第12話
買い物を終え、四人はまた外の戦場へと足を進める
駅ビルから出て、二階の駅構内の来た道を戻り、また改札を通り過ぎる
肌を決して誰にも触れさせないように人込みの構内を抜け、下りのエスカレーターに続く吹き抜けの通路に差し掛かったころ
ちょうど視界に空が映るころだった
「!? まじかーっ!? 」
先を小走りで進んでいた灯から急に驚いたような声が聞こえた
「「「…??? 」」」
あまりにとっさだったその灯の声に私たちが近づくと
そこには ――
(嘘… 雨? )
おもむろに見上げたそこは、滝のような土砂降りの雨が降っていた
バケツをひっくり返したような水量
しかしそれなのに空のてっぺんは晴れている、未だに暑いくらいに晴れている
通り雨…夕立と言うべきだろうか
それを見ていると、まるで街の汚れを洗い流しているようだった
( きれぃ… )
ヒカリの粒たちは茜色の眩しい光を当てられて、小さく反射しながらソラから降り注ぐ
そのあまりに珍しい光景に、四人の女子高生はただただ無防備に空を見つめているだけになった
決まりきった毎日の手付かずの一日に、もし今のこの景色を見たとしても…私はこんなにも綺麗だと思えていただろうか?
ただちょっと夢や希望があるだけで
一歩歩いてみただけで
世界はこんなにも綺麗なものなのだと実感できる
せわしなく動き回る帰宅ラッシュの人込みの空気とは場違いに、なぜそんなにも嬉しいのかも分からないほど
ただただ…その心の底から溢れる実感の幸せが堪らなく嬉しかった
(きれぃ… )
「本当に綺麗ですね 」
「写メ 撮ろっかなー 」
「ぁっ、有珠もですっ 」
2階構内の吹き抜けの入口で立ち止まりしばしばの雨宿り
…………
しんしんと滴る雨の音と忙しい駅のアラームだけの世界
じめっとした熱気のような雨の匂い
「ねぇ♪ ゆりー 」
横でずっと空を眺めていた灯がいきなり抱き着いてきた
「?? なに灯っ? 」
「行ってみなぃー?? 」
「行くって どこに? 」
灯はいつも以上にうれしそうにはしゃいでは声をはる
「やっぱり 行こうよー 」
「だから行くってどこに? …なに??、この雨に!? 」
「おぅっ 正解! 」
「ぃや…、 濡れるよ? 」
「当たり前じゃん 」
(……)
「でもね…? なんかさ 今、よくわかんないんだけど めっちゃくちゃ楽しぃーし 」
単純な灯のその笑顔は言葉通り、恥ずかしいくらいに幸せで溢れているようだった
夕焼けに照らさせた幻想的な雨粒を見つめながら、横にいたひよりと有珠ちゃんの顔色を伺う
「ふふっ 私は大丈夫ですよ 行きましょうゆりちゃん 」
「ゆりさん きっと楽しいですっ 」
待っていたかのように、二人ともカバンの中の物を雨に濡れても大丈夫なように器用にビニール袋で包むと、準備万端のように手を差し延べた
(…… )
昔なら、青春くさいことなんて馬鹿馬鹿しくてきっと笑っていたと思う
夕立を走って帰るなんて…青春ドラマじゃあるまいし
でも今は ――
(どうしてかな)
冷めた考えとは反対に、その差し延べられた大切な仲間の手に答えようとした、
まさにそのときだった…っ!
うかつにも
私は前から猛スピードで走ってくる男子高校生の存在を視野で感知する事ができなかった…
突然、瞬間的に2秒 1秒 と前に迫ってくるモノに気がついたときには
次の瞬間
ドンッッ!! ―― と
タックルのようなその鈍い激しい衝突音と共に、細い私の身体は意図も簡単に 二歩後ろの床に倒れ込んだ
冷たい駅の通路に身体は倒おされ
私を突き飛ばしていった男子は何もなかったかようにそのまま平然と走り去っていった
私が弱々しい動きで後ろに振り返ったときには、ギリギリ後ろ姿を捉えることしかできなかった
「ゅ、ゆり 大丈夫さっ!? 」
「ゆりちゃん 大丈夫ですか?? 」
「ゆりさんっ 大丈夫ですかっ!? 」
慌てたようなに私のことを心配する三人の声が上から聞こえる
「ぅん…、なんとか大丈夫… 」
とくに打ち付けられたわけでもなく目立ったかすり傷もなく、ちょっとだけスカートに汚れがついたくらいだった
(………)
「まったくー、ウチのゆりにぶつかっておいて謝りもしないなんて とんだ礼儀知らずさよな 」
(…… )
「でも警察の人じゃなくてよかったのです 」
「そうですね やっぱり人も多いですし もう、そろそろ帰ったほうがよろしいのではないでしょうか? 」
「だねー 警察やら監視カメラやら、欲しい情報は手に入ったし そろそろ帰るか 」
「……… 」
変だった…
いや、あまりにも自然すぎておかしかった
あの男子と肩と肩が接触したとき
普段、灯や普通の人と感じる体温の違いが全く感じられなかった…
たとえ向こうが雨に濡れていたとしても、30度と36度の平熱の違いなら普通は感じるはずであって
…一瞬の肌の触れでも、それは私の不自然な身体に、自然とすっと馴染む温もりだった…
(考えすぎかな、ただの気のせいかも )
………
そんな事を思って起き上がろうとしたときだった
(…?? )
右手のすぐ近くにゴツゴツとした物が触れる
見ると携帯電話がひとつ、無造作に落ちていた
( 携帯?? )
メタリックブルーのあまり使い込まれていないような四角い携帯電話
わからない、ただ手に取ってみただけ
(さっきの男子が落としたのかな? )
そんな事を思っていると
「ぉーぃ? ゆりぃー? おいてきぼりになっちゃうーぞー? 」
先にエスカレーターに乗り始めていた三人から声が聞こえた
「ごめんっ、すぐ行くー 」
なぜだかはわからない
ただとっさに、私はその携帯電話をスカートのポケットの中に入れてしまった
私はどうしようと思っていたのだろぅ…
後で警察に届けるという事も私にはできないというのに
( ウィッチ… )
おそらくは
その言葉が答えだった
…………
………
***
胸の高鳴りに合わせて、いっせーのせで私たちは雨の街に飛び出した
「きゃはーっ めっちゃリアルシャワー♪ 」
「にゃふーっ 涼しくて気持ちいいのですっ 」
「ふふっ ひんやりしていて気持ちいいですね ただ眼鏡が濡れて 前がよく見えません 」
「ぅん、冷たくて気持ちいい 」
無邪気に両手いっぱいに九月の雨を浴びては、色あせることのない夏の風景に酔って、ただ揺れる波のような雨にザブッとうたれる
スカートの裾からは雨粒をひたひたと落とす
あんなに街にぎすぎす溢れていた警察官も今はどこかで雨宿りをしているのだろうか
来たときにあれだけの人数がいたのが嘘だったかのように人数はまばらになっていた
私たちはそんな中で、雨に隠れてどさくさに紛れ込んで足を忍ばせた
エスカレーターを駆け足で下り、交差点を跳ぶように越え、来た道の並木道の入口の前に立った
そして、私達はなぜかわざわざ遠回りの道を選択した
‘街道じゃ、あんま みんなと雨に当たれないから’
まさかそんなことを某誰かさんが言い出すとは思わなかったけれど
珍しくその灯の純粋な想いに思わずクスッと笑ってしまったけれど
その後で
全員が、同じく賛成した
それが現在の遠回りの理由
………
だから今は少しだけ遠回りをして、京王線の線路沿いの道を歩いている
もちろん、雨に濡れながら
しかし、土砂降りの通り雨がずっと続くわけもなく、その名の通り、ほんのちょっとの時間で通り過ぎ 現在は小雨に変わっている
気がついたときには
カーディガンを着ているひより以外、薄手の夏服を着ていた三人はブラウスが透けてしまうほどのずぶ濡れになるのもお構いなしでビショビショになっていた
まだまだ暑い熱気漂う街の隅で寄り添って四人は、手を繋いで歩いてた
雨上がりの土の匂いはどうしてか心を落ち着かせて
涼しい風に雑草から滴る雨粒さえも、そのときは自然と私を嬉しい気持ちにさせた
たまに四人の口からこぼれるばらばらなsailing dayのメロディーの合わせて
自転車に抜かされながら、小走りで帰るビショビショのカップルにも抜かされながら
雨の中を突っ切る何本もの電車にも越されながら
ぎゅっと繋いだ…確かな手の温もりを感じながら歩く
………
ふと、しきりに右の手のひらをぎゅっと強く握る有珠ちゃんの小さな手があった
「有珠ちゃん? 」
夕焼けに染まる有珠ちゃんの横顔、雨粒滴る細く綿毛ような柔らかいクリーム色の髪が本当に綺麗だった
ただいつもと違ったのは…
雨のかかるその少女の瞳にまじって頬をつたって落ちる一粒の水玉があったこと
本当に幸せそうな笑顔の反面に、小刻みに震える小さな少女の姿があった
「……ぁ 」
わからなかった、どう答えるべきなのか
だから、10秒悩んだ末に
私はその声のお返しに
ただそっと…握る右手をぎゅっと強く握り返した
そんなことが、今の不器用な私なりの、精一杯のできる優しさのつもりだったから
………
これは私の勝手な憶測だけれど
有珠ちゃんは本当に孤独だったんだと思う
転校してまだ一週間で、なのにクラス中でいじめられて
だからきっと今、この喜びを誰より感じているのは有珠ちゃんなんだよね?
短い夕立の帰り道
灯は石ころを蹴りながら、水溜まりも蹴りあげながら
ひよりは眼鏡を濡らしながらそれにつられて優しく微笑んで
有珠ちゃんは
そっとそんな二人には見つからないように
そっと幸せを涙ぐみなから歩いた
誰もが見てきたその懐かしい夏の香りと夕立の帰り道
始まったばかりの孤独な私たちの初作戦は無事、終わりを告げた
………
……
BUMP OF CHICKEN
約束のライブ当日まで
残り… 22日
***
-同時刻-
真っ暗に冷たい部屋の隅、猫背で座りこける死体のような生物がひとつ
焦った…、どうしよう…
(たぶん、美弦の携帯をなくした… )
夕方の通り雨の間だと思う、どこかにミツルの携帯を落としてきてしまった…
話し相手という言葉はおかしいけれど
俺からすればあんな物でも、唯一救いの話し相手だったんだ
何度も、何度もそこら中のポケットの中をあさっては…
からっぽのポケットを、何十回と確認する
もう、警察に聞く事だって出来ないんだ…
「美弦… ごめん 」
口にすると尚更 本当に美弦との繋がりを失ったような絶望感が胸を濁らす…
もし、もうホントに警察に届けられていたと思うと
ここに来るのではないか、電話がかかってくるのではないかと
重い足の震えが止まらなかった…
周囲のあらゆる音が怖かった…
それに俺は、もうすでに関係ない警察官を二人も斬り付けてしまって
もう…本当に戻れない
この行為が間違いだったとしても
でもそれでも
…あいつがいたという証明は…俺にしかやり続けられないんだ
あいつがどんな顔で死んでいったのかを知っているのは…俺だけだから
だからやめるわけにはいかないんだ
同時に俺の小さな小さな存在も、生きている理由も
こうして誰かを傷つけて主張する事でしか…伝えることができないんだ
「もう…いいや、どうせ誰も助けてくれないんだ… 斬ったって誰も俺らの事なんか無視して… 」
ふと思い出す、あの日の事
轢き飛ばされた…あいつの身体を抱きしめた低い空の下
あいつの…表情が今でも忘れられない
泣かないと決めたのに…っ
またそれを想うと、とめどなく瞳から涙が溢れそうになってしまう…っ
温もりなんて言葉は一切存在しない部屋の隅、痛みまじりに髪を掴んで、震える唇をぐっと噛んで、必死に目を閉じて堪える温もりを欲する死体のような生物がひとつ
それでもやっぱり、弟の顔を見たくない兄貴なんか…いるもんかっ
例え、轢かれた弟の顔で会うことになろうとも
それは…ずっと、ずっと一緒にいた弟なんだから
今、逢えるものなら逢いに行けるものなら…
「美弦…っ 」
何も、悪い事なんてしたいわけじゃないのに…っ
ただ、お前と笑いたいだけなのに
(これしか、方法がわからないんだよ…っ )
さっき、たまたま帰りに駅で女子高生が四人か、数人か、本当に楽しそうに話しているのを見かけた
その幸せそうな声が俺にも嫌でも聞こえてきて
耳を塞ぎたくなるほど 今の恥ずかしい自分の姿に対しての嫉妬や、悲しいくらいなひがみや…
ミツルと一緒にいたときの比較や…っ
そんな気持ちが堪らずどっと押し寄せてきた
…だから
半分だけ、俺はわざと勢いで 一番楽しそうな子の肩にぶつかって…
悪気はなかったんだ
ただ、羨ましくて
ごめん…八つ当たり だった
でも、ぶつかったその子があまりにも勢いよく床に倒れたもんだから
焦って、最悪な倒した張本人なくせに 急に怖くなって…っ
そのまま走って逃げ出した…
あのくらい、俺もいつか誰かと笑ってみたいな…ってただ思っただけなのに
無理なのはわかってるけど
あんなに笑えていて、きっと俺なんかみたいな悩みはなんにもないんだろうな…
比較もできないほど、毎日平和に笑って生きてるんだろうな
こんな犯罪者とは 大違いなんだろうな
また人を傷つけてでしか 自分を主張できなかった自分につくづく悲しくなってくる
携帯は、きっとその罰なんだったんだろうな…
「ごめん…なさい…っ 」
死にたい