゃぁ、でもどうやって?? まさか聞きに行って教えてもらえるわけじゃないし 」
「これからその作戦の主旨を言うんだけど…、 今さっき言った事はもしかしたらやっぱり私のただの思い違いかもしれない…この作戦はチームを自滅にさせちゃうかもしれない、でも どうかあたしを信じてこの作戦をさせてほしい」
「その…作戦って?」
………
「‘連続通り魔事件にルールはないのか’ それを調べる為、あたしらはこれから… 直接 N.M.C.のサーバーにクラッキングして、どこまで調べてるのか情報をパクる、んで、怪しいファイルがあったらダウンロードする 」
(!?!?…ッ)
驚いた、今灯が言っていることは本当なのだろうか
違う、それはつまり…私達で犯罪行為を行おうという事だ
ドラマや漫画じゃなぃ…っ、こんな臆病者な私達のたった女子高生四人が、今ニュースのド真ん中に出ている何十人もの大きな組織へ宣戦布告をするということ…
その行為を今から自分たちがしようとしていると思うと、恐ろしくて頭痛がしてきそうだった
「灯… だめだよ…」
「ゆり? 」
「それは…犯罪だよ 」
「だから? 」
「だからって…! もしかして、そのためにひよりにパソコンなんて持って来させたのっ? 」
「…当たり前でしょ 」
(…… )
呆れた 驚いた、信じられなかった…
犯罪だ、灯はそれを行おうとしているのに… それなのにどうして?
真剣だった
灯のその表情は、まさしく強い眼差しでこちらを向いていた
ノリや勢いじゃなく、けして無謀な意味でのクラッキングなどという言葉ではなかった
「見つかったら…捕まるよ?」
「だからリスク覚悟で…この攻撃作戦をお願いしてるんだよ」
「見つかったら有珠たちも犯罪者なのです、そんな危険なこと一体誰がするですか? 」
「確かに有珠ちゃんの言う通りだよ、誰が…そんな危ない事するの? 」
「ゆり? この街に昔さ、って言ってもあたしらが出会ってないまだ中学生だったころなんだけど… ‘ウィザード’って、かなり凄いハッカーが聖蹟にいたの覚えてる? 」
「ごめん、知らなぃ… 」
「ニュースとか大それた事にはなんなかったんけど、いっとき、結構2ちゃんとかで騒がれてたんだよねー なんかすぐにぷつりと消えちゃったんだけどさ 」
「………」
「それがどうしたの? 」
「すぐに熱も冷めて、いっときのただの噂だったし普通にデマとかガセ説だったらしいのが有力だった、だからあたしもまったく信じてなんてなかった 」
……
「だからそんなネットのでまかせがどうしたのっ? 」
「……でもね、見つけちゃったんだ… 」
「そのウィザード ホントに偶然、あたし見つけちったんだ 」
……
「だから、今回のことをお願いしようと思ってる 」
「そ、そんなの危ないよ!、そんな得体も知れない人間なんかに!、私たちの秘密を教えるわけにはいかないよ、というかもしその…ウィザードって人が警察に私たちの事言ったら終わりなんだよっ? 私たちは犯罪を行おうとしてるんだよっ? 信用…できないよ… 」
「そ、そうなのです! 灯さんは簡単に考えすぎなのですっ、危険です、ハッキングする人だなんて、きっと絶対危ない人物なのですっ 」
パニックになっていた私以上に有珠ちゃんも動揺していた
「ゆり…大丈夫だよ 」
「なにが…どうして…ッ? 」
「そのウィザードっていう人物はね すぐ近くにいる …」
――‘ひよりだから’―