第13話
-9月10日-(水)-
「ふぁ~ 」
愉快な大あくびをこかした私の口元
そーっと薄目で開くと、その先には青があった
「そっか そうだったんだっけ 」
寝起きながらにひとり呟き思い出した事
昨日、私たちが確かに戦場を駆け抜けた事…、歩き出した事
「昨日 本当に始めたんだよね 」
少しだけベットに横になったまま、その編み戸越しの空に向けて右手をかざす
手のひらに舞い降りた光の粒が指の間から木漏れ日みたく瞳にかかる
ベットから起き上がって朝の眩しい日差しを透かした半袖のブラウスを腕に通す
制服に着替え終えて部屋を出ようとドアノブに手をかけたときだった
(携帯… )
ふと目に入ってしまったぽつんと机に置かれた、昨日拾ってきてしまった青色の携帯電話…
(なんで拾ってきちゃったんだろぅ )
朝からうじゃうじゃした考えはしたくないけれど、どうしても昨日の夕立のときのことが頭をよぎってしまう
メールも着信もないまま、その携帯はただその机の上にひっそりと切なげに置かれていた…
「体温… 」
ボソッと口にしたその言葉だけが、広いようで狭いこの街のウィッチと私だけを繋ぐモノだから…
もし、この携帯の一つ向こう側に狂気的な犯罪者と繋がっているとしたら…?
もし向こう側に私の顔が知られていたとする場合…?
ただだとしても、それが私の思い込みでただ簡単に落とし物の場合だとしても
私は…、
(この携帯を届ける事も捨てる事もできない )
「はぁ、やめよう…今は忘れよう 」
自分なりに、慣れないなりに気分を変え、私はドアノブをひねった
………
一階の洗面台の鏡の前で口に歯ブラシをくわえながら、くしゃくしゃの髪をアップにしてポニーテールを作り結う
もういい加減ポニテにも慣れたものだった
リビングに戻ると、テレビには浮かれた天気予報士が今日も真夏日の天気が続くと語る、それを横目に見ながら私は適当にあった味のない食パンを立ったままかじる
「…暑ぃ 」
天気予報通り、ひょこっとリビングの窓を開けて覗いた空には、毎日のことだけれど、今日もその青い空をおびた光る太陽が悠々と広がっていた
残り一切れのパンを口に突っ込んで学生カバンを手に持つと、すぐさま玄関で履き慣れたローファーに足を通し玄関を開けた
早くみんなに会いたいっ
そう思う気持ちだけが直射日光降り注ぐ通学路にでさえも無邪気に足を進ませた
………
……
首筋にうっすら汗をかきながら学校の正門の前に着いたときだった
「?? 」
ふと、信号機一つ向こうのひまわり畑の横にあるいつものコンビニを見る
(ひより? )
何かの雑誌だろうか、何やら熱心に立ち読みをしているひよりの姿があった
相変わらず変わるのが遅くてじれったい信号機を一つ渡る
緑と黄色が広がるひまわり畑の滴る草にセミの抜け殻をひとつ見つける
ただそんな日常が、不意に嬉しく感じる
iPodを耳からそっと外して、私はひよりのいるコンビニの自動ドアをくぐる
すぐに効き過ぎなくらい涼しいクーラーの冷気が身体を包み込んだ、汗をかいていた私の身体には余計に気持ち良く感じる
(ふぁ、涼しぃ~ )
そしてそんなどこにでもあるような小さなコンビニの雑誌コーナーに朝から一人嬉しそうに雑誌を読んでいる少女はいた
いつも私達の前では一番大人な表情をしているひよりが、今はまるで子供のような表情をしていた
その光景に、どうしてだろうか
知らなかったひよりの素顔に少しだけいたずら心が芽生えてしまったのだ
雑誌を読むひよりに気がつかれないように後ろからそーっとそっと近づいて
………
……
…
「だぁれーだっっ?? 」
…自分ながらに恥ずかしいことをしてしまったと思う
身長差10センチ以上のひよりの目を背後から両手でぴとっと覆う
想像以上に身長差があった事に今更後悔する…
(ぅぅ… )
ちょこんと爪先立つで目一杯背伸びをする体制がこんなにもきついとは…っ
「れっ?? あれれ?? ふふっ、その声はゆりちゃんでしょうか? 」
すぐに優しいひよりの返事がする
「おはよう ひより 」
ひよりの目を覆う手をさり気なく離して横に立つ
「おはようございます 今日は早いんですね 」
「なんかね 暑くて 」
「そういえばそうですね 」
(ひよりはカーディガンなんか着てるんだから 一番暑いんじゃ…? )
「なんの雑誌読んでたの? 」
「雑誌ではありませんが 相変わらずと思われてしまうかもしれませんが ジャンプです 」
「相変わらずだねっ 」
「ふふっ はいっ 」
「? その紙袋は? 」
ふとひよりの足元に大きな紙袋が置かれている事に気がつく
「ぁ、これでしょうか? これはパソコンが入っています 」
「パソコン? なんで?なんかの授業? 」
「いえ、朝に灯ちゃんからメールがありまして、それで 部室にパソコンを持ってきてほしいと言われましたので 」
「部室に?? また何か考えてるのかな… 」
………
朝からそんな他愛もないやり取りをしながら、ひよりはジャンプを、私は適当にあった音楽雑誌を手にとって喋っていた
「今日も作戦するのかな? 」
「どうでしょうか リーダーの灯ちゃん次第ではないでしょうか? 」
「リーダー …なのかな 灯は… 」
夢中に話していたために、今すぐにもその背後に迫る少女の存在には気がつかなかった…
その瞬間っ、まさに噂をすればの言葉通りに
…たったったっ、ガバッ!
「だぁーれだっ! 」
(…… )
軽い足音といつもながらの彼女の元気な声と共に、私の視界は真っ暗になった
と同時に、彼女の柔らかい手の温もりが私の瞳にじんわりと広がる
「灯…? なに…やってるの? 」
「ぉぉー よく気がついたなっ 」
「いやっ 普通気がつくから 」
今日も灯は朝から元気で、ぴょこんとくせ毛のはねたふわふわの柔らかいボブヘアーはいつもと変わらずだった
ただいつもと違っていたのは
昨日買ったあの白色のちょっとだけ小さめのヘッドホンを首にぶら下げていたこと
髪型を崩したり走ったりしても邪魔にはなってなさそうで、似合っていて安心した
そしてなぜかその変化に、私はむしょうに嬉しくなる
「灯ちゃんもゆりちゃんも似た者同士ですね …ぽ// 」
「んな? どういう意味さ?? 」
横にいたひよりがこれまたいつも通り頬を染める
(…… )
「さっき私がここに一人でいたときにも、ゆりちゃんは私に…」
「わわわっ!? ひよりっ それは言わなくていいからっっ!? 」
「あら?、そうでしたでしょうか?…」
ひよりは私と灯の顔を交互に見て、もう一度今度は微かに笑み漏らす
「ふふっ そうでしたね 」
(ぅぅ…~)
自分がした恥ずかしい事をひよりに晒されて、さらに灯に知られたらなんて、絶対今日一日いじられるネタにされるに違いない…
「??? よくわかんないけど 学校行かないの? 」
「あれ、もうそんな時間だっけ? 」
「あたし、抹茶いちごメロンパン買ってくるから 待っててー 」
「灯ちゃんも相変わらずですね ちゃんと待っていますよ 」
………
私とひよりは外の駐車場で待っていた
駐車場は直射日光に焼けたコンクリートのむあっとした熱気で満ちていた
「はぁ…暑いねぇー 」
「はい、暑いですね 」
ローファーを履いているにも関わらず、足の裏には熱が伝わってくる
「ひより、日焼けクリームある? なんか今日慌てて家出ちゃって…忘れちゃって 」
「ファンデの日焼け止めならありますが ゆりちゃんのタイプには合うでしょうか? 」
「ぁ、たぶん大丈夫 ありがとう助かるよー …今日 昨日より暑くなりそうだし 」
「今日みたいな夏は紫外線だけは嫌ですよね 」
「だねー 」
朝の8時だというのに、うるさいほどのセミの鳴き声に、じっとしていると首筋に汗が滴り落ちるほど暑い
前を向くと、もうかなりの生徒が登校してきていた
「お待たせさーっ てか あぢーなっ 」
「ぁ、おかえり灯 」
「お帰りなさい 灯ちゃん 」
そのまま目の前の学校へと三人はとぼとぼ歩き始める
「灯 パン一つにビニール袋貰っちゃだめだよ? エコしないと 」
「あれ? ゆりって意外にエコとか気にするんだなー 」
「……だって 暑いの嫌だから… 」
「ふふっ エコは大事ですよね 」
…………
………
校内に着いた生徒玄関でも、もう賑やかなくらいの生徒たちで溢れていた
首にディズニーのタオルを巻いている子、下敷きで扇ぐ子
体温の30度の私以上に、きっと目の前のこの子たちは暑いんだろうな
しかし外の直射日光に比べれば、まだこの日陰になる校内の微かにひんやりとした空気だけでも救われる
「はぁー、地味に生き返るさーっ 」
「たったあそこのコンビニからの距離でしょ 」
自分たちのロッカーから出した上履きに履き替えながら、朝から尽きることのないどうでもいいような事を喋っているときだった
(あれ?? )
あちらこちらから聞こえる暑い暑いと賑やかな生徒たちの声に混じって、その中に一人小さな少女を見つける
淡く柔らかい銀色の髪に真っ白な肌、小学生並の小柄な体、きれいなビー玉のような青い瞳
「あれって 有珠ちゃんかな? 」
「んぬ?? 」
「ぉーマジだっ 有珠ーっ」
灯が手を振る
「有珠ちゃん おはようございますっ 」
ひよりもそっと有珠ちゃんに駆け寄る
「にゃぅっびっくりしたのですっ!? み、みなさん もうお揃いでおはようございますです 」
「おはよう 有珠ちゃん 」
「オハヨーさー♪ 」
(…?? )
しかしなぜかいつもよりおどおどした仕草を見せる有珠ちゃん
「?? 有珠ちゃんどうしたの? 」
「ぁ…の 」
登校してすぐにいつも以上に不安げにする有珠ちゃんの視線を探った先…
そこには…
そこには、なぜか上履きも履かないで紺ソックスのまま自分のロッカーの前で立ったままの有珠ちゃんの姿があった…
「ぇっと… 」
「有珠ー? どした? てか上履きはー? 」
「有珠ちゃん、どうかしましたでしょうか? 」
「…… 」
三人の問いかけた答えに…
………
「…あれ 」
有珠ちゃんが俯きながらに指を上に指す
「「「 ??? 」」」
三人いっぺんに指の指した方向を見上げると
高いロッカーの上、誰かの上履きだろうか
そこには、ただひっそりと上履きが置かれていた…
(上履き? )
「ぇっと… 有珠ちゃんの 上履きって… まさか 」
「…こくっ 」
有珠ちゃんは悲しげな表情でただ一度頷いた
………
(いじめ…… )
言うまでもない、有珠の上履きがあんなところにある理由なんて…
「有珠ちゃん、大丈夫ですよっ ひよりお姉ちゃんが取ってあげますからね? 」
どう答えればいいのか迷っていた私とは違い、何よりも増して優しい微笑みでひよりはそう言うと、有珠ちゃんの柔らかい静かに髪をサーッと撫でた
そしてそのまま、次の瞬間!
ぐいっと目一杯に背伸びをしてみせると、そのてっぺんに乗っかっていた上履きに手を届かせる
「ひより ガンバだーっ 」
あのカーディガンが汚れようとも構わない、ただその上履きに手を伸ばす
……
「ふぅ 取れました はぃ、有珠ちゃん 右足をあげてくださぃ 」
「ぁ、ありがとうございます…っ 」
ひよりが小さな有珠ちゃんにそっと上履きを履かせてあげている光景に、ついドキッとしてしまう
しかし有珠ちゃんがいじめられているという事実…
有珠ちゃんはいつも大丈夫っ大丈夫っだなんて言っているけど本当は辛くないわけないに決まってる
…私の痛みが片付いたら
次は有珠ちゃんの痛みを早く片付けてあげたいな
***
-教室- 1年E組-
「二人とも、また後でね 」
「んじゃ、また後でなー 」
「はぃ また休み時間にですね 」
「またなのですー 」
教室のドアの前で有珠ちゃんとひよりに別れを告げる
「はぁ ゆりぃー 今日はまだ抱きしめてないよね? ニヤリッ 」
「いやいやっ 別に抱きしめなくちゃいけないわけじゃないんだから 」
「むー… 恥ずかしがり屋さんめ 」
(あれ? )
「ねぇ灯? それって… 」
「ん? なんだぁ? 」
私は灯の靴下を指差した
「なんか…それ 長さ違わない? 」
「?? んな初歩的イージーミスをこの灯さんがするはずないでしょー 」
そう言いながらも二人一斉に靴下に注目する
「……… 」
「……… 」
「ぁの、灯…さんっ? 」
もう半分お互い苦笑いだった
「な、なははっ ヤバイ、やらかしちゃったっぽぃっ 」
(やっぱりかっ )
「変だと思ったっ、明らかにその靴下長さ違うもんっ 」
「まぁ、気にしない気にしないっ ほらっあたしは気にしないからっ 」
そんな小さな事のいつも通りの日常に、灯はいつも通りの幸せそうな笑顔を浮かべていた
灯だけじゃない、それの笑顔につられて同じように私もほころむ
………
……
***
ホームルームが始まるころ
(灯 ヘッドホン外さないのかな? )
朝からずっと灯の首にかけてぶら下がっている昨日買ったヘッドホン
(やっぱり それだけ灯も嬉しかったのかな )
……
「そういえば灯? なんか、ひよりがパソコン持ってきてたみたぃなんだけど 」
「ぁー、あれ? 今日の作戦に使うんさよ 」
………
「今日も、やっぱり作戦するんだね 」
「何を言うか、当たり前さよ!、 逃げてばかりもいられないからね 」
「それに今日の作戦はさ… はじめての 」
―‘攻撃だからね’――
………
……
***
-1時間目-授業 -世界史-
・イスラム世界の形成と発展
先生が一人で授業を進め、カッカッという黒板に白チョークで文字が書かかれる音が教室に響く
その写し出された白い文字をただひたすら大勢の生徒達がノートに書き写す
静かな日常のひと時、どこにでもあるありふれた授業風景
…昨日、あれだけの行動やワクワクを感じれても、所詮こうして教室にいて、その他大勢の生徒と同じように勉強をしていれば、それが嘘だったかのように箱の平凡が身を包む
(今日の作戦はどんななんだろう、攻撃ってなにやるのかな)
その一時間の日常の中でさえ、頭には期待を抱く
私たちの非日常はこれほどまでに楽しみで仕方がない、遊びじゃない…、犠牲者だっている…まがまがしい現実のひとつの事件
だけどそれを、灯の非日常の言葉たちで思い出すと、おもしろいほどに無性に胸は高鳴るのだ
そんな感情を胸に今日の放課後の作戦を考えると、前に広がるイスラムの発展についてなどさらさら興味がない…、朝からの暑さも加わりさらに集中力が欠ける
ふとノートの上で動かしていた手を休め、真横に全開に開かれた窓に視線を向ける
それが近いのか遠いのかさえ分からなくなりそうな山のような入道雲が映る、まるで生きているモノのように青空の下をゆっくりのんびりと動いてゆく
校舎の下のほうからはジーッジーッとアブラゼミの活気ある鳴き声が響く
今度はひとつ前の席に座る少女の背中を見つめる
薄いブラウス越しにちらっと見えたうなじについドキッとしてしまう、いけないと思いながらもまたチラチラと盗み見て馬鹿みたいにひとり恥ずかしくなる
後ろからのそんな視線も知らず、張本人の灯はと言うと
机の中でこっそり、朝買った抹茶いちごメロンパンの封を開け、先生が黒板側に向いたすぐ瞬間に小さくちぎっては器用に食べていた
先生は気がつかずとも最後列に座る私にはバレバレなのだが…
しかし、それ以上にさらに驚くべきことはっ
まさか…あの灯が、あの灯がっ
一時間目からちゃんとシャーペンを持ってノートをとっていたことである!
ぃや、普通なら当たり前で当たり前の光景なのだけれど、まさかあの灯に限って…
後ろの生徒からそんなことを思われいるとはいざ知らず、お勉強中の灯はまた平然とメロンパンを一切れ口へと運ぶ
(この光景は……良いのか、悪いのか )
………
……
長い長い退屈な一時間の授業がやっとチャイムとともに終わり、周りの生徒たちも疲れたように席を立つ
そしてすぐに目の前の少女もくるりとこちらに身体を向ける
「やっぱ疲れるさねー 」
自分のイスを反対向きに座り、私の目の前でうーんっと灯が気持ちよさそうに伸びをする
「灯がテスト前以外に勉強するなんてどういう心境の変化? 」
「?勉強? なんのこと?? 」
灯はまるで知らない事のように首を傾げる
「またまたー、ずっと熱心にちゃんと一時間ノートとってたでしょ 」
「ぁー… もしかして これのこと?? 」
灯が何やら自分の机の中からごそごそとノートを取り出した、そして開いて私に見せる
「じゃーんっ 実はオリジナル曲作成中なんさよ♪ 」
(……… )
開かれたノートのページには、ギターコードやリズム、音譜やメロディがあちらこちらに書き込まれていた
「まさかとは思うけど…、一時間ずっとこれを? 」
「エヘヘー いやーほらっ 一応は表向きあたしらって軽音楽部じゃん? それなりに活動っぽいことはしないとさ、 んでっ だったらやるんなら コピるよりオリジナル曲のがいいじゃん♪ 」
「まぁ…それは そうかもだけど てかそっちかよ 」
(なんだよまったくー、ちょっと見直したりなんかして激しく損したじゃないかっ…(涙) )
灯はその後も、自慢げに嬉しそうにノートを見せびらかしていた
………
……
午前中の授業風景は、なに特別なことなどない
そんな、和やかな残暑の時のひとコマだった